1.異世界召喚はいつも突然に
講談社レジェンドノベルスより『すべてのチートを過去にする異世界超科学』とタイトルを変えて書籍化されました。
日々を漫然と楽しく生きる。
それが人生の秘訣だと、俺……三好明彦は思っている。
今年で大学三年生になる俺は就職活動真っ最中。
なんとか単位は問題なく取れているものの、この就職活動というのが実に厄介なのだ。
「いやホント、どーすっかな」
講義をサボッて遊び歩いた最中にあれこれ悩んでる。
でもまあ今日はサークルもないし、家に帰ってレンタルしたDVDでも観よう。
現時点で、俺は社会人になる実感が持ててない。
就職活動に身が入らず、日々楽しみにしてるアニメを観たり、サークルでTRPGを遊んだり。半ば将来を捨てている。
どこまでも俺という人間はアリじゃなくて、キリギリス。最期はアリに喰われる運命だ。
まあ、それも一興かもしれない。
どうせ俺のような人間は、まともに生きていくことなんてできないしな。
そんなふうに《思考迷宮》で遊んでいると。
「……ん?」
思わず目を留めてしまった先に、一人の女の子がいた。
物凄い美少女だ。これまで二十一年間見てきた中で、間違いなくトップクラスである。
十六~十七歳ぐらいかな? 年下なのは間違いない。
容姿ももちろんだけど時代錯誤な服装が気になった。
ナントカ王国の王女様といった風情のドレスを身に纏い、自然に着こなしている。
コスプレの着てみた感がないし日本人には見えない。
金色の髪だって地毛っぽいし、薄緑色の瞳もカラコンではなさそうだ。
俺が見惚れている事に気づいたのか、少女がこっちに近づいてくる。
ジロジロ見るのは不躾だったかなぁ。
咄嗟に謝罪の言葉が口から出そうになったものの、少女に非礼を窘めるような雰囲気はない。
それどころか笑顔を浮かべていた。
俺を見て喜んでる、のか?
「お待ちしていました」
「え、あ、はい。すいません」
俺を待っていたという少女に結局謝ってしまう。
だって想像以上に美しい声音だったんだもんよ。
音楽として聞き惚れるレベルだ。
人を魅了してやまない、流れるような旋律。プロの声優かと思ったわ。
それにしても外国人なのに、なんて見事な日本語のイントネーションなんだろう。
このシチュエーション。まさかこれが……恋?
いやいやいや。っていうか、そもそも俺を待ってたってどういうことよ?
「アキヒコ様、ですよね?」
「あ、はい。三好明彦です」
オロオロする俺に上目遣い、しかも小首を傾げるように尋ねてくる少女。
やばい、これはやばい。マジあざとすぎる。破壊力が段違いだ。
「やっぱり! よかった、予言のとおりです」
少女の満面の笑みに百年の恋が一気に冷めた。
予言? 前世系? ナニコレ。転生系ヤンデレとか高度すぎて、最も触れてはならないヒロインじゃないか。
危険だ。この少女に深入りするのは危険過ぎる。しかも名前まで知られてるじゃねーか。
逃げなきゃ! ああ、でもなぜか体が動かない!
「アキヒコ様。申し訳ありませんが、こちらの世界で事情をお話している時間があまりありません。そろそろ滞在時間が切れてしまいますので……」
「はい?」
チャームの魔法にでもかかってしまったのか。
指先ひとつ動かせなかったはずなのに、少女が伸ばしてくる手を取ってしまう。
思わず守りたくなような華奢で綺麗な手。そして、やわらかい。
何か言いたいみたいだけど、少女は二の句を告げないといった様子だ。
表情からすると言いたいことは謝罪……いや、願い、だろうか。
考え事をしてる間にも、周囲に光が満ち始めていた。
「え、これは……いったい」
もっと気の利いたセリフはなかったものか。
我が身に起こった怪現象に少女を見つめてしまう。
目に映る少女は決意を込めて、こう呟いた。
「お許し下さい。でも、どうか……」
光に包まれる中で思ってしまった。
絶対この子の願いを叶えてあげよう、と。
光を抜けると、そこは見知らぬ場所だった。
俺のよく知る路地が跡形もなく消え、代わりに現れたのは石レンガに囲まれた広い部屋。
「やったぞ、成功だ!」
「姫様、おかえりなさいませ! 大事はございませんか!」
「おお、その方が勇者アキヒコ様ですか!」
ローブの人たちは歓声を挙げていたが、俺と少女に近づいてくる様子はない。
姫様、というのは間違いなくこの少女のことだろう。それはわかる。
だけど、どうしてみんなして俺の名前を知ってるんだ。しかも勇者だとぉ……?
