17 続・死神の使い
「いくらなんでも、これはやり過ぎだぜ、火鳥さん!」
猪瀬は、
黒い三角頭巾を、はぎ取ると、
床に叩きつけた。
「オレは、降りる!」
火鳥は、猪瀬を見おろして、
じっと・・・凝視・・・する。
火鳥の、白目が、
不自然なまでに、
光沢を、
増幅させた。
黒い瞳が、
沈みこんでいくように、
薄くなっていく。
猪瀬の内面に、恐怖が、わき上がる。
子供のころ、
初めて、
歯医者へ行ったとき、
虫歯の治療を受ける、
直前の、
あのコワい感じが、よみがえってきた。
まるで死神の視線。
生きていることの、
偶然性、
頼りなさを、
強制認識させ、
隷属を、迫ってくる目。
身が・・・すくむ・・・
マズいことに、
黒頭巾三人組の、
猪瀬、蜂谷、鹿間は、
盗撮の、動かざる証拠を、握られていた。
頭が切れ、嗅覚が鋭く、
同時に、胆力もある、
火鳥は、
盗撮の証拠をしめし、
三人組に迫り、恫喝した。
そうして得た、
自供を、録画して、証文を取り、
役角寺の顧問弁護士に、あずけていた。
どのみち、一蓮托生なのだ。
猪瀬は、ぬかるみにハマるような気分で、
黒の三角頭巾を、
今一度かぶった。
火鳥は、視線を、被害者に、もどした。
部屋の、カベぎわで、
小動物のように、
怯え、
うずくまっている、優希を見る。
火鳥は、ニッコリ笑うと、
その美しい鼻すじをめがけ、キックを見舞った。
ピキッ!
という音がして、鼻骨が、折れた。
猪瀬に指示をあたえ、
血まみれの優希を、
鉄製のベッドまで運ぶ。
怯えきった優希の、
瞳孔は、大きく開かれ、
身体を、ガクガク、震わせている。
両手を、
祈るように、握りしめ、
しゃくりあげながら、
意味不明の言葉を、
念仏のように、
発し続けていた。
極力、
彼女を見ないように、見ないようにする・・・猪瀬。
ベッドの上へ、
あお向けにした優希を、
四つの手錠で、
大の字に、固定した。
どの瞬間といえども、
細大漏らさず、
魅入られたように、
キャメラで記録していく、鹿間。
ミス・水晶学園の、
あわれな姿に、
心を痛めながらも、
彼女を照らし出す、
ライト係の蜂谷。
火鳥はベッドへあがり、
優希の腹部の上に、
腰を浮かせて、またがった。
そして、三人の黒頭巾に向かって、ニヤリと笑いかける。
「さあ、世紀のショーの開幕だ!」
血にまみれ、痣だらけ、
高熱を発した幼子のように、
悪寒に、震えている、優希。
彼女の、片方の頬は、
内出血を、起こして、
ひどく、腫れており、
鼻よりも高く、
甘食のように、
円錐形に、ふくれ上がっていた。
目を、そむける猪瀬。
彼女を見たり、目をそらしたりの蜂谷。
催眠術にかけられたように、
ひたすら映像を切り取りつづける、鹿間。
火鳥はベッドの、スキ間に、
手を差し入れ、
サバイバルナイフを取り出した。
革のカバーのホックを、
パチン!とはずし、
ナイフを抜く。
刃渡り20センチの、
抜き身が、
妖しい光沢を、放つ。
火鳥は、
ミス・水晶学園の、
アゴに手をかけ、
自分の方に、向ける。
うつろな、彼女の視線を、
つかまえ、
結びつけ、
そして、たずねた。
「犬城優希!言い遺すことは?」
黒頭巾三人組に、
「まさか!」
の思いが、
駆け巡る。
優希の瞳が、
一瞬、光を取りもどした。
うわごとも、ピタリと、止んだ。
「ペッ!」
最期の力を、振りしぼり、
ツバを吐いた。
血の混じったツバが、
火鳥の顔面の、
中心部に、
命中した。
渇いた、
神経症的な笑い声を、たてる火鳥。
優希の、夏用の制服を、
引き裂き、
