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第八話

いつのまにやらユニークアクセスが1100を超えているだとぅ……!


なんていうか、本当にありがとうございます!



「まったく何やってくれてんだいっ、このバカタレは!」



 近くで聞こえた怒鳴り声に涼吾は目を覚ました。



(…………二日連続で気絶する羽目になるとは思わなんだ……)



 昨日とは違い激痛はないが、代わりに全身の倦怠感がひどい。うまく力が入らず寝返りをうつのも難儀だ。



「てかアタマ痛ェ……」



 ズキズキとした痛みが頭蓋のなかで脈動している。起き上がろうとすると刺すような痛みが奥のほうではしる。



「あ、気がついたみたい!」



 そんな言葉とともに涼吾の元へ駆け寄り、覗き込んできたのはブラムの孫娘・ミリアだ。



「正解」


「……何が?」


「いや寝起きで見るなら女の子の顔のほうがいいよね、って話」



 昨日のブラムの顔面アップは心臓に悪かったから、そこだけは安心した。



「案外、余裕だね」



 ちょっと呆れた様子のミリアに、涼吾は笑みを浮かべる。少しは場が和んだだろうか。のっそりと起き上がり部屋を見渡す。


 その片隅で正座中のブラムがいた。



「なにやってんすか一体」


「反省中だよ」



 苛立ち混じりに答えたのは、ブラムの隣に立つ老婆。その様相をみて、涼吾は不覚にも総毛立った。



(うお、悪い魔女だ! 悪い魔女がおるぅっ!)



 黒のローブで身を包み、手には長い杖をもち、つり上がった眼で涼吾のほうを見据えている。


 絵に描いたような御伽噺の悪い魔女がそこにはいた。今にも毒リンゴを持って接近してきそうなご老人である。こんな“それっぽい”格好するやつ本当にいるのか狙ってやってるのか天然なのか計算なのか? 涼吾は恐怖よりむしろ感動と驚きを抱く。



(まぁだからなんだっつー話だけれども)



 上がったテンションは一旦脇に置いといて、涼吾は問いかけた。



「えっと、あなたは」


「カルミラ。しがない薬師のババァだよ、珍客どの」



 ぶっきらぼうに名乗る老婆は、ふん! と不機嫌を表すように鼻息を立てる。



「おいおい、客人相手にそんな」


「お前は黙ってそこで正座してな!!」


「へーい……」



 苦言を呈そうとしたブラムを一喝のもとに黙らせる。



(関係性が一発でわかるな)



 みたところカルミラよりブラムのほうが少し年下だろうか。完全に尻に敷かれている感じがする。しかし夫婦……ではない距離感だ。長年の付き合いがあるのは確かなようだが。



(腐れ縁の顔馴染み、ってところか?)



 隅っこで小さくなっているブラムを捨て置いて、カルミラは涼吾へと歩み寄る。しわだらけの手のひらを涼吾の額にあてた。



「……体温は、元に戻ったようだね。なにか異常はないかい?」


「少し、身体がだるいのと、軽く頭痛がします。そこまで酷くはないっすよ」



 もう少し休息をとれば自然とおさまるだろう。カルミラは頷いて手をはなした。



「血を操るギフトに目覚めたらしいね。あまり多用しないほうが身のためだよ。アンタの体に負担が大きいみたいだからね」


「ははは……今後は、気をつけさせてもらいます」



 傷口から流れ出た血液を自在に操る。

 固体化させて鉄壁の防御にまわすことも、相手を絡め捕る拘束具にすることもできる。涼吾は使えないが、おそらく攻撃にも威力を発揮するだろう。

 まったくもって“らしい”能力だが、現状では欠陥だらけのチカラだ。


 身体のなかから血液を引っ張り出して操る……ということは、そのぶん体内を循環している血液が減る、ということ。

 吸血鬼は怪物だが、生物だ。呼吸によって取り入れた酸素やその他の栄養分、老廃物を血液に乗せて循環させている基本的な体の仕組みは変わらない。


 ギフトの発動に血液を割き過ぎれば、身体そのものを維持するための血液が足りなくなる。先ほど倒れたのはそのためだ。不用意に使いすぎれば貧血で体が動かしづらくなるし、そのままいけば失血死もあり得る。

 涼吾の場合は再生能力が自動的に発動するおかげで、気絶すると同時に血液が体内に戻り、ことなきをえているようだが。



(まぁ……解決手段も想像がついてるけどな)



