15 闇(やみ)の中
目を、さました優希。
意識は、とても鮮明で、
気分は、高揚していた。
ぐっすり眠って、
疲れが、消えさっている、そんなような、めざめだった。
しかし、一点、どこか、違和感が。
まばたきを、くり返してみる。
周囲は、真暗闇。
水がポタポタしたたる音がする。
この時点で、はっきり、記憶がもどった。
現在にいたるまでの、できごとを、回想する。
スカートのポケットに、手を入れ、スマートフォンをさがす。
バッテリー部分が、破壊されていた。
落ちついて・・・
いまおかれている状況を、
把握しようと、
気持ちを集中させる。
ベッドの上に、寝かされているようだ。
闇のなかから、
水滴の音のほかに、
クリルの鳴き声が、かすかに、もれ響いてくる。
手さぐりをする。
左側が、コンクリートのカベ、
右側には、スタンド台らしきものがあった。
台の上に、クリルの入ったバスケットが、置かれていた。
その横に、通学用バッグが、立てかけられれていた。
止め金をはずし、バスケットを開く。
指先の触覚で、
クリルの存在をたしかめる。
子ネコは、小さな身体をふるわせ、
おびえた小声で、「ミャァ」と鳴いた。
ふたを閉じ、止め金を、
素早くかけ、バスケットを、強く抱きしめた。
おそるおそる、ベッドから、脚をおろしてみる。
クツは、履いたままだった。
かたい床に、クツ音が、反響する。
バスケットを、ベッドの上に、そっと置く。
両手を、
昆虫の触角のように、
伸ばしながら、
あたりをうかがうように、すり足で歩いた。
だしぬけに、
強烈な、まばゆいばかりの光が、
優希めがけて、放たれた。
小さな悲鳴をあげ、とっさに、腕で目をおおう。
ライトは、舐めるように、
彼女の胸、
腰まわり、
さらにその下を、照らし出していく。
ライトと一体化したような、
ハンディ・キャメラが、
彼女の姿を、
あますとこなく、録画していた。
優希はベッドのほうに、後ずさり、
ペット用バスケットの、取っ手を、にぎりしめた。
冷静さを、なんとか、保持しながら、
暗闇に、ひそんでいる、
卑劣な人物の、正体を、
見きわめようと、目を凝らす。
ライトの向こうに、ふたつの影が、おぼろげにうかがえる。
ともに、秘密結社を、思わせるような、
黒い三角頭巾を、かぶっていた。
視界がきくように、
目の部分が、
二か所、切り取られている。
ひどく不気味な、ヴィジュアルだった。
さらに、第三の人物が、
ライトの前を、横ぎるように、姿を見せ、
優希の背後に、
秒速でまわり、
羽交いじめにした。
底力を、ふりしぼり、
抵抗を、こころみる優希。
頭巾一枚を通して、
興奮した、
荒々しい鼻息が、
つま先立ちになった、彼女のうなじにかかる。
蒸気のように、熱く感じられた。
すこぶる・・・不快・・・。
激しく、あらがう優希に、思い知らせるべく、
羽交いじめの、レベルを上げ、ぐーんとしぼり込む。
歯を食いしばった、優希の閉じた口から、うめき声がもれる。
クリルの入ったバスケットを、にぎりしめた、手の力が、ゆるんだ。
床に、落下する、バスケット。
ショックで、止め金が、はずれた。
中からクリルが、
45度の角度で、跳び上がり、
空中回転、
床へ、
トン!
と、
着地。
敏捷な動作で、
ベッドの下に、避難した。
ふいに、
部屋の隅の台の上に、置かれた、
ノートパソコンのモニターに、なにかが、映し出された。
優希の視線が、そちらに向いた。
モニターには、プリズム状の光が、乱舞している。
画面が切りかわる。
盗み撮りされた女子生徒の、
スチール画像や、動画が、続々と展開された。
いわゆる、水晶学園女子ランキングに、
名を連ねる、生徒〈ガール〉たち、であった。
ホームルームで、怒りの発言をした、
勝気なチアリーダーの、
トイレ内の、恥態も、モニターに映しだされた。
優希の姿も、とうぜんのごとく、あった。
登校時のもの、
授業中の表情、
一年と二年のとき、
ミス・水晶学園の栄冠に輝き、
ドレスを身につけ、
ティアラを、頭上に戴き、
ニッコリほほ笑む、王女のような姿。
屋上で、食事をしている場面、
猪瀬たちとの、もめごとのときの、パンチラ画像までが・・・。
こういうものが、
裏で、
やりとりされているという噂は、
・・・真実だったんだ。
智子の言ったことが、正しかったのだ。
嫌悪感が、
吐き気のように、わき上がる、
それが、さけび声に、転化した。
室内に、優希の声が、大きく響きわたった。
あまりの、声の烈しさに、
虚をつかれ、
羽交いじめの力が、
一瞬ゆるんだ。
バンザイするようにして、
華奢な二本の腕を、
するりと抜きとる、優希。
しゃがみこみ、クリルの名を呼ぶ!
ベッド下の奥から、
飼い主のそばに、近よろうとするクリル。
ライトの光が、キャメラが、しつように優希をねらう。
彼女は手をかざし、
ライトの光をさえぎり、
嫌悪の声で、抵抗をこころみる。
「ひきょう者!こそこそしないで、はっきりすがたを、お見せなさい!」
鞭打つような、
鋭いスイッチ音をともなって、
部屋の照明が、急激に、点灯した。
室内が、くまなく、照らし出される。
せまい入口以外は、
コンクリートで、四方を囲まれた、この部屋。
いったいどこなのだろう?
思考を、めぐらせる、優希。
入口の向こうに、
急角度の石段が、
上方に、連なっているのが、見える。
入口から、向かって、正面つき当たりには、
実用本位の、鉄製ベッド一台が、
ピタリと、カベにつけて、置かれていた。
優希が、寝かされていた、ベッドである。
室内に、窓は、ひとつも見あたらない。
スチール製の机や椅子、キャビネット、ロッカーが置かれている。
一本足台の上に、
置かれた、パソコンが、
かくし撮り画像や、
動画を映し出していた。
オーディオセットやエアコン、
冷蔵庫まで、そなえつけてある。
洗面所の、
水道の蛇口から、
水がポタポタ漏れていた。
電気や水道も通っているようだ。
いささかホコリぽいのと、
空気が、変に、冷んやりしているのをのぞけば、
ワンルームのていさいを、なしていた。
住人の生活が、
すみずみまで、染み付いている。
どこかの倉庫か・・・地下室だろうか。
覆面姿の人物たちの、
正体を、さぐるべく、
強い視線を、むける優希。
目の前の、
黒い三角頭巾を、かぶったライト係と、
ハンディーキャメラ担当が、
とっさに視線をそらした。
つぎに、
彼女は、背後の三人目を・・・ふり返る。
目が合った。
正体を、
さっした優希。
「猪瀬くんね?猪瀬くんなんでしょう?」
呼びかけられた人物は、顔をそむけた。
ふんがいし、うなり声をあげる、優希。
だが、つぎの瞬間、ハッと息をのんだ。
第四の人物の、
存在に、気づいたからだ。
その人物は、照明スイッチの前で、
優希に背中を向けて、立っていた。
三角頭巾は、被っていなかった。




