4.魔王を倒した勇者の明日は
「ここが、本当に魔王城のあった場所なんですか……?」
「ああ、この座標で間違いないよ。とはいえ、景色は随分変わっただろうけどね」
リオミの呟きに頷きながら、あたりをぐるりと見回した。
魔王城跡地には見事に何もない。
見える範囲はまっ平らな焦土が続くばかりで、周辺に生息していた魔物も光の中に消えている。
ホワイト・レイ照射完了後、俺はすぐに偵察用ドローンを魔王城のあった座標に派遣し、状況を確認させた。
瘴気も綺麗に吹っ飛んでおり、安全も確認できたので、リオミたちとともにテレポートしてきたのだ。
わざわざそんなことをしたのにはふたつの理由がある。
ひとつめ、魔王の消滅をリオミに確認してもらうこと。
「《しめおろす星よ、我が地を照らせ。マッピング》」
リオミが魔法を唱えた。
やっぱり綺麗な声だと思う。詠唱は歌の次ぐらいに素晴らしい。
「たしかに、ここは魔王城のあった場所のようです……!」
俺の言葉に半信半疑だった護衛兵たちが、リオミの言葉には「おお!」と歓声を上げる。
「本当に、魔王は斃れたのですね!」
「うん、間違いない」
リオミの噛みしめるようなセリフに、少しドヤ顔で答えた。
調査によると、この周辺に生命反応はない。
マザーシップから観測した情報でも、魔王が《テレポート》した反応は確認できなかった。
ん?
調査ドローンから気になる報告があった。
赤い影が南に飛んでいったというのだ。
あわてて魔王のデータと照合したところ一致しなかったので、追跡を打ち切り衛星による監視をつけた。
アースフィアを脅かす魔王は消えたのだ。予言詩に唄われるとおりに。
だけど、この地の脅威が完全に去ったわけではない。
消滅範囲外には魔王軍残党が多くいるはずだ。
そこでふたつめの理由。
周辺に二度と魔王の配下や魔物を近づけないための布石を打つというわけだ。
現在、魔王城跡地にバトルオートマトンを転送している。
こいつらはメンテナンスフリーだし、可動用のエネルギーはマザーシップから無尽蔵に供給可能な戦闘機械なので半永久的に展開できる。
魔物の類を攻撃対象にするよう設定しておけば隊伍を組んで包囲、殲滅してくれるはずだ。
いずれここには要塞モジュールを投下して、生き残りの魔物どもを駆逐する拠点を構築しよう。
そうすれば、より強力な地上用兵器の運用も可能になる。
「アキヒコ様!」
うぉっし、ばっちこーい!
流石に今回は予想してたので、押し倒されることはなかったぞ!
「今日はなんだかもう、感動しっぱなしで。胸がいっぱいです」
護衛兵たちも口々に俺を讃えてくる。
別に自分の力というわけではないんだけどなぁ。
アイテムが優秀なだけ。
正直フクザツな気分だ。
あまりにもあっけなく事が運び過ぎて、実感もほとんどない。
「その、アキヒコ様。今すぐ城に飛べますか?」
「でででできるけど」
俺の腕の中で上目遣いとか、マジやめれ。
惚れちゃう、ほんと惚れちゃうから。
「魔王が本当に斃れたのなら、きっと……」
リオミが故郷ロードニアの方角を見上げる。
そうだな、ここはもう充分だろ。
お城に帰ろうか。
瞬間転移でタート=ロードニア王国に帰還した。
何やらリオミがそわそわしているので何かと思ったけど、理由はすぐわかった。
「リオミ!」
「お父様! お母様!」
城の謁見の間。
王と王妃と思われるふたりがリオミと抱き合って喜んでいる。
どういうことだろう?
って、ふたりとも若いな!
二十代そこそこにしか見えないぞ。
王妃に至っては、リオミのお姉さんにしか見えん。
驚いていると、王と王妃が大らかな微笑みを俺に向ける。
「そなたが……アキヒコか。魔王を倒してくれたのだな」
「は、はい」
「おかげで私達にかけられた石化の呪いも、解けたようです。どのような言葉で感謝を伝えればいいのかわかりません」
なんだってー!?
