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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
10/40

10 優希レジに立つ

 〈ノックせよ、知覚ちかくドアひらかれる!  tomoko〉

  

 しゃれたネームプレートのかかったドアを、ノックする。


「どうぞ」

 と扉ごしに、智子の声がした、いささか鼻声はなごえだ。

 

 ゆっくり、ドアをひらいて、室内しつないを、のぞきこむ。

 

 ベッドの上で、

 問題集もんだいしゅうとノートをひらいて、

 勉強している、パジャマを着た、友人の姿があった。

 目がうるんで、ねつっぽい感じだ。


「おかげんは、いかが?

あすからの試験しけんは、けられそう?」


「うん、なんとかね。

はってでも行くから、心配しんぱいしないで」

 

 メガネごしに、優希ゆきを、見る。

 化粧けしょうをした彼女の顔は、ためいきが出るほど美しく、

 ブラウンのチークを、いたほほが、

 いまにも、ボッとほのおを、はなちそう。

 許容量きょりょうようを、

 オーバーするが、放射ほうしゃされていた。


「あー。よけい、ねつが、がりそうだ」

 広いおデコに手をやり、

 ベッドに・・・しずみこんでいく。

 

 優希は、机用の椅子を、コロコロすべらせて、

 ベッドのそばに、こしかけ、

 至近距離しきんきょりから話しかける。

 

 彼女が、無意識むいしきに、はなってくるに、

 自分の中の、なにかが、こわされないように、

 智子は、毛布もうふを頭からすっぽりかぶって、

 防御ぼうぎょした。

 

 五分が経過した。

 

 心臓の鼓動こどう規則正きそくただしさをとりもどし、

 ようやく精神状態せいしんじょうたいも落ちついた。

 おそるおそる、毛布もうふから、顔を出す。

 

 理性りせい破壊者はかいしゃたる優希は、立ちあがって、

 カベのそこかしこに、ベタベタ、はりつけてある、

 短冊形〈たんざくがた〉のかみを、

 うしろをくみ、

 おもしろおかしそうに、ながめていた。

 

 部屋のあるじが、

 ドアーズのや、

 ジム・モリソンの言葉ことばなどから、

 特にお気に入りのフレーズを、

 きだして、きうつしたものだ。


 <夜は、昼と、おなじ力を、持っている>


 <向こうがわに、けろ>


 <復活ふっかつ予約よやくは、キャンセルした>


 <ウェイク・アップ!>


 <恋をしていたい、風が、こんなに冷たいから>


 <ハートに火をつけて!>



復活ふっかつ予約よやくはキャンセルした、か・・・。

ふむふむ、意味いみぶかい、言葉ことばね」

 優希がつぶやいた。


「デヘヘヘヘ」

 てれくさそうに、リアクトする智子。


「そうそう」

 とシャープペンシルをしおりにした、

 数学すうがく問題集もんだいしゅうを、パラッとひろげる智子。

「この問題のきかたが、よくわからない。おしえてくれる?」


 優希は、椅子いすに、こしをおろすと、

 問題集に、

 その大きなひとみをむけて、読む。

 

 ゴクリと、ツバをのみこむ智子。

 ななめすぐまえにある、友人の顔は、

 この世のものと思えないほど、美しい。


「ええっとね、

この問題は正攻法せいこうほうじゃけないのよ。

少しばかり、発想はっそう転換てんかんしてかからないと。

ほら、ここをこうしてこうするの」


「そうか、そうか、なるほど。さすがは優希だ」


「あのね、あなたは、

問題もんだいに対するアプローチが、あまりにワンパターン。

そのうえ、ちょっぴり、強引ごういん

公式こうしきに、問題をあてはめてやろうと、考えすぎるの。

もうすこし、柔軟性じゅうなんせいが、でてこないと」

 シャープペンシルのノッカーを、

 かたちの良いあごにあて、指摘してきをする。


「へいへい!」


「もうひとつ、言わせてもらえば、ギブアップがはやい。

あとひとし、考えるクセをつけないと。

ボールを持って、

相手あいてディフェンスを突破とっぱする、

あのいきおいよ!」


「病人に、ダメしするわけ」

 かるくせきこむ、智子。


「あら、ごめんなさい」

 友人の背中を、さする。

 

 トン、トン!

