30 ザッツ・エンターテイメント!
轟音のような声援に・・・ポカンとしている優希。
智子は、友人のそばに寄ると、
「優希ったら!」
背中をたたいた。
「観客の声援には、応えるものさ。
さあ、ゴールポーズを決めて!
でなけりゃ、つれないってものだよ。なんでもいいから、ほらっ!」
優希は少し迷い・・・招きネコのポーズをした。
そのまま・・・360度・・・くるくる回る。
「優希ちゃーん、サイコー!」
二階席から、
智子の母親の、ブレスの強い、声援がきこえてきた。
いまや、観客の応援は、
スポーツのそれというよりは・・・ライブのノリだった。
背中が、ゾクゾクしてくるのを、
止めることができない、智子。
脳天が、シビレるような気分だった。
敵方のエース・・・薫は・・・冷や汗たらたら。
C組のボールは、いまや、
臨機応変に、パス出しされていた。
とうぜん、智子にも、回ってくる。
マークの二人が、ボールめがけて、
バテ気味ながら、
執念で、
インターセプトを、敢行してくる。
智子はニヤニヤと、
自分の両脚のあいだを、通して、
8の字ドリブル、をやってみせる。
相手は、おちょくられた気分になり、
客席は大いに湧く。
マークの目が光った!
負の光・・・
ラフプレイの、発動を、感知!
次の瞬間、
智子は、
ディフェンダーの両脚のあいだを、
ショートドリブルで、抜き去った。
コート上を、駆けぬける。
ターボがかかる。
スピードが、加速されてゆく。
智子のプレイに、潜在力が、乗った!
相手ディフェンス陣の、
他の三名は、
虚を、突かれたように、棒立ち。
智子は、
レッドカーペットの上を、
最速で、一直線に、駆け抜け、
ゴール手前で、グーンと、踏み切った。
ふわっと・・・宙に・・・浮いた・・・
ネット上方から、
両手を使って、
力づよくボールを押しこみ、そのまま、リングにつかまる。
一度ケンスイをしてから、
コート上に・・・トン!・・・と降り立った。
スラムダンクである!
初めて、成功した、
ダンクシュートは、最高のカタチで、決まった。
夢か?うつつか?
ボーっとしている智子。
優希を先頭に、
チームメイト全員が、そばにやってきた。
まわりを取りかこむ。
「智子ったら!観客の声援には、応えるものよ。
さあ、ポーズを作って!
この拍手や、歓声が、聴こえないの?」
優希が、リーダーの肩を、ポンとたたく。
「なんでもいいから、ほら!」
体育の授業の、走り高跳び・・・
あの時といっしょだ!
人の声が、とても遠くに、聴こえる。
なにか、
自分自身の存在までもが、
距離をおいて感じられる。
不思議な・・・感覚。
<ウェイク・アップ!>
はるか彼方から、
ジム・モリソンの声が、聴こえてきた。
われに返った智子。
観客のわれんばかりの歓声に驚き、
とっさに、優希を真似、
招きネコのポーズをとる。
場内は、ワーッ!と、もり上がる。
サヤカが、バック宙を決め、華をそえる。
A組班とC組班の〈等分に〉二手にわかれ、
応援合戦を繰り広げていた、
チアリーディング部の、後輩たちが、
どーゆーわけか、
全員、C組の応援に回っていた。
バトンを振り、きらびやかな舞いを、披露している。
後輩たち一同の応援を見て、
キャプテン・サヤカのプライドは、おおいに、満たされたのであった。
ブラスバンドが『ブレイクオンスルー』を演奏していた。
危ないシチュエーションである。
背中をツーっと伝う、ひとすじの汗、
寒気をおぼえる・・・薫。
浮き足だつ、A組の、代表選手たち。
ボールはA組へ。
薫のスローインは、オールラウンドプレイヤーのユイへ。
ユイは器用な身のこなしでボールをあつかい、
ドリブルで疾走する。
ユイに、並走する智子。
空気をバリバリ引き裂くように、
凄ざまじい気迫を、ほとばしらせる!
ユイは、
バスケ部主将の存在感の大きさに、
あらためて、圧倒されてしまった。
同学年なのに、スケールが・・・まるで違う!
「ヘーイ、ユイ!」⇒「パスッ!」(智子の掛け声)
催眠術にかけられたように、
フラフラっと敵のエースに、
ボールをパス出し・・・してしまうユイ。
自殺パスだ!
