1 インターハイ 女子バスケットボール二回戦
太陽がその強大なる力を全開にして日本列島をじりじりと焼いていた。
七月最後の月曜日、午後二時。
ここ九州は佐賀県唐津にある体育館では、
外の暑さに匹敵するようなインターハイ〈高校総体〉、
女子バスケットボール二回戦の熱い戦いがくりひろげられていた。
月吉 智子 主将がひきいる、
わが水晶学園はインターハイ初出場。
一回戦を不戦勝という、
相手チームが集団食中毒で急きょ棄権したため、
ラッキーなのか?不名誉なのか?よく分からない勝ちかたで突破した。
そして迎えた二回戦。
対戦相手となるのが、今大会 優勝候補ナンバーワン。
女王の異名をとる桃花高校。
水晶学園の選手達、
応援団、関係者、それぞれの見解は、ほぼ全員一致でアンラッキー!
桃花高校は、
インターハイ・国体・ウインターカップの三大大会優勝を、
なんども達成している名門中の名門である。
シード校ゆえ二回戦からの出場であった。
ところが、いざフタをあけてみると、試合は意外な展開をみせた。
第2Q終了じてんで、
なんと水晶学園が女王・桃花高校を12点もリードしていたのだ。
水晶学園[東京都] 27対15 桃花高校[三重県]
初戦ということで、いまひとつエンジンのかかりが悪い桃花高校にたいして、
智子主将がかかんに仕掛けていった成果であった。
水晶レギュラーはボールを持つと、
主将のすばやい動きを予測。すぐさまパスを放った。
パス出しのコントロールが少々みだれていようと、
智子は体勢をくずしながらも、ボールをキャッチ。
信じがたいバランス感覚で修正をほどこし、
またたまくまにトップスピードまでもって行き、
鉄壁と形容される、
桃花のディフェンス陣を振り切り、バネのきいたシュートをたたき込んだ。
178センチの身長に、
筋肉がバランスよく配分された、
智子主将のしなやかでキレがあり、
しかも予測のつけがたいステップワークにはさすがの女王達も目をみはった。
智子の長所のひとつは、
対戦相手のデータがさしてなくとも、直感スタートできることだ。
ふつうは、プレッシャーの魔物と戦いデータをベースにして、
相手の力量をみずからの感覚で慎重にはかりながら、
ゲームをすすめていくものだが、彼女はちがった。
水晶学園のゲームプランは、オフェンスは主将をワントップに立て。
ディフェンスはファウルすれすれのはげしさで、
リバウンドやインターセプトはくらいつくようにボールを奪取にいった。
優勝候補の桃花高校は、
中々、自分達のプレイスタイルに持っていくことができずにイライラしていた。
試合開始そうそう、ガードをかためる前に、
有効パンチをみまわれたボクサーのように、
あれよあれよというまに得点をかさねられてしまっていた。
智子を核弾頭とした、
水晶学園のアグレッシブな試合はこびは、桃花のプレイスタイルを封じこめてしまっていた。
試合 開始 直前、水晶学園ベンチは硬かった。
女王達のきたえぬかれた練習を見ただけで、
戦意そうしつしている自軍のレギュラー陣に、
主将の智子はちょっぴり危機感をおぼえた。
じっさいナマで目にする、
桃花のかんろく漂う練習風景には、相手を圧倒してしまうものがあった。
組織だっていながら躍動感があり、
まるで五人がひとつの生命体と化しているようだった。
応援団の華やかさはいうまでもない。
そして、なにより、水晶選手達をヘコませたのは、
女王達が身につけている一流デザイナーの手による、
桃のピンクを基調にゴールドをあしらった華麗なゲームウエアであった。
びみょうな乙女心をグサリと突き刺した。
彼女たちにとって─智子はのぞく─ファッションというのは、
プライオリティー〈優先順位〉がとても高かったからである。
ゲームウェアを筆頭に桃花の伝統。
練習を見ただけで認識できる力量の高さ。
それらが相まって水戸黄門の印籠のような威力を相手チームに与えた。
智子はチームメイトの金縛りを解こうとゲキをとばした。
