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遊部が生まれた日

如月学園高等部。

300人を軽く超える生徒数と、東京ドーム三つ分の敷地を持つ、かなり大規模な学園である。

そして、日本政府による支援もあり、設備や環境などは日本最高峰とも言われている。

まぁ、政府の話は程々に。

今、如月学園高等部では入学式が行われていた。

『…で、あるからして、新入生諸君も気持ちを新たに、学園での生活を送って欲しいというのが、我々教職員の願いであります』

学園長による話も終わり、新入生達は学び舎となる教室へ移動した。

自由席だから好きなように座っておくようにと担任が言った通り、新入生達は各々の好きな席に座った。

HRでの自己紹介は、この小休憩の後に行われるらしい。新入生同士によるグループが、少しずつ構成されてきた頃だった。

一人だけ、誰とも交わらずに突っ立ったままの少年がいた。

天然パーマの頭をくしゃくしゃと掻き毟り、どうしようかなと困った顔をしている。

クラスに馴染めず、孤立した“ぼっち”のまま生活する典型的なパターンだ。

しかし、あるグループを見た瞬間だった。

いつの間にか、少年の体が動き出していた。

「良かったら、おれも混ざっていいかな」

男女数名で構成されるグループ。それだけなら他のグループと大差ないが、何故か少年は惹かれていた。

「ああ、いいぜ」

輪の中にいた銀髪の少年が、軽く答える。

こうして天然パーマの少年こと、骨元 六花は彼らに接触した。

惹かれた理由は単純。

ヤバそうだったからだ。



「おれは骨元 六花。海外で傭兵をしてたが、契約が切れて帰ってきた」

よろしく、と六花が言う。

こちらこそ、と仲間達を代表して銀髪の少年が言う。

「俺は八坂 仁だ。とりあえず、この格好は厨二病やコスプレではないことをまず伝えておきたい」

確かに、見た目に関しては一番ヤバいな、と六花は思った。

サラサラとした銀髪に、左目に着けた黒い眼帯。

凡人が同じ格好をしたら、あまりの痛さに直視できないことだろう。

しかし、何故だろうか。仁の整った顔には、えらくマッチしているように見えた。

「ふむ…仁の言い訳も終わった事だし、我が輩も自己紹介をしよう」

言い訳じゃないわい!と仁が即座に反応する。

その間、我が輩という一人称に、六花は疑問を抱いた。

入学式だというのに、規定のブレザーではなく、純白の白衣を着た少女は、自身の事を我が輩と呼んでいる。

しかし我が輩とは本来、男性が用いる一人称では…?