ボールをキャッチし、大笑いする智子。
Uターンすると、
A組ゴールへ、一直線。
もう一発、ダンクを、叩きこんだ。
ポカミスをしたユイは、
薫に、こっぴどく叱られて、ポリポリ頭をかく。
智子のノリが全開、
100パーセントに、到達した。
薫・・・
彼女の頭のコンピューターは、
システム障害を、起こしてしまった
ノーマークだった犬城優希の、
計算外の活躍により、
データが複雑化され、
━<処理不能!?>━
状態に、
陥ってしまったのだ。
A組有利は、消えて、なくなった。
智子にマークを集中すれば、
ロングシュートが、カッ飛び、
コースが、滅法、はずれていようとも、
優希が飛翔し、
軽快なダンクで、ゴールへ押しこんでしまう。
逆に、優希のマークを厚くすれば、
ノリノリの智子が爆発せんばかりに動きまわり、
得点をバッタバッタと積み重ねてしまうのだ。
さらに、まずいのは、二枚のマークでは、
いまの智子を、押さえきれなくなっている、事実だ。
智子は、
試合のすべてを、背負わなくていいという、
かつて経験したことのない、
シチュエーションでのプレイなので、
気がラク・・・・・・
どころか、楽しくて楽しくって、しかたがない。
プレイにも、自然と遊び心が、顔をのぞかせる。
ボールをセンターライン手前までドリブル、
ピタッと静止。
せーの!
とばかりオーバースローで、大遠投。
ボールは一直線に飛んでいき、
ボードのストライクゾーンに、
ドン!と当たって、
ゴールネットをくぐり抜けた。
超ロング・スリーポイントシュートが、あっさり決まった。
以前から、いっぺん、やってみたかったのだが、
バスケの神様に、不遜な気がして、ためらっていたのだ。
しかし、いまのテンションだったら、
いけるだろうとふんで、実行したら、ごらんのとおり成功した。
ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
A組の代表は、
絶望に近い表情を、浮かべていた。
こんなプレイを、されては、マークするすべがない。
スパイダーマンでも、チームメイトに迎え入れないかぎり、
智子&優希のコンビネーションを、
とてもじゃないが、防ぎようがない。
じわじわとアリ地獄にズリおちてゆく。
いやァーな気分が、浸透し、支配してくる。
ちゃっかり屋のユイは、すでに、試合を投げていた。
ブラスバンドが演奏する、
『ハートに火をつけて』が、勇壮に鳴りひびく。
第3Q終了。
C組 71対38 A組
意気消沈する、A組ベンチとは真逆に、
C組のベンチは、けたたましいばかりに、もりあがっていた。
その中心は、
特命宴会部長のサヤカであった。
誰かが、ひと言発すると、ドーッ!と笑い声が起こり、
別の誰かが、なにか言えば、また笑いがはじけ飛ぶ。
輝く笑顔の、智子と優希・・・そしてC組代表たち。
A組のリーダーであり、
バスケ部の副主将でもある・・・薫は、
かねてから、犬城優希という存在を、
心良く思っていなかった。
智子と親しげに話し、
楽しそうに笑っている優希を見ると、
胃のあたりから、苦いモノが、こみあげてくる。
優希の友達は、智子だけであり、
智子もまた、優希だけを友達として、付き合い、
バスケ部員とは、微妙に距離を置き、
学園生活を送っていた。
一年生のときから、レギュラーで活躍する智子を、
薫は、
まぶしい存在としてあこがれ、目標としてきた。
邪気のない、
見る者を、気持ち良くしてしまう、
キャッチーなポップミュージックのようなプレイ。
明るくて、小さなことにこだわらない、カラッとした性格。
気持ちの切り替えの、おそろしく速いところなど、
その、すべてに、魅了された。
シャワールームで、
湯気が、もわ~っと、立った智子の、
一糸まとわぬ、
〈大きなマシュマロを、幾層にも、重ねたような〉
筋肉美を見たとき、
どうしょうもないほど・・・ココロが・・・震えた。
監督の団先生や、先輩たちに可愛いがられ、
智子は、
順調に、その才能を伸ばしてきた。
一年生の時から、薫は、
雑用は、彼女のぶんまで、一手に引き受け、
なるべく、未来の主将の負担を、軽くしてやり、
練習に、専念させるべく、努めてきた。
智子の練習着の洗濯や、
アイロンがけまで、
骨身をおしまず、献身的に、尽くしてきたつもりだ。
「ありがとう(V)」
智子は、ニコッと笑って言うと、
練習に没頭してしまうのだ。
ただ・・・ひと言・・・くれるだけだ・・・
もう少し・・・ほんの少し、
感謝の言葉なり、
行動なりが、欲しいと、望むのは、
エゴであろうか?
智子が、試験勉強のときに、みせる、
伝統破りも、
哀しく、残念だった。
女子バスケットボール部は、
以前から、試験勉強のときは、
チームメイト一同が集まり、
グループ学習を行なうという、
不文律があった。
《勉強でもチームワークを!》
先輩たちが、編み出した、
ささやかな知恵だった。
智子ときたら、そんな伝統は、
蹴っとばすように、あっさり無視。
犬城優希とふたりだけで、勉強会を、ひらいていた。
薫は、それとなく注意したが、
ガン!として聞き入れなかった。
ダメなものはダメなのであった。
それが、彼女のやり方だった。
こういうときの態度は、断固としたものがあり、
攻撃的にさえなり、テコでも、動かなかった。
ショートカットのヘアスタイルが、よく似合う薫。
彼女は、特徴のあるキリッとした顔に、
精いっぱいの笑顔を浮かべ、
試合をあきらめている、ユイの耳たぶを、
チョイチョイと引っぱり、はげました。
チカラの抜けたユイの顔に、
かすかな笑みが、浮かび上がった。
それから、円陣を組んで、
A組代表に、気合いを入れた。
「こうなったら、勝ち負けは関係ない。
全力をつくしてガンバりましょう!」
「主将・・・いや違った・・・月吉さんや、
犬城さんのプレイを、阻止するのは、
いまや、不可能に近い」
「しかし、代表選手として、恥じることなく、
胸をはって、闘いましょう!」
A組の代表たちは、
ふりしぼるように、声を上げて、リーダーに応えた。
C組代表も、円陣を組んでいた。
リーダーの智子が、コブシを突きだして、気合いを入れる。
「ブレイク・オン・スルー!」
メンバーが応える。
「トゥー・ジ・アザーサイド!」
C組代表全員で、グータッチ!