「桃花は実質初戦。条件はうちらと一緒。
ただしうちらが失うものはなにもない!桃花に一発ブチかませ!!」
ホイッスルが鳴る。
第3Qスタート。
桃花のポイントガード〈司令塔〉にボールがわたる。
ながれるような速攻で、
水晶陣営に切りこんでくる。
水晶デイフェンスをかわしながらゴールに近ずいてくる小柄な森川。
そのドリブルワークは、速くて、巧い。
ゴール手前、そのままシュートを打つと思いきや後方へバックパス。
ほとんど動くことなくボールを吸い取るように受けた、
サウスポーエースの日向はロングシュート〈3ポイント〉を決めた。
ハッ!とさせるようなパス。
時間にすればほんの少しタメをつくって放たれたやわらかいシュート。
どちらも並ではない、天性を感じさせるプレイであった。
このコンビネーションによって、桃花はようやく自分を取りもどした。
なくしてしまったティアラを見つけだし、
ふたたび、頭部に戴冠。女王に立ちかえったのだ。
排気量の大きいエンジンが温まる。
桃花のプレイスタイルが機能をはじめる。
くわえて、今大会MVPの最有力候補といわれる、
センター日向の個人技がベールをぬぐ。
水晶学園は、
蘇生した女王達の試合はこびに、少しずつ追いつめられていった。
桃花は力で押してくるのではなく、コンビネーションで包囲してきた。
そして要所で森川の自在なパスワークと、
あっとおどろくようなギミックシュート・・
・・パス出しとそっくり同じフォームでシュートを決めることができた。
さらに、日向のパワーと独自としか形容のできないプレイ。
とくに潜在力の乗ったシュート(いわゆる計算をこえた)には、
なんども息をのまされた。
水晶ディフェンス陣の盲点から、ふわっと打ってくるような印象で、
気がついたときには、もうゴールネットをくぐり抜けているのだ。
だれにも、止められなかった。
あぜんとさせられる光景だった。
客席から見ているかぎりは、なんの変てつもないシュートなのだが、
水晶チームにとってはれっきとした魔球だ。
チーム力の差を見せつけられた、
水晶学園のレギュラー陣は、
じょじょに、
傍観者のような意識におちいりつつあった。
○やっぱり、桃花は、ちがうなあ。
○さすがはU18代表がチームに二人もいるだけはある。
○ゲームウェアも、かっこいいし。
○ほんとうにあるんだなぁ、格のちがいって。
試合をすすめていく上で、
必要ふかけつな興奮 状態がチームからうすれつつあった。
ただし主将の智子はべつだ。
ヘコんでいるチームにカツをいれるとか盛り立てるとかいう、
ややこしくめんどうなことはせず、ひたすらゲームに没入していった。
彼女は試合が白熱してくると、
集中力がより増して、
負の要素がほとんど消えさる状態にシフトしていくことが、
稀にがあり、いままさにその渦中だった。
バスケ大好き少女の智子は今のいま、
この形容しがたい感覚の海に身をおけることが、
試合の勝敗とはべつに重要であった。否、シンプルにこの感じが好きだった。
智子は、調子を取り戻した桃花からも、たった一人で得点をかさねていった。
対する桃花の方は女王らしくどうどうと受けてたつ。
智子にデイフェンスを二枚つけたりは、しない。
あくまでもマッチアップ〈一対一〉をくずさない、横綱相撲。
第3Q終了。
桃花が逆転。
水晶学園 35対46 桃花高校
桃花が11点のリード。
第3Qだけで31点取ったことになる。
女王の面目やくじょであった。
いよいよラストとなる第4Q。
ホイッスルが吹かれる。
かたずをのむ選手達。表情が引きしまる。
コート内のひりひりした雰囲気が、客席にまでつたわってくるようだった。
二階の応援席で両手をにぎりしめ、
祈るように、コートのようすを見まもっている水晶学園の女子生徒がいた。
彼女の名前は・・・犬城優希。
体育館の二階の窓から射しこむ、
まばゆいばかりの太陽光線は逆光で、
彼女のすがたは正面からはシルエット状になっていた。