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第十八話


「まずハッキリさせときますが、強い弱いに俺は興味もありません。フィリオさんには悪いですが、勝負で勝とうが負けようが、俺自身の首が繋がったままならどちらでもいいことですからね」



 “呪い”を身に纏い“最弱”と評されてきた一族である涼吾にとって、真っ向からの勝負ごとで勝てないのはむしろ当然。弱くともなお生き延びることを第一に求めてきた身では、勝利や優越にこだわる意味はあまりない。


 生きてさえいれば、楽しめることはいくらでもあるのだ。



「けど、フィリオさんやブラムさんは違う。俺とおなじようにはいかないでしょう?」


「……まぁ、な」



 腕っぷしひとつで闘争に生きている連中にとって、強い弱いは絶対的な尺度。弱くては、生きていけない。誰よりも強くなければ生きてはいけない。


 だから、確かめたがる。


 自分が強いかどうか。

 目の前の相手が強いかどうか。

 どちらが上か。

 確かめずにはいられない。



「仮に俺があの時、事情を話して闘いを中断させたとして、そしたらフィリオさんは『俺のほうが上だ』と考えたんじゃないですか?」



 自分のほうが上。

 自分のほうが強い。 

 自分のほうが“二代目”に相応しい。


 フィリオがブラムの弟子として、その称号に少なくない執着をもっているのは分かっていた。横槍をいれてきた涼吾を疎ましく思っていることも。直接組手を挑んできたのも、上下関係をハッキリさせるためだったのだろう。


 もしも組手を中断するようなことをしていたら、フィリオのなかで完全に上下関係が確立していただろう。戦えもしない奴に“ハンター”ができる筈もないのだから。


 それは至極当然な論理だし、この場において自分が異物である自覚は涼吾にもある。


 けれど、そうなってしまっては困るのだ。



「あのときマトモにやり合って俺に勝っていたとしても、ブラムさんはフィリオさんを“二代目”には選びませんよ」


「……なんでそんなことが言える」


「それじゃあ、アナタの願いは叶わないからです」



 俺の? とフィリオは声を上げる。涼吾でもブラムでもなく、フィリオ自身の、とはどういうことか。



「ブラムさんの願いは、できなかったことを為すこと。十年前に果たせなかったことを、今度こそ自分の手でやり遂げること。これは分かりますよね?」



 フィリオは黙って頷く。


 いまだ記憶に根深く残る、前回の“大闇夜”。それはフィリオだけでなく、この村に住む者全員の心に暗い影を落としている。もちろん、ブラムにもだ。



 十年前のあのとき、もしもブラムが村に居たなら。

 協会や神殿の要望もはねのけて、村を守ることを選んでいたなら。

 もしかしたら、誰も何も失うこともなかったかもしれない。


 過去の出来事に“もしも”を持ち出すのが無意味だと理解してはいても、感情を全て理屈で割り切れるなら苦労はない。振る舞いが荒くれでも言葉遣いが粗暴でも、分かる者には分かるのだ。大切な何かへの、並々ならぬ感情というのは。



「“英雄”としての栄誉だの名誉だの、あの人にとって本当は心底どうでもいいことなんでしょうね」



 もともとが“喧嘩がしたい”という阿呆な理由から始まり、そこから先も思うままに闘い徹して数十年。筋金入りの喧嘩師には、地位も名誉も後から勝手についてきたオマケでしかないのだろう。


 懸けるのは、命ひとつ。

 信じるのは、拳ひとつ。

 生きるか死ぬかの戦場の煽り立てる空気のなかで、剣撃血風その身に纏い、たぎる熱気に心(おど)らせる。


 そんな生き様に、理解を示してくれた。

 ブラムを送り出し、帰る場所となってくれた。


 そんな村とそこに住む人々への感謝の念。

 そしてそれを守れなかった、後悔の念。


 それがブラムの抱えている“感情”だ。



 しかし、いくら本人が興味がないといっても、しがらみというのは消せない。ましてやそれによって、少なからず恩恵を受けてるともなれば尚更だ。



「ブラムさんね、せっつかれてるらしいんですよ。冒険者協会に。現役復帰しろって」


「なに……?」



 寝耳に水な話に、おもわずフィリオは聞き返す。



「こっちの……大闇夜の事情に関して俺は詳しくはありませんが、どうも今回はキナ臭いことになっているようで。国を上げて人手をかき集め始めているらしいんです」



 それこそ引退を表明した、かつての実力者にまで声をかけるほどに。


 本来、冒険者というのは協会でその情報こそ管理されているが、協会自体はその行動に関する強制力をもっていない。各人が所有しているギフト等の能力の情報を共有することで、それらがより良い状況でチカラを発揮できるようにすることが目的だ。