「我が輩は金堂 華乃。世界一の発明家と言えば、分かるだろう?」

「いや、全く知らん」

そうか、とシュンとする華乃。

言われてみれば、発明家のように見えなくもない。

白衣とか着てるし。少なくとも、格闘家ではないだろう。

「さてさて。華乃の紹介も終わった事だし、そろそろオレも自己紹介するか」

華乃の隣に座っていた、ポニーテールの少女が立ち上がる。

しかし目が合った瞬間、体の内側がゾッと冷えるのを六花は感じた。

「オレは佐々倉 緋音。趣味は動物愛護だZE」

朗らかな笑顔と共に、よろしくと差し出された小さな右手。

握手を交わした瞬間、平均より少し小さめな緋音が、身長が180近い六花よりも一回り大きく感じた。

一目で分かった。グループ内で最もヤバいと思うのはこの少女、緋音だ。

当人はニコニコとしていたが、六花の心臓は激しく脈打っている。

天敵に遭遇した小動物の気分だ。

「どうしたんだZE、随分と緊張しているようだZE?」

「あ…ああ、すまない。女性と触れ合うのは久しぶりで、つい」

とっさに出た言葉をはき出す六花。

「そ、そそそそうか!いやぁ、すまないZE」繋いだ手を勢いよく離す緋音。

若干、顔が火照ったように見えたのも、六花の思い込みだろう。

六花は静かに、気持ちを切り替えた。

「とりあえず、早いとこ自己紹介するか…」

そう言って立ち上がり、180近い六花を見下ろすのは高身長の少年。

赤いバンダナに金色の髪。ワイシャツではなくTシャツの上にブレザーを羽織るその姿は、まさに不良。

漫画に出てくる不良キャラみたいだ、と六花は思った。

「教川 黒成だ。格好については、まぁ悟ってくれ…」

「その、制服のことか…?」

制服を着崩しているのではと思っていたが、よく見るとそうではなかったらしい。

「…溢したのか」

うん、と頷く黒成。

彼のものと思われるワイシャツがあったが、黒いシミが広がっていた。

コーヒーは中々落ちねぇよ…と黒成は落ち込んでいる。

「そいつは気の毒にな…」

「まぁ、ネクタイしなくていいからこのまま過ごすけどな」

前言撤回。六花は苦笑いしながら、黒成の隣に座る少年へ目を向けた。

「…あの、その…」

少年はどもりながらも六花を見るが、すぐに目を逸らしてしまった。

「ぼくは…北村 秋夜っていいます…その…人と話すのが苦手で…」

そう言って、モジモジと体をよじる秋夜。

「すまんな六花。秋夜は内弁慶タイプなんだZE」

「内弁慶だとっ!」と吠える秋夜。しかし、即座に顔を赤らめて黙ってしまう。

「な、内弁慶タイプだろ?」

得意げな緋音を見て、確かにと六花は思った。

「……」

そしてもう一人、緋音以外にもヤバそうな奴がいた事を、六花は思い出した。

フードを目深に被り、一言も発さない少年。

しかし、六花に向けられた彼の鋭い瞳には、得体の知れない不気味さを感じる。

「ああ、すまん。こいつはあんまり喋りたがらない性格なんだわ」

「そ、そうなのか…」

確かに、仁の言う通りなのだろう。そもそもこの少年からは、喋る気配を感じない。というか、呼吸をしているかすら怪しかった。

「確かに、仁の言う通りだな!」

フードの少年の隣にいた少年が、勢いよく立ち上がる。

黒のロングコートに、室内だというのにサングラスを掛けるその少年は、大きく口を開いた。

「友に代わって自己紹介しよう!彼の名は広瀬 鷹。無表情でポーカーフェース…秋夜とはまた違ったコミュ症でありんすっ⁉︎」

早口でまくしたてるコートの少年を、フードを被った少年、鷹がグーで殴る。相変わらず無表情のままだったが、その顔は若干イラついているように見える。

「…そして殴られた俺様は、雪田 斎だ。鷹の相棒みたいなヤツだぜ…」

ガクッと気絶する斎。

こうして彼らの自己紹介は、クリーンヒットによる気絶で締めくくられた。



クラス全体の自己紹介も終え、担任の高尾の自己紹介が終わった頃だった。

「えー、皆さん知っての通り、如月学園は自由を教育方針としてるのですが、一つだけ、学園からお願いしている事があるのです」

なんだなんだ、とクラス全体がざわつく。

「それは、部活動への参加です」

担任、高尾による話の内容はこうだ。

学園長はできる限り子供達を縛らず、自由な発想と力で日本を、そして世界を変える逸材になって欲しい。

しかし、仲間と共に部活に励んで絆を深め、集団行動を学び、ついでに各部の活動報告をそのまま日本政府に提出すれば、一々報告書を提出しなくていいので楽だから。という事だった。