 くわえて言うなら、血液を操る――――というだけのギフトではないようだ。軽く使ってみて、もっと別のところに本筋があると涼吾は直感した。

 それが、他人には見せられないようなチカラであることも。



「おまけに裏庭はあんなにしちまうし……。ちったぁ自重するってことを覚えろとアタシゃいっといたはずだがね」



 ギロリ、とカルミラがふりかえって睨みつける。ブラムは唇を尖らせて目をそらした。



「いや、な? 儂だってそりゃあ、ちょっとやりすぎたかとは思うがな。全力が出せるのも久しぶりだったんだ。気合いが入るのも仕方なかろう?」


「仕方ないで済ますんじゃないよっ。脳みそ筋肉も大概にしときな!」



 パカン! とカルミラはブラムの頭に杖をふるう。ブラムの頑健さからいって、さして効かないのがわかっているからか遠慮がない。


 しかし、お怒りもごもっともな話だ。正直、涼吾でなかったら二、三度死んでいてもおかしくはなかった。結果的に失血死寸前になったわけだし。



(まぁ、大丈夫だと思ったからやったんだろうけど)



 流石に初っぱなから殺しにかかるほど考え無しではないと信じたい。一応でも恩人だし。



「おかげでわかったこともあるし、とりあえずは五体満足だし。どっこいどっこいってことでいいっすよ」


「ほら! 本人もこう言ってるじゃないか!」


「調子こいてんじゃないよ! ったく……」



 難しい顔で肩を落とすカルミラ。気苦労が絶えない関係のようだ。しかし、ことのほかしっくりと納まり繋がっている。


 それが涼吾は、少し羨ましく感じた。



(そういや、キサラはどうしてるかな)



 昨日から状況の変化に翻弄されどおしで考える暇もなかったが、こちらに来るまえに一緒にいたはずの友人をふと思う。


 涼吾と同じように、こちらの世界に来ているのだろうか? だとすれば、場所は? 涼吾と同様に自由落下スタートだったりしたら……。



(…………やめた。気分が暗くなる)



 マイナス思考は失敗の少ない安全策だが、結果が出ても楽しくないから涼吾は嫌いだ。頭をふって思考を打ち切る。



「どうしたの? まだ、辛い?」


「ん。ああ、大丈夫。ちょっと考えごとをね」



 顔を覗き込んで身を案じるミリアには、なんでもないさと笑って応えた。





「それにしても、ブラムさんて滅茶苦茶強いんすね。なんか色々規格外っていうか超越してるっていうか。こっちのほうの人って全員あんな感じなんすか?」


「いや、そんなことないない」


「この馬鹿タレを基準にするんじゃないよ」



 二人が異口同音に否定する。カルミラはぐりぐりとブラムの額に杖の先をねじり込みながら。



「なぁ、儂の扱いがどんどん雑になってる気がするんだけど気のせい?」



 そんな疑問も完全に無視される。ブラムはすすけた背中でへこんでいた。



「ギフトってのは異能のたぐいから技術・知識まで色々あるけれど、戦闘向きのギフト持ちはやたら好戦的な連中が多いからね。はた迷惑なもんだよ、まったく」


「おじいちゃんは元冒険者で、いろんな魔物や魔族とも戦ってたから。特別なの」


「……冒険者に魔物、ねぇ」



 やはりそういうのはあるらしい。ファンタジー世界の鉄板職業と、それらが戦う相手。


 “魔物”とやらは“怪物”と――――涼吾と同類と考えて良いのか否か。人間と殺し殺されの関係にあるなら、接触をはかるのも望み薄か。

 そのあたりも確認するべき点だと、涼吾は記憶に留めた。



「冒険者ってのは……あづっ」



 もっと聞きたいことは山ほどあったが、ズキリと痛むこめかみがそれを遮った。



「無理して動くもんじゃないよ。しっかり休んどきな」



 カルミラに軽く体を押され、涼吾はふたたびベッドへと転がる。



「食事は消化しやすいもののほうがいいかもしれないね。ミリア、ついでに頭痛に効く薬草の煎じ方を教えてやるから一緒にきな」


「はい」


「……なにからなにまで、お世話になります」



 涼吾が礼をいうと、カルミラは鋭い眼光をとばす。



「いっとくけど“ツケ”だからね。タダで人助けなんてアタシゃしないよ。バリバリ働いて返すもん返しな」


「そりゃあ結構なお話で。タダより恐いもんはないすからね」



 シシシと笑ってかえす涼吾に、カルミラは毒気をぬかれた様子でひとつ鼻を鳴らし部屋を出ていく。ミリアもそれについていった。


 ようやく解放されたブラムがゆっくりと立ち上がる。



「うぉあー……脚、痺れた……っ」


「ギフト使ってなかったんですか?」


「楽してるのがばれたら後が恐いんでな」



 硬化させていれば何十時間でも耐えられるだろうが、平常状態で堅い板の床に正座はきつい。



「ったくあのババァ。いたいけな老人に鞭打ちよってからに」


「どの口がほざくんすか」



 か弱い老人は拳打で地面を砕いたりしません。人間というのは、年をとると色々と都合よく解釈しはじめる。



「しかしアカバの。お前さんなかなかやるな、あそこまで追い込まれたのは現役以来だ」



 キラキラした瞳で涼吾をみるブラム。涼吾には次になにを言おうとするか予想がついた。



「ま」


「またやろう、って話ならお断りっすよ」



 台詞をかぶせて打ち消す。あんな攻防、しょっちゅうやっていたら命がいつくあっても足りやしない。いや今はほぼ不死身みたいだけど。再生能力で多分死なないけど。それでも嫌なものは嫌だ。



