14 マジック
翌る朝、心配そうな顔で、待ちあわせ場所に、姿をみせた優希。
「目の下にクマができてるよ。大丈夫?」
智子が言った。
「うーん、あの子のことが心配で、心配で」
空の、ペット用バスケットを、ゆすってみせる。
「心配ないさ。そのうち、ひょっこり現われるって」
「おかしいと思わない?
クリルがひとりで歩きまわったとしてもよ、
子ネコだし、行動半径は、
おのずと限られるはずじゃない。
なのに、可能性のありそうな、
どこを、さがしても、
見つからないなんて。
もしかしたら・・・誘拐されたんじゃないかしら」
「そんなオーバーな。
さがしものってのは、
必死になっているときは、なかなか見つからないけど、
意外なときに意外なところから、現われるもの。
これは気やすめでなく、私の経験則」
「そうだといいんだけど」
飼い主は、
不安のシミを、ぬぐい去ることができない。
いつもと違って、授業に身が入らない優希。
講義が、頭の中を、素通りしてしまう。
どうしても足もとに置かれた、
空のバスケットの方に、
意識がそれてしまう。
集中がきかない。
先生の質問に、答えることができずに、
めずらしく・・・注意を受けてしまった。
昼休みの時間。
きょうは、屋上で、優希ひとり。
もくもくとお弁当を食べていた。
相棒の智子は、
国体(東京代表)の、初練習に参加するため、
早退していた。
ひとりぼっちの昼食タイムだ。
食欲がわかず、はしの動きがにぶい。
お茶ばかり飲んでいる。
太陽を背に、ひとりの男子生徒が現れた。
「やあ、犬城くん」
「あら、火鳥さん」
優希は、
まぶしそうに、
相手を、見あげた。
「ちよっと、いいかな」
そう言って、了承をえると、
彼女の正面にかがみ、スマートフォンを取りだした。
「たぶん、きみのとこの子ネコだと思うんだが。
きのう、うちの敷地に迷いこんでいたんだよ。
ぼくが見つけて、保護しているんだ」
優希の瞳に、パッと光がともった。
スマホの液晶画面に呼び出された、
子ネコの姿は、まぎれもなく、クリルだった。
「まちがいありません!
わたしが飼っている子ネコです。
なんとお礼を、言ったらいいのか」
頭をさげる優希。
「きのう配信されたメールを、
友人から見せてもらった。
テストの一件と重ね合わせて、
・・・察しがついたよ。
月吉くんは、友情に厚いヒトだね。
放課後にでも、引きとりにおいでよ。
知ってるとは思うけど、
学園裏の役角寺が、
ぼくの住まいだから」
「はい、ありがとうございます」
深々(ふかぶか)と、頭を下げる優希。
「おいおい、クラスメートだぜ。
水くさいことはよそうよ」
火鳥は、体勢をもどし、
身を翻すと、立ちさった。
午後の優希は、見ちがえるように、いきいきしていた。
胸のつかえがおりてホッとしたのだ。
そのせいか、いままでしたことがない、
授業中にメールを送るという、
大胆な行動に、打って出た。
クリルの無事を、
智子にぜひとも、伝えたかったのだ。
すぐに、リターンが入った。
《ワオ!それは良かった。あしたの晩の、花火大会が楽しみだ☆ トモコ》
放課後。
優希は、
通学バッグと、
ペット用バスケットを手に、
役角寺の山門を、くぐった。
しんとした境内を歩く。
お昼どきに、屋上から、いつも俯瞰していたので、
なんとなく、
寺の地理を、把握している、つもりでいたが、
実際にこうして歩いてみると、
つかみどころのないほど、広大で、
深い森のなかを、さまよっているようだった。
本堂への順路をしめす、
案内表をみつけたので、
それを、頼りに、進んでいった。
正面の巨大なクスノ木ごしに、
西の方へかたむいている、太陽がうかがえる。
昼間とは、ことなり、
夕刻の太陽は、
とてもおだやかな、温かみのある、
オレンジを発色して、
水平に浮かんでいた。
しばらく歩きつづけていると、火鳥の姿が、目にはいった。
夕陽をバックに立っている。
上下を白で統一しており、
上着、ズボン、クツまでもが白一色。
火鳥の両腕には、クリルが抱かれていた。
彼は、優希を見ると、ニコッと笑い、
近づいてきて、子ネコを、丁重に手わたした。
優希は、
ペット用バスケットと通学用バッグを、
足もとに置いて、
クリルを受けとった。
しっかりと抱きしめ、頬ずりをする。
クリルの体温や鼓動を・・・じかに確認する。
充実感と、
安心感で、胸がいっぱいになった。
涙がハラハラながれる。
彼女は、それを、ハンカチでぬぐった。
そのようすを見て、
火鳥は、
濃い眉を上下させ、
おどけてみせた。
優希も、照れ笑いすると、舌をペロリとだした。
それから、クリルを保護してもらったお礼を、
ていねいにくり返した。
「お礼は、また、あらためて、させてもらいます」
と、つけ加えて。
「とんでもない、クラスメイトじゃないか。
よけいな、気づかいは、無用さ」
恐縮するように、手をふる火鳥。
クリルをバスケットにおさめる優希。
止めがねをかけ、
取っ手を〈もう離さない!とばかり〉に、強くにぎりしめた。
「犬城くん」
硬質な笑みを浮かべ、
火鳥が、
親しげに、よびかけてきた。
彼は、予告もなしに、右の手のひらを、上に向けた。
コインが一枚、乗っている。
なんだろう?
思わず、注目してしまう・・・優希。
コインは、あっという間に消えてなくなった。
二秒後に、空中から、サッと、取りだして見せる。
火鳥の、手並みの、良さに、
涙に濡れた優希の瞳に、
好奇心がやどった。
コインは、またしても、瞬時に消え去った。
かわりに、彼の手のひらの上には、
キメの細かい、白い粉の小山、があらわれた。
優希の目が、点になる。
火鳥は、白い粉に、息を、強く、吹きかけた。
目の前の風景が、溶けるように、ゆがんだ。
ほどなく、優希の意識は、うしなわれた。