 ノックの音がした。

 返事へんじを待たずして、いきなりドアがひらいた。


「はい、し上がれ」

 エプロン姿の智子の母が、はいってきた。

 手にしたおぼんには、

 やまほどのパンと、コーヒー牛乳の1リットルパック、

 コップが二個のっていた。


「焼きたてのホカホカよ。たんと食べてちょうだいな」

 コップに、コーヒー牛乳を、トクトクそそいでくれる。

 動作どうさのひとつひとつが、ダイナミックである。


「うわぁ、美味おいしそう」

 目をかがやかせる優希。

 

 智子のベッドの上に、

 簡易かんいテーブルをしつらえ、

 おやつの時間がはじまった。

 

 優希はネオクリームパンを手にとると、

 幸福しあわせそうな顔して、ハグハグ食べる。

 智子は、

 さしてめずらしくもなさそうな顔をして、もくもくと口にはこぶ。

 毎日、パンを見て、らしているわけで、

 さすがに、パンにたいする感受性かんじゅせいが、うすれてしまっていた。

 食べ物というよりは、

 一個いっこ物体ぶったいという、認識にんしきだ。

 もっとも、

 ふだん智子の口に入るのは、たいはんがのこりパンだったが。

 そういえば、

 夕食が、残りパンという日も、あったっけ、

 あれはかなしかった。

 

 優希は、ショルダーバッグから、 

 携帯用けいたいようウエット・ティシュを取りだして、

 口のまわりをていねいにぬぐう。

 使用しようずみのテイッシュを、

 バッグの中のビニール袋にいれる。

 ゴミは・・・持ちかえる主義しゅぎだ。

 

 コーヒー牛乳をのみ、

 つぎはどれにしようかな?と、

 とうのおさらにのった、

 食欲しょくよくをそそるパンのかずかずに、視線をめぐらせる。


 おなかいっぱい、パンを食べた、優希は、

 ちたりたようすで、コーヒー牛乳を飲んでいた。

 

 智子の母が、あらたまった口調くちょうで、

 娘の友人に、話をりだした。

「ねぇ、優希ちゃん。お願いがあるんだけどね」


 コーヒー牛乳を飲みおえ、

 コップをコトリとおぼんうえにおく。

「なんでしょう、おば様?」


「じつはね、アルバイトの女の子に急用きゅうようができてしまって、

昼前ひるまえに、帰らなければ、いけなくなったの。

つぎのシフトの子が来るのが、午後の二時。

いろいろ手をうってみたけど、

そのあいだ、レジをつ人がいないのよ。

うちのひとは、パンづくりでいそがしいし、

私は私で、パン出しやトッピング作業さぎょうで、おおわらわなの。

そこで、二時間きっかり、

レジを手伝ってもらえないかしら?

給料きゅうりょうは、日払ひばらいさせてもらうけど」


「ダメ、ダメ!優希は、試験勉強でたいへんなんだから」

 智子が、わりこんできて、

 母親の要請ようせい一蹴いっしゅうする。


「優希ちゃん。そこをなんとか、お願いできないかしらね」

 手をわせる、智子の母。


「いいです、引きうけましょう」

 快諾かいだくする優希。


「ムリよ、ムリだってば。ゴホッ、ゴホッ!

