18 陽炎(かげろう)
翌日の朝。
智子は、いつもと変わることなく、
大噴水の前で、優希を待っていた。
定刻をまわっても、姿をみせない。
時間には正確なはずの・・・
優希なのに・・・。
ラインでメール入れてみる。
返信はなかった。
それではと、
彼女のスマートフォンへ、直接、
連絡してみるが、留守電になっていた。
しかたがないので、メッセージを残して・・・切った。
遅刻ギリギリまでねばってみたが、
優希は、
いっこうに現れなかった。
うしろ髪を、強く引かれる思いで、学園に足を向けた。
一時間目は、ホームルームであった。
隣の席が・・・ぽっかり・・・空いている。
優希はどうしたのだろう?
カゼでも、引いたのかな?
それとも、親戚に、
突然の不幸でも、あったのか?
はたまた、事故にでも・・・遭遇したのだろうか?
海先生にたずねてみたが、
まだ学園に連絡は入っていない、ということだった。
智子の胸中は、
めったにない、
イヤな予感と、
不安にゆれていた。
教室内では、いつものように、
クラス委員長の火鳥が、
議長をつとめている。
教壇に立ち、
本日の議題であるところの、
『学園内での、スマートフォンやタブレット端末の使用、マナーについて』
を、冷静に進行させていた。
猪瀬は、
ひどく緊張して、
表情はおろか、全身がこわばり、
他人をよせつけない、
加害妄想オーラを出していた。
蜂谷といえば、
放心状態で、
死んだ魚のような、うつろな目をしている。
一方、鹿間は、
神経質そうに、
おどおどしながら、
優希の席を、盗み見るようにしていた。
まるで中心部〈ヘソ〉のない人間のようであった。
海先生は背すじを伸ばして、
ややメタボなお腹に手をまわし、
窓ぎわで椅子に腰かけていた。
チョークを使い、生徒たちの発言を、
みごとな楷書で、
板書していく火鳥。
三年C組のホームルームは、
活発な議論が、
展開されることが多いが、
きょうは、
どことなく、
盛り上がりに、欠けていた。
試験終了直後ということもあるが、
この先は、
秋の行事が、
目白押し、というが最大の理由であった。
球技大会に、
続いて、
華やかさでは、
都内でも屈指と評判の、
『水晶祭』=〈学園祭〉が、
三日連続で、
開催されるのである。
とりわけ、最終日のイヴェントである、
『ミス・水晶学園コンテスト』は、
雑誌やネットでも、取りあげられるほど、
注目度が高く、
その盛り上がりぶりときたら、
花火大会とクリスマスを、
一日に凝縮したような、
熱狂ぶり・・・なのであった。
会場には、入りきれないほどの人が、
毎年、大勢集まってくる。
というわけで、
嵐の前の、なんとやら・・・
クラス全体のバイオリズムも、下降ぎみなのである。
発言する生徒も少なく、教室内は、凪いでいた。
静かな教室の、前方の扉が、するすると開いた。
クラスメートの注意が、
そちらの方に、集中する。
ひとりの生徒が、姿をあらわした。
・・・犬城優希だった。
ハッ!として、
チョークを落とす火鳥。
瞬時に、
顔色は、
蒼白の、
さらなる彼岸とも言うべき、
真っ白に変わった。
すべり落ちたチョークが・・・
床に当たって・・・砕けた。
猪瀬は、ワッ!と声を上げ、思わず立ちあがり。
蜂谷は、椅子から勢いよく、すべり落ちた。
鹿間は、
椅子ごと、後ずさり、
歯の根が合わずに、ガチガチ音をたてていた。
火鳥の前を、楚々〈そそ〉と、通りすぎる優希。
そのとき、
ふたりのあいだに、
陽炎が、揺らめいた。




