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第十五話

 涼吾の手のひらで流血が(うごめ)く。

 しゅるりと素早く、細く、長く、形を変えて組み合わさっていく。


 その様子はさながらワイヤーアート。極細の流線を編み込んだ血の造形は、やがてひとつの姿を成す。


 全長およそニメートル。底面が大腿ほどの太さの長い円錐形に刺々しいスパイクをあしらったそのフォルムは、霞がかった薄い赤と相まってより禍々しさを伝えてくる。



(なんだあれは……戦棍(メイス)のつもりか?)



 フィリオはその見慣れない武器の姿形に顔をひきつらせる。

 それはある意味で当然かもしれない。真っ当な人間ならもっと扱いやすい得物を選ぶだろうし、涼吾だってこんなけったいな武器を使う人間(・・)など会ったことはない。しかし日本出身の怪物には馴染み深いものだ。



「赤鬼の金棒、ってとこすかね」



 手に取り、具合を確かめるようにくるくると回す涼吾。その早さに比して風切り音すら立たない。骨組みのみで中身が無いために軽いのだ。風船のようなものである。


 それを涼吾は上段に構えた。そして最高点から振り下ろす高速の一撃は――――



 ――――っどぉぉん!



 と、轟音を立てて大地に打ちつけられた。

 衆人の足下を震わせる一撃で、地面が十センチほど陥没しクレーターをつくる。



「ん……まぁ、こんなもんか」



 とん、と軽く得物を肩にあて、フィリオを見据える。その武器と地面の穴を見比べて、フィリオは固い唾を呑んだ。



 ――――わずか数ミリの膜が、全てを遮断する防壁となる異能の流血。

 意のままに形を変えるそれが武器(・・)となったとき、どのような威力を発揮するか。その答えがいま目の前にあった。



(あの野郎、いままで一度も攻勢に出てきてなかったからな)



 ブラムとの組み手でさえ回避か防御か、拘束を試みてくる程度。殴る蹴るどころか拳のひと振りすらしていない。


 そこにきて、あの大仰な棍棒だ。凶悪なその造形は、見た目以上の威圧感を発してフィリオに降りかかっている。

 ギフトで加速したフィリオの攻撃すら防いでしのぎきった流血の防壁。その硬さと素早さを攻撃に転化したならば、地面を穿つ一撃の威力もうなづける。喰らえば即、骨ごと粉微塵だろう。



(当たらなければ問題はねぇ、が)



 防御時の反応からみて、流血を動かすときの速度はフィリオの速度とほぼ同じ、いや瞬間的な最高速度はフィリオの方が上だろう。


 しかし――――



「フィリオさんの、ギフト。“瞬転”でしたっけ?」



 ふいに、涼吾が声を立てる。



「あれ、加速できるのは一瞬だけ。それも連続で使えるのは二、三回ってところでしょう? 一度の戦闘で使うなら合計で七、八回が限界とみるべきかな」



 さらりと述べられた言葉は正鵠を射ていた。


 フィリオのギフト“瞬転”は、いうなれば【肉体的速度増加】の異能。

 ブラムのように身体を強化してスピードを上げるのではなく、動かした身体がもつ“速度”そのものを上げる能力だ。歩く程度の軽い踏み切りで得たを速度を【加速】して、迅雷のごとき神速にまで上げることができる。


 しかしこのギフトは加速はできても減速ができない。一度増大したスピードはそのまま残る。加速状態から制止する際に生じる負荷は、自前の肉体で受け止めなければならない。不用意に加速し過ぎればそのまま自滅もありうるのだ。


 この十年で体を鍛え、効率的なギフトの使い方を模索し続けているが、それでも最高速度を出すとなると涼吾のいうとおり限界がある。勝負が長引けば、その分だけフィリオが不利になるのは目に見えていた。



「俺も長々と喧嘩を楽しむ――――なんてガラでも無いんでね。サクッと決着つけませんか?」



 戦棍をかまえて手招きする。悠然としたそのたたずまいには、気負ったところが見られない。

 フィリオにしても千日手になるのは避けたい。願ってもない提案であるが、しかしそれだけに裏側の意図をフィリオに感じさせる。そんな不信を察してか、涼吾は不敵に笑ってみせる。



「スタミナ切れで強制終了じゃあ、不完全燃焼で納得出来ないでしょう? 一発でキッチリ決着つけりゃあ後腐れも、文句のつけようもない。それとも、ここで止めときますか?」



 カチリ、とフィリオの内側に引っかかる一言。こちらから喧嘩をふっかけておいて、ここで退いては立つ瀬がない。なにより結果がみえているかのような物言いが勘にさわった。


 フィリオは二刀を逆手にし腰だめに構える。下手な策を弄したところで、うまくいくとも思えない。ならフィリオにできることはひとつだけだ。

 何より速く、寄って斬る。先を読もうが腹を読もうが対応出来ない“速さ”で抗し、渾身で一撃をたたき込む。

 対する涼吾は戦棍を順手に握り、頭上にかかげた上段の構えをとる。

 単純な速度こそややフィリオに利があるものの、得物の規模の差は覆しがたい。長大な戦棍はひと振りすれば、目の前の全てを薙ぎはらえる。しかし最初のひと振りさえしのげればフィリオの一撃の方が速いはずだ。身体への負荷を考えなければ、もう二段階ぐらいは上げられる。後先は考えず、ただ一撃に全力を込める。