「といっても、何部に入ろうかね…」

そう言って、仁はため息をつく。

HRを終え、とりあえず一休みをしようと広場へ向かう一行。

しかし道中、各部の先輩達による勧誘の嵐が待ち伏せていた。それらをなんとか乗り越え、比較的人の少ない自販機の前で、彼らは休んでいた。

「オレ、部活動とか全く触れてなかったからよくわからないZE」

「我が輩も同じ意見だ。科学部にでも入ってスライム作ってろってことか?」

緋音と華乃の厳しい意見に、はははっと六花は苦笑いをする。

「で、でも…部活に入らないと停学になっちゃうんだよね…」

そんなの嫌だよぉ…と嘆く秋夜。

部活に入らないと、強制的に停学処分を食らうと先生は言っていた。

しかし、それは本当に正しいことなのだろうか。

「じゃあ俺様、卓球部に入りたいぜ!」

そう言い残し、斎は一人走っていった。

「どうする仁…先走って一人で行っちゃったぞ」

俺たちはどうするんだ、と黒成が言う。

「とりあえず、各自で部活がどうなってるのか見に行こう」

こうして、彼らはペアを組んだりソロで、部活見学へ向かった。

しかし、結果は散々だった。


斎の場合 卓球部


斎「ハッハッハッ!主将といえどその程度か!温泉卓球で鍛えた俺様に勝てると思うなよ!」

何故か卓球部の部長と勝負をすることになった斎は、圧倒的な点差をつけて勝利。

部長を再起不能にして、部室から叩き出された。


黒成の場合 家庭科部


黒成「なんだよアイツら。ちょっとばかしアドバイスしてやっただけなのに」

家庭科部へ向かった黒成。

おかし作りの体験をしていた新入生に色々とアドバイスをしたが、同じ新入生だと思った女の子は実は家庭科部の部長であり、プライドを粉々にされた、と泣き崩れてしまった。

黒成もまた、家庭科部を追い出されたのだった。


緋音の場合 総合格闘技部


緋音「…手加減してこれじゃあ話にならないZE。邪魔したな」

能力を使わず、総合格闘技部の部員をボコボコにした緋音は、新たな獲物を求めて歩き出す。


仁の場合 剣道部


仁「どうやら、ここは俺が来るような場所ではなかったみたいだな」

剣道部を訪れた仁。

しかし、中は騒然としていた。

どうやら能力を使って無理矢理、剣道部の部長を負かした新入生がいたらしい。

仁はその新入生に勝負を挑み、見事勝利を掴んだ。

仁「まさか、『衝撃を操る能力者』だったとはな。そりゃあ何回叩いても倒れずに向かってくる訳だ」

少々賭けとなったが、足払いで転倒させるという一瞬の攻撃で、能力の発動を許さずに気絶させる事が出来た。

ぜひ入部した欲しいと勧誘されたが、仁は断わった。



「いやぁ〜全然ダメだったな」

「もう、停学でもいいんじゃないかと思ってきたZE」

自販機で買った缶ジュースを片手に、仁と緋音が笑っている。

「全く、何が国内最高の環境だ。あんな設備では我が輩、満足出来んぞ」

「俺…何か悪い事したのかな…フツーにアドバイスしただけだったよな…」

不満気な華乃と、ぶつぶつと呟き続ける黒成。

「…こいつらって、昔からこんな感じなのか?」

六花の問いに、まぁなと仁が答える。

「だいぶマシになったがな。昔はそれなりに酷かったぞ」

「確かに、言えてるZE。お前を筆頭にな」

ハッハッハッ!と仁と緋音が肩を叩きあう。

そんな様子を見て、六花は何も言えなかった。

その時だった。一人の女子生徒が、廊下を必死の形相で走っていた。

「どうしたんだろうな?」

腕組みをしながら六花が言う。

「何かから逃げるように走っていたな」

「いやいや仁よ、あれは逃げるというより、追う側の顔だZE」

たしかに…と仁が頷いた。

「我が輩が思うに、直接見に行けばいいのではないだろうか」

「まぁ、暇だし見に行ってみるか」

しばらく歩くと、凄まじい数の生徒による人だかりが出来ていた。

「凄い騒ぎだな…」

「なぁ、いったい何が始まってんだ?」

同じ新入生の男子生徒に、仁が尋ねる。

「なんか、新入生の奴が先輩に目ぇつけられたみたいなんだよ」

「そうそう、なんか知らんけど他の新入生が止めに入ったみたいでさ。ボコボコにされてるって話だぜ」

その時、六花以外の全員に衝撃が走る。

「まさかな…」

「いや、あり得るかもしれんZE」

「我が輩が思うに、可能性は高いな」

