20 食欲の秋
保健室のベッドに、
隣り合わせで、横になり、
智子と優希は、
ぼんやり天井を、見あげていた。
「どうやら、あなたを、運動能力の点で、
過小評価していたみたい。
いま、わたし反省してる。見なおしたよ・・・優希!」
おそろしく、スカッとした口調で、智子が言った。
「うーん。なんというか、
自分が自分ではないような気分だった。
バーに向かって、助走するでしょう、
踏み切ると、勝手に身体が、ピョーンとハネあがるのよ」
しなやかに伸びをして、
全身を、ぶるぶるっと震わせる、優希。
「走り高跳びで、あんなに燃えるなんて。
バスケの試合でも、
あそこまでの完全燃焼は、めったにない。
ヒトには、眠っているパワーが、あるのかもしれない」
「わたしも、そう思う・・・」
つぶやくように、優希が言った。
どちらともなく、それぞれのベッドから、手を伸ばす、
たがいの手を、かたく握りしめ、
友情のぬくもりを、交感した。
お昼休み。
いつものように、
屋上の定位置で、昼食タイム。
九月も、残すところあとわずか、空は秋を感じさせた。
雲のりんかくはボヤけ、色彩も、淡い。
空と雲のコントラストが、希薄であった。
クリーム色のカーディガンをはおった二人は、
指定席ともいうべき椅子に、腰かけている。
きょうの飲みものは、ホット・グリーンティー。
オレンジ色のキャップを開け、
ミニペットボトルでカンパイ!
テーブルの上に乗った、お弁当箱に手を伸ばし、
かたや・・・性急に、
一方は・・・おもむろに、
食事にとりかかる。
ときおり、役角寺に視線を走らせ、
お弁当をパクつく優希。
「へぇー。ふだんより、
食が進むみたいだね。はしのスピードが違うもの」
友人の食欲に、目をみはる智子。
「うん、そうね。たっぷり運動したあとって、ゴハンがおいしい」
いつもの習慣で、
身を乗りだすようにして、
優希の弁当箱とおかず入れを、のぞきこむ。
「あれまっ!これは、お珍しい。
おかかご飯に、サンマがお頭つきで、ドンと一匹。
あの魚嫌いの、お嬢さまがねえ・・・
・・・大雨でも降りそう」
広いおデコをたたき、しきりと感心する。
「どうぞ、召しあがれ」
おかず入れを、差しだす優希。
「ご相伴にあずかるとしますか」
サンマに、はしをつける智子。
皮の部分を、
引き離すように、裂き、身をつまむ。
しばし、首をかしげ、けげんな表情をして言った。
「このサンマ・・・生焼けだよ」
「そーお?」
気にすることなく、
火の通っていない部分を、たっぷり口にふくみ、
かみかみして、食べる優希。
「あぶなくない?お腹こわしたりしない?」
心配そうな、
気味の悪そうな、顔をむける。
「だれかさん、言わなかったっけ?
魚は、頭から、
マルごと食べるくらいじゃなければ、ダメだって」
いたずらっぽい視線を、返してくる。
「まあ・・・それは・・・そうなんだけど」
太陽が一瞬、雲にかくれ、智子の顔に、翳〈かげ〉がさした。
昼食をすませ、屋上でくつろいでいると、
サイレンの音とともに、
『緊急校内放送』が鳴り響いた。
●スズメバチの巣が、体育館裏で、
発見されたため、
大至急、
校舎内に、避難すること!
●消防署の隊員が来て、
巣を、除去するまでは、
教室内に退避しているように!
屋上の階段を駆けおり、
いそいで教室へ戻る、二人。
三十分たらずで、
消防車と、スズメバチ退治の専門家は、到着した。
第一発見者の生徒が、呼ばれた。
生徒が、巣のあった場所を、
スズメバチ退治の専門家に、説明する。
生徒からの報告を受け、
くだんの巣を、
実地確認していた海先生も、
スマートフォンで撮影した画像を、
専門家たちに見せた。
智子は、休み時間になると、
まっしぐらに、
体育館裏が、眺望できる場所へ、走った。
窓際の、特等席に立つ。
ヤジ馬群の、最前列に、陣取り、
スズメバチ退治を、
大いなる興味を持って、見守る。
不思議なことに・・・スズメバチ退治の専門家は、
問題の巣を、発見することは・・・できなかった。
しばらくネバってみたが、杳〈よう〉として見つからない。
基地である、巣は、おろか、
スズメバチ一匹、探しあてることは、できなかった。
探索は、暗礁に乗り上げた。
専門家と消防隊員は、
首をひねりながら、消防車で帰っていった。
智子は、授業のことなど忘れ去り、
そのようすを、食い入るように見つめていた。
トントン!
肩を叩かれる、感触。
ハッ!とふり返る。
そこには・・・優希が立っていた。
「ダメじゃないの。授業を、ほっぽり出しちゃ」
「ゴメン。つい、時間を忘れて、夢中になっちゃった」
いたずらをした子供が、
母親に、連れもどされるように、
優希の後ろにくっついて、教室へ戻る。
「あれ?髪の毛に、なにか、付いてるよ!」
友人のクセのない髪に、付着していた、
木の葉や、枯れ枝を、はらってあげる。
「ありがとう」
ふり向いて、お礼を言う優希。
「身だしなみは、たいせつに。へへへ」
優希は・・・
<一本取られました!>
という表情をすると、
招きネコのポーズを、してみせた。
放課後。
テストの成績が悪かった者は、
補習を、受けなければならない。
しかし智子には、
ましてや、優希には、無縁の話である。
智子は、国体の合同練習へ、
優希は、迎えを待っている、車の駐車場所へと、
それぞれ学園を、あとにした。




