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第二十四話





 不穏な空気のまま一夜を過ごしたドラクリア村のなかで、カルミラはいつも通りに起床し欠伸をした。


 人間、半世紀も生きると色々と図太くなる。すでに六回の大闇夜を経験しているカルミラにとっては、この不安な空気も慣れたもの。だいぶん長く生きてることだし何時くたばったってかまいやしない。無理に気張っても残り少ない寿命が縮むだけだ、と割りと平時と変わらず過ごしていた。多少、眠りは浅く感じたが。



(昨夜は特に問題もおこらなかったようだね)



 異常を知らせる角笛は、鳴れば村中に響き渡る。鳴るような事態にはならなかったということだろう。



 ーーーーと、思っていたがどうやら考えが甘かったらしい。



 家を出てさぁ様子はどうかと村を見回すと、入り口門のあたりが騒がしい。足をむけてみれば既に起きた住人たちと夜回り組の若衆たちが集まっている。



「なんの騒ぎだいこりゃ」


「あ、カルミラ婆さん。おはざっす」



 近くにいた若い男、ロドがカルミラに気づき会釈する。



「ロド、いったいなんなんだいこれは。あんた昨夜はここでアカバと見張りじゃなかったかい?」


「あーー……まぁ、そうだったんだがなんつーか、色々とありすぎてどう説明していいやら……」



 とりあえず、といった風情でロドは指をさす。村入り口門の向こう側。ギリギリ村の敷地の外。

 そこに見知った男の背中をみた。





     ※






「まぁ、アンタさんの言いてぇことはわかりますよ。いきなりこんな話持ちかけんのも無茶だって」



 ーーーーグロロロルル。



「いやおっしゃる通りで。けどね、落ち着いて考えてみてください。このまま暴れてもなんの利にもなりゃしませんよ?」



 ーーーーヴルルルルォ。



「……“誇り”ですか、狼の。命尽きるまで戦うと?」



 ーーーーヴァガウァッ!



「いやぁ、だってね。ちゃんちゃら可笑しいってもんじゃあないですか、それが出来なかったから此処にいるんでしょうに」



 ーーーーグルッ……!



