26 チームワーク
十月に入って、数日が過ぎた。
水晶学園の生徒たちは、
すでに、制服の衣替えを、済ませていた。
白を基調としたした夏服から、
ダーク・グリーンを基調とした冬服へ。
その色彩の変化は・・・深まりゆく季節を、感じさせた。
体育の日に、催される、
球技大会が、すぐ目の前に、せまっていた。
練習に身を入れる代表選手たち。
各学年、各クラスが、
校庭・屋上・体育館にわかれ、
練習にはげんでいる。
三年生は、優先的に体育館を、使用できる。
プログラムにしたがい、
A・B・C・Dの各四クラスが、
ローテーション制で、練習をする。
三年生の代表は、すべて女子生徒で、占められていた。
音楽室からは、
ブラスバンド部の、各楽器をチューニングする音がしている。
続いて、
応援用の音楽が、鳴りひびいてきた。
ひとクラスにつき、
応援曲を二曲まで、リクエストできるシステムになっている。
智子ひきいるC組は、
ドアーズの『ハートに火をつけて』と『ブレイクオンスルー』。
この選曲は、
C組代表のエースたる智子が、
エースとしての、権利を行使した結果によるものだ。
異論をはさめる者は・・・いなかった。
代表や補欠に選ばれなかった生徒は、
教室の机や椅子を、後方にずらして、
スペースを確保、そこで、応援の練習をする。
体育館に並んだ、
C組の代表メンバーを見まわし、智子は小さく息をついた。
「ここ数日で・・・
だいぶかっこうは、ついてきたと思うけど・・・」
代表メンバーは、他のスポーツ部で、
レギュラーを、はっているだけあって、
運動センスには見るべきものがあった。
チアリーダーなどは、
バック転、
バック宙を、
得々と、やってみせた。
ただし、優れた運動センスも、
バスケットボールの型を身につけ、
消化したのちでなければ、
ゲームでは、生きないのである。
智子は、ストップウォッチを首から下げ、
タイムを計測しながら、
根気よく、
ドリブル、パス、ピボット、
などの基本を、くり返し、メンバーに教えていく。
教えるのは、もっぱらディフェンスについて。
オフェンスの方は、
ボールさえ、回してもらえば、
得点は、自分が入れるからと、おおらか考えていた。
練習中、なんとなく、楽しくなる瞬間がある。
それは、
代表メンバー個々に、
閃きを感じさせるプレイが、みられることだ。
教えてもできないたぐいのものが、
彼女たちには、備わっている。
クラスメートの選択は、妥当であった。
もうひとり、
智子に次ぐ、得票数の優希。
彼女は、
どうしてもはずせない用事があるからと言い、
連日、練習には不参加・・・
帰ってしまっていた。
海先生は、いささか不安な表情で、
わがクラスであるところの、
C組の練習を、見守っていた。
A組代表の五人は、
〈一名をのぞいて〉、
ニヤニヤしながら、C組の練習を、ながめていた。
A組はレギュラーと補欠が、
明確に、一線を、引かれていた。
インターハイ出場レギュラー四名に、
プラスすること、セミ・レギュラーが一名。
すべてが、バスケットボール部員で、構成されていた。
補欠は、まるっきり、お呼びでないのだ。
智子は、ディフェンスの基本を、
もう一度、メンバーたちに、手とり足とり教えていく。
C組のメンバーは、どちらかといえば、
前向きな性格のものが多く、
オフェンスの、のみこみは、悪くないのだが、
ディフェンスは、気がのらないようで、おろそかになりがちだ。
単調なディフェンス練習には、
イヤイヤ感が、ありありとうかがえた。
シュートの練習になると、ガゼン!目を輝かせるのだ。
そして、気持ち良く、ゴールを決めてみせてくれる。
事実、ウマかった。
しかし、智子は、妥協せずに、
ディフェンスの練習に、重きを置いた。
実戦では、目の色を変えて、
防御してくる相手がいるのだ・・・
ヒトが、必死になったときに、放ってくる
重圧感の波動たるや、
たとえて言えば・・・絞殺魔。
乱されない者など、いない。
対抗策として、アドレナリン・コントロールがある。
ただし、それ〈アド・コン〉を、自分のものにするには、
センスと経験が・・・必要だ。
本番では、
練習のように、うまいこと、シュートは決まらない。
精度は、だいたい50パーセント割引き、といったところだろう。
自明の理である。
見ている者が、じれったくなるほど、
微調整をくわえ、
念入りに、ディフェンスを、コーチングする智子。
ライバルと目されるA組の代表メンバーは、
リラックスした表情で、
各自、腕を組んだり、
頭の後ろに、手をまわしたりして、
体育館のカベに寄りかかり、
バスケ部の主将たる、智子の指導ぶりを見ていた。
「主将ひとりじゃねえー、
ほかのメンツは、足手まといでしかない!」
A組のオールマイティー、ユイが、
ある意味、的確な批評を、くだした。
他のメンバーも、うなずいた。
智子のパートナー、薫だけは、
真剣なまなざしを、C組の練習に向けている。
理論より、行動に長けている、
わが主将が、
どのような方法で、指導するのか、
興味があった。
ふだんの智子は、
後輩から、
技術上の悩みを相談されると、
「こうするんだよ」
と言い、
実際にボールを持って、手本を見せる。
後輩が、手本どおりに、できないと、
「違うな、こうだよ」
ボールを、取り上げて、
呼吸するように、
簡単に、やってみせる。
フォームがどうだとか、
手首の返しが、どうのなどという、
具体性のある指摘など、ない!