 これが神殿ならば『神の祝福は神の御心のもとに行使すべきものである』との理念から種々の誓約を誓わされるところだが、冒険者協会が守るのは“自由”と“利益”。各々の活動がしやすい環境をつくり、そこから最大限の利益を産むべく活動している。

 無論、緊急事態ともなれば強制召集がかかることもあるらしいが、それに反したとしても各々の事情も加味したうえで冒険者としての評価が下がる多少のペナルティがある程度だ。まして既に引退を表明しているブラムには関係がない。


 しかし、そこに“国”が絡んでくるとなると事情が変わる。


 冒険者協会は巨大だが、あくまで民間の組織の集合体だ。それぞれの横の繋がりは広いが、いわゆる権威権力には縁がない。

 自らが生活する王国直々の依頼となれば、いかに自由を謳おうにも無理が出る。上から睨まれれば民間のいち組織などひとたまりもない。



「聞いてないぞそんな話!? 師匠は、ひと言も……!」


「下手に話して、不安を煽るのが嫌だったようで。ギリギリまで隠しておくつもりだったみたいです。話を拒否するか、受け入れるか。ブラムさん自身、かなり悩んでいましたから」



 ブラムの本心は言うまでもなく拒否一択。相手が国だろうがなんだろうが、あの男が躊躇う理由にはならないだろう。


 しかし、それでは守れるものも守れなくなる。



 断れば今現在、過去の実績と人脈で得ている恩恵も絶たれる。そうなれば生活自体が成り立たなくなってしまうし、そう遠くない将来に犠牲が出るのは確実だ。

 本人からして闘うことしか能がないといわしめるブラムであるが、それが分からないほど考えなしではない。



「そんなところに都合良く転がってきたのが俺ってわけです」



 冒険者協会も王国の指示に従ってはいるが、出来ればブラムの不興を買う真似もしたくないというのが本音らしく、“代わりの案”を提示してきた。


 ブラムの代わりとなる、代理の人物。“二代目ヴァンパイアハンター”を立てて冒険者として活動させる。


 元英雄とはいえ世間の平均からみれば、ブラムも年齢的に冒険者をつとめるのには限界が見えてくる頃合いだ。引退の際に後進の育成を言い含めていた経緯もある。

 “二代目”が相応の働きをみせれば協会としても国への義理は充分に果たせるし、ブラムに味方できる目がでてくる。



 ーーーーと、そこまではフィリオも納得できた。




「それなら、俺が行くべきだろう!」



 これまで十年間、研鑽を積んできた正真正銘“ヴァンパイアハンター”の弟子。筋からいえば真っ先に白羽の矢が立つべきなのは言うまでもないことだ。


 しかし、



「いいんですか?」


「あ?」



 一瞬、意味が分からなくてフィリオは思わず聞き返す。


 改めて噛み砕き、涼吾は問いかける。



「二代目を継いで、冒険者をやって、ヴァンパイアハンターになる。それが、フィリオさんの“やりたいこと”ですか?」


「……っ!?」



 フィリオは言葉に詰まった。


 フィリオの“望み”。


 自身がなによりも、強く強く欲していること。


 心の真中に据えられたそれは、問われるまでもなく、いつだってフィリオの内側で鳴り響いている。



 “強くなりたい”。



 誰よりなにより、“強くなりたい”。



 理不尽にも、不条理にも、何物にも負けない“強さ”が欲しい。




 それが、フィリオの欲しいものだ。それはいうまでもなく分かっている。



 ならーーーー、“やりたいこと”は何だ?



 誰よりもなによりも強くなって、そのあと。いったい何がしたい?




