林間学校!真紅の殺戮者による過去話②
夜になったが、昼間に太陽の下で疲れるまで遊んだ生徒達は、割り振られたホテルの部屋で休む者がほとんどだった。
「なんか疲れたな…」
ソファの上で横になる六花。
「まじ疲れたZE」
包帯を足と腹に巻いた緋音。
「…(コクン)」
新しいパーカーのフードを被る鷹。
「僕ちょっとだけ寝る…」
ベッドインする秋夜。
「我が輩、もう動けない…」
座椅子に腰掛ける華乃。
「あー後片付け大変だったー」
赤いバンダナを頭に巻いた黒成。
「なんでお前ら来てんだよ!狭いし蒸し暑いぞ⁉︎」
そして、叫ぶ仁。
とある一室。遊部メンバー大集合なこの部屋は、もちろん仁と六花の二人に割り振られた部屋である。
「ハッハッハッ!あれぐらいでバテるとはだらしないなお前ら!」
一人だけ、疲れを感じない斎。
「飯前に風呂入っちゃうか…」
反対意見の者はいなかった。
このホテルが林間学校に選ばれるのは、海の綺麗さとホテルの隣の敷地にある、大浴場が大きいのだろう。
その広さ、温泉の種類の多さなどが、リピーターが増える秘訣なのだという。
「ふぅ…」
男湯にて、気持ち良さそうに吐息を漏らす少年がいた。
彼の名は仁。
温泉が好きな彼には悩みがあった。髪が長く顔も中性的な仁は、性別を間違われる事が多い。銭湯に行くと高確率で「えっ!女の子がいる⁉︎」と騒ぎになるのが悩みの種だ。
「うぃっす、仁。隣失礼するぜ」
「ああ、六花か。構わんよ」
隣で湯船に浸かる六花を見て、改めて仁は思った。
昼間はあまり意識していなかったが、意外と筋肉があるな…と思ったのだ。
ゴツゴツとした筋肉ではない。細く引き締まった筋肉だ。
まぁ、それも当然だろう。傭兵として数多の戦場を駆け回った男だ。
身長も平均クラス、筋肉もあまりついてない為、六花の筋肉が羨ましく思う仁だった。
「おれさ、この学園に通う事に抵抗あったんだよな…」
六花の突然の告白に、えっ?と仁は聞き返した。
「だって、通ってるだけで金が貰えるとか言ってくるんだぜ?怪しいに決まってるだろ…って思ってな」
日本政府が大きく関わっている如月学園。
生徒には協力を要求する代わり、それなりの生活が保証され、少なくない金が支給されている。
今の世の中は宝くじに似ている。能力者になれるかは、当人の運次第。一度能力者になれば、金持ちばかりが満喫していた贅沢に埋もれる事が出来る。
「まぁ、俺も出来ることなら別のとこに行きたかったさ」
見てみろよ、と仁は楽しそうに遊ぶ少年達を指さした。
遊部メンバーのメンズが、何やら楽しそうにはしゃいでいる。
「あいつら、ほんと中学のままだな…」
「昔から、あんな感じなのか?」
ああ、と仁が答える。
「本当だったら、“アイツ”と同じとこに行きたかったんだが…あいつらをほっとけなくてな…」
六花は思った。
何故、あのような一癖も二癖もある連中が、仁を中心にして活動を共にするのか。
それはきっと、愛なのだろう。
こいつらに惹かれて正解だったな、と六花は思った。
その時だった。急にバランスを崩した斎が、女湯との境界線だった木造の仕切りに高速で突っ込む。
仕切りを盛大にぶち壊し、女子の悲鳴が響き渡った。
「…マジかよ」
「…言っただろ、目を離せないって…」
結局、この日の大浴場はこれにてお開きとなってしまった。
「ハッハッハッ!まさか石鹸で滑って転ぶ日がくるとはな!」
仁と六花の部屋に再度集まった遊部メンバー。
「やばいよ…あの後、女子と目があったんだけどめちゃくちゃ睨まれちゃったよぉ…」
まじ気まずいよ…と秋夜は頭を抱えてる。
「我が輩思ったんだが、どいつもコイツも粗チ…」
「何言おうとしてんの華乃ー⁉︎」
バッと黒成が華乃の口を押さえた。
「ん…そういや、緋音はどこだ…?」
この部屋には、遊部メンバーが集結している。しかし、緋音の姿だけがなかった。
「そういえば、具合が悪いから部屋で休む…と我が輩に言ってた気がするな」
「珍しいな…あの緋音がー」
