2 インターハイ 女子バスケットボール二回戦 パートⅡ
第4Qに入ると、
桃花高校はシフトを一部変更してきた。
対・智子のマークをポイントガード〈司令塔〉の森川から、
エースの日向にチェンジしたのだ。
これは、水晶学園をつぶしにかかるぞというパワープレイ宣言であった。
二階席。
シルエットの優希が思わず身をのりだした ━ 「智子、いよいよ勝負だね!」
その時、ふいに流れてきた雲が太陽をさえぎった。
逆光が遮断される。
優希のすがたが応援席にハッキリあらわれた。
ヒュー♪
彼女は口笛を吹きたくなるような素晴らしい美少女だった。
日向のディフェンスは身長184センチという高さとパワーのほかに、
えたいの知れないプラスアルファが存在した。
ポイントガード・森川のディフェンスは、
すぐれた読みとテクニックで、数式のように明快だったが、
日向のそれは人間ワザとは違う類いのものだ。
理性より野生がまさり、どこかアニマルを連想させた。
しかも、狙われたらやっかいな肉食獣。
ゴール近く。ドリブルする智子。
目の前には日向が普通ではない存在感で立ちはだかっている。
集中力をしぼりあげてディフェンスの穴をさがす。見つからない。
しかたなく味方へパスをくり出す。
が・・いまの桃花のディフェンスは堅く、
ボールはババ抜きのジョーカーのように結局智子のもとへ。
「どうどうめぐり。これじゃあ時間の浪費。突破口を切りひらかなければ!」
低い姿勢でワンドリブル。タイミングをととのえる。
いささかムリな体勢からロングシュート。リングにはじかれた。
リバウンドを日向にさらわれ、速攻でシュートを決められてしまった。
トレードマークである、赤いフレームのメガネをととのえる智子。
レンズの向こうがわには、
白い歯を見せて盛り上がっている女王達のすがた。
その輪の中心でひときわ背の高い日向が、
挑発的な視線をこちらに向けていた。
智子は彼女の視線にサディスティックなトゲを感じた。
顔をあげ、真正面から日向の視線をがっちりうけとめる。
「よーし。こうなったら・・
どちらかがつぶれるまでマッチアップ〈一対一〉といこうじゃないの」
たがいの視線がぶつかりあいスパークする。
残り時間、あと五分。
ボールは水晶学園へ。
パス回しをしながらユルやかな波をえがいて敵陣へせまる。
ゴール前の桃花ディフェンスに接近していく。
場面はあらかじめ用意されたかのごとく、智子と日向のマッチアップに。
対峙する両エース。
一触即発の予感。
思わず観客の息をとめる。
いま、智子の意識にはパス出しなど存在しない。
ファウルすれすれまでボールをキープ、
ドリブルでアクセントをつけながら相手エースをうちやぶることだけだ。
だが・・つけ入るすきは容易にみいだせなかった。
ドリブルしながら左右にすばやく動く。
速いピボットを駆使する。
パスやシュートと見せかけてフェイントで抜こうとする、
智子のテクニックにたいていのプレイヤーは翻弄され、
バランスを崩すものなのだが、相手のエースはのってこなかった。
時間の経過が通常の数倍にも感じられた。
身体が自分の思いどおり動いているのかすらさだかではない。
まるで、異質の重力場に放りこまれたよう。
消費されていくエネルギー。
<自分が苦しいときは、相手も同じくらい苦しい!>
この格言は目のまえの日向にかぎって、
残念だけれど通用しない気がした。
表情をほとんど変えず、力強いディフェンスをえんえんとつづけてくる。
けっして自分のペースを乱さない。なみはずれた選手である。
じわじわと土俵際へ追いつめられていく智子。
くやしいが・・適中突破は一時保留。
ロングシュートに思考を切りかえる。
シュートポイントの場を確保するためワンドリブル。
日向のディフェンスの届かない場所まで、とりあえずバックする。
その瞬間 ━ 異変が起こった。
山のように、立ちはだかっていた、
難攻不落の日向の身体が微かに左へ流れたのだ。
水晶学園の主将の目がキラリと輝く。
しめた!敵もやっぱり人間・・疲れていたんだ。
智子はターボをかけた。ビュンと右へまわりこみ突破を仕掛ける。
ついに相手エースをぬき去った。
ジャンプ開始。ゴールが智子の前にバーン!とクローズアップされる。
ゴールリングの中心めがけてシュート。
しかし、待ちかまえていたのは信じがたいような現実。
いままさに、放たれようとするボールを、
日向の左手が真上からモノ凄い力でたたき落としたのだ。
床に当たって大きくバウンドしたボールを相手のエースはクィックキャッチ。
ボー然としている水晶レギュラー陣のあいだを、
あざ笑うように駆け抜け、シュートをねじ込んだ。
大きくガッツポーズ。勝ちほこった笑みを浮かべる日向。
そのまわりで喜びを爆発させる女王達。
二階席の優希は、肩を落として背もたれに寄りかかる。
小さなため息がひとつこぼれた。
まっ白になって立ちつくす智子。
「やられた!