「“誇り”を徹す、ってんなら、まずとおさにゃならない“獣の掟”ってのがあるんじゃないですかい? 少なくとも、俺の故郷のお歴々ならそれぐらいは語れてましたぜ?」



 ーーーー…………ゥゥゥ……。





     ※




「…………なにやってんだいありゃいったい」



 近年稀にみる怪訝な表情のカルミラだが、それも無理はないだろう。


 門の先に転がっているのは、四肢を荒縄で拘束された狼の群れ。計八頭。


 そのなかでもひときわ大きい銀毛の大狼を目前に胡座を組んで座り込み滔々と独り語りをする男を見たら、だいたいの人間はそうなる。

 それが先日から色々な意味で旋風を巻き起こしている客人ならばなおさらだ。



「あの狼……まさか、魔獣かい?」


「昨夜、見張り中に襲ってきて。アカバが捕まえたんだ」


「捕まえた、って……あれ全部をかい!?」


「ああ、それも一人で」



 昨夜、ロドが伝令に走り、他の見回り組を連れて戻った時には既に全ての狼が拘束されて転がっていた。


 不可殺の呪いを身に背負いながら、異能すら操る野生の獣の群れを傷のひとつも負わせることなく捕らえるなど、出来る出来ないを論じる以前の無理難題である。

 さすがに無傷というわけにはいかなかったようで、再生能力にあかせて塞いだ腹と肩の跡が痛々しくさらされていた。


 魔狼の放った炎光に貫かれ、その身を焼かれながらも悠然と立つその姿はーーーー言ってはなんだが、どこか空恐ろしく感じた。



 しかし、そうして捕まえた後にとどめを刺そうとするロドたちを引き止めたのもまた涼吾であった。



「信じがたい話だが……、“話してる”らしいんだ。魔獣と」



 遠巻きに見守り半信半疑のフィリオの言であるが、そうとしか表現しようがない。

 涼吾がなにかを喋るたびに、銀狼は身をよじり喉を鳴らしている。

 その仕草からは説話で語られるような“理智無く貪り喰らう獣”の印象は欠片も感じられなかった。



「“テイマー”の祝福まで持ってやがったらしいな、アカバの奴ァ」



 同じように様子を見守っていたブラムが疑問に答えるように呟いた。



「テイマー?」


「テイミングスキル、要は獣を手なづける“獣使い”のギフトだな。そのなかでも神獣や魔獣を従える連中をそう呼んどるのさ。飛竜にまたがる竜騎士(ドラゴンライダー)とか、三賢獣を連れての大喰鬼(オーガ)退治とか有名だろう?」


「ああ、そういう……」



 確かにそういった話は寝物語によく聞くが、しかし実際にそうした存在がやっていることを見るとーーーー




     ※





 ーーーーヴァルルゥア。



「いやいや、そりゃ買いかぶりってぇもんですよ。俺だけでできることなんざたかが知れてますって」



 ーーーーヴルゥロロロゥ。ヴヴヴゥ……。



「…………まぁその辺はちょっと否定できないのがなんですけども。腕は確かっすよ。実際強いし」



 ーーーーヴァルルルー。ヴールッ。



「あっはは、ちょっ、そりゃ言い過ぎっすよー。せめて“チビナス”あたりで統一してあげてください」







     ※





「なんか、締まらないというか滑稽というか……」


「内容が内容だね」


「つーかもしかして軽く馬鹿にされてねぇか、俺ら」



 絵面にしても大の男が獣相手に一方的に談笑しているようにしか見えないのだ。一目すると変人の奇行である。

 というか、なぜにあの男はああも魔獣相手に下手な態度でごくごく自然に膝を交えているのか。英雄譚につづられるような勇ましい姿とは相当にかけ離れている。それとも英雄の裏側というのは実際はこんなものなのだろうか。正直あまり見たくなかった。



「……いや……まぁ、そうはいってもあれは……」



 釈然としない部分があるのかブラムも一緒になって首をかしげていると、会談を切り上げた涼吾が戻ってきた。





     ※




「つまりアイツら、縄張りを追い出された連中なわけか」



 涼吾の話した顛末に、ブラムは顔をしかめた。



 銀狼の一団は、元はここ一帯の山々を縄張りに暮らす狼の群。ドラクリア村の生活範囲からも外れた森の奥深くを根城に生きてきた、生態系の頂点に立つ山の主の一族。

 その力強さ故か代々何匹もの“祝福”を授かる個体があらわれるが、しかしそれに驕ることなくただ一介の狼として生きるを旨とする、魔獣のなかでも比較的温厚といえるものたちだった。


 

 そんな彼らの生活が崩れ始めたのは、十日ほど前。山に突如現れた箱庭からの異物、魔物のせいだ。


 その魔物はあっという間にひとつの山を縄張りとして奪うと、そこを拠点に次々と方々の山の生き物たちを襲いはじめた。獲物の大小も肉食も草食ものべつまくなく生きた肉の全てを一切合切。

 何処まで逃げようと何処に隠れようと追いすがり、底無しの食欲で全てを呑み込んでいった。


 無論、狼たちとて黙って喰われる謂れはない。しかし反撃を試みたものの、こちらが迫れば巧妙に隠れて消え去る始末。そうして姿を消したかとおもえば別の縄張りへ現れる。その繰り返し。追うほどに遠のく蜃気楼が爪と牙を得たかのような相手だった。

