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第六話

戦闘描写に挑戦


※2/9 一部改訂



     ※



 シャイナール王国の東部には、未開の土地が多い。


 対外的な領地こそ制定されているものの西の王都は遥か遠く、隣国との国境に広がるのは切り開きがたい大木と屈強な獣が支配する大森林。

 開拓するにもリスクが高く国境防衛の必要もないこの一帯は、小さな集落が点在するのみの文字通り片田舎。


 プレイリース男爵領のドラクリア村は、そのなかのひとつ。畑作による自給自足と森の恵みを糧に成り立つ、ありふれた村だ。



 そんな普遍的ないち村落は、只今いささか以上に暴力的な効果音に満ち満ちていた。




 ――――っドォン!


 ――――ドッドン! ゴッ!


 ――――ガッ! ゴォン!



 平時ならばせいぜい鳥のさえずりと羊の鳴き声が響く程度の筈が、大地を割らんとするかのような破砕音が鳴り響く。実際、わずかに地面が揺れているかのように多くの者が感じていた。



「な、なに!? なんの音!?」



 農作業中の娘、ミリアは慌てふためいて引き抜き集めた雑草の束を取り落とす。


 近くで鎌をふるっていた青年、フィリオはすぐさま音源を察知して叫んだ。



「教会のほうだ!」



 教会。この小さな村でそう称されるのはミリアと祖父が暮らす家。現在そこには、身分不詳の男がひとり加わって滞在している。

 それに思い至った瞬間、弾けるように二人は駆け出していた。



「おじいちゃん!」


「ったく、だから止めとけって言ったのに……!」



 閉鎖的なこの村で、予期せぬ来訪者は不安要素でしかない。ほぼ顔見知りのみで構成された環境に突如現れた異物が、どんな行動をとるか。村人全員戦々恐々なのだ。


 そして、その村の最重要警戒人物が居る場所から発せられる破砕音。となれば原因はひとつしか思いあたらず。


 様子見ということでブラムが一緒にいるはずなのだが、いったい何が……。



「おじいちゃんっ!」


 ミリアが息を切らせて教会裏手の原っぱに駆けつけると、そこには脳裏に描いた通りの光景が繰り広げられていた。



 踏みにじられた草いきれ。

 割られて、抉られた地面。

 砕けた岩石。へし折れた木々。


 元の様子など見る影もなく、蹂躙され尽くしている。



 ただ――――ひとつだけ予想外だったのは。






「っだぁぁぁぁっ! ブラムさんちょっタンマ――――っ!!」


「ぬははははは!! そう言われて待つやつなどおらんわぁっ!」



 泣き叫びながら転がるように逃げる異人の青年。

 それを嬉々として追いかけつつ拳を振り上げる老人。


 紙一重で青年が回避すると、空振りした拳が地面を叩く、いや砕く(・・)



「ぬぁっ! たっ!? とぉ!」



 生じた放射状のひび割れは一気に足元を不安定にするが異人・涼吾は地面を跳ねるように移動してみせる。



「まだまだぁっ」



 その素早い動きもなんのその、すぐさま追撃するべく涼吾の背中に飛びかかるブラム。



「ふぬぁっ、とい!」



 しかしすんでのところで身を翻して回避された。まるで背後が見えているかのような反応。


 そしてブラムが着地した瞬間、鉄塊が落ちたかのような音を立てて地面を抉る。



「……っあーもっ、洒落んなんねっつーの――っ!!」



 逐一口から漏れ出る嘆きがなさけなく、緊張感に欠けていっそ喜劇的だ。



「なんなんだこの状況」



 フィリオが乾いた声音でぼやく。どうにも肩の力の抜けるあのやり取りを見させられては無理もない。



「え、え――と……止めたほうがいいかな? これ」


「……確かに止めないと後始末が大変そうだけどな」



 主にブラムが原因で。

 逃げ惑う涼吾に攻撃を仕掛けるたびに原っぱが荒れ地に変わっていく。



「あれに割って入るのは勘弁だな。師匠、半分本気っぽいし」



 ただ拳をふるっただけでは、この惨状は生まれない。ブラムが持っている“祝福(ギフト)”を発動している証拠だ。

 身体を鉄のように硬く、重く。それでいて発動中は通常よりも素早く動けるうえに馬力も上がる。

 ブラム自身は【鉄心鬼兵】とか名付けていた。



「というか、凄いなアイツ。素の状態で師匠から逃げ切ってる」


「フィリオはできないの?」


「……ギフトを使えばできるけどな」



 なにせ地力が違う。一時はそれで対抗できても、スタミナ切れで最後には捕まる。


 たぶん、あの異人もそうなるだろう。フィリオはそう考えていた。






     ※



「どっせぇい!」


「うぉっと!」



 彗星の如く跳んでくるブラムのドロップキックを寸毫の差で回避して、涼吾は距離をとった。大股で二歩。ブラムの追撃も一旦止まって、にらみ合い。



(いやしかし……すげぇモンだな)



 呼吸を整えつつ、涼吾は自身の体の変化に驚愕する。


 瞬発力、敏捷性、持久力。


 人間の、年相応のスペックしかなかったはずが、あれだけ動いて多少息が乱れた程度。ブラムの動きも相当早いがしっかりと目で追えているあたり、動体視力も上がっているようだ。



(まぁ、ブラムさんほどじゃあなさそうだけれども)