「よし、ちょっくら先生呼びに行くか」

そう言って、黒成は走っていった。

「仕方ない、行くか」

仁、緋音、華乃。三人はギャラリーの中へ突っ込んでいった。

「ちょ、おい!待ってくれ!」

遅れた六花も、急いで駆け出した。



上級生に絡まれた同学年の生徒は、酷く怯えていた。

涙目で、プライドや自尊心の欠片もない。

しかし何故だろうか。見過ごす事が出来なかった。

割って入ったぼくを、ギラギラした不良達の目が睨んでいる。

「んだよこいつ…仲間かァ?」

「弱そうだなぁ〜触ったら折れちまいそ…ふふっ」

ドンッと体を押された拍子に尻餅をついてしまう。

「…一人じゃなにも出来ない…ただの雑魚のくせに…」

精一杯の強がりに、んだコラァ!と不良達が反応する。

胸ぐらを掴まれたぼくは軽々と持ち上げられ、床に叩きつけられた。

「舐めた口聞いてんじゃねぇぞタコっ!」

体が痛い。殴られた訳じゃないのに、口の中が切れたみたいだった。

ぼくは不良の足を掴み、顔を上げた。

「吉川 明彦…」

ギョッと目を見開いて不良、いや吉川がぼくを蹴り飛ばした。

「な、なんで俺の名前知ってんだよこいつ…⁉︎」

「…トラウマは…授業中に漏らしたことなんてね…滑稽だね」

ビクン、と吉川が飛び上がった。

そんな様子を見て、周りの不良達が笑い出す、

「あいつマジで漏らしたのかよ」

「漏らしたのがトラウマとか…だっさ」

「吉川じゃなく、今日から漏らし川な」

笑いが広まる。

声にならない怒りを、吉川は吐き出していた。

「テメェ、口から出まかせ言いやがって…」

「ハハッ…露骨に反応しちゃって…」

痛い、怖い。そんな感情を押し殺して、ぼくは強がってみせる。

もう、弱いだけの自分は嫌だから。



ぺっと口に溜まった血を吐き出す秋夜。直後、秋夜のか細い横腹へ、不良の蹴りが突き刺さった。

「俺を怒らせやがって…マジにぶっ殺してやる…!」

続けて秋夜の顔を踏みつけようとした時だった。

高く上げられた不良の足を、何かが払った。

「ウォ⁉︎」

バランスを崩した不良の顎に、握り締められた拳が叩き込まれる。

「おい秋夜、大丈夫か⁉︎」

危機一髪で秋夜を救ったのは、片手に刀を持った仁だった。

「仁…また助けられたね…」

馬鹿野郎が…と仁が言った直後だった。

背後から振り下ろされた岩石のような拳を、右手の刀で仁は防いだ。

「もう、マジでキレたぞ」

殴り倒された筈の不良が、不敵に笑っていた。

その秘密は、不良の顎にあった。不良の顎が、岩石のような形状に変化していたのだ。

さっき殴った時にやたらと痛かったのは、そういう事だったのか。

チラッと左手へ目を落とすと、手の甲から血が滲み出ていた。

「どうやら、ただの雑魚ではないらしいな…」

不良の数は、少なくても20人位だろうか。

「来ないなら…こっちからいくぞゴラァ!」

不良がゴツゴツの右手を握り、仁へ殴りかかる。対して仁は、刀を構えて防御の姿勢に入った。

「馬鹿がぁ!」

ゴツゴツの手を叩きつけるのではなく、手を広げて刀を掴みとる不良。

「…なに⁉︎」

仁の顔に、驚愕の色が浮かぶ。

ガッハッハッ!と不良は唾を飛ばしながら笑った。

「テメェの刀は一本!それさえ封じる事が出来れば…」

不良のもう一方の手が、ゴツゴツとした岩石に包まれる。

「俺の勝ちだ!この馬鹿め!」

仁の頭部へ、握りしめられた拳が叩きこまれ…

「…馬鹿はお前だ」

岩石のの拳を、新たな刀が防いだ。

「何ぃ…⁉︎」

「使える刀が一本だと決めつけるのは、凡ミスだったな」

新たに左手付近に刀を召喚し、岩石の拳を防いだ仁。

「そして、運も悪かったな」

不良の腹へ、膝蹴りが叩き込まれる。

「がっ……⁉︎」

「よりにもよって、“俺たち”を怒らせたんだからな」

腹を押さえて悶絶する不良の首すじに、仁の刀が容赦なく叩き込まれる。

しかし、血は吹き出ない。刀の峰を使った打撃、峰打ちだ。

「さて、“学習しない馬鹿”はあと何人かな」



体格差をものともせず、見事に不良を倒した仁。

しかし、一対一では勝てないと判断したのだろうか。

残された不良達は、一斉に仁へ向かって走った。

「その腕、捻り潰してやる!」

真っ先に対峙した、丸太のような豪腕を持つ不良が、仁へ両腕を伸ばす。