「皆様、ありがとう。しかし喜ぶには早いです。アキヒコ様に事情を説明しなければ。部屋の用意は?」
「はい、こちらです」
部屋の入口に立っていた侍女が……うほ、いいメイド。コホン。メイドさんが扉を開けた。
「アキヒコ様、こちらへ」
姫様が繋いだままだった手を優しく引いてくれる。特に抵抗するでもなく少女に続いて部屋を出た。
ふと通路に出るときに部屋の床が見えた……あれは魔法陣だろうか?
「だんだん、何が起きてるかわかってきたぞ」
これは異世界召喚に違いない。
となると、このあと姫様からお願いされるであろう内容も察しが付く。
姫様が俺を通してくれた部屋は俺の想像した謁見の間ではなく、普通の応接間だった。
こういうときって、王様が偉そうにふんぞり返って「勇者よ、待っていたぞ」とか言うのが王道じゃないの?
「まずはアキヒコ様。突然承諾もなく連れてくるような真似をした事をお詫び致します」
ソファに座った俺に立ったまま、ふかぶかと頭を下げる姫様。
「あっ」
俺の視線がある一点で固定された。思わずガン見してしまう。
なりません姫様、この角度はいけませんぞ。完全に胸チラです。殿中でござる。
というか、下着のサイズ合ってないんじゃない? 見えちゃいけないのが全部見えてるよ!
「い、いや。きっと何か事情があったんでしょう。頭を上げてください。困りますから!」
主に目のやり場に。
内股になりながらも、俺も立ち上がって姫を座らせる。
「ありがとうございます、アキヒコ様。さぞ混乱しておいでかと思いましたが、さすがは予言の勇者様」
混乱してるよ超してる。
貴女の見えちゃったやつが頭から離れないです、ごめんなさい。
「えーと。ま、まずは、その……予言というのを聞かせてもらえますか」
さっきから言葉の端々で、ずっと引っかかっていたキーワードだ。
これを聞かなきゃ話が進まない。
「はい。ですが、まずは自己紹介をさせて頂きます。わたしはタート=ロードニア王国の第一王女リオミ=ルド=ロードニアと申します」
「ああ、ご丁寧にどうも」
自己紹介しようと立ち上がりかけて、やめる。
そういえばもう名乗ってるし、そもそも相手は俺のことを知ってるんだった。
「それでですね。アキヒコ様の名はこの世界……アースフィアに伝わる『魔王を消し去るもの』として予言詩が伝わっているのです」
全世界に実名晒しとか、どんな罰ゲームだよ。
とは思いつつも、なんとか冷静を装う。
「……予言の詳細を聞かせていただいても?」
「はい」
リオミ王女は嫌な顔ひとつせず、予言を暗唱……もとい唄い始めた。
「『蒼き星よりきたるもの。闇よりいでし魔王を消し去る。魔を極めし王女が導き現れる。
その名を勇者アキヒコ。天からの贈り物、聖なる剣で白き光を降らす』」
うっとりしながら、リオミ王女は唄い終わった。
やっぱり唄ってもすごい美声だな。
よかったよかった。予言とか聞いて嫌な予感してたんだけど。リオミ王女はヤンデレではなかったんや。
「わたしは、この予言を子守唄代わりにして育ちました。とても、大好きな詩なのです」
「つまり、俺が勇者で聖なる剣を使って魔王を倒すと」
そこんところはどーしても首をひねる。
勇者? 俺が勇者? はは、柄じゃないでしょ。
「はい。アースフィアには昔から、強大な魔王が存在するのです。
どこからやってきたのかはわかりませんが、アースフィアの魔物を支配し、人の地を荒らし始めました。
元から軍勢を率いていたという説もありますが……」
「いかにも魔王って感じだな」
大方、魔界からでもやってきたんだろうね。
「魔王の目的は人間の支配だと言われています。
もし世界を滅ぼすのが目的であるなら、三日で達成するだろうと言われるほど、強力な力を持った存在なのです」
おいおい。