 相対した老人は息ひとつ乱さず汗の一滴もたらさず、涼しい顔をしている。拳を振り抜けば地面を抉り、踏み出す蹴足は大地を砕く。

 六十手前の老人の――――というか、人間の限界を超えている。


 涼吾自身の身体能力が上がっているおかげで逃げ切れているが、いつまで保つことやら。



(怪物の、中堅どころとならタメ張れそうだな)



 怪物の領域に踏み込む人間。


 むこうの世界では滅多にいないはずの存在が、いま目の前にいることに気が重くなる。まさかこのレベルの人間がウヨウヨいる世界だとは思いたくないのだが。



「随分とバランスが悪いな」



 ふいに、ブラムは声を発した。



「フェイントへの対応も間合いを見極める眼力も熟達しとる。気の抜けた男かと思っていたが、なかなかどうしてやるもんだ」


「そいつはどーも」



 涼吾は褒め言葉は素直に受け取る。


 涼吾には、怪物として様々な人外と関わってきた経験がある。いささか以上にエキセントリックでアナーキーな怪物と仲良くやっていくのは、比喩でなく命懸けだ。

 普通の人間なら足の竦みそうな状況も、涼吾にとっては日常的。だから落ち着いて、いつも通りに対応できる。凪いだ精神で相手を見れば、どう動けばいいのかが見えてくる。


 真正面から相対できないならば、立ち向かわずに逃げればいい。

 そのための洞察力と判断力を備えるのは、“最弱”として当然のことだ。



「それにしちゃあ叫び声がなっさけないが、もしかして計算でやってるのか?」


「そこまで腹黒くないっすよ」



 どうにも愉快さを求めて生きていると、言動行動からして喜劇的になりがちなだけだ。分かったうえでやっている以上、似たようなものかもしれないが。



「ま、それはいいが――――どうにも攻め気が無いのはいただけねぇ。一発入れさせてやろうかと隙を作ってみたが、気づいてたのに無視したろ?」


「あららら……。バレてました?」



 当然だ、と鼻を鳴らすブラム。やはり、ただの喧嘩好きの爺ではない。



「……喧嘩は、どうにも苦手でしてね」



 涼吾にしては珍しく、困った顔で肩をすくめる。


 込み入った事情は色々あるが、話すと面倒なのだ。



「遠慮ならいらんぞ? 思い切りブチこんでかまわん。これこのとおり、頑丈さには自信がある」


(そういう問題でもないんだよなー)



 実際、ブラムのギフトからして多少殴られた程度ではどうということもないだろう。いまの涼吾なら打ち負けて拳が砕ける、という心配もおそらく無い。


 それでも攻撃に移れないのは、もっと根本的な問題からだ。涼吾の、もっといえば茜羽の名を冠する吸血鬼の。



「色々と事情がありましてね。軽々しく攻撃、ってわけにはいかないんですわ」



 だからここは、誤魔化させてもらう。



「まぁ、必要もないのに反撃するってのもおかしな話ですしねぇ」


「……それは、やらせてみせろということか?」



 ブラムの笑みに凶暴さが混ざる。食いついた。目論見が当たった涼吾だが、内心ではガクブルである。顔には出さずに抑え込み、あえて挑発的に笑ってみせる。



「ブラムさんも本気じゃないんでしょ? 俺だけ全開ってのも、ねぇ?」


「ハッ! よく吠えた!!」



 ブラムはおおきく脚を上げ、勢いよく踏み抜く。



 瞬間、地面が砕ける―――否、浮き上がる(・・・・・)



「はっ? ちょっ、マジすかぁ!?」



 畳返しならぬ、岩盤返しとでもいうつもりか。

 涼吾の立つ地面の一画がメンコよろしく、ひっくり返らんと宙に浮く。


 一瞬の浮遊感を感じる間もなく、ブラムは目の前に特攻してきていた。



「規格外すぎだろこのジジィ!」



 半分泣き笑いの状態ながら、涼吾は敢えて退かずに前へと進む。


 攻撃する気は一切無い。単純に、避けるならそうするのが安全だからだ。



 タイミングを外されたブラムの肩を足場に、頭上を通って交差する。


 安全な地面で振り返ってみれば、反対にブラムが瓦礫に呑み込まれているところだった。



「おじいちゃん!」



 ミリアの案ずる声が上がると同時、瓦礫の山の中央が吹き飛ぶ。

 纏った衣服はボロボロながら、しかし傷一つ負わずにブラムは立っていた。



「ふぃ〜〜……、随分と暫くぶりだな全力(・・)を出すのは! 加減を間違えてしもうたわ!!」



 ブラムは首の筋をまわしながら破顔一笑する。まったく堪えた様子もない。


 涼吾はもう、ひきつった顔で笑うしかなかった。問わずにはいられない。



「アンタ本当に人間ですか!?」



 実は鬼族だったりするのでは、と疑うのも無理はない。喧嘩に対してのはっちゃけっぷりが良く似ている。



「失敬な! どっからどう見ても人間じゃろうがっ!?」



 唾を飛ばしてブラムは己の胸をさす。しかし、叫ぶその相手は見た目で判断できない実例そのもの。

 らしくない吸血鬼に人外じみた翁は宣告する。



「さぁて此方は準備万端。さっさと始めるぞ、若造……!」



 ゴキリと拳を鳴らすブラムの様相は、戦鬼と表すのがふさわしかった。





そんな感じで、スーパーな爺さんのターン。次回も続くよ?

感想・批評、お待ちしてます。

(^∀^)ノシ

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