しかし不良の両手を、第三者の両手が掴み取る。

仁と不良の間に割って入ったのは、緋音だった。

「バトンタッチだ、仁。こいつはオレがやるZE」

ミシミシッ…と握られた両手から嫌な音が鳴る。

不良の豪腕と、枝のように細い緋音の腕。

力比べの結果は、明らかだった。

「ぎゃあああああああ痛い痛痛いぃいぎぎががが…」

しかし時として、番狂わせが起こる事もある。涙を流し、手を離してくれと懇願したのは、豪腕の不良だった。

緋音はつまらそうにため息をついて、不良の手を離した。

「…一応、コイツも生徒だからな」

手加減してやれよ、という仁を嘲笑うように緋音が言う。

「手加減はしたZE。なんせ、折らなかったんだからなぁ〜」

その時だった。

仁は刀を使い、緋音は右手を使って、高速で迫ってきた何かを防いだ。

「なんだこれ、コインか…」

緋音が掴み取ったのは、どこにでもあるような100円玉だった。

少し離れた所に、コインを持った不良が立っている。

「コイン弾きを見抜きやがった…だが!」

ターゲットを仁や緋音から、周りのギャラリーへ切り替える。

「お前らが駄目なら、周りの連中を人質にするまでだ!」

能力者の学園といえど、戦闘系の能力者が多い訳ではない。ギャラリーのざわめきが、一際多くなった。

「そうか…わかった」

刀を構えて、仁は言った。

「任せたぞ、六花」

仁は、コイン弾きの不良を見てはいなかった。新たな敵を前に、意識を集中している。

「オーライ、任せてくれ」

背後からの声に、バッと振り返るコインの不良。

そこには、拳銃を構えた六花が立っている。

「“はじき”あいなら負けないぜ…」



六花が構えているのは、実家で製造している試作型の拳銃だ。

対して不良の手にあるのは、ジャラジャラとした小銭だ。10円玉と100円玉しか見当たらないが、重要なのは額ではなく殺傷力なのだろう。

「成る程、一円玉や五円玉は薄くて小さい分、殺傷には向かないということか…」

「そこまで見抜くとはな…」

その時、不良の指がコインを軽く弾いた。瞬間、空気抵抗やら何やらを無視した動きとスピードで、コインが六花へと放たれた。

しかし、六花が発射した銃弾がコインにぶち当たり、互いにバラバラに砕け散った。

「…コインの発射される位置さえ掴んでおけば、それを撃ち落とす事なんて他愛もないぞ」

「く、くそ…!」

不良は連続でコインを弾く。しかし、六花に当たる事はない。角度を変えようがコインを増やそうが、全て撃ち落とされる。

しかし、カチンという虚しい音が銃から聞こえた。

「しまった…弾が…」

撃ち落とされなかった一枚のコインが、六花の右手に命中する。皮膚や肉を切り裂き、奥深くまで突き刺さった。

「ぐあああああッ⁉︎」

「へへッ、お前の装弾数は7発みたいだな。コッチの装弾数は、それを遥かに上回っていた…」

尻餅をついた六花を見下ろし、不良はコイン構えた。血を流す六花ではなく、再びギャラリーへ向けて。

「お前の負けだ。勝つのは常に…強者さ」

不良がコインを弾いた。

しかし、銃弾によってコインが弾かれる。

「何だとっ⁉︎」

六花を見て、不良は驚愕した。

負傷した右手は、だらりと下げられている。左の手に新たな拳銃を構えた六花が、不敵に笑っていた。

「…勝つのは常に強者。その通りだと思うよ」

「くっそぉ!」

コインを構えよようとした不良の“両手首”へ銃弾が二発、撃ち込まれた。

「うぎゅあああああ⁉︎」

「おれなら“こうする”。しばらく、どっちの手も使えないようにな」

仁と被るから、使いたくなかったんだよな…と六花は思った。



「やったか、六花」

あらかた不良を片付けた仁と緋音が、六花の元へ駆け寄った。

「やるじゃないか、名誉の負傷だZE」

六花の動体視力と運動神経なら、避ける事も造作ないだろう。

しかし、六花に当たらなかったコインがどこへ向かうか。となると、話は変わってくる。

「これ結構痛いんだが、なんとかならないかな…」

それならいいものが…と仁が言いかけた時だった。

「動くんじゃねぇテメェら!コイツがどうなってもいいのかぁあ⁉︎」

不良の一人なのだろう。女子生徒を掴み、首にナイフを押し当てている。

「またか…どうするよ」

もういいよと言わんばかりの仁。

「あの人質が、再生能力を持ってる可能性に賭けてみるZE」

