挨拶
それからは宿に戻って夕飯を食べて、荷物をまとめた。
そして明後日の早朝にはチェックアウトする旨を、宿の主人に伝えて過払い分の返金をしてもらいギルドに向かった。
少々遅い時間だが、まだ開いているので問題はない。
「ギルマスいます? 」
「はい、サツキ様。
少々お待ちください」
受付にいたお兄さんを通してギルドマスターに事のあらましを説明する。
しばらくはギルドの一員でいるつもりだが、執事ともなればあのお嬢さんにつきっきりになるだろう。
そうなれば日数のかかる護衛はもちろん、討伐も難しいだろう。
「なるほどなあ、そんで。
もうしっぽりやっちまったのか? 」
「まだだ、一応立場的に手を出したらまずいだろう?
これからは部下って扱いになるんだしよ」
「そりゃそうだ、けど向こうもまんざらでもないならいいんじゃねえの?
親公認なんだろ」
「あーあれは娘で遊んでるように見えたがな……」
「あぁ、あの狸爺はそうだろうな」
どうやら親父さんの性格は知れ渡っているらしい。
なるほど、やっかいなことこの上ないがまあ大丈夫だろう。
手を出すのは、冗談なので置いておく。
たしかあのお嬢さんまだ16とかだったはずだからな。
日本なら合法かもしれんが……まだ発育が不十分だ。
「まあたまには顔を出せよ。
連絡なく3年が過ぎると死亡したとして記録されるからな。
中には行方不明になってから10年たって復帰した化け物もいるが……」
「はいはい、まあさすがにそんなことにはならんだろうから安心しとけ」
ギルドマスターはやはり話しやすい。
今年で58になるらしいが、随分と若々しい人だ。
「そんじゃ、またなんかあったら来るわ。
今度は依頼人かもしれないけどな」
「そん時は自分でやれと突っぱねてやるさ」
蹴ら家らと笑いながら言ってのけるギルドマスターだったが、本気でやられることはないだろう。
一応、一応は常識人の範囲だから、たぶん。
「あとは……消耗品の買い出しは明日にするか」
ひとまず今できる事は片付いた。
という事で一眠りしてから、下着等を買いあさる。
そのついでに貴族の屋敷で働くという事を伝えて回るとそれぞれが驚きながらも祝福してくれた。
鍛冶屋の親父さんが涙を流して喜んでいたのはびっくりした。
剣だの槍だのを買ってはよく壊しては買い直し、ドラゴンの素材で作ったナイフを何度も手入れしてもらったため、いい収入になるから死ぬなと言われていたので意外だった。
いや、人として優しいのは知っていたがまさかなくほど喜ばれるとは思わなかった。
今日の夕方にもう一度来いと言われていたので、それまでは街を回っておく。
食べ歩きなんて早々できなくなるだろうから今のうちに堪能しておこうというのもある。
夜には酒場にも顔を出すが、今日は飲まずに帰ろう。
世話になった商人のところにも顔を出したら餞別として媚薬と避妊具を渡されたので、商人のカップにこっそり入れておいた。
商人の娘さんが飲んで大変な事になったが逃げ出したので顛末は知らない。
「来たか」
少し目元を晴らした鍛冶屋の親父さんが出迎えてくれた。
手渡されたのは細工の施された木箱。
ずしりと重量を感じる。
「もっていけ、餞別だ」
箱を開けてみると、素晴らしい細工が施された芸術的な、それでいて刃の反りや重量、肉厚が計算しつくされた実用的なナイフが入っていた。
「貴族に仕えるんだ、相応の物がないといかんだろうさ。
外出ならまだしも、屋敷の中で帯剣するわけにもいかんだろう」
今俺が使っているのは安物の剣だ。
それを貴族の十社がぶら下げているのは対外的に良くない。
更に屋敷の通路にはそれなりに高価な代物が飾られている為、帯剣していてはひっかけて落としかねない。
その辺り、このナイフは外見的にも実用的にも問題ないといえる。
「……ありがたく、頂戴いたします」
「おう、値段なんか聞いてきたらぶっとばしてやろうかと思ってたが……そこまで馬鹿じゃなかったみたいで安心した。
しっかりやるんだぞ」
「はい、このナイフに誓って」
その日は、親父さんと酒場に繰り出した。
もともとは一人で行くつもりだったし、飲みすぎないように加減するつもりだったがそんなことはお構いなしに気分のままにのみ続けた。
翌朝は地獄だったが、それでも一生の思い出にはなった。