そんなの全然聞いてなかった。
そうか、王様たちが俺の召喚時に現れなかった理由って……。
そうと知ってれば魔王城跡なんか連れて行かず、城に直行したのに。
リオミが気が気じゃなかったのも、両親の無事を一刻も早く確認したかったからか。
ともあれ、魔王の滅びは石化の解呪でいよいよ確定だ。
「今宵は宴だ。民にも余の姿を見せ、魔王が滅びた事を伝えねばな」
「はい、お父様!」
「ですが貴方。今はリオミとの再会を喜びましょう」
これ以上、感動の再会に水を差しちゃいけないな。
そう思って謁見の間から出ようとした時、リオミの嗚咽が聞こえてきた。
なんとなく足を止めてしまう。
「……お父様、お母様……わたし、頑張りました。
おふたりが石になってしまってから十年、アキヒコ様を呼び出せる魔法使いになるために、頑張って、頑張って、頑張りました。
だから……ぐすっ……」
頑張った、か。
十年もあんな若い子が辛い運命に負けずに。
それに引き換え、俺はなんだろう。
なんかもう、それ以上聞いてられなくて、逃げ出したくなった。
親子の再会にもらい泣きしてる家臣たちの合間をぬける。
誰も俺を気に留めない。
あ、メイドさんが気を遣って、扉を開けてくれた。
と思ったら、俺と一緒に通路にまでついてきて話しかけてくる。
「リオミ様は、自分が予言詩に登場する『魔を極めし王女』になるために、政務をこなしながら血の滲むような努力をされてきました。
すべてはこの日のために」
「ああ……うん。よくわかるよ」
見てられないぐらい、同じ場所にいるのが耐えられないぐらい、よくわかる。
あの光景、俺が見るには眩しすぎだ。
「一介の侍女に過ぎないわたしですが、ずっと王女の補佐をして参りました。
わたしからも、お礼をさせてください」
メイドさんに引っ張られていく。
それからのことは、よく覚えてない。
気づいた時、俺はベッドで目覚めた。
メイドさんがいなかった。
疲れているように見えた俺を休ませてくれたのだろうか。
脱いだ覚えもないのに、服を着ていなかった。
なんか、だるい。
「何してるんだろうな、俺……」
呼ばれて、魔王を倒して、リオミは親と再会できて。
別に何も悪いことないじゃん。
むしろいいことをしたのに、なんで逃げてんだか。
ただ、あそこにいちゃいけないって。
俺にそんな資格ないって気がしたんだよな。
生きてることが恥ずかしくて仕方なかった。
……よそう。
考えないほうがいい。
「お目覚めになられましたか」
さっきのメイドさんだった。
どこから現れたんだ。
「着替えはそちらに置いておきました。着てらした服は洗濯しておきますので」
「……ありがとうございます。今、何時ぐらいですか」
「夕方の七時です。もうじき宴も始まりますよ」
こっちでも一日は二十四時間なのかな。
そういえばリオミたちは日本語を話している。
なんか世界の作用とかで自動翻訳があるんじゃなければ、アースフィアは地球と結構つながりがあるのかもしれないな。
ん、ちょっと思考力も回復してきた。
アンニュイな時間をおしまいにしよう。
メイドさんにお礼を言う。
「着替え終わったら行きます」
「お手伝いしましょうか?」
「いえ、ひとりでやります」
俺が遠慮すると、メイドさんは頭を下げて退室した。
用意された着替えはアースフィアの礼服みたいだけど、地球のフォーマルとほとんど違いはなかったので、戸惑いもなく着られた。
机の上に聖鍵が置いてある。
一応、持って行こう。
空間収納装置に収納しておけば手ぶらになれるし。
「ふぅ……」
また、ベッドに寝転がってみた。
このままパーティをボイコットして眠ってしまおうかとも思ったけど、頭が冴えて眠れない。
こうしてひとりになると、改めて自分が異世界に来ているんだということを思い出す。
アースフィアを救った。
救ったと言っていいはずだ。
もう、この世界にいる理由はない。
俺の役目は終わった。
リオミは念願叶って両親を取り戻したし、親子水入らずの時間を増やしたいだろう。
帰れば、もう彼女が俺の隣に来ることはない。
少し寂しいけど、仕方のない事だ。