「『“やらなきゃならねえこと”じゃねぇ。テメェの“やりたいこと”をやれ』」


「っ!」



 涼吾のその一言には、聞き覚えがあった。



 十年前のあの日、弟子になりたいとブラムに言ったときに返された言葉だ。









『フィリオよぉ。儂ァな、強くなる方法なんざ知らん』






『どうにも村の中でじーっとくすぶってるのが嫌で、飛び出して。暴れまわっているうちに強くなっとっただけだ』




『“喧嘩(やりたいこと)”やっとるうちに、それができるだけの“強さ(もん)”が身についとっただけだ』






『だから、儂に教えられるのは“それ”だけだ』




 悪童のような笑顔で、稀代の英雄はただ語った。




『儂ァもう、充分にやりてぇことはやった。だからあとは、誰かのためでいい。けど、お前はまだまだこれからだ』



『お前は神サマに愛されてる』


『お前にゃ、ちゃんとチカラがある』


『あと必要なのは、“それ”だけだ』


『仮にも儂の弟子なら、テメェのやりてぇことをやれ』


『テメェの一番に心血をそそげ』


『テメェの願いに全てを懸けろ』


『躊躇をするな、ためらうな』


『自重も自戒も必要ない』


『ただひたすらに、突っ走れ』


『他のもんは、あとから勝手についてくる』





 暴論といえば暴論、というか。かなり無茶な屁理屈。それを当然のごとく言い放つさまは、しかし堂に入っていて深くフィリオの胸に響いた。

 きっと、そんな無茶を成し遂げられるからこそ、英雄は“英雄”なのだろう。



「フィリオさん。あなたの“やりたいこと”は、何ですか?」



 再びの問いかけ。しかし今度は、小気味よすぎるほどに、すとんと内側におさまった。





(…………ああ、そうだ)





 フィリオは、ブラムとは違う。


 フィリオの望みは違う。



 ブラムのように、闘いたいから強くなりたいわけじゃない。


 ましてや、“英雄”になりたかったわけでもない。




 ただ、強くなりたかった。


 負けない強さが欲しかった。




 理不尽に。

 不条理に。


 屈することなく己を徹せる。


 そんな強さが欲しかった。




 そうすればーーーー全部護れる(・・・・・)と、そう思ったからだ。




 全てを見透かしたように、涼吾はフィリオに笑みをおくる。


「世の中、なにかを徹すのにはチカラが要るのが常ですが、それがあればなんでもできる、ってわけでもない。どうするべきか、ちゃんと考えて使わなけりゃあ何にもなりゃあしないんですよ」




 それは遥か昔、“平穏”を求めて戦った一族の言葉。


 目的と手段を間違えてしまった血族の言葉。


 そのために全てを失った男の“呪い(遺志)”を、現代に受け継ぐ者の言葉。




 その言葉には、たとえようもない質量があった。




「…………ま、小難しい言い方しましたがね。理屈うんぬんのまえに俺が言いたいのはシンプルにひとつです」



 唐突にガラリと、声音を変えて。


 ニヤリと、何処か意地の悪さを覗かせて、涼吾はトドメの一撃を言い放つ。















「惚れた女ァ護るのに、側から離れちゃイカンでしょう?」






 ぶはっ! とフィリオは吹き出した。




「なっ、おまっ、なに言って……!?」



 顔を真っ赤にして、言葉にならない声を吐き出すフィリオ。



「馬の骨が近くうろついて、気が気じゃないのはわかるんですけどねぇ。苛立つぐらいならもっと有益な行動に起こしたほうがいいっすよ」


「おっ、おお俺は別に! そんなことは!」


「無いですか? 全く? これっぽっちも?」



 えぐりこむような視線とともに涼吾は問いかける。その瞳は迷いなく、確信に満ちていた。



「〜〜〜〜っ……!!」



 フィリオは赤面で歯をくいしばり、怒りと羞恥とがないまぜの唸り声をあげる。


 自覚はある。納得もしている。しかしそういう事柄ほど指摘されると無意味に感情が波打ち、もて余すのは何処でも同じらしい。



(無自覚で羞恥ゼロの鈍感より憶倍いいねぇ)



