挨拶
「仕事内容は以上です。
質問は? 」
「ありません」
「よろしい、ではお嬢様と旦那様にご挨拶を」
飲み明かした翌日、出勤すると早々に執事服に着替えさせられて仕事の説明を受けていた。
着替えなど身の回りの世話は女中、つまりはメイドさんのお仕事。
俺のような男の従者の仕事は荷物運びや、護衛などがメインであり、俺の立ち位置は使用人よりも近衛兵か私設兵というべきらしい。
それを、市民に威圧感を与えず不敬にならないように、というのが執事らしい。
「本日よりお世話になります、サツキと申します」
「よい、楽にせにょ……せよ」
お嬢さん……もといお嬢様が尊厳を出そうと頑張るがうまくはいかないみたいだ。
噛んで涙目になっている。
一応知り合いだが、形式上はこうしなければいけない、という事でしたがった。
「それではこれよりお嬢様の警護をさせていただきます。
おはようからお休みまで、望むのであればお手洗いからお風呂場までご同行いたしましょう」
「ちょっと来なさい」
お嬢様の手招きを受けて近くによる。
その瞬間頬に衝撃が走った。
ビンタを受けたらしい。
「何か言う事は」
「ありがとうございます」
「馬鹿野郎! 」
お嬢様は先程よりも顔を赤くしているが、まんざらでもなさそうだ。
部屋で待機していた他の女中さんたちも顔をそむけて肩を振るわせたり、もはや隠そうともせずにやけたりと様々な表情だ。
「まったく、お父様に挨拶は? 」
「本日は外出とのことです。
なので後日ご挨拶に伺おうと思います」
「よろしい、今日の予定を」
困った、今日の予定といわれてもそんなものは知らない。
というかこのお嬢様予定とかあるのか。
気儘に行動しているだけだと思っていたが。
ちらりとここまで案内していただいた先輩執事に顔を向けるが、首を横に振っている。
そんなものはないという事だろう。
「風に聞いてください」
「風が答えるか! 」
お嬢様の突込みは切れがいい。
ほれぼれする、とは言わないがなかなか気持ちのいい突込みだ。
「風もこたえてくれますよ、ほら」
魔法、という技術がある。
体内にある魔力というエネルギーを利用して森羅万象に働きかける物だ。
その亜種として、精霊魔法という者が存在する。
体内にある魔力を原動力とするのは同じだが、精霊という存在に手を貸してもらう魔法だ。
精霊の特徴は魔力を糧に、成長する。
その成長は肥大化、増大等とも形容できるため、必然的に精霊魔法は高い効果を持つようになる。
問題は、この精霊が気まぐれなうえ魔力の保有量の低い人には見えないという事だ。
「あんたのは精霊魔法でしょうが!
ただの風は何も答えないわよ! 」
「お嬢様、レディが怒鳴り声をあげるというのはいかがなものかと」
「誰のせいだと思っているの! 」
今日一番の絶叫が屋敷に響き渡る。
思わず頭を撫でたくなったが、ぐっとこらえて手を取り口づけをする。
「ぴっ!?
な、なによ! 」
「いえ、あまりにも可愛らしかったので」
「死んでしまえ! 」
お嬢様のビンタは癖になりそうだぜ。