一緒にいた時間はそれほど長いものではないけれど。
リオミの声がもう聞けないのは、残念だな……。
実際俺はどうしたいんだろう。
帰りたくないと言えば、嘘になる。
だけど、まだこの世界のことを何も知らない。
魔王を倒した俺が、この世界にいていいのかどうかもわからない。
それに聖鍵。
俺がいなくなったあとの聖鍵はどうなるのか。
「この世界なら、地球と違って俺には聖鍵がある……」
地球にも持ち込めるかもしれないけど。
帰るにせよ帰らないにせよ、聖鍵のことなしに判断はできない。
でも、この世界なら居場所がある。
聖鍵がある。もしそうなら、俺は……。
「顔を出さないわけにはいかない、かな」
ベッドから身を起こし、パーティに向かう決意を固めた。
扉の外で待機していたメイドさんに宴の会場へ案内してもらう。
もう始まっていたが、問題ないらしい。
魔王を倒した立役者とはいえ、あくまで勇者はスペシャルゲスト的な扱い。
リオミに呼ばれたら顔見世をするという流れなんだそうだ。
会場から拍手が聞こえてくる。
「どうぞ、アキヒコ様。絨
毯に沿って歩いて、そのままリオミ王女のいる壇上に上がってください」
メイドさんに促されて会場に入った。
歓声と拍手が一斉に大きくなる。
両サイドには貴族と思しき身なりの男女が列席し、俺に熱い視線を送ってくる。
まだテンションの戻りきらない俺は、なんとか笑顔を作りながらリオミの待つ壇上へと向かった。
リオミの姿を見ただけで、なんだか安心してしまった。
同時に元気が湧いてくる。
「アキヒコ様!」
リオミの笑顔は、これまで見た中でも最高だった。
その笑顔を向けてくれるのが俺であることが、とても嬉しく、誇らしい。
壇上に上がり、リオミの隣に立った。
「あ……」
そのとき気づいた。
人々が俺に向けてくる笑顔が、リオミの笑顔と同じものだと。
魔王に苦しめられていたのは、何もリオミだけではない。
ここにいる人たちだって、魔王の存在によって大きな苦しみを抱えていたはずだ。
俺がどれだけ自分を卑下したところで、彼らが送る感謝に貴賎はない。
俺なんてあなた達から羨望を送られるような人間じゃない、と言ったところで謙虚とはならない。
「アキヒコ様。
アースフィアの民はみな、ここにいる人たちと同じぐらいアキヒコ様に感謝しています」
この言葉自体、リオミの一意見に過ぎないかもしれない。
でも。
自分のしたことが、これほど人々に喜びを与えることになるなんて、少し前の自分には想像もできなかった。
喜んでもらえることが、こんなにも……こんなにも嬉しいことだったなんて。
こんな俺でも誰かの役に立てるなら、それはどんなに素晴らしいことだろう。
「ア、アキヒコ様!?」
会場に動揺が走る。
はは……、俺泣いてら。
ひょっとしたら、段取りとかあるかもしれないけど、もう我慢できなかった。
腹の底に力を込めて、叫ぶ。
「皆さん! アースフィアにはもう、魔王はいません!
ですが、世界にはまだ魔王の行為によって傷つけられた人たちがいると思います。
俺、俺は、その人達を、助けたい!
俺は、俺自身は、みなさんと同じ、只の人間です。
でも、聖鍵が使えます。だから! だから、聖鍵の力を皆さんの役に立てたい!!」
空間から聖鍵を出現させて、掲げた。
「魔王亡き後、俺なんてただの厄介者かもしれません。
ですがどうか、今しばしアースフィアに留まることを許していただきたい!」
俺がひとしきり言い終えると、会場は水を打ったように静まり返ってしまった。
ああ、やっちまったなぁ。いつものクールマインドはどこへ行ったよ。
俺ってすごくかっこわるい。
「アキヒコ様!」
この強烈な抱きつき、何度目だったろう。もう馴染みのスキンシップだ。
「本当に残ってくださるというのなら、いつまでもいてください!
わたしたちは大歓迎です!」
「「「アキヒコ様万歳! リオミ王女様万歳!」」」
会場は熱狂に包まれ、拍手が鳴り止まない。
ああ、ダメだな。
全然なっちゃいない。
この人達の感謝の笑顔に、素直な笑顔で返せるまで、とてもじゃないけど帰れない。
リオミに抱きしめられながら、俺は聖鍵を強く握り締めていた。