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二人のお嬢様

 二人の食事風景は対極だ。

 お嬢様はケーキをフォークで小さく切って、口に運んでいる。

 その様子はとても優雅で気品がある。

 ただし、どうしてもリスの食事風景を思い出してしまうのはその愛らしさゆえだろう。


 対してコッペリアは非常に豪快だ。

 皿からあふれ出さんばかりに盛りつけられたスパゲッティを、頬がはち切れるのではないかという程に詰め込んでは咀嚼している。

 それを嚥下しては再び詰め込んでを繰り返している。

 獰猛な肉食獣が、肉をむさぼる風景を思い出してしまうのは仕方のない事だろう。


「すごい食べっぷりだね、コッペリアさんって」


 小声で先輩が俺に話しかけてくる。

 俺も最初に見たときは度肝を抜かれたがすっかり慣れてしまった。

 とはいえ5人前はまだ少ない方だ。

 以前泊りがけで適当な食事にしかありつけなかったときは飯だけで3件梯子した。

 たぶん20人前は平らげていた。


 最も俺もその時ばかりは死ぬほど食ったが。

 何せ食う物がなくなって狼やネズミなんかも食ったくらいだ。

 筋っぽいが意外とうまいというのは、いらない発見だったが。


「注文追加、ミートドリア5人前とロックバードハンバーグ10人前」


 前言を撤回しておこう。

 5人前が少ないのではなかった。

 単純に追加注文するために抑えていただけだった。


「今日はなんかの依頼の帰りか」


「うん、護衛」


「ってことは飯は……」


「足りなかった」


 護衛の仕事は実入りが良い。

 その理由の一つに、移動中の食事などは護衛対象から提供されることになっているからだ。

 また荷物の準備が少なくて済む。

 故に必要経費が少ない。

 その分、達成時の支払いも討伐系の物よりも安くなりがちだ。

 しかし比較的安全で、安定した収入というのは魅力的だ。

 事実、護衛専門の冒険者や、商人お抱えの冒険者なんかもいる。


「今回はロドリゲス商会。

ご飯は美味しいけど量が少なくて男がスケベ」


「男はみんなスケベだ」


 口ではそう言ったものの、少し驚いた。

 ロドリゲス商会、合法だったころは奴隷を含む人身売買や武器の販売まで手掛けていた商人の一団だ。

 良いうわさはあまり聞かない。


 中には護衛任務中の女冒険者を手籠めにしたなんて話や、新人冒険者を奴隷にしてしまったなんて噂もあるほどだ。


「表向きは護衛」


「……なるほどあの狸爺が考えそうなことだ」


 つまりはこうだ。

 今回の護衛任務は文字通り囮。

 本命は、商会の実態把握にあるのだろう。

 そのために、まず悪いうわさをよく聞く護衛任務にコッペリアをかり出した。


「どういう事? 」


 お嬢様がきょとんとした顔でたずねてくる。

 この人は、もう少し世間という者を勉強した方がいいだろう。


「コッペリアは極秘任務に就いていたってことですよ。

まあ今公言しちゃいましたけど。

というかよかったのか? 」


「むしろ噂はじゃんじゃん広めろって言われてる」


 事実関係はどうあれ、動きを制限するためにうわさを流して真にやばい部分を突こうという腹だろうか。

 ギルドマスターは腹黒いからおそらくそうだろう。


「極秘……なんかかっこいい」


「ん、私かっこいい」


「はいはい、かっこいいかっこいい。

だからちょっとこっち向け」


 自画自賛をして胸を張っているコッペリアをこちらへ向かせる。

 そして口元に着いたミートソースをぬぐう。


「あ……」


「ん?

舐めた方がよかったか」


「……あーしまった、クリームがー」


「…………えい」


 お嬢様がわざとらしくクリームを口の周りに着けたが、コッペリアが一瞬の間に拭い去ってしまった。

 俺の出る幕なし。


「コッペリアさん、一度、じっくりと、お話を、した方が、よさそうですね」


「望むところ」


「今夜、お暇、ですか? 」


「超暇」


「では、今晩は、我が家へ、どうぞ」


 お嬢様が怒りをこらえているのか言葉を一言ずつ区切っている。

 改めてみると随分と沸点が低い。


 対してコッペリアは人形でも見ているかのようだ。

 感情を表に出さない。


 本当にこの二人は対極だ。

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