まどろっこしいことはNG。
きわめて感覚的なのだ。
そして最後に決めゼリフ。
「ひたすら練習あるのみ!」
智子の、陽性なパーソナリティーが、ともなわなかったら、
なんと不親切なコーチングと、
教わったほうは、感じるだろう。
「主将にコーチしてもらうと、
なんか・・・調子くるうんだよね」
そんな声も、漏れ聞こえてきた。
神経質な後輩のひとりなど、
智子の指導を受けたばかりに、
軽度のイップスに、おちいった。
バスケ部の作戦面は、
〈団監督は別として〉、
ポイントガードの薫が、
もっぱら担当していた。
目の前の智子は、
あい変わらず、身ぶり手ぶりの指導を行っていた。
熱意は買うが、
そこに、戦略はなかった。
試合に対する、
構想力が、欠如していた。
石橋を叩いて渡るタイプの、
薫ではあったが、
これでは、いくらなんでも勝負にならない、と思った。
本番で、C組は、
智子の個人技に、頼るしか、方法はあるまい。
1パーセントの可能性。
もしも、C組に勝機が、あるとすれば、
智子をワントップに立て、
他の四人は、サポートに回る・・・
そのためには、自己犠牲の精神が、
メンバーに要求される。
チアリーダーをはじめ、みなキャプテンクラスだ、
主役志向の強い連中ばかりである。
エゴの相克は、まぬがれまい。
C組が、智子ワントップのチームを、
短期間で作り上げられるとは、とうてい考えられなかった。
よしんば作り上げたとしても、
A組は、
智子に、強力なマークを二枚つけて、ツブすだけのこと。
水晶学園女子バスケットボール部は、
月吉智子のワンマンチームだという、
他のレギュラー・メンバーにとっては、
面白くない、客観評価がある。
<一人を除いて、他は・・・マネキン!>
などと悪口をたたかれたこともある。
第三者の観点からすれば、
抜群の得点能力からして、
そのように映るのかもしれない。
しかし、インターハイに出場できたのは、
けっして、彼女だけの力ではない。
補欠も含め、
ほかのメンバーもガンバったのだ。
チームをまとめあげるために、尽力したのは、
副主将の自分である、
という自負心が、あった。
水晶女子バスケ部に、
なにか問題が、発生したとき、
対処するのは、
いつも、薫とマネージャーの、役目なのだ。
その手のことに関して、
智子は、
地雷原のように、避けて通った。
自分の集中力発揮を、さまたげるものは、
本能的に、拒絶してのける。
頑として受け入れない。
身勝手な、側面があった。
好意的な、
解釈をすれば、
凡人には、うかがい知れない、
砂の嵐に、守られた、
彼女独自の、
<塔>が、
存在するのかもしれないけれど・・・
プレイヤーとしては、リスペクトに値するが、
チームを束ねていくリーダーとしては、
不満が少なくない。
そんな智子が、
苦手なシチュエーションに立たされた、
かっこうの場面を、
先だって、
薫は、目撃した。
球技大会の練習に参加しない、
代表の犬城優希に、
C組のリーダーという立場で、話をしていたのだ。
放課後、下校しようとする彼女を、呼び止めて、
「ねぇ、優希。
練習に参加してくれないと困るんだけど、」
「ごめんなさい。
どうしても手が離せない用事があって・・・」
相手に、強い視線を、向けられて、
智子は、ややひるみながら、
「どんな用事か、教えてくれないかな?
立場上、
ほかのメンバーに説明しなければ、いけないんだけど、」
「プライベートなことだから。
親友のあなたにも言えないことってあるのよ。
それとも、首輪でもつけて、引っぱっていく?」
「まさか、そんなことはしないけど。
オーケイ!
