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第七話



 ドラクリア村の住人たちは、後にこう語る。



 その日、村に伝説が真に降臨したのだ――――と。



     ※



「っあああァァライッ!!」



 気合い一閃、振り抜かれた右手。


 充分に離れた間合い。しかし空振った爪先から危機を感じて涼吾は跳ねた。


 ゾン! と耳元で風が立つ。


 視界の端で、背後の地面がぱっくりと切り裂かれて(・・・・・・)いるのが見えた。



「どこの美食屋っ!?」



 ツッコミも切れ良く、涼吾は跳ねる。踏んだ地面を後追うように、飛ぶ斬撃が襲いかかってきた。

 手刀の一振りがつくりだす塹壕は足元を不安定にする。足運びが鈍ったところでブラムは距離を詰めるべく駆けた。


 しかしブラムの加速と同調して涼吾はまた跳ねる。



「まだ上がるか!」



 ステップワークが鈍ったのはほんの一瞬。力を蓄えて踏みしめた涼吾の一歩は巻き返すような加速を実現してみせた。


 脚は止めない。止められない。受けに回ったらそのまま袋叩きになる。それがわかっている涼吾は右に左に前に後ろに、まさしく縦横無尽に駆け回る。


 しかし先ほどまでと違い、ブラムは引き離されることなくピッタリと追従してくる。間合いから脱するのも難しくなり、手刀足刀の連撃が涼吾の肌を薄皮一枚ずつ削いでいく。左頬に温かい血が流れるのがわかった。

 斬撃を飛ばすのには少し溜め(・・)が必要らしく、移動しながら撃ってくることがないのが幸いだったが。



「ちょっ! 無理! もうコレ無理!!」



 半分泣きのはいった叫びをあげつつ逃げる。避ける。退く。


 三十六計など知ったことかと言わんばかりの遁走術だけは本当に人外級だ。



「ええーい! いい加減っ、立ち向かってこんかーいっ!!」



 無茶な要求とともに拳を突きつけてくるブラム。先ほどからギフトを全開で活用しているらしく、圧力の高さが半端ではない。おそらく、全身が鋼鉄とおなじぐらいの質量になっているだろう。いなしたり逸らしたりできるレベルではない。



「立ち向かうぐらいなら全力全開で逃げーるっ!! 俺はそういう男でっす!」



 ゆえに逃げに徹するのは理にかなっているともいえる。涼吾としては敏捷性の上限突破が確認できただけで充分なのだが、ブラムはあくまで殴り合いが望みらしい。



「堂々と情けないことを言うなっ! 本気で砕き割るぞ!」


「いや――っ! 無軌道な老人が若造狩り宣言っ!? 今日は財布ン中からっぽなんでマジ勘弁!」


「誰が追い剥ぎじゃコラァァァァア!!」



 逃げたいのか喧嘩を売りたいのか、よく分からないやりとりを平行しつつ巻き上げられる戦塵。

 音声だけ聞いていると余裕そうだが涼吾のほうは緊張と無酸素運動の連続で息が切れはじめた。黙ってさっさと逃げろよといわれそうだが、これは涼吾の“仕様”なのでしかたない。


 頬をひきつらせながらも笑みを絶やさない立ち振る舞いは、ともすれば異常にも見えた。



 それを途絶えさせたのは、遂に涼吾を捕まえたブラムの右手だった。



「ぬぅらぁっ!!」



 理屈もなにもない、力ずくの“投げ”。それだけで涼吾は上空五メートルほどまで飛んだ。

 重力を振り切る感覚と高まった緊張が涼吾の体感時間を狂わせる。天地逆転の視界のなか思考が加速する。



(あ――……、まっいたねどうも。洒落にならんよ)



 空中で身動きがとれないうえに、ブラムが追撃するべく駆けてくるのが見える。これ以上は回避できない。いなすにしてもパワーが絶対的に足りない。


 完全に詰んだ状況は、かえって涼吾の覚悟を促す。



(受けるしかねぇか……!)



 歯をくいしばり衝撃に備える。たいした抵抗はできないが、あいにくと痛みには慣れている。うまく再生能力が発動することを祈ろう。


 と、そこで左目に痛みがはしる。涼吾の視界の左側が赤く染まる。切った頬からの流血が、目に入ったのだ。



(傷がふさがってない……?)



 つまり、再生能力が(・・・・・)発動していない(・・・・・・・)


 それが意味するところを、察するよりも早く――――



 ドクリ、と涼吾の深奥が脈打った。





     ※



「むぅっ!?」



 振り抜いた拳に伝わった、その奇妙な感触にブラムは唸った。


 放り投げられた涼吾の落下に合わせて、胸ぐらをぶち抜くつもりで放った右ストレート。ギフトによって鋼の硬度を得た剛腕は、比喩でなくそれを実現できる威力がある。



 しかし、その鉄拳は何ひとつ貫いていなかった。



 肉体に打ち込まれる寸前で生じた、固い感触。鉄拳の衝撃をすべて吸収し、眼前に浮かぶ赤黒い色をした何か。


 ブラムにとって、懐かしくも嗅ぎ慣れた臭い。



「ぐぇっ!」



 殴り損なった涼吾が背中から地面に落ちる。すぐさま転がって距離をとり、立ち上がるあたりは抜け目ない。

 その動きに合わせて、空中に浮かんだそれは移動してゆく。涼吾の横っ面、左頬からしたたる赤い血潮が命綱のように繋がっていた。



「ぃ痛ってぇ……って、なんだこりゃあ!? 血、か?」



 戸惑いながら涼吾がちょいちょいと指先で触れてみると、硬質ゴムのような弾性で指の腹を押し返してきた。それでいて蛇のようにうねりながら宙を流れている。キャンバスもなく描かれる赤の軌跡に、観衆も含めて息をのむ。



