甘いラブレター
久々の投稿です!
『甘いラブレター』
「はぁ……」
窓からの風が冷たいと感じる今日この頃。私は、今日という日がどんな日なのかを思い出して憂鬱になる。正確には、チラチラと視界に入る物体のせいで、忘れたいのに嫌でも現実に引き戻されるのだ。
「おーい!」
(……またか)
そう考えを巡らし、視線を動かす。そこには、教室の入り口で一人の男子が立っていた。どうやら、誰かを呼んでいるようだが……そんな事は、もう知っている。問題なのはそこじゃない。
(もう、何人目よ……)
机に突っ伏し、視線だけを動かして目標の人物を見やる。その人は、軽やかに自分の席を離れ、教室を出ていく。
(ほんとにもう……)
私は、目で追うことを止め、頭を下げる。自分が情けなくて、ちょっと泣きそうになった。憧れの彼は、あんなにも輝いているというのに……。
「……」
ふと、机の中に忍ばせてあるモノを引き出す。それには、一目惚れとはいえ、自分の純情がふんだんに詰め込んである。
しかし、純情だけでは恋は勝ち取れない。可愛くないし、頭だって飛び抜けて良いわけじゃない。運動だって、どちらかというと苦手だ。それでも恋ってするもんだ。
きっかけは、単純。高校二年になってから、彼が隣の席になった。それで、ふとした瞬間に優しい言葉を投げかけられた、ただそれだけ。落ちた消しゴムを拾ってもらった、だとか、そんな事を想像してくれれば大きくは間違っていない。
(だけど……)
そう、だけど、相手が悪かった。好きになった相手が、クラスの人気者。勉強はからきしだけど、スポーツ馬鹿。だけど、そんなところが可愛いだの、時々真面目になって見せる表情がかっこいいだの、クラスの女子は騒いでいる。……などと、クラスメイトを有象無象だと批判したところで、私も同じ人を好きになったのだから強くは言えない。結局は、私もミーハーな人間なのだ。
だからこそ、私は自分の正気を疑っている。先ほど、机の引き出しから少し見せたモノのさらに奥に閉まってある一通の手紙。今すぐにでも破り捨てたいような恥ずかしい内容が、ズラズラと書いてある。たった一枚だけど、そこには私の本心がギッシリと書いてある。……認めたくないけど。
「みーほこ♪」
「ん?」
内心ドキドキしたが、一年からの親友であったことに、そっと胸を撫で下ろした。こんなタイミングで、コレを渡すなんて嫌だ。
「まだ、渡せてないんだ」
「いいよ、別に。どのみち、私に勝ち目なんてないんだし」
「とりあえず、渡しちゃえば? 意外とスッキリするかもよ」
「それで失恋したら、麻紀のこと恨むからね……」
「ちょっと止めてよ! もう……美穂子は弱虫だなぁ」
「べー」
「うわ、可愛くない」
ふん、と言ってそっぽの方を向く。空は、憎いくらいに青くて綺麗だ。どこまでも澄んでいて、私の心もあそこまで綺麗だったらいいのになと、そう思う。
「うーん、実は私はもう渡しちゃったんだけどなぁ?」
「うそ! 誰に!?」
あまりの驚きに、つい大きな声が出てしまった。
「それは、言えないな~♪」
「まさか、亮介くん?」
「んまぁ、それも考えたけどね……ほれ♪」
「え?」
見ると、赤い包装に包まれたチョコらしきものが彼女から手渡された。なんとなく、サーッと血の気が引いた。
「麻紀、まさか……」
「え? 違う違う! 友チョコだよ、友チョコ! 亮介くんに渡すのもアリかな、とは思ったけど、中途半端に義理チョコ渡すと火傷しそうな相手だからね。やめといた。美穂子の悲しむ顔も見たくないし。ん?」
「う……」
麻紀は、私の顔をわざとらしく舐めまわすように見つめる。ライオンに脅されたウサギのような気分だ。
「ま。それは冗談としても、とりあえず何かした方が、私は良いと思うよ。来年も同じクラスとは、限らないんだからさ。会えなくなる前に」
麻紀は、時々怖いことを言う。まるで、何かを知ってるかのようだ。でも、短い付き合いの中でも分かる。これが、彼女なりのエールの送り方なんだ。
―キーンコーンカーンコーン―
「おっと、それじゃあ、席に戻るね。……頑張りなさいよ♪」
「……うん」
彼女からの贈り物を胸に抱え、席に座る。緊張の時間が、またやってくる。
「じゃーね! 亮介くん!」
「おう!」
問題の人物が、私の方に近づいてくる。別に、私に用事があるわけじゃない。これが、私の幸と言えるか不幸と言えるか悩む出来事。
「今日は、忙しいねぇ……っと、悪いな駒野」
「……別にいいよ。気にしてない」
……いまだに彼とは隣同士の席なのだ。彼と隣の席になることが多い私は、日頃から、同じクラスメイトの妬みの込められた視線を痛いほどに受けている。今日は、特にそうだ。
「小林君は……その……モテるんだね」
授業はもう始まっているので、努めて小さな声で喋る。
「なんだ……ヤキモチか?」
「ば……!?」
慌てて口をつぐむ。教壇の先生と、周囲の女子生徒からの視線は一層鋭さを増した。
「……」
「おーい……美穂子」
(どさくさに紛れて下の名前で呼ぶな!)
授業中なので、静かにしていなくちゃいけないという緊張感と、全く別の緊張感のせいで、心拍数はうなぎのぼり……いや、使いどころが違うのは、知ってますよ。
「お前は、俺にチョコくれないの?」
「……!!」
今度は、うるさくなった心臓が急停止するかと思った。彼はと言えば、呑気に笑って私をからかっているので、一発ぶん殴りたくなった。その衝動は、とりあえず抑えて……黒板を向く。その間も、彼からの「なぁ、チョコは~?」の声が、非常に耳障りだったので、ノートの端っこを小さく破り、乱雑に書き殴る。
『義理チョコ!』
そう書いて、そっと彼に手渡す。「ちぇー」などと、聞こえた気がしたが、私は誤って手紙を渡さないように必死だったので、それどころではない。
証拠を消すのは早いほうがいい。そう思った私は、封筒から手紙を取り出し……消しゴムで全てを消した。
「なにやってるんだ?」
そんな声も、隣から聞こえた気がしたけど、無視。あとは、これを……
「……それ!」
紙飛行機にして、窓から投げた。
「今の手紙……なんて書いてあったんだ?」
「……きになる?」
「……うん」
珍しく真面目な顔をしていたので、私は、少し意地悪をしてみたくなった。口元に指を当てて、つぶやく。
「ひみつ♪」
「……」
この時の、亮介くんのポカンとした表情が忘れられず、その後の時間は、なんだかホッコリ幸せな時間となった。
―昼下がりの少し甘いお話―
Fin.