微かに左に流れた彼女の動きはフェイクだったんだ。
こちらのシュートを誘い出し、マッチアップに決着をつけるための」
それにしても、あのギリギリの局面でフェイクを仕掛けてくるなんて。
常識では考えられない!なんという、勝負度胸!」
試合終了まで残り時間あと三分。
エース対決を制した桃花の方へ、試合の流れは完全にかたむいた。
女王達のプレイはいよいよ生彩を放ちグングン加速する。
防戦一方の水晶学園をかさにかかって攻めたてる。
その攻撃はサディスティックですらあった。
司令塔の森川が放った、やや軌道のそれた、ゆるいシュートを、
エース日向がジャンプ。片手でタッチ。ひょいとゴールに押し込んだ。
このプレイで水晶学園の息の根は止まった。
思わず両手で顔を覆う優希。
智子はボールを思いっきりコートにたたきつけた。
水晶学園 41対81 桃花高校
桃花は第4Qで大量35点をゲット。
ほぼダブルスコア。凄さまじい追いこみで圧勝。
女王健在をしめした一戦であった。
高くバウンドしたボールが智子の足もとに落ちた。
トントントンと音をたてる。
バウンドが弱まるにしたがい、残響音も少しずつ小さくなる。
その余韻は奇妙な脱力感を誘った。
「ふーっ」めずらしくため息をつく智子。
そしてポツリとつぶやいた ━━ 「終わっちゃったなァ、わたしの夏!」
雷鳴の爆音がとどろき、
稲妻の軌跡が暗い空に描き出され、
目の奥にあざやかな残像をきざみこむ。
優希は稲光りにピクン!と身をふるわせた。
黒灰色の空から雨が落ちてくる。
それは、やがて勢いを増してどしゃ降りになった。
「ふーっ」
自分の部屋の窓ごしでため息をつき、
うらめしそうな顔をして雨を見つめている。
あたりは暗くなっていたが、部屋の照明は点けずにいた。
部屋の片すみにはダンボール箱に入った大量の花火が置かれてあった。
彼女の部屋は一階の東側に位置している。
窓から見える庭はりっぱな造りだ。
手入れが細やかにゆきとどいており、
池の中では色あざやかな錦鯉が、
水滴の下をなめらかに泳いでいる。
鹿おどしが狂騒的に動きカタカタ音をたてている。
庭の木々や花を打つ、はげしい雨。
スマートフォンを取り出して、本日のスケジュールを表示させる。
バックライトが優希の顔を下の方から照らした。
《八月三十一日。午後七時。
智子と恒例の花火大会。雨よ降らないで・・!》
スマートフォンをオフにする。
優希の足もとには、いつのまにか黒い子ネコが一匹、寄りそっていた。
もう一度、空を見上げる優希。
そして、ささやくようにつぶやいた ━━ 「終わらないで、わたしの夏!」