心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder、STSD)は、命の安全が脅かされるような出来事、天災、事故、犯罪、虐待などによって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である。
(Wikipediaから引用)
「うぅ…うぐぐ…」
一人、部屋で悶え苦しむの緋音。
頭が割れそうな程の頭痛と、胸の内からこみ上げる吐き気。症状の原因は明らかだった。
癒える事のない、過去の傷跡。
今から六年も前の事だ。
能力も何もなく、普通の女の子だった頃だ。
両親に先立たれた後、祖父母の扶養になっていた小さな女の子には、悩みがあった。
クラスの男子からの嫌がらせだ。
最初は小さなものだった。軽くどつかれたり、消しカスを投げれたりなど。
それが徐々にエスカレートしていき、血が滲むまで叩かれる事だってあった。
そんな少女の心の支えは、内緒で飼っていた小さな猫だ。
自宅で飼う事は叶わなかった為、近所の空き地の段ボールで、給食の残りを食べさせるのが少女の日課だった。
しかし、ある日の事だった。
いつものように空き地へ向かった時だった。
少女は、複数の男子児童に押し倒された。普段いじめめくるクラスの男子達と、一つ上の学年、六年生の男子児童だ。
六年生の男子達は、「学校でやった“おんなの体”を教えてやる」と少女の服を脱がせ始めた。
必死の抵抗も、一つ上の壁の前には無力。空き地は人通りが少なく、助けも来てくれない。
子供というのは恐ろしいものだ。
大人が同じ事を行うとしたのなら、心の中は性的欲求で一杯だろう。
しかし、子供は素直な“興味”でそれを行うのだから。
服を無理やり剥ぎ取り、下着に手を伸ばした時だった。
少女が飼っていた猫が、男子の腕に噛みついたのだ。殴られ、引っ張られても噛みつくのをやめない猫へ、握りこぶしのような大きさの石が叩き込まれた。
その時だった。少女は頭の中や体の中を、何かが埋め尽くしていくのを感じた。
燃えたぎり、マグマのようにドロドロした、怒りだ。
猫はピクリとも動かない。先程までの恐怖は、どこかへ消え去っていた。
少女は猫を殺した男子の首元に噛みつき、その肉を食いちぎった。歯は肉食獣のような牙へと変化していた。
爪は、一本一本がナイフのようだった。腕を振るうと、いとも簡単に体が引き裂かれた。
“その時”の事は、あまり覚えていない。気がついたら、血で真っ赤に染まった服を着て、どこかを一人で歩いていた。
「はぁ…久々に…気持ち悪いZE」
日本政府に保護された後、自分の身元が割り出せない事と、町の住人全てを殺してまわっていた事を伝えられた。
名前を聞かれた時、少女は答えた。
『名前は緋音…私は緋音』
名前を捨てた少女は、過去を忘れた。
しかし、心に刻まれた傷は消えてくれない。
「男子の裸くらいでビビってんじゃあねぇ…それに、今のオレにはあいつらがいる…」
心の底から信頼できる仲間。
「大丈夫だ…あいつらは絶対に裏切らない…」
それが仲間だ。友達だ。
ドンドン、とドアをノックする音が聞こえる。
入るよ〜と、鍵を開けて入ってきたのは華乃と、遊部のメンズ達だった。
「大丈夫か緋音、顔色悪いぞ?」
「大丈夫だZE…ちょっとのぼせてな…」
彼らは心配していたようだが、そこまでキツそうではない緋音を見て、安堵したのだろう。すぐに、各自で好きな事を始めていた。
やっぱり、仲間と一緒にいるのが一番なのだろう。
頭痛や吐き気は、どこかへいってしまった。
そして思った。
もし、もしも仲間の誰かが自分を裏切った時。
その時は一切の躊躇なく…
「殺してやるZE」
小さな声で緋音は言った。
おわり
次回予告
林間学校を終えた能力者達を、今度は学園祭が待ち伏せていた!
しかも、遊部のメンズ達に変化が…
え、今度は女体化すんの⁉︎
次回、能力者達の日常3話『学園祭!文化祭とかで飲食店やる時は結構面倒くさいから注意が必要よ!』にご期待下さい