冒険者とは
「おまたせしましたー。
本日のおすすめ、フルーツケーキです」
しばらく俺の過去の仲間や、先輩の話で盛り上がっていると注文したケーキが届いた。
パイ生地の上にジャムとフルーツを乗せ多だけの簡単な作りだが、砂糖だなんだとつかっているので結構な値段になることが予想できる。
この店は庶民向けメニューと貴族向けのメニュー両方が用意されているので、こういう時に助かる。
「うん、なかなかおいしい。
サツキはいい店を知っているんだね」
「そこはリア……コッペリアのおかげですね。
まああいつと来たときは庶民向けの安いメニューを大盛りにして食ってましたけど」
「ほほう、ちなみにどんなものを? 」
「あー俺がよく食ってたのはこいつです。
ガマ鳥のサンドイッチ。
ガマ鳥ってのはカエルの体で手が翼になっているモンスターです。
結構簡単に取れてうまいんですよ」
冒険者をしていたころは安くて腹にたまって美味いのでよく食べていた。
料理人のグレゴリオから言わせればまだまだ美味くなる余地はあるとのことだが、俺にはよくわからない。
「へぇ……カエルね」
「ちなみにコッペリアは何を? 」
お嬢様が首をかしげながら聞いてくる。
先輩はカエルを食べるという行為に忌避感があるようだが、俺は食えればだいたいは食う。
「コッペリアは……あったあった、これだ。
このホワイトラビットのミートスパ、長大盛りをよく頼んでました」
「……結構おおぐらいなのね」
「あいつはよく食べますよ。
見ていて気持ちがいいくらいに。
以前定食屋で5人前を平らげて、そのあとこの店で7人前のパスタ食ってました」
「……コッペリアって女性よね」
「生物学上は女ですよ。
外観も可愛らしい女の子です。
ただしエンゲル係数と戦闘力が人外なだけで」
「エン? 」
「俺の出身地の言葉で家計の消費資質を示す言葉です。
わかりやすく言うと、食費にいくらかかっているかです」
「……ちなみにおいくら」
「毎日一緒にいたわけではないので、正確にはわかりませんが……100万Gは超えているんじゃないですか」
ちなみに百万は中流の人間が3か月かけて稼ぐ金額である。
貨幣価値は地球とほとんど同じなため、あまり戸惑う事もなく生活できていた。
なお、冒険者の実入りはそれほどよくない。
コッペリアとかクラスになると経費を差し引いても月々200万Gくらいは収入があったようだが、普通の冒険者では100万G稼いで80万Gが経費に消えるというのが常だった。
「百万の食費……私だってそんなに高くないはずよ」
お嬢様の食べているケーキを見て、量ではなく質なのだろうと思う。
このケーキ自体1つ5000G前後だったはずだ。
それにお嬢様は小柄な体系に見合って、少食だ。
甘い物は別腹らしいが、もうちょっと食べてもらいたい。
「コッペリアは燃費が悪かったです。
あいつと一緒に泊まりがけの仕事に出かけたときは荷物の八割が食料で、さらに現地調達までする羽目になりましたから」
「泊りがけ」
「お嬢様、そういう意味ではないと思われます」
男女泊りがけに反応したお嬢様を先輩がたしなめる。
はっきり言って何もなかった。
そりゃちょっとしたハプニングはあったが、冒険者にはありがちなものだ。
汗のにおいはモンスターを呼び寄せてしまうので、水辺に近い場所で野宿する場合は洗濯をする。
その際に服を脱ぐ必要があるが、恥ずかしいからと茂みに隠れてなんてことはしない。
羞恥心と命を天秤にかける。
つまり、男女関係なしにその場で着替えて、服を洗って焚火の周りに干す。
見張り番をしていると下着とかも吊るされていて、非常にドギマギするが今度は性欲と命を天秤にかける事になる。
場合によっては仲間の女性に殺されかねない。
「一線を越える事はありませんでしたよ」
「一線って何よ! 」
「子作り」
「ぶふっ」
俺の直接的な言葉に驚いたのだろう。
飲んでいた紅茶を思わず吹き出して、むせこんだ。
「コッペリアの裸なら何回か見ましたよ。
