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第二話



 二人が向かった先は駅前商店街。夕刻をまわり、人にあふれた道。賑わう店を横目に進む。


 肉屋のコロッケの匂いが腹を直撃して涼吾の胃の腑がより悲しみを増した。悲しいのは、よくない。はやくラーメンを食おう。


 自然、早くなる足運び。しかし唐突に和紗が歩みを止めた。



「あ、いのりんだ」



 その視線の先、書店の軒先に立っているのは和紗と同じ制服の女子高生。というか、クラスメートだ。ファッション雑誌に目を落とす後ろ姿しか見えないが、横に並んだ女性陣のなかで頭ひとつ抜けた背丈と襟足でひとつに結んだ綺麗な金色の髪は見間違えようがない。

 この国には見返り美人というものがあるが、美しい女性は振り返らず立つだけでも綺麗に見えるものだ。そのあたり、割と淡白な涼吾でもそう考えるのだ。店内の男子諸君がチラチラと視線を送るのも無理はなかろう。


 彼女の名は伊紀川(イノリカワ) 美咲(ミサキ)。容姿から見てのとおり、英国の血をひいている日系二世だ。

 日本生まれ日本育ちの生粋の日本人であり、内面的には何事にも控えめな大和撫子的性質の持ち主であるが、本人の意志に反して立っているだけで目立つ女子である。



「いのりんが一人って珍しいよね、天麻(テンマ)くんどうしたのかな?」


「アイツは部活だろー。大会近いんで居残り練習。で、帰りに待ち合わせて二人で外食するんだと」


「……なんで知ってんの?」


「教室で話してるのが聞こえた」



 最弱とはいえ吸血鬼のスペックを舐めてはいけない。異能こそ薄れたが、その分だけ危機回避のための能力値はかなり高いのだ。デビルイヤーとまではいかないが、壁一枚向こうでおこなわれている内緒話程度は普通に聞きとれる。



「あの二人の会話って聞いてるぶんには面白いんだよ」


「リアルにラブコメだもんね」


「空回りのしかたが尋常じゃないからな――――っと、噂をすれば」



 聞き覚えのある足音(・・)に涼吾は視線をうつす。

 雑踏のなか素早くアスファルトを蹴り、なおかつ誰にもぶつかることなく高速で進む足運び。ある種の境地に達している技術を素でやってのける人物など、あの男以外に考えられない。


 数秒もせず、噂の人物は二人の前に現れた。


 上背が高く細面だが決して不安定さを感じさせない、スマートさと屈強さを絶妙なバランスで両立させた身体。額ににじんだ汗すら爽やかに見える、端正な顔立ちの青年である。

 女子生徒の一部には「あの汗をおかずにご飯が喰える!」とのたまう猛者がいると聞くが――――流石にそれは無理だなぁと和紗は思う――――まぁ、とりあえず。完全無欠なナニカを“持っている”男だと認識していただければそれでいい。



「よぉ色男、相変わらず良い汗かいてんな」



 出会い頭で涼吾から投げかけられた台詞に、天麻(テンマ) 悠志(ユウシ)は面食らった顔を二人に向けた。



「あれ茜羽、と如月さん? どうしたのこんなところで」


「んー、まぁ帰り道で寄り道中? そっちは部活で大変そうだね」



 背負った長袋からのぞくのは使い込まれた竹刀と木刀。高一にして全国レベルの活躍ぶりは校内でも噂が高い。



「そうでもないよ。好きでやってることだしね」



 軽く笑顔で言っているが、鬼才とも天才とも称される才覚と顔付きに反して武骨な掌に映る愚直な努力の結実は、世が世ならいち剣客として名を馳せた筈とさる剣術家にいわしめるほどだ。

 普段の人当たりの良い笑みと、試合中の鬼気迫る凄みのギャップに“やられる”女子は少なくない。そうでなくとも、こうも圧倒的な存在感をはなつ男が注目されないわけがなく、ひと目をひく人間であるならばちょっとした切っ掛けで好意を抱くに至るものだ。