ラストとなる、第4Q開始。
観客の、拍手と声援が、
場内にとどろいた。
薫が、対智子に、
ユイが、対優希に、
A組が、
マッチアップ・・・〈一対一〉・・・体制を組んだ。
智子と、薫の、視線がぶつかり合う!
「(トモコ、高校生活最後の試合。
そう、やすやすと勝たせやしない!)」
「(カオル、三年間ありがとう。
おたがい、悔いのない試合をしようぜ!)」
ボールは運命づけられたように、智子のもとへ・・・
正攻法で、むかえ撃つ智子。
ドリブルで、ゴールめがけて、まっしぐらに走る。
薫も、その背中を、全力で追う。
いつも、追い続けてきた・・・あの・・・背中を。
マークをあっさり、振りきり、ダンクシュート。
C組に、加点される。
薫が、どんなに力を、ふりしぼっても、
いまの智子のプレイを、どうすることも、できなかった。
まるで、自分たちとは、異次元で、プレイしているよう。
C組のボール。
この試合で、バスケにも自信を得た、
PGのサヤカが、
巧みにフェイントをきかせ、
〈優希に向けてパス出しをすると見せかけて、智子の方へ〉
パスを放つ。
優希も、咄嗟の呼吸で、
役者ぶりを発揮し、
パスを受けとめるのは、自分であるという、揺るぎないポーズをとった。
智子を除く、他のメンバーが、
優希からのパス待ちシフトを取るがごとく、
うまいこと、散って見せた。
A組ディフェンス陣の目が、
一斉に、
優希の方へ向く。
息の合ったチームプレイに、笑いを、かみ殺しながら、
障害物なくボールを受けた智子は、
激しくジグザグドリブルをして、
〈フェイントに、いち早く気づいた〉
ディフェンダーの薫を、
振りまわすだけ振りまわし、
シュート体勢に入る。
薫が、最後の力をふり絞って、
身体を投げ出し、
捨て身の、
ゴール阻止ジャンプを、敢行!
しかし、ボールはゴールではなく、
サヤカを介して、
ワン・ツーパス!
優希へ、と渡った。
そして、スリー!
優希はジャンプして、
ユイの頭上を、ふわーっと、飛び越え、
リングにも、触れずに、
ひじょーに、高い地点から、
ボールを、ゴールへ、落としこんだ。
A組代表たちは、
もう、お手上げだ!という表情で、
首を、うなだれてしまった。
薫の心臓の鼓動が、SOSを発信していた。
エネルギーを消耗しつくして、
コートに、片ヒザをつき、荒い息をしていた。
「これが、私の限界・・・
打ち破ることの、できないカベ・・・
・・・主将には・・・
・・・永遠に・・・追いつけないんだ・・・
・・・神様って・・・思いっきり・・・不公平・・・」
智子にとって、
あれほど、難しかった、ダンクシュートも、
いまや、身についた、確かなスキルのひとつ、になっていた。
ブラスバンドは、ドアーズのメドレーを、演奏していた。
智子&優希が、
交互に、ダンクシュートを、放りこみ、
必殺の<招きネコ>ポーズを決める。
華麗なる競演で、
体育館を、湧かせていた。
ブラスバンドの、音楽に合わせ、
観客は、ウチワを、リズムよく振り、
「智子ーっ!!」「優希ーっ!!」
と盛り上がる。
ふたりは声援に、バッチシ!応え、
肩を組み、
二体の招きネコポーズでもって、エンターテイメント!
智子の母親は、
大喜びで、
惜しみのない拍手を、贈り続ける。
ブレス同様、
拍手の音圧も、相当なものであった。
賭けに勝った、海先生と団先生。
二人の同士は、熱い握手を、かわした。
超人気アーチストの、
ライブなみに、盛り上がっている、体育館。
その入り口に、
ひとりの男子生徒が、姿を、現した。
周囲の空気が・・・一変した。
彼は、ひどく痩せ細り、
頬はこけ、
無精ひげを、生やしていた。
その表情には、
凄みが、刻印され、
目は、夜の月のように、
妖しい光を、帯びていた。
彼は、視線を、
コート上の一点へ、向けた。
男子生徒の名は・・・
・・・火鳥翔・・・といった。