貧相な鶏がらでしたけど。
誤解のないように言っておきますけど、変な目的ではなくやむを得ずって所です」
「しぇ、説明しにゃしゃい! 」
「お嬢様、噛みすぎです。
まあまず野営の時、体臭でモンスターに見つからないように水浴びや洗濯をする機会があります。
その時に恥ずかしいからと離ればなれになるのは危険なんで、パーティでってのはよくあることですよ。
それからけがをしたとき。
身体の前面ならともかく、背中とかは自分では治療しにくいですからね。
そう言った時は俺が手を貸してました。
コッペリアは美人だ可憐だと有名ですが、その分倦厭されてましたから。
俺意外にそう言う相手はいなかったんでしょう。
毎回真っ赤になってましたけどね」
「……なるほどね。
つまりサツキは冒険者の仕事柄、そういう機会があった。
そういう事だね」
「そうですよ先輩、だからいやらしい事なんて……そんなにしていないと思うので血の涙を流すのをやめてください」
俺の話を聞いてなぜか血涙を流す先輩。
そんなにうらやましかったのだろうか。
正直互いに裸になって何もしないというのは、結構精神的にきついという事を知らないのだろう。
「そんなに? 」
「そりゃ背中流したり、両腕怪我しているから体洗ってやったり、足を怪我したので運んでやったり、怖い思いをして眠れなくなったところを一晩中介抱したり。
言葉にすれば十分いやらしいでしょう」
「まあ……確かに必要な事よね」
「そういう事です。
だからお嬢様、間違っても冒険者になりたいとか言わないでくださいね。
お嬢様は強い魔法が使えますが、組み伏せられたら何もできませんから。
過去にそう言う事件は、結構起きてますからね」
俺が所属している間も結構そういう事はあった。
先日登録したばかりの女の子が、翌日には男たちの慰み者としてパーティにいるなんて光景は珍しくない。
ついでに言うと、男でもそういう被害にあった奴はいる。
今まで見た中では13歳の男の子が登録して筋骨隆々の男たちとパーティを組んだ翌日、尻を抑えて内またになっていた。
また後日その男の子は女性ばかりのパーティと組んで、腰を痛めていた。
そう言った光景を見て俺はパーティを組むことをやめた。
幸いそういった被害に俺はあっていない。
ついでにグレゴリオもレストニアもリットリオもそういった被害にはあっていない。
アカネはそう言った輩を切り伏せたことがあって、ギルド内の要注意人物とされていた時期があった。
他の新人の中には被害者も加害者もいたし、中には加害者と被害者がそのまま結婚したという頭のねじが飛んだ連中もいた。
「私、冒険者だけは絶対にならない」
「それが良いですよ。
自分の貞操と命両方を捨てて小銭をもらう仕事ですから」
「英雄の産まれる仕事と思っていたけど、そうでもないんだね」
「そうね、クリスティ・D・ロリクスとか」
クリスティ・D・ロリクス。
十年ほど前に引退した女性冒険者だ。
モンスターの大量発生した際に襲われた村をたった一人で守り抜いた伝説の冒険者だ。
今は隠居して辺境で農地を耕しているという話を聞いた。
一度会っておきたいとは思っているが、極度の男嫌いという話だから相手にされないだろう。
「クリスティ……英雄ね」
お嬢様が意味ありげにうつむいてしまった。
何やら奇妙なフラグがたった気がするが気にしないでおこう。
「それよりもお嬢様」
「何よサツキ」
「今日の下着は何色ですか」
「死になさい」
口では強がっているものの、耳が真っ赤になっている辺りこの人は正直だ。
なんかすごく癒される。
「ピンクだぞサツキ」
「なるほど流石先輩」
「あなたたちちょっとドラゴンの巣に行って卵とってきて頂戴」
遠回しの死ねという意味だろう。
「別にいいですよ。
今晩はドラゴンステーキですね」
ぶっちゃけ、普通のドラゴンくらいならダース単位でどうにかなる。
そのことを思い出したのかお嬢様は悔しげに睨みつけてきた。
なかなか気持ちのいい視線だ。




