コッペリアとお嬢様
それからケーキを食べ終えて、俺が支払いをした。
これは経費で落ちるので快く支払わせてもらった。
そして、店を出たところで問題に直面してしまった。
「サツキ……変わった格好」
「うげっ」
「どういう意味、詳しく説明を」
とある少女に出会ってしまった。
先ほどお嬢様との会話で話題にしていた、コッペリアである。
身の丈ほどある杖を背負った小柄な少女。
この店は彼女のお気に入りなので、出くわしても不思議はないが裸がなんだと話していた身としては非常に気まずい。
「いや、実は俺あそこにいるお嬢様の執事はじめてな」
「執事……似合わない。
サツキは私と一緒にドラゴン相手に喧嘩している姿がお似合い」
それはどういう意味だろうか。
コッペリアといちゃいちゃしている事か、それとも喧嘩している事か。
「いいえ、サツキは私の執事の方がお似合いです」
どう返したものか迷っているとお嬢様から横やりが入った。
女同士の戦いというのは、遠巻きに観戦している方が好きなんだがな。
「あなたは……」
「申し遅れました、サツキのご主人様をしています。
セリカ・B・アメジストと申します」
「あぁ、以前サツキが話していた。
盗賊に襲われて、上流貴族に命狙われて、とにかく命の安い御嬢さんがいるって」
ぐ、ここでその話を持ち出すか。
確かに以前そう言ったけれど、本人の前では言わないでほしい。
ほらお嬢様すごいこっち睨んでいるから。
「サツキは鳥、籠に収めて満足するのは間違い」
「その籠は鍵はかかっていませんから。
好きなように飛んでいき、羽を休めるために家で働いているにすぎません」
「休むのに働く、変」
「働くといっても護衛ですからね。
いざという時だけ活躍してもらえればいいのですよ」
何やらヒートアップし始めた。
どうしようこのままだと俺に被害が出る。
「サツキ、任せなさい」
先輩がそう言って、一歩前に出た。
今ほどこの人を頼もしいと思ったことはない。
「御二方、貴族の御令嬢と冒険者の英雄が立ち話というのはいかがなものかと。
今の店に再度入店してゆっくりお話をするというのはいかがでしょう」
「そうね、そうしましょう」
「お腹減ってたしそれでいい」
……この人自分が安全に、それでいて近場で観戦できる場所がほしかっただけだ。
どうしよう、めっちゃ親指たててるけどあの腕へし折りたくなってきた。
「紅茶とケーキ一つ。
貴方たちは」
「私は紅茶だけで」
「お……じゃなくて私は珈琲」
「私はオレンジジュースとミートスパ5人前大盛りで」
おや今日は控えめ、そう思ってしまったのは過去の所業を目の当たりにしてきたからだろう。
「レディたる者、大食いは見苦しいかと」
「冒険者たる者、人の命を救うべく全力を持ってこれに当たる。
故に食べられるときには食べておくのが基本。
守られるだけのお嬢様とは立場が違う」
二人の後ろで猫と犬の幻影が火花を散らす。
小動物のじゃれあいに見えなくもないが、間に挟まれている立場としては居心地が非常に悪い。
「二人とも、食事処での言い争いはよくないですよ」
思わず口を挟んでしまったのがよくなかったのだろうか。
二人ににらまれて思わず沈黙する。
ただ、二人も俺の意見にはおおむね同意したのか運ばれてきたドリンクを飲んでため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちだ。
「それで、このお嬢様とはどこまでヤッたの」
「何もしていない」
いきなり何を言い出すのだろうか、使用人と主人の間柄で何をやれというんだ。
お嬢様も顔を赤くしてないで何か言ってください。
「へぇ……じゃあ裸の付き合いも、一晩床を共にした経験もある私の方が上手」
残念ながらそのネタ、もう話してある。
ついでに理由にも触れているからお嬢様の動揺は誘えないぞ。
「水浴びと、怖くてふるえてたんでしょう」
「ぐっ」
お嬢様からの思わぬ返しに唇をかみしめるコッペリア。
そのついでにこちらをにらんで脛を蹴ってきた。
結構痛い。
「は、裸くらい私だって! 」
「見てないですよ」
一度も見た覚えはない。
お嬢様の着替えや入浴は全てメイド達が手伝っているし、何かの拍子で見るようなこともない。
「……見たい? 」
「見たいでっす! 」
先輩が立ち上がって声を荒げる。
「黙れ座れ死ね」
お嬢様のきつい言葉を受けて、ゆっくりと腰を下ろした先輩の表情は生き生きとしていた。
それにしてもお嬢様の裸か……5年後に期待だな。
「もう少し成長したら見せてください」
「あんた最高に屑よね」
そう言いながら自分の胸に手を当ててへこむお嬢様が大好きだ。
あとコッペリアも胸に手を当ててへこんでいる。
この二人、もしかしたら結構似た者同士なのかもしれない。
「……ちょっと失礼」
コッペリアは少しへこんだのち、そう言ってお嬢様の胸に手を当てた。
お嬢様は少し驚いた様子だったが、両手を上げている。
そして、何を思ったのかお嬢様もコッペリアの胸に手を当てた。
「「はぁ」」
そして同時にため息をついた。
どちらもまな板だったわけだ。
「人間、成長するものです」
「えぇ、そうね……」
「くぅ……」
先輩のフォローにも力なく悲しむ二人だったが、注文のケーキと料理が届いたことで一気に明るくなった。
とりあえずコッペリアの貧相な体のどこに、あんなに大量の料理が消えていくのか不思議に思った。




