9.冒険者ギルドは存在自体ファンタジー
しばらく待たされた後、リオミが衣装チェンジして現れた。
白いマントに動きやすそうなチェニック、短めのプリーツスカート。
修行時代の衣装だったんだそうだ。
なんでミニスカートだったのかと聞いてみると「師がエロジジイでして」とのお答えだった。
目が死んでるよ、王女さん。
なら、なんで着てきたんだ。
その顔は言わせるなってか?
なんだかんだで年頃の女の子だな。
「紹介状、ですか?」
「うん。そういうお願いをするつもりだったんだけど」
なんとかリオミに許してもらえた後、俺たちは城下町を歩いていた。
実を言うと冒険者ギルドに向かっているのだけど。
「それなら、わたしが一緒に行くんだから必要ないですよね」
「まー、そーなんだよねー」
そもそも、それが本題のはずだったんだけどね。
結局、今まで言い出せなかったというオチだ。
「どうして紹介状が必要だったんですか?
ギルドに入って冒険者になるだけなら、誰にでも」
「冒険者ランクだよ。
なんのコネもなく行けば、俺でも多分最低ランクからコツコツ始めることになってただろうから」
「うーん、そうでしょうか?」
俺の想定にリオミは首を傾げつつも、周囲の人々に手を振り返したりしてる。
「予言の勇者であることさえ証明すれば、何の問題もなかったのでは?」
「まあ、そうかもしれないけどね」
リオミの言うことはもっともかも。
魔王を倒した英雄を、そう無碍には扱わないか。
「その辺は建前で、やっぱり俺はリオミに会いたかったんだと思うよ」
「……ぁぅ」
正直に思ったことを言ったら、借りてきたネコみたいになっちゃった。
なにこれかわいい。ういやつよ。
でも、あんまりからかい過ぎるとさっきのデススマイルが出そうなんで、やめておく。
「リオミ様ー!」
「勇者様ったら王女とデートですかー? ごゆっくりー!」
しっかし町中で転移を使うのはどうかと思って徒歩で移動してたんだけど、やっぱり注目を集めてしまうな。
なにしろ今回は護衛もおつきもなく、お姫様とふたりっきりなのだ。
人の口に戸は立てられぬ。
王様の計画の後押しをしてしまっているかもしれない。
でももう、それでもいいか。
噂になったら、それはそれだ。
ヒュプノウェーブブラスターですべてなかったことにしてやる。
特定のことを忘れさせるぐらいなら、許されるだろう。
うん。許されるな。
「ところで、どうして冒険者になるのですか?」
リオミが素朴な疑問なのですがと前置きして聞いてくる。
「アースフィアで身軽に動ける職業に就きたかったんだよ。
結局、今の俺は無職みたいなものだしね」
数年後、俺が地球でなるはずだった職業だ。
ニートとも言う。泣けるぜ。
俺の気も知らないで、リオミが笑顔で手を鳴らす。
「予言の勇者様ではないですかー」
「それは肩書きでしょ。ハクはつくかもしれないけど」
「はあ。よくわかりませんが、何かお考えがあるのですね!」
そんなキラキラした目で見られると言いにくいんだけど。
まぁ、あるにはある。
「実を言うと、お金を稼ぎたいんだよ」
実際のところ別に食うにも寝るにも困っていないのだが、衣食住だけでは生きているだけだ。
それ以外のサービスを受けるとき、世界の通貨をもっていないというのは何かと不便だ。
「お父様に言えば、支度金ぐらいは用意していただけるかと」
おそらくお金に困ったことのないリオミが当然のように提案してくる。
「自分で稼いだお金じゃないとダメ。
あと、悪いけど王様に借りを作りたくない」
「あー……なるほどです」
なんか納得してもらえた。
親子の関係も、いろいろあるようだ。
「アキヒコ様は、何か買いたいものがあるのですか?」
「まあ、そんなところかな」
ぶっちゃけ、聖鍵の力を使えば手に入らないものはない。
極端な話、生産プラントでお金を作ることもできるのだが、それはインフレを起こしかねないので却下である。
オーバーテクノロジーを利用したお金儲けのプランもあるにはあるけど、今は保留する。
わかりやすいところから手を付けたい。
「あれが冒険者ギルドです」
リオミが指差しで示してくれるけど、事前に調査してあるから場所は知ってた。
三階建ての石造りだ。
その名もずばり冒険者通りにどっしりと門を構えている。
中には案の定、いろんな種族のひとたちがいた。
事前のリサーチどおりの間取りだ。依頼掲示板、受付、待機用の酒場。
めっちゃ注目されてるけど、堂々と受付に直行。
「冒険者になりたいんだけど」
「は、はい。ええと……少々、お待ちいただけますか」
受付の人は俺とリオミを交互に見ると、慌てた様子で奥へと引っ込んだ。
あ、小指ぶつけた。痛そう。
さほど待たされることなく、受付の人が戻ってきた。
「どうぞ奥へ。ギルド長がお待ちです」
通された先は執務室。
待っていたのは、執務机に向かうギルド長と思しき男……と。
なんだ? もうひとり、女性がいる。
壁に寄りかかったまま、腕を組んでこちらを値踏みするように見ている。
鋭い視線だ。
ギルド長の護衛かな?