「なるほど、それがお前さんの“祝福(ギフト)”か」



 一人だけ落ち着いた様子で、ブラムは笑みを浮かべていた。



「ギフト、って。これが……?」



 体から流れ出た血液が、固体化して宙を往く。

 己の流血が空中にて踊るさまを涼吾は一言で評する。



「なんか、おどろおどろしくて気持ち悪いな」



 吸血鬼っぽいっちゃあそれらしい光景――――と思わなくもないが、らしくない(・・・・・)のが旗印の涼吾には戸惑いの種でしかない。



(ていうか、このチカラって……)


「よし! では方向性がみえてきたところで続きといこうか」


「え。まだやるんすか!?」



 当然のように構えるブラム。涼吾はすでにやる気もない。正直、勘弁してほしい。



「そもそもギフトというのは本人が危機に瀕したときに発動することが多い。全容を理解するには実戦で確かめるのが一番だ」


「……いちおう理にかなってはいたんすね」



 確かに教本もなにもないならば、強制的に発動させられる状況に追い込んで確認するしかない。涼吾の再生能力とて、予期せず大怪我でも負わないかぎりは分からなかっただろう。流血を操るなんてキワモノなチカラとなれば尚更だ。



「でもこれ以上の戦闘ってのはちょっと」


「ええい! 四の五の言うなっ。ここまできたら最後まで付き合え!」



 言うがはやいか、ふたたび飛びかかるブラム。振り下ろした右拳の先に、涼吾の血流が瞬く間に手のひらサイズの円盤に形を変えて回り込む。ゴッ! と鈍く大きな音を立てて衝突するが、数ミリも揺らぐことなく受け止めきった。


 一拍遅れて涼吾は駆け出す。



「付き合えってアンタ! やっぱ主旨かわってんじゃないすか!?」


「こんなに楽しいのは十年ぶりなんだっ! もう少し楽しませろぃ!!」



 襲いくるブラムの連撃を高速移動で避けまくる涼吾。このままでは先ほどまでと同様、ジリ貧に追い込まれるだけだ。


 そんな意思に呼応してか、宙を往く流血は涼吾の周囲を駆け回る。要所要所でブラムの攻撃を受け止めつつ、活路を開く。

 理屈もなにもない、迫る危険から身を守るための反射的な速さと動き。硬く重いブラムの打撃を揺らぐことなく受け止める強度も、間違いなく一級品だ。



 実戦じみた組み手のなかでギフトの使い方を身体で覚える。目論見通りといえばそうなのだが、涼吾はそろそろ限界が近かった。ある程度の慣れがあるとはいえ、長時間のあいだ気を張り詰め、これだけ激しく動けば疲労もたまる。



(つーか、なんか……身体が重い……)



 おまけにギフトが発動してから妙に体が動かしづらい。手足に鉛がまとわりついたように重く、脳髄にも霞がかかって思考がまとまらない。

 それでもなんとか動き回るうちに、思考が削ぎ落とされていく。理屈よりも本能的な感情が頭のなかを席巻していく。


 過負荷によるストレスと苛立ち、それに加えて……今まで感じたことのない種類の、“渇き”と“飢え”。


 腹は減っていない。喉は乾いているが、それとも違う。

 栄養でも水分でもない、何かを体が求めている。



(渇く…………餓える……足りない……何がだ…………?)



 答えの出ない自問自答を脳内に響かせながら、ただただ脚を動かす。しかし、それも限界だった。

 一手反応が遅れて、ブラムの手刀が右肩をかすめる。


 痛い、というより瞬間的に熱せられるような感覚が焼き付き、またも血が流れる。どろりと二の腕にしたたるのを知覚した瞬間、ひときわ強烈な飢餓感が涼吾を襲った。



「が、ぁああああ!?」



 呻き声にはじかれて、傷口から血が溢れ出す。

 噴水がごとくこぼれた赤。流れる端から固形化し、尖り、向かうのはブラムの鼻先。



「ぬぅっ!?」



 突如射られた血潮の槍に、初めてブラムが守勢にまわる。


 真正面からの一撃ですら揺らがずに受け止めきった流血の動きは、横なぎの手刀程度では逸らせない。剛乱打をものともせず、しなる鞭のような動きで向かってこられてはさしものブラムも退くほかない。

 しかし迫りくる鮮血はブラムがふるった拳を受け止め、ぐるりと巻き込んで固まった。



「っ! これは……っ!」



 封じられた右拳は、その剛力をもってしてもピクリとも動かない。残りの血水がブラムの頭上でぐじゃりぐじゃりと形を変える。


 大きく上下二つに裂け。

 ぞろり尖鋭、並び立ち。

 その深奥は赤黒く。

 底を見せずにゆらゆら揺れる。


 それは、したたる血潮の大顎!



「おおおおおおお!!!?」



 度肝を抜かれてブラムは雄叫びを上げた。回避は不可能。ギフトの力を限界まで引き上げ、体を硬化させる。流血の大顎が鮮血を生まんと開いて迫る。



 しかしブラムを飲み込む寸前でうねる血潮は動きを止めた。



「……?」



 無反応の赤が視界を埋め尽くし、ブラムには状況が掴めない。

 ぐじゃりと造形を失った血液はもと来た道を辿るように逆流をはじめる。



 繋がった流血のその先で、涼吾がぐったりと倒れ伏していた。





戦闘終了。涼吾のギフトの詳細考察は次回以降で。


しかし思った以上に文量が押さえられてる気がするッスね。メールで書いてると結構長く感じるけどサイトで見るとそうでもない不思議。

もう少し描写を増やしたほうがよかったかな?


そのあたりのアドバイスも頂けると有り難いです。


ではまた次回に。

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