 喰うや喰わずの毎日が続き、いよいよ困窮きわまった狼たちは縄張りから足を踏み出し、この村への襲撃に踏み切ったのだ。



「現れた魔物に今住み着いてる獣や魔獣が追い出されて、そいつらが被害をもたらす。魔物災害で一番多いケースじゃな。しかしそんなに以前から魔物が潜伏していたとは……」


「彼らは普段いくつかの集団に別れて生活しているそうですが、それぞれの群れの縄張り全てが襲撃を受けたそうです」



 昨晩村へやってきた狼は生き延びた群れのなかでも、リーダー格の頭目たち。

 もともと全ての群れを合わせて約百頭あまりが暮らしていたが、襲撃に次ぐ襲撃で半数近くにまで数を減らしているらしい。

 彼ら以外の山の生き物も、あらかた狩られるか追い立てられたか。とにかくほとんどが姿を消してしまったそうだ。



「森の中が妙に静かだと思ったらそういうことか」



 昨日探索した際に森の異常を察していたブラムは忌々しそうに呟く。



「この辺りの獣まで逃げ出してるなら、その現れた魔物も移動しはじめるじゃろうな。活動範囲が広がれば、この村を見つけるのにそう時間はかからんはず」



 そうなれば逃げ足の早い獣よりもこちらをターゲットにするのは想像に易い。村が狩場となる前に手を打つ必要がある。



「その魔物の居所は聞き出せるか?」


「おおまかには把握してるようで。近くまでなら案内してもらえそうです」


「……信用できるのかよ。魔獣だぞ?」



 懐疑の視線を送るフィリオ。その先で気難しげな顔をした銀狼が寝そべっている。いまだ四肢を拘束されているとはいえ、解ければすぐにでも牙を剥き出しにしそうだ。



「ノコノコ一緒に森に入っていって、襲われたんじゃたまったもんじゃないぜ」





 ーーーーウゥゥ……フンッ!





 フィリオの一言へ応えるように、銀狼が鼻を鳴らす。



「…………いまアイツ何か言ったか?」


「えー……と。まぁ、言いましたね」



 少し困った様子で首肯する涼吾。何と言ったのかフィリオが問いただそうとすると、



「“お前ごときにそんな真似する必要ないわ”、とでも言ったんじゃろ」



 先んじてブラムが答えると涼吾は苦笑を浮かべ、フィリオはムッと目をすがめる。睨まれた銀狼は何処吹く風で気にもとめていない。それがまたフィリオには腹立たしかった。

 代わってブラムが前へと出る。



「……アカバ。ちょっと縄を解いてやれ」


「っ! ちょっと師匠!?」



 なにを言い出すんだこの人は、とフィリオを含めた村人全員がざわめき後ずさる。平然としているのは涼吾だけだ。



「いいんですか?」


「ふん縛って転がした相手に信用もなにもねぇだろう」



 ずいっ、と銀狼の前に立つブラムに涼吾は苦笑する。軽く指を振ってみせると、それにあわせて縄の結び目がほどけて宙へと飛んだ。銀狼は調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。その両眼がフィリオたちをとらえた。


 

 ぞっとするような、深紅の瞳。



 唸るでも吠えるでもなく、ただその眼に見つめられただけでロドや他の村人全員がざわめき三歩四歩と距離をとる。

 フィリオもまた総毛立つが、しかし踏みとどまり腰の得物を抜き放てるよう身構えた。


 そんな様子を無感動に流し見て、銀狼が注視するのは二人。

 変わらず悠然と控える涼吾と、笑みすら浮かべて相対するブラム。


 挑発的なブラムの視線と、真赤の瞳が合わさって交わる。



「…………」



 ーーーー…………。



 ……どれだけの時間をかけただろうか。


 数十秒の沈黙を先に破ったのは、銀狼だった。



 ーーーー……フゥ。



 小さくもれた、ため息のような声。してやったり、という顔でブラムは破顔した。



「よぉし! 話はついたな!」


「「「何が!?」」」



 意味がわからない、と詰め寄るフィリオ以下村人衆。



「なんじゃい。問題あるか?」


「いや問題ってか疑問しかないっす!」


「なにがどうなって“良し!”なのかサッパリだよ!?」



 不安がる村人たちを横目に、銀狼は動きだす。拘束されている狼たちとその傍らに立つ涼吾に、静かに歩み寄った。



 ーーーーウォルルル……。



 低く小さく、唸り声。

 涼吾はそれに、苦笑して応える。



「そんなもんですよ。英雄なんてのはね」



 すべてを聞く男は、そのやり取りをただそう評した。





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