軽装だが佩剣しているところを見ると、剣士かな?
俺には腕前なんてさっぱりわからんけども、只者ではない雰囲気だ。
短く切りそろえた髪は黒く、俺を睨む瞳もまた黒い。
いやいや、なんでそんなに睨んでくるわけ。
護衛なら警戒するのはわかるけど、一応は世界を救った勇者ですよ。
俺に恨みでもあんのか。
なんなんだ? 調べてみるか。
しまった、聖鍵はオフラインにしっぱなしだ。ググれん。
今ココでおもむろに聖鍵を出すと、ムードからして女剣士に斬られそう。
だけど、なんだろう。
この女剣士、どこかで見たような……?
「……何か?」
しまった、ジロジロと見過ぎたか。女剣士に咎められてしまった。
慌てて頭を下げる。
う、リオミの視線もなぜか痛い。
「ようこそ、リオミ王女様。そして勇者アヒキコ殿。ささ、どうぞおかけを」
ギルド長がダンディなスマイルで歓迎してくれる。
む? 女剣士の目がさらに険しくなったような。
気のせいか?
「まずは、アースフィアの人間としてアキヒコ殿にはお礼を言わせていただきたい」
ギルド長は頭を下げた。
いつもなら俺も頭を上げるように言うところだけど、女剣士のことが気になる。
「私も魔王とは因縁がありましてね。魔王を倒してくださったアキヒコ殿には、感謝してもし足りません。あなたこそ、まさに勇者だ!」
テンションを上げていくギルド長。
女剣士……一体何者なんだ……?
「アキヒコ殿!」
「はいい!?」
ずずぃっとギルド長の顔が目の前に。
思わず悲鳴を上げて、のけぞってしまった。
ギルド長が俺の手をがしぃっと無理矢理掴んで、握手握手。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ち、ちょっと……!」
近い! 近いから!
「魔王と戦ったときのこと。どうかぜひ、お聞かせくださいませんかねぇ!?」
「えっと、いや……」
衛星軌道の安全地帯からレーザーで焼きました、とは流石に言いづらい。
「それは、私も気になるな」
女剣士が話に興味を示してきた。
なんか、やな感じの流れだ。
「そ、その話はまた今度。今日は冒険者登録に来たんですが」
「おっと失礼」
ようやくギルド長が離れてくれた。
表情と身なりを直して、姿勢を正している。
いや、今更威厳も何もないかんね。
「冒険者登録ですね。本来ならばDランクから始めていただくことになるのですが」
「ですが?」
「今更、魔王を倒した勇者殿にそれはないでしょう。
特例として、私の権限でSランクとして登録させて頂きます。
最高ランクはSSランクなのですが、今はこれが限界です」
計画通り。
S S ランクは名誉職みたいなモンだったはずだから、Sで充分だ。
これで俺が受けられない依頼は、ほぼなくなった。
つか、このギルド長が相手なら、やっぱりリオミはオマケだった。
まあいいや。
リオミ美人だし。
おっぱいそんなに大きくないけど。
「……なにか、失礼なこと考えてませんか?」
「いやいや、そんなことないよ」
リオミは心を読む魔法でも使っているのか?
いや、《絶対魔法防御》オプション装備してるから魔法効かんしな。
だったら何なの。
女ってこわいよう。
「それと早速ですが、依頼を受けてみる気はありませんか?」
……来た。
ルナベースの情報通りなら、おそらくあの依頼が受けられる。もちろん、顔にはおくびにも出さない。
「どのような依頼でしょうか?」
「その話をする前に……」
ギルド長は背後の女剣士を肩越しに見る。
「紹介しましょう。彼女こそアースフィアにおいて最強の剣士である五代目の……」
女剣士が姿勢を正す。だけど、鋭い視線を俺から離さない。
やっぱり、この人、見覚えがあるぞ。
どこだ、どこで見たんだ?
ギルド長の続けた言葉が、解答となった。
「剣聖アラムです」