27 ひきこもり
新聞部のキャップ、鹿間は、
マンション最上階の自室に、引きこもったきりだった。
あの朝、
あまりに普通に、
死んだはずの優希が、姿を見せて以来、
ただの一度も、
一秒たりとも、
外出していない。
否・・・
・・・部屋から出ることが・・・できなくなってしまっていたのだ。
猪瀬からは、ときどき、ぶっきらぼうなメールが届いた。
蜂谷は現在・・・行方不明。
ある時期から、ぷっつり、連絡がとだえてしまっていた。
ぶじで・・・いるのだろうか?
ひょっとしたらもう、
優希の怨念の力に、
からめ取られてしまったのでは、あるまいか?
新聞部経由の情報によれば、
蜂谷の両親が、
警察に捜索願いを、出したそうだ。
生きて、
両親と再会できる可能性は、
極めて低い。
人一倍臆病な鹿間は、
怖いことには、
敏感、的確に、反応してしまう。
いわゆる、悪い予感が当たってしまうタイプである。
そのくせ、あふれるほどに、好奇心が強く、
過去の失敗の多くが、
二者の拮抗バランスが、くずれたときに、起こっていた。
優希の復讐の爪の、
つぎなるターゲットは・・・
自分か・・・猪瀬であろう。
どうする?
どうしたらいい?
そもそも、
直接手をくだした火鳥は、
いったい、どこへ、消えてしまったのだ?
卑怯ではないか!
彼からは、一度だけ、メールが入った。
《心配には及ばない》
わずか・・・一文だけだ。
彼を、当てにしてはいけない。
火鳥は、冷酷な脅迫者なのだ。
盗撮の証拠を、
子細に調べ上げ、握った。
その嗅覚と、
調査能力には、舌を巻く。
そのことをネタに、有無を言わせず、
われわれを、屈服させ、隷属〈れいぞく〉させたのだ。
今回の一件は、
スナッフ動画を収録することが、
目的だったのだろうか?
金儲けのため?
彼の乗っているバイクは、百数十万円もするし・・・
服装も、高級ブランド品が主である。
一昔前ならともかく、
首斬り映像が、
ネット上で、
さして、苦もなく、見られる時代に、
犬城優希という、
とびっきりのキャスティングとはいえ、
スナッフ動画が、
金のタマゴを生むニワトリだとは、とうてい考えられない。
だいたい、彼女の美しい顔は、
判別が、
不可能なほど、破壊され、
商品価値は、激減も、いいところだ。
思い出しても・・・吐き気がする・・・
そもそも、役角寺の跡取り息子である火鳥が、
金に困っているはずがない。
宗教法人『役角寺』の現住職・・・
火鳥大観は、
経営の才覚があると、評判の人物だ。
反面・・・
宗教家のとしての面を、
疑問視する声もある。
駅前の一等地に、ビルを所有しているし、
水晶学園への寄付金だって、
犬城家には、およばなかったが、
相当な額である。
掛け軸のコレクターとしても、
その世界では、高名だった。
━新聞部は、学園ネタに、かなりのレヴェルで、通じているのだ━
金銭以外に、優希を殺害した
火鳥の動機を、求めるとすれば、
自己顕示欲を、満たすためだろうか?
だとしたら、
ずいぶんと、稚拙で、
荒っぽく、
しかも、無謀な話ではないか。
それとも、火鳥翔という、
一個のサディストによる、自己表現?
殺人による・・・芸術?
さもなければ、歪んだ内面の、なせるわざか?
単なる狂人とは・・・なんとなく・・・思えないのだ。
謎だ?
火鳥の、真意は・・・量りかねる。
唯一、
はっきりしているのは、
彼は信用できない、ということだ。
机の引き出しの、カギを開ける。
『優希暴行事件』
のスナッフ映像を、完全コピーした、
フラッシュメモリを、
奥の方から、取りだした。
火鳥に無断で、
シークレットにコピーしたものだ。
ミネラルウォーターを、ひと口飲む。
机の上に、置かれた、
フラッシュメモリを、前にして、
警察に、自首すべきかどうか、考える。
いくら、脅かされてしたこと、とはいえ、
殺人の共犯者であることには、かわりない。
困った・・・
放置しておけば、
事態は悪化する一方だ。
手おくれに、手おくれを重ねるだけの、ワンコそば。
お盆の上に、乗っているパンを、手に取る。
引きこもり息子の部屋の前に、
母親が、
用意しておいてくれたものだ。
「旨い!」
調理パンのラップには、グリーンのシール貼られていた。
[aurora]のロゴタイプ。
その時、
背すじに、なにか、冷たいものが、走り、
意識は、
別の方向に、切りかわった。
カーテンを、少し、開いて、
外のようすを・・・うかがう。
はるか下、
電柱の横に、人影が見える。
「あっ!」
息をのむ・・・鹿間。
犬城優希が、
全身から、殺気を、放散させ、
こちらを、睨みつけていた。
冬制服に、身をつつんだ、
彼女の形相は、
ハンパなく恐ろしい。
目はつり上がり・・・口は裂け、
髪の毛が・・・逆立ち、
威嚇波動が、
マンション最上階にまで、ビシビシ、伝わってくる。
いまや、
ミス・水晶学園の面影は、
哀しくなるほど、・・・彼女から・・・失われていた。
優希を、優希たらしめていた、
理性や優雅さが、ほとんど・・・感じられない。
鹿間は、そくざにカーテンを閉じ、
あとずさり・・・
窓から、離れた。
ベッドにもぐりこみ、シーツと毛布を、かぶる。
震えが、止まらない。
優希は、
怨嗟の中に、
ある思いを、込めた、
レーザービーム視線を、
鹿間の部屋の窓へ、
一直線に、放射していた。
ナイフのようなツメを、
電柱で、研ぐ。
ガリッ!ガリッ!




