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第八・五話

短めでスミマセン。



 トントントン。


 ゴリゴリゴリ。



 乾燥させた薬草を包丁で刻み、擂り鉢で細かく粉砕していく。重要なのは配合の比率と、その順番。まだ見習いのミリアはその作業はさせてもらえない。


 隣の机の秤で薬草の計量をしていたカルミラが問いかけた。



「それで、いったいどういうつもりなんだい?」



 言葉の向かう先は背後。部屋の隅で再び正座させられているブラムである。



「なんの話だ?」


「すっとぼけんじゃないよ。あの小僧の話に決まってるだろう」



 カルミラの口調は苛立っているかのようだが、長く付き合っていると別に本気で怒っているわけではないのがわかる。地声が大きく、蓮っ葉な言葉尻が平常なのだ。

 慣れてくるとその裏側の感情まで察せられるが、今の様子は少し戸惑っているようだった。



「あんな派手な馬鹿騒ぎ起こして。いくらアンタが喧嘩好きでも、なんの考えもなくそんな真似するほど脳無しなわけないだろう?」



 断言してみせるカルミラ。ブラムは苦笑いで応えた。



「よくよくこっちの思惑に踏み込んでくるな」


「アタシに隠し事ができると思ってんのかい。ナマいってんじゃないよ」



 ミリアが生まれる何十年も前。ブラムが赤子だった当時、カルミラは既に八歳だった。以来姉弟に近い間柄で育ち、今に至っている。幼少期の赤っ恥からなにからすべて知っている人間に頭が上がらないのは万国共通だ。



「正直、半分以上は勘だったんだがな。うまいこと的中して助かったってところだ」


「勘?」



 ミリアが疑問を挟むと、ブラムはしたり顔で笑みを浮かべる。



「強いヤツを見つける“勘”、だな。まったく儂も鈍ったもんだ。昔はひと目見りゃあ一発で確信できたもんだが」



 やっぱり長いこと闘ってないと駄目だな、と頭を掻く。その表情は、子供のように無邪気で楽しげだ。



「戦闘向きのギフトってのは、初めて発動するときにはどうしても暴走させがちになる。制御がうまくいかず余計なモンまで傷付けちまって、結果として疎まれることもある。そうなるとこの先、面倒だからな」



 実際、先刻の組み手の最後は暴走の果てに力尽きたようなものだった。

 ただでさえ血液を操るという際物のチカラ。下手をうてば忌避されるのは目に見えている。



「それでアンタが先に回って暴走してみせた(・・・・・・・)ってわけかい? えらく肩をもつじゃないのさ」



 あれだけ派手に暴れまわれば、ブラムのほうが主たる原因として注目が集まる。昨日今日会ったばかりの人間への対応と評価は厳しくなりがちだが、長い付き合いのあるブラムなら多少の騒ぎをおこしてもすぐに収拾がつく。

 今後、涼吾がこの村に穏当に滞在するうえで、最良の方法だったといえる。



「強いヤツにゃあ敬意を払う。それが良い奴なら、尚更な。当然のことだ」


「いまになってまた喧嘩相手探しかい? いい加減に卒業したんじゃなかったのかい」


「今度のはそういう意味じゃねぇさ。趣味だけでなく、ちゃんと実益がある。まぁアカバの意思次第なところもあるがな」


「実益ねぇ……。裏庭を荒れ地にするだけの価値が、あの小僧にあるってのかい」



 いまひとつ信用ならない、とその眼差しでもってほのめかすカルミラ。



「価値はこれからつけるのさ。儂の手でな」


「…………まさか、アンタ」


「ああ、アイツに。アカバに“二代目”を継がせる」



 ブラムの発した一言に二人は息を呑んだ。



「正気かい? 昨日会ったばかりの小僧に?」


「こういうのに重要なのは、時間よりも巡り合わせと実力だ。アイツにはそれがある。さっきの組み手で確信した。あのまま続いてりゃあ儂も無事で済んだかわからんかったからな」



 確かに、とあの場で一部始終を見ていたミリアは思う。最後に現れたあの流血の大顎には心臓が止まるかと思った。

 すべてを喰らい尽くそうとするような、暴力の化身。ブラムならば絶対に死なないと信じていたはずなのに、仮にもう数瞬動いていた先には血にまみれて崩れ落ちる光景しかイメージできなかった。



「あのギフトは強力だし、野放しにしておくには危険すぎる。儂が直々にキチンと扱い方を教えてやらにゃあな。そうすりゃ“二代目”を背負うに充分だ」



 ブラムの言うとおり、実力という意味ではそれでいいのかもしれない。しかし、



「ちょっ、ちょっと待ってよ。おじいちゃん!」



 うわずった声でミリアはブラムに詰め寄る。

 ブラムの思惑はわかったが、それに際して問題がある。



「あの人を二代目にって……、それじゃあフィリオはどうなるの?」



 村に住む、もう一人のギフト持ち。ブラムを師と仰ぎ、その背中を追い続ける青年。

 かれこれ十年近く彼が懸命に努力を重ねているのは、ミリアだけでなく村人ならば皆知っていることだ。



「フィリオには……任せられねぇ。“二代目”の看板を背負わせるならアカバのほうが適役だ」



 しかしブラムはその懸念を切って捨てる。それは確信のこもった言葉で、彼の中では半分以上は決まりきっているようだった。



「ま、結局はアイツの意思次第だ。もしもアカバが受けねぇってんなら、無駄な話だしな」


「……随分と、簡単に考えちゃいないかい? アンタのその肩書きってのは、そう軽くないもんだよ」



 堅い声音でカルミラは自覚の少なそうな男に忠告する。



 ――――元特Aランク冒険者。かつて、その圧倒的な戦闘能力で伝説級の魔族を打ち破り、そして新たな伝説を打ち立てた男。


 ヴァンパイア(・・・・・・)ハンター(・・・・)“鉄拳”ブラムは、ただ不敵に笑い、遠くなにかを見守っていた。





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