 一周まわって逆に新鮮な反応が涼吾には心地良い。



「心配しなくても吹聴するような野暮はしないっすよ。俺の他には誰も気づいていないみたいでしたし、いや上手いこと隠してましたよ本当に」



「……とりあえず、答えろ。なんでわかった?」



 朱に染まる顔がひきつるのを噛み殺し、どうにか絞り出したような声でフィリオは問う。



「察しがいいのがウチの家系の取り柄でしてね? 俺ほど空気の読める“怪物(ヤツ)”はそうはいないっすよ」



 むしろ、そちらのほうが“茜羽”の吸血鬼の本道である。こころなしか平時より声音がイキイキとしていた。





 弱肉強食の怪物の世界とて、四六時中朝から晩まで闘争の最中に在るわけではない。生き物である以上は食事や睡眠、休息をとる必要が当然ある。それはいくら荒事を愛そうとも、生きるためには切り離せない“日常”だ。


 しかし“日常”で為す出来事というのは本来、力ずくでどうこうできない領分でもある。身体的にも精神的にも不器用な者が多い怪物たちは、そこを有り余るチカラでごり押ししてしまうのが常である。だからこそ余計な軋轢を生んで、闘争がまた起こり、弱肉強食となるわけだが。


 そんな“日常”の領域にスルリと入り込み、それを共にし、必要なものを提供し守ることで、己の生きる場を確保する。それが“戦えない怪物”が選んだ生存戦略。



 人外の感覚器で行動・言動のすべてをとらえ、卓抜した洞察力でその者の胸に秘める渇望を見抜き、その成就に助力する(・・・・・・・)


 己に利する存在であれば、それを害する者はいない。

 共に興ずることができる存在を、わざわざ切り捨てる者はいない。


 そうして周りの心の隙間を満たしながら、幾千年を生き延びてきた吸血鬼が、茜羽一族。


 色恋もまた、“日常”の一幕。ましてや青臭い人間のそれを嗅ぎ付けられないわけがない。



「変に手ェ出す気はありませんよ。こういうのは、本人が動かなきゃ意味無いですからねぇ」


「……嫌味なヤローだな、お前」


「よく言われますよ」



 そう、手を出せばそれは“チカラずく”だ。誰かが苛まれ軋轢を生む。


 だから茜羽は“口を出す”。


 本人も気づかない、いや気づきながらも目をそらしている大切な“日常”の本質を、箸の先でつつくように。


 その者が、大切な何かを間違えないように。




 “最弱”の怪物は、そんな余計なお世話を焼くのが大好きなのだ。



 笑う不死身の吸血鬼(ヴァンパイア)。その狩人を志していた青年はしばし赤い顔で唸っていたが、やがて溜め息とともに肩の力を抜いた。



「ーーーーったく……どうして俺の周りはこう……厄介なヤツばっかりなんだよ」



 ぐうの音も出ず、ようやく絞り出した悪態ーーーーといった風情。しかし、何かがカチリとはまったように、どこか晴々とした空気が声音のなかにある。



「……俺は、強くなりたい。理不尽も、不条理もーーーーお前みたいな得体の知れないヤツが相手でも、負けないように。全部全部、護れるように。英雄とか称号とかは……もうどうでもいいが、お前に負けるのは嫌だ」


「結構。なら、幾らでもかかってきてください。俺を殺せるぐらいにならなきゃ、吸血鬼狩り(英雄)越えなんざ夢のまた夢ってやつです」



 やることは同じ、しかし筋道が変われば、おのずと結果も変わってくる。それがどう転ぶかは、まだわからない。しかし今このときは少しだけ、けれど確実にーーーー



(なかなか、愉快にできたかねぇ)



 心地よく世界が回る感覚に、涼吾は満足して目を細めた。



















「ところで告白とかはしないんですか?」


「っ! い、いや、その……まだ駄目だ。というか、強くならないとそっちも無理だ」


「?」


「…………儂より強いヤツでないと認めん、とか師匠言ってるから」


「…………()き遅れにならないように頑張りましょう」



 主に彼女の幸せのために、切に決意するフィリオだった。




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