うちは、パンの種類しゅるいも多いし、

昼から二時といったら、

一番混時間帯じかんたいじゃないの。

私が手伝てつだう」


「でもさ、お前、せきこんでるし、

ねつだって完全かんぜんに、さがっていないんだろう?」


「おば様、私に手伝てつだわせてください。

一度いちど、レジ打ちって、してみたかったんです」

 優希が、もうた。

 

 智子の母は、ニッコリして言った。

「これではなし成立せいりつだね。

十二時十分前に、おみせに、りてきてちょうだい」


「はい」

 

 バタン!

 と扉をしめて、

 智子の母は、あわただしく、出ていった。


やすうけあいして、だいじょうぶ?

うちは、ひとづかいがあらいし、たいへんなんだから」

 うでみして、

 心配しんぱいそうな顔を、むけてくる智子。


「まっかせなさーい」


 

 カゼ気味ぎみの友人を、部屋にのこして、店へおりていく優希。

 指示しじどおり、

 せまくるしい更衣室こういしつで、

 [auroraオーロラ]

 のグリーンのロゴが入ったエプロンと帽子ぼうしを、につけた。

 

 智子の母は、優希に向かって早口はやくちで言う。

「あと十分で、レジ打ちしている女の子が帰るから、

仕事の流れを、よーく見ててね。

レジの操作そうさはかんたんだから、

やっているうちにこなせるようになる。

わからないことがあったら、

大きな声を出してきいてちょうだい。

小さい声はダメ!

とりあえずパンの値段ねだんを、頭にたたきこんでおいてくれる」


「はい」


「ダメ!こえが小さい。もう一回いっかい


「はい!」


 

 店内を、子姿(こすがた)の優希が、歩く。

 プライスカードを、見てまわる。

 なるほど・・・ 智子の言ったとおりだ。

 パンの種類しゅるいが、おどろくほどおおく、

 プライスも、ひとすじなわではいかない、はばがあった。

 

 おおまかに、分類ぶんるいすれば、

 値段ねだん法則性ほうそくせいのあるパンと、

 フィーリングで、つけたとしか、考えられない、

 値段ねだんのパンの二種類にしゅるいがある。

 

 むきのパンには、

 バーコードも、値札ねふだも、ついていない、

 記憶力きおくりょくだけがたよりである。

 

 お客のかずはさらにふえ、

 店の中は、そうとう混雑こんざつしてきていた。

 

 レジをきつぐ。

 最初の十分間は、智子の母親がサポートしてくれた。

 

 レジの操作そうさは、

 比較的簡単ひかくてきかんたんおぼえられたが、

 パンの袋入ふくろいれ、

 とくに、

 きあがってもないパンが、むずかしかった。

 つぶさないようにするには、

 知恵ちえ工夫くふうと手ぎわのさが、

 三方さんぽう同時どうじに、要求ようきゅうされる。

 

 注意ちゅういのことばが、

 智子の母から、ビシビシあびせられる。


「私はパンしをするから。

からないことがあったら、

ずかしがらずに、大声おおごえできくのよ」


「はい!」


 智子の母親が、レジから離脱りだつした。


 作業場さぎょうばでは、パンづくりに、よねんのない智子の父。

 つぎつぎときあがるパン。

 がまから、

 放出ほうしゅつされるねつは、かなりのもので、

 エアコンをきかせているのにもかかわらず、あせき出てくる。

 

 フレッシュベーカリー[aurora/オーロラ]にとって、

 お昼は、一番のかせぎどきなのだ。

 

 智子の母親が、プラスチックのヘラを使つかい、

 スピーディーに、

 プレート上へ、てのパンをならべていく。


「あの、可憐かれんなおじょうさんひとりで、

混雑こんざつしたレジを、こなせそうかい?」

 と奥方おくがたにたずねる。


「だれもいないよりましよ。

ネコの手も、りたいくらいなんだから。

あの子にとっても、いい経験けいけんになることでしょう。

なにかあったら、とんでいくから、心配しんぱいないわよ」

 

 

 智子の父は、

 まどしに、

 レジの方を、心配顔しんぱいがおで見つめ、

 成形作業せいけいさぎょうを、つづけていた。


 


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