みんなには、体調不良ということにして、伝えておくから」
「サンキュー」
そう言いのこして、優希は立ち去った。
薫は、目をおおいたくなった。
なんと、押しの、弱いことか。
もう少し、突っこんだ話をしないと、
ほかのクラス代表に、示しが、つかないだろうが。
チームワークの重要性を、
強調してネバるとか。
明日は、
必ず練習に参加してもらうという、
言質を取りつけるとか。
あえてキビシイ言葉をあびせて、
相手に、
代表選手としての自覚をうながし、
自己反省の気持ちを、おこさせるとか。
でなければ、
拝みたおし作戦で、
なにがなんでも、参加してもらうなど、
手は、いくらでもあるだろうに。
リーダーとしての、説得技術のなさ。
ウィークポイントを、まざまざと、露呈していた。
これでは、良きチームワークなど、保てるわけがない。
午後十時過ぎ、
猪瀬は、
改造をほどこしたマシーンのハヤブサから降りると、
『まんが喫茶』のあるビルへ入って行った。
エレヴェーターの上昇ボタンを押す。
やっぱりバイクは、ストレスを吹きとばすには、最適だ。
みぞおちから脳にかけて、
快感が生み出され、
全身を駆けめぐる。
久しぶりに、
感覚の冴えを、感じた。
エレべーターが、開いた。
フロントで伝票を受けとると、
コーラを、紙コップに満たした。
コミック本の並んだ、
本棚の迷路を通りぬけ、
個室に入る。
照明をつけ、
リクライニングチェアに腰かけ、パソコンを立ち上げた。
思い出したように、空腹感がわいてきた。
昼間、コンビニで買い求めた、
手つかずのオニギリのフィルムを剥いて、食べる。
やっぱりマス寿司はウマイ・・・もぐもぐ。
首すじに、ふと、寒気が走った。
うしろを、ふり返る。
続けて、天井を見あげる。
ビルの天井、
むき出しのパイプ群の上を、
黒い影が、
すばやく、伝っていった。
サッと個室を出る。
正体を、
見きわめようとしたが、すでに、影は消えていた。
個室に戻り、ふたたびコーラを飲む。
椅子に寄りかかり、大きく息をついた。
マウスを使って、パソコンを操作する。
ヒマつぶしにはもってこいだ。
お気に入りから、アダルトサイトへ、アクセスした。
智子率いる、
C組のバスケットボール代表のメンバーたちは、
練習時間を積みかさねるにしたがい、
気心が知れ、
連帯感が、できてきた。
ジョークが、とびかうようになり、笑いが絶えなくなった。
最初のころは、
お見合い状態が続いた。
メンバー間で、
相手のことを、探ったり、けん制したり、
自分一人が、目立とうとしたり、
ぎくしゃくしたり、
そんな・・・日々だった。
状況を変えたのは、チアリーダーのサヤカである。
勝気で、
イケてる彼女は、
持って生まれた、強い我を、押さえた。
父親譲りの、
政治家肌のDNAを働かせ、
自分のあるべきポジションをわきまえ、
〈智子に、とって代わるのは、とうてい不可能だったので・・・〉
冴えたユーモアと、気くばりを発揮し、
みんなの心をほぐし、ひとつの輪に、まとめていった。
その際に、出しゃばることだけは、つつしんだ。
根っから、主役タイプのサヤカとしては、
本音を言えば、
わき役なんて、アッカン・ベー!だった。
自分がリーダーとして、
チームに君臨したかったが、
種目が、バスケットボールでは、無理な話。
そして、なにより、
最上位に位置する動機。
それは・・・
エキシビションの球技大会とはいえ、
チアリーディング部の同期や、
下級生の前で、
負ける姿を見せることだけは・・・絶対に・・・ガマンならなかったのだ。
彼女のプライドが、許さなかった!
C組代表チームの、
空中分解だけは、
阻止しなければならなかったのである。
他のメンバーも、
キャプテンクラスなので、
内情は、似たり寄ったりであった。
かくして、
まわりくどい事情が介在した結果、
よけいなことに、振りまわされることなく、
智子は、
コーチングに、専念することができた。
家に帰ると、
バスケットボールの指導書を読み、
熱心に勉強した。
こんなことは、かつてなく、
本能まかせで、
しゃにむに、歩んできた、
智子のバスケットボール史では、はじめてのことだった。
C組の代表メンバーは、
練習がおわると、
シャワー室で汗を流し、
カラオケ店へと集合した。
サヤカの父は、
有名カラオケチェーン店の、オーナーであった。
店の一室を、占拠して、
飲み放題、
食べ放題、唄い放題、
料金は、お友達価格の、
ワンコインなり・・・<ツケもOK!>!
時間を忘れて、歌とおしゃべりに、興じた。
こうしてチームワークは、日を追うごとに、
結束が強まっていった。
ただし、スキル面では、
まだまだ、課題山積であった。
『ローマは、一日にして・・・成らず』