白い胸を、
露出させた。
渇いた笑い声を、たてたまま、
ナイフの鋭い切っ先を、
ターゲットの心臓めがけて、
突き立て、
全体重をグイ!とかけていく。
白い柔肌に、
ナイフの刃が、
沈んでいった。
優希は、手錠の鎖が許すかぎり、
右手を、
真上に伸ばした。
「智子ォーっ!」
「ト・モ・子・ォーッ!!」
「ト・・・モ・・・子・・ォー・・・!!」
断末魔が、室内に、ひびきわたった。
ナイフは、
正確無比に、
優希の心臓を、
突き刺し、深くえぐった。
ナイフを引き抜くと、
血が、断続的に、
ゴボゴボ、噴きあがった。
『ラ‘メリカ』がリピートされ、くり返し流されている。
国体の選抜メンバーの一人として、
智子は、
レギュラーの座を、めざすべく、
合同練習に、参加していた。
さすがに、東京の高校の、選りすぐりが、
集まっているだけのことはあり、
レべルの高い、スキルの応酬が、見られた。
智子は、自己紹介の意味をこめて、
他の選抜メンバーの前で、
まずは、流れるようなランニングシュートを、
連続で決めてみせた。
みんなの熱い視線が集まる。
「へっ、へっ、へっ、どんなもんだい」
お次はとばかり、ロングシュートを放つ。
ボールは、リングの上を、
玉乗りのように、伝い、
移動すること、半周、
最後に、ネット内へ、ポトリと落ちた。
偶然ではない事を、
証明するために、
二度、三度と繰り返した。
まわりの代表選手たちが、息をのむ。
「さてさて、とどめに」
智子はドリブルをしながら、疾走する。
ゴール前で、高くジャンプ。
頭上にボールをかかえあげ、
ダンクシュートにチャレンジ!
しかし、
もう一息、
いや、二息ほど、
ジャンプが、足りなかった。
バランスを崩し・・・あえなく失敗。
バスケットボールのゴールは・・・<3メートル5センチ>。
やっぱり高いのである。
ダンクシュートは、
身長178センチの智子にとっては、雲の上。
一種の、奇蹟なのだ。
失敗し、
コケた水晶学園の主将を見て、
他のメンバーが笑った。
それは決して、小バカにした笑い、ではなかった。
天真爛漫な、
彼女のパーソナリティーを、
受け入れてくれた、証であった。
本人は気づいていないが、
彼女の失敗には・・・華があった。
失敗が、鬱々と沈みこまず、
陽気に浮上するのだ。
赤いフレームのメガネ姿の、智子は、
大げさに頭をかき、照れてみせる。
なにげなく、バスケットシューズに目をやると、
右足の、くつヒモが切れていた。
おかしいな?ついこのあいだ、替えて、なじんできたヒモなのに・・・。
完全に、こと切れた優希を、見おろし、
火鳥は、酷薄な笑いを、浮かべた。
ムゴたらしい姿の・・・元ミス・水晶学園。
火鳥の残虐極まりないやり口に、
猪瀬・蜂谷・鹿間の三人は吐き気をもよおした。
キャメラをまわしていた鹿間は、ほんとうに吐いてしまった。
しかし、画面は、ブレない、
という職人芸を、発揮してみせた。
おびただしい血の、生臭いニオイと、
吐瀉物の、酸っぱいニオイが、
混ざり合い、
室内は、異様な臭気に、満たされていた。
火鳥は、夜を待ち、
三人に、命令して、
死体を、とある場所に、遺棄した。
夜も更けた・・・
惨劇の行なわれた部屋には・・・
誰もいない・・・
クリルが、ベッドの下から、小さな姿をあらわした。
おびえた様子で、あたりをうかがう。
やがて、ベッドの上に、とび乗った。
シーツの匂いを、クンクン嗅ぎ、
飼い主の胸から、
流れ出た、
血の痕を見つけると、
ピチャピチャ音をたてて、
舐めはじめた。