けけけっと笑う緋音。

「いや…あの泣き顔から察するに、その可能性は低いな」

やれやれ、と六花は言った。

「本当にいいのかぁ⁉︎マジにコイツを傷物にすんぞ!」

ナイフを握る不良の手に、力が込められる。

しかし、いくらナイフを押し込んでも、女子生徒の首に刺さる気配はない。空中で完全に静止してしまっているのだ。

「なんだ…なんだこれ⁉︎」

その時だった。女子生徒を“守っていた”大型のナイフが、本体と共に姿を見せる。

「……」

フードを被った少年、鷹が姿を現わした。

その、虚無のような鷹の瞳を見た瞬間、不良は完全にビビった。

「クソッ…何なんだコイツら…わけわかんねぇぞ!」

女子生徒を突き飛ばし、不良は逃げ出した。

「おらどけェ!ぶっ殺すぞ!」

不良を前に動けないのだろうか。ギャラリーの一人へ、拳を叩き込む不良。

そして、ボキャア!という骨の砕ける音。

砕けたのは、不良の拳だった。

「アンギャアアアアアアアッ⁉︎」

「おいおい、俺様を置いてどこへ行くつもりだ?」

拳が焼けるように痛い。と思った時だった。突如、遥か後方へ吹っ飛ぶ不良。

周りの能力者達には全く理解出来なかったが、仮に“目”が良い能力者がいたなら、認識できただろう。

少年が不良を掴み、ぽいっと放り投げたことを。

不良は頭から、ゴミ箱に突っ込んだ。

「さて、マイフレンド鷹よ。俺様たちの知らない所でお祭り騒ぎだが、どう思うよ?」

コートを着たサングラスの少年、斎がチラッと鷹を見て言う。

「……」

「そうかそうか、『ふざけやがって!騒ぎに乗じて痴漢作戦失敗じゃねぇか!』…と言っているんだなぁあああああ⁉︎」

高速の足払いで転倒した斎の顔面に、肘鉄を食らわせる鷹。

「…なんで、鷹のパンチは効くんだろうな」

「たぶん、愛があるからだZE」

「あ、終わったか同胞諸君」

ギャラリーの中から、華乃が現れる。

「さて…この惨状どうしようかな…」



こうして彼らは、日頃の鬱憤を晴らすことはできた。

しかし、先生を呼びにいった黒成や、傍観していた華乃も「何故止めなかった!」と説教の対象となったのが、解せなかったらしい。

仁「結局、周りから怖がられてどこの部にも入部できなかったな」

緋音「全くだZE。今後は実力を身につけてから助けに行って欲しいぜ」

秋夜「仕方ないじゃないか…あんな大人数に絡まれてるのを見てたら…他人のようには思えなかったんだ」

黒成「まぁ、そこが秋夜のいい所でもあり、悪いとこでもある」

華乃「しかし、入れる部活がないとなると、我が輩達は永遠に帰宅部だぞ」

鷹「…。」

斎「全く、度し難いな!」

六花「いっそのこと、部活でも作っちまうか」

ピタッと六花以外の動きが止まる。

六花「…どうしたよ?」

緋音「その発想があったか…流石だZE!」

黒成「新しく部活を作れば、断られる事なんてないんだもんな」

秋夜「流石だよ、えっと…その…六花君」

六花「君はつけなくてもいいぜ」

華乃「早速、先生に提案しよう。なんせ、この学園は『自由』を売りにしているのだからな」

鷹「…!」

斎「俺様も賛成だ。あまりに人が多いと、大変だからな!」

仁「新たな部活を作る訳か…まぁ、それが一番手っ取り早いだろう」


こうして、新たな部活が生まれた。

部の名は『遊部』

遊ぶ事に真剣に取り組み、月一で報告書の提出をする事を条件に、学園長から許可を得た。

そして今、8人の能力者達が部室の前に立っている。

仁「ここが俺たちのホームになる訳か…」

六花「なかなか良い感じだな、周りも静かだし」

緋音「まぁ、悪くないZE」

黒成「出来れば、テレビも欲しいな」

秋夜「じゃあ、買ってきてもらおうか…」

鷹「……」

斎「ははは!ここを俺様達の秘密基地にする訳か!楽しみだな!」

「ちくわ大明神」

華乃「防音構造か…色々できそうだな…って、ん?」

一同「誰だ今の」


おわり


次回予告

季節は変わって春から夏へ。程よく学園生活を送る遊部メンバーへと訪れる、悲劇と喜劇。

そして語られる、悲しき少女の過去。

次回、能力者達の日常第2話『林間学校!真紅の殺戮者による過去話』にご期待下さい

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