「つれないこと言うなってぇ〜〜。喧嘩しようぜ? 男なら強さに憧れる、そういうものだろう?」



 軽い調子で肩を組んでくるブラム。後背部にあたった腕は固く、節くれだっている。荒事に生きてきた、(つわもの)の腕だ。



「強さ、ね」



 一般的には、確かに、そうなのだろう。


 異世界転移。ファンタジーの世界。そこに至って何らかのチカラが己の手にあるのなら、それを思うがままにふるいたい。


 そう思うのが普通なのだろう。


 吸血鬼なる超常存在だが、涼吾も男だ。“強さ”や“チカラ”が欲しいと、あこがれる気持ちは理解できる。



 けれど、それができるか否か(・・・・・・)は別の話だ。



「難儀だねぇまったく」



 やれやれ、と他人ごとのように肩をすくめる涼吾。


 なんじゃそりゃ、とブラムが問おうとしたとき、勢いよく部屋の戸が開く。


 カルミラが敷居の向こうで仁王立ちしていた。



「病人の部屋でくだまいてんじゃないよ! あんたもさっさと出てきな!」



 カルミラは杖でブラムの脳天に一撃を叩き込み、襟首をつかんで引きずっていく。

 ドナドナのBGMが聴こえてきそうな表情でブラムは強制退場していった。



「本っ当に愉快な連中だな」



 愉快なのは、良いことだ。


 独りごちて笑ったあと、涼吾は耳を澄ます。こちらの世界に来て、さらに鋭さを増した聴覚でまわりの様子を確かめる。

 自分の様子をうかがう人影が無いことを確認して、涼吾は己の手のひらに目を向けた。



「あのときの感覚。もう一度イメージすれば、発動できるか……?」



 しばらくは誰もこないだろう密室で、精神を集中させる。


 闘いのさなかに感じていた、強い飢餓感。腹の奥底から、何かがチロチロと磨り減っていくような感覚。

 その正体が何なのか。落ち着いて考えられる今なら、涼吾にはわかった。



 あの感覚を想起して、揺さぶりおこす。ぐりゅり、と胃の腑がひっくり返るように蠢いた。


 それと同時にイメージする。


 向こうの世界の同類が、よくよく見せてくれていた。使い方のコツも聞いたことがある。



(……特別なことをする必要はない。自分の両手を動かすように。前へと脚を踏み出すように)



 内側の流れに逆らわず、スルリと表に滑り出す――――



「……っ」



 飢えが強まるとともに、涼吾の右手がゆらめいた。肘から先に、熱も触覚も感じられなくなる。


 見れば輪郭を失い色を失い、代わりにゆらりゆらりとうごめくのは朧にヒトガタを映し出す白く細やかな粒子の群れ。


 涼吾の右手は、白い霧へと姿を変えていた。



「できちゃったかー……」



 がっくりと肩を落としてうなだれる涼吾。その表情は笑ってこそいるが、内面との不一致は明らかだ。


 その後も同じ要領でチカラを発動させていく。当然のようにするすると、涼吾の右腕が姿を変えた。



 白の霧から、黒の剛毛に覆われた獣の前肢に。


 獣の前脚から、皮膜のついた蝙蝠の羽根に。



 そして蝙蝠の羽根から元の人間の腕へと戻り、握った手のひらをひらくと、そこには一匹の小さな蝙蝠がうずくまっていた。



「眷属蝙蝠……」


「チチッ!」



 鳴き声とともに二足で立ち、右皮翼で敬礼してきた。まともな蝙蝠には不可能な動作だ。



 不死身の再生能力をもち、霧や狼に姿を変え、蝙蝠などの小動物の眷属を生み出す。



 そんな異能をもつ者を、人はこう呼ぶ。



 吸血鬼、と。




戻っちまった(・・・・・・)のか。真っ当な怪物に……」



 はるか遠くのいにしえの、御先祖様がもっていた吸血鬼としてのチカラ。

 幾星霜をかけて捨て去ってきた(・・・・・・・)はずのそれが、今再び涼吾の身に戻ってきていた。




 喜べばいいのか、憤ればいいのか。

 希望を持てばいいのか、絶望すればいいのか。


 とかく雑多に混ざり合ったその心情は複雑であるが。



「面倒なことになりそうだな」



 ただそれだけは、言葉に成せるほど確定的で。頭をかかえる涼吾を眷属蝙蝠が首をひねりながら眺めていた。




週一更新の目標が早くも崩れちゃいました。3日遅れです。


( ̄皿 ̄;)


次は間章みたいなブラムさん一家の裏話の予定です。本当は一緒に書き上げるつもりだったけど時間がかかりそうなので区切ります。


更新頻度ってやっぱり重要ですよね。コンスタントに書けるよう精進せねば……!



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