ダ●冒の大魔王ですら黒●核晶を使って成し遂げようとした大事業を、三日って。
ほんとに俺で勝てんの? ますます予言が罠じゃないかと思えてくる。
「アースフィアになんのゆかりもないアキヒコ様を頼るのは、王族として責任放棄に等しいと自覚しています。
ですが……わたしは魔法に関してなら多少の才もございますが、魔王の持つ強大な魔力には到底太刀打ちできません。
いえ、わたしだけのことならいいのです。魔王の配下に苦しめられる民の声を聞くのは、もう……耐えられません」
それなりの人生経験しか積んでない俺だけど。
年下の王女のこの告白は充分、胸にくるものがあった。
自分だけのことならいいと王女は言う。
揺れる薄緑の瞳には、裏打ちされた事実に基づく説得力がある気がした。
「恥を忍んでお願い致します。どうか、アキヒコ様。魔王を倒してください」
ぶっちゃけそんな怪しい予言に従うなんてバカげてる。
ただの大学生に魔王が倒せるはずがない。
断るのが順当だ。
「はい、いいですよ」
「……え?」
リオミ王女は信じられないとでもいうような驚きの表情を浮かべて、俺を見た。
ん、あれ、聞こえなかったのかな?
「あの、アキヒコ様……」
「え、ああ。魔王なら倒すよ。ごめん」
なんかうまく伝わらなかったんだろうか。
「ほん、とうに? こんなふうに連れて来られて、お怒りにならないのですか……?」
リオミ王女が一言一言、確かめるように言葉をつづる。
「いやまあ、ちょっと戸惑いはしたけども。でも、予言で俺の名前が残ってたんでしょう?
なら俺にできる事かもしれない。正直、自信はあんまりないんだけど」
予言なんて信用できない。俺が勇者で魔王を倒すなんて、中学生じゃあるまいしホイホイ乗っかる方がアホだ。
だけど、この子なら信じられる。
予言の詩を子守唄代わりにしていると言っていた。
予言の詩が大好きだとも。
俺の名前を聴きながら育ち、健やかな心を持って育った王女。
そんな子の心からの願いを、どうして無碍にできようか。
そもそも、俺は一度、王女の願いを叶えたいと思ってしまったんだから。
「あ……っ」
と、声を漏らしたかと思うとリオミ王女は糸の切れた人形のようにへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか」
「は、はい……。安心、してしまいました。あはは」
駆け寄る俺に、力なく、しかし喜びを湛えた笑い声。
何故か、その声がこの子の素なのではないかなと思った。
部屋に控えていたさっきのメイドさんが、リオミ王女を助け起こす。
「本当によろしいのですね、アキヒコ様……」
「うん。えーっと、でも俺には何の力もないと思う。なんかこっちの世界に来て、力が目覚めてるとかじゃなければ」
あとは重力がこっちのほうが軽くて、地球ではヘナチョコな坊やだった俺がアースフィアなら無敵の超人! とかでもなければ。
うん、今のところ軽くも重くもないね。残念。
「よかったです。本当に、ありがとうございます」
またまた頭を下げてくれるリオミ王女。
俺も立ってるから胸チラは回避された。
正直、今見えちゃったら罪悪感ぱないよ。
「それでアキヒコ様。おそらくアキヒコ様は、聖剣を抜くことで大いなる力を得られるのではないかと思われます」
「聖剣。ああ、予言の」
聖剣かぁ。確かにそれぐらいしか希望はないな。
「アキヒコ様には承諾を頂けましたので、これから聖剣のある地へと向かいます。来て頂けますか?」
無言で頷いた。
そうだな、その聖剣とやらを抜くと、俺の超絶パワーが覚醒して魔王もビックリな勇者になるに違いない。そう思わなきゃやってられないよ。
何はともあれ、リオミ王女とともに護衛に率いられて、聖剣のあるという地へ向かうことになった。