先輩
後日旦那様への挨拶も無事に終えて仕事もある程度は覚えた。
ただしある程度であって、まだ完ぺきではない。
肉体労働兼護衛と聞いていたけれど、それでも他に覚える事はある。
例えばマナーなんかはそうだろう。
従者で護衛ともなれば貴族や王族のパーティに参加することもある。
その際に従者の不出来で恥をかいて責任を取るのはその雇い主だ。
「はい、ナイフの使い方が違う! 」
現在はその辺りのマナーを先輩執事に教えてもらっているところです。
どうしても動物をさばくときのようにナイフを使ってしまう。
冒険者時代とか野宿するときなどは結構適当だったから変な癖がついてしまっている。
「……食器を両断しないでください」
こちらの世界にトリップした際に無駄に筋力も跳ね上がっている為、力加減を間違えると料理だけでなく食器まで両断してしまう。
先日も肉をさばくのを手伝ってくれと言われて調理台まで真っ二つにしてしまった。
「はい、今日のマナー講座はこれまで。
これからお嬢様げ出かけるとのことなので私と一緒に護衛です」
「わかりました」
先輩執事が頃合を見計らって講座を終える。
一言お礼を言ってから、立ち上がり二人でお嬢様の元へ向かった。
「遅い」
「失礼しました」
「失礼しました」
お嬢様の言葉に素直に謝る。
本当は茶化してやろうかとも思ったが、先輩がいるので避ける。
適当なことを言ったら、下手したら俺は殴られていたかもしれない。
この先輩、普通に怖いから。
「わかればよろしい」
「では、御着替えをお手伝いさせていただきます」
お嬢様は人に対して遅いと言っておきながらまだ寝間着だ。
ふりふりの突いたネグリジェ、透けていないのは言うまでもないことだが太ももがまぶしい。
「ばか! 」
お嬢様にひっぱたかれる。
「ありがとうございます」
「外に出ていなさい! 」
お嬢様の叫び声を聞いて、苦笑しながら外に出る。
そして先輩執事に胸ぐらをつかまれた。
「貴様、なんとうらやま……じゃなかった。
何て事を言っているのだ! 」
あ、この人も大概だ。
うらやましいと言おうとしたぞ。
「お嬢様の着替えだと!
私だって手伝いたいわ馬鹿者!
挙句の果てにビンタなど……なんたるご褒美だ! 」
「やかましいわ変態共! 」
部屋の中からお嬢様の叫び声がする。
結構先輩の声でかかったから聞こえていたのだろう。
「「ありがとうございます! 」」
「謝れと言っているんだ! 」
お嬢様の怒声を聞いて、先輩は顔をほころばせている。
そして俺に向けて親指を突き立てた。
今更ながら思う、お嬢様なんでこんなにいじられキャラなんだろうか。
普通に考えれば部下からいじられるとか考えられないが。
不幸な星の元に生まれたのだろうと憐れみを感じてしまった。