 その典型といえる女子生徒がひとり、涼吾の前に顔をだす。



「――天麻くん」



 静かに鳴る、鈴の音のような声。本屋から顔を出した伊紀川 美咲はおずおずと話しかけてきた。



「あ、伊紀川さん。待たせちゃってごめんね。部活が長引いちゃって」


「う、ううん。大丈夫、そんなに待ってないから」



 一言二言、交わしただけなのに彼女はほわほわと柔らかい笑顔を浮かべている。

 放つオーラが甘いこと甘いこと……。近すぎるとやっぱり居心地悪いな、と涼吾は改めて感じた。



「よっす、いのりん。三時間ぐらいぶり?」



 フランクに挨拶する和紗に美咲は手をふり応える。その際、涼吾を視界に入れた瞬間に表情がギチリとひきつった。

 ……理由は知っていても、良い気分はしないやな。


 ここは早々に立ち去るが吉だろう。



「そんじゃ、お邪魔虫は退散しますかね」


「うん、ファイトだよっ。いのりん」



 生暖かい視線と激励に頬を染める美咲に背を向けて、涼吾と和紗は歩き出す。



「二人とも、何処行くの?」


「黒星庵」


「俺たちはこれからラーメンを食すという推敲な使命があるのだー。つーわけでアディオース」



 けだるい仕草で手をふりつつ、二人はその場を後にした。






     ※



 黒星庵。


 還暦手前の老夫婦が営む、古びた中華料理屋。

 座席のキャパシティは二十にも満たない、ごくごく小さな店であるが、確かな味と良心的な値段で地元民に愛されつづける名店である。

 まだ夕飯時には一足早いが、カウンターには気の早い客が三、四人座っていた。


「黒星ラーメン餃子セット、麺大盛で。あと単品のミニチャーハン」



 年季の入った卓についた涼吾は手慣れた注文を入れる。



「私は黒ゴマ味噌ラーメン。味玉トッピングでよろしく」



 隣に座った和紗が続けた。



「俺、味噌ダレチャーシュー麺大盛。トッピングにモヤシと味玉。ライスの大盛もください」


「わ、私は、ゴマ塩ラーメンに、します……」



 二人の向かいに座った男女が、ひとりはニコニコと、もうひとりはわたわたとオーダーを伝える。


 愛想と恰幅のいいおばちゃんがメモ帳片手に厨房へ引っ込むと、冷水で喉を潤してから口を開いた。



「ラーメン食べるのひさびさだから楽しみだなぁ」

「そ、そうなんだー……」



 爽やかに楽しげな悠志と、堅い表情筋でなんとか笑みを浮かべる美咲。

 見た目はお似合いなのに渦巻く感情はまったくもって噛み合っていなかった。



(空気読めよ! このリアルラブコメ野郎!)


(ラーメン食いに行くなんて言うんじゃなかったよちくしょー)



 内心頭を抱えつつ、涼吾と和紗の心情がシンクロする。


 二人が向かう先を知るやいなや、悠志は即断即決で一緒に行こうと言い出した。どうもこの男もラーメンが食べたかったらしい。



「大勢で一緒に食べたほうがおいしいよ?」



 屈託ない笑顔でそう言われては美咲に反論できるはずもなく、流されるように共に卓を囲んでいる。

 涼吾もその発想自体は嫌いではないのだが、この面子ではどう考えても悪手だった。


 チラリと、涼吾は対角線の位置に座った美咲に目を向ける。まったく涼吾のほうに視線を向けず、心なしか卓の隅に寄って可能なかぎり距離を置こうとしていた。当然、隣の悠志とは若干隙間が空くことになる。



(なんで俺が悪いことしてる気にならにゃーならんかな)



 ヒトの恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬべきらしいが、己でフラグを折り続ける男には天罰もなにも落ちないから世の中理不尽である。


 学校では有名な話だが、美咲には男性恐怖症のきらいがある。特に同年代の男というのがダメらしい。完全に交流を絶つほどではないが、絶対に目線も合わせないし、まずこちらから近づこうとしてもするすると離れて距離をとられる。

 涼吾も詳しい経緯は知らないが、小学校のころになにかあったらしい。それ以前から交流のあった悠志だけは例外なのだそうだ。


 幼なじみの可愛い女の子を助けて懐かれてうんぬんとか、もうテンプレにもほどがある。リア充ってここまで突き詰められるものなのかと、涼吾は爆発を願う前に感心すら覚えた。



(まぁ共学の高校に来たのもリハビリを兼ねてって話だし。こういう少人数で男とかかわるのは必要だろうけど……)



 進んでその役目を引き受けたいと思う人間はいない。なぜならどう考えても損しかない役回りだからだ。美咲とかかわることは悠志とかかわることと同義であり、この非実在性リア充男に同行するのは同性にとってかなりの精神的疲労をともなう。そうでなくとも全く自分に利益のない、色男と美少女の恋路に協力したがる男はいまい。


 せめて男のほうに、もう少し他人の好意に敏いところがあればいいのだが。



(完全に空回ってるもんなぁ。いや、いのりんが身近すぎて気づかないのか?)



 今の状況も、悠志はおそらく何も計算していない。ただラーメンが食べたい気分で、言葉通りにみんなで食べたほうが楽しいと、それだけの理由で動いているのは確実である。


 チラチラと美咲が視線を送っているが、特に動く様子もなく平常通りだ。剣道バカ一代と引っ込み思案な女の子の関係はいつもおおむねこんな感じである。



((これだから鈍感系主人公は……っ))



 もういっそくっ付いてくれよ、と嘆く涼吾と和紗の溜め息が合わさった。



「? 二人とも、どうしたの?」


「なんでもねーよ」


「気にしないで」



 色々言葉を呑み込みつつ、それだけ言っておいた。そうこうしているうちに注文した料理がやってくる。


 湯気を立てる熱々のスープと輝く麺。ジューシーな焼き豚。香ばしい香りの焼き餃子に黄金色のチャーハン。


 どんな状況でも空腹以上のスパイスはなく、涼吾の胃袋はグルリと蠢いた。


 小難しいことも面倒なことも、後回し。いまはただラーメンを味わおう。


 そのほうが、確実に楽しい。



「じゃあ、温かいうちに」


「おう」


「はい、割り箸どうぞ」


「あ、ありがとう……」



 四人揃って手を合わせ、斉唱する。



「「「「いただきます」」」」







 ――――と、それがキーワードだったわけでもないだろうが。




 この日、この時、この瞬間。涼吾は思い知ることになる。いや、本当はもっと早くに気づくべきだったのかもしれない。



 世の中には主人公のような男がいて、


 それを慕うヒロインのような女の子がいて、


 人目を忍んで生きる怪物たちがいて、


 それとごく自然に友人をやれる人間がいる。





 だからどんな物語も、現実にあっておかしくなかったのだ。







 そう。たとえそれが、『巻き込まれ型異世界召喚』という、使い古されたテンプレだとしても。





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