 お互いの出方をうかがい、睨み合う。激しい打ち合いとはちがった、しかしそれ以上にひりついた空気が場を満たしていた。


 先に動いたのはーーーーフィリオ。


 前触れもなく消えたその身が、音を置き去りに神風と化す。涼吾を中心として立ち回ることで、粉塵と踏み締められた草いきれだけが円形に舞い上がってみえた。現在地と整合しない足音とに、フィリオの居場所が喪失される。そのさなか、仕掛ける。

 狙うは左脇下、斜め下から最短距離を突き上げる刺突。


 常人には視認不可能な高速機動のなか、フィリオは見た。涼吾の戦棍が迷いなくふるわれるのを。速い。ギフトによって高速化した思考と視力で涼吾をみれば、その視線はフィリオを全く捉えていなかった。完全に勘で振られた一撃でありながら正確にフィリオを打ち抜く軌跡。

 前言通り腹の内が読まれ切っていることに歯噛みしたくなる。しかしそんな隙などあるはずもなく、戦棍は襲いかかってくる。


 フィリオは歯をくいしばり身体をひねらせた。この一撃さえしのげれば。その一念で切り抜けるべく、スパイクの寸毫外側を舞い踊る。背中の筋が、脚の骨が、ギシリと嫌な音をフィリオの体内に響かせた。尖塔の先が上着の繊維を引き裂いていくが、肉体に損傷は無い。



(いける……!)



 フィリオは限界を超えた速度に軋みをあげる身体に鞭打って、さらに懐へ踏み込みーーーー


 狭まる視界のその端で、流血の戦棍が()ぜるのを見た。



(なっ……!?)



 ()ぜた戦棍のなかからあふれでるのは、赤い“霧”。密閉された空間で圧縮されていたのか一気に吹き出して体積をとりもどし、周囲を赤く染め上げる。

 加速状態のフィリオにはスローリーな現象としてみえたが、回避直後の無理な体勢では広範囲にひろがる霧に対処することは不可能だった。

 刺突を繰り出さんとしていたフィリオの左腕を赤い霧が包みこむ。マズイ、と腕を引こうとしたときにはもう遅かった。



(動、かない……っ!) 



 感触としては、真綿のような柔らかさ。しかし隙間なく身を絡めとりその空間で固定された血の霧は、ぎっちりとフィリオの腕をとらえて放さない。

 フィリオの上腕骨から、ミシリと嫌な響きが伝わってきた。加速状態のまま拘束され急停止させられた反動。動かない腕と勢いに乗った身体のあいだで生じた軋轢が左肩周辺に集中する。



(……もた、ない……っ)



 咄嗟に“瞬転”を打ち消すが加速したスピードは戻らない。折れる。悲鳴をあげる骨格が破砕されていく光景がフィリオの脳裏をよぎった。

 しかしそのとき、唐突に腕への負荷が消える。拘束がゆるんだ、のではない。少しずつ軌道をそらしながら前へと引っ張られている。フィリオの身体は残った推力のままに動きだし、同時に既に全身を覆いはじめた血の霧がゆらりと流動する。フィリオの足を後ろに、背中を前へと押し出すように。

 相手の力も利用する合気の要領で、崩れたバランスのままフィリオは頭から前方へ投げ出された。涼吾のすぐ脇を通り抜け、地面に転がされる。

 受け身をとって衝撃を殺せたのは訓練の賜物としか言いようがないが、勢いが死んだところで再び血霧がフィリオの身に絡みつく。まとわりつく異能の霧は全身を包み込み、身じろぎひとつゆるさない。

 たちこめる赤い霧のむこうでたたずむ涼吾にフィリオは眼光をとばした。



「……まどろっこしい真似をするな。そんなに打ち合うのが嫌か」


「いやぁ、こうでもしないと捕まえられないもんで」



 肩をすくめる涼吾は、相も変わらずのらりくらりとした風情だ。ここまでくるとフィリオも苛立ちより諦観の情すら浮かんでくる。真っ向から手玉に取られた直後ではなおさらだった。



「お前のギフト、そんなこともできたのか」


「こうも上手く使える機会があるとは思ってませんでしたけどね。ちょいと扱いづらいもんで」



 相手を無傷で(・・・)捕まえることを考えたとき、一番のネックになるのが血の量の少なさだった。広げる範囲にも限界があり、薄く延ばせば鋭利な刃物も同然になる。

 総量はそのままでかさ増し(・・・・)するにはどうしたらいいか。単純に考えた結果がこれだ。少量の液体でも空気と混ぜて漂わせれば一気に体積を増やせる。向こうの世界の怪物仲間が似たようなことをやらかすのを見たことがあり、イメージ自体はわりと容易くできた。煙の身体で宙を往き、ヒトの身体にまとわりつくイメージ。殺傷力もほぼゼロにまで落としこめたのは僥倖だった。

 しかし気体に近い性質故か移動速度がすこぶる遅い。スピードを上げようとすると途端に液状に戻ってしまう。涼吾自身のイメージに準じているせいか、風のまにまに吹かれて漂う煙羅(えんら)の形質から脱け出せないのだ。


 だが涼吾はそれを逆手にとった。

 流血で金棒型の張り子を作り出し、残った血を内部で霧状に変化させる。限られた密閉空間で急激に体積が増えたことにより圧力が上昇、あとは一部にちいさな出口をつくれば消火器のごとく噴出する。



「ま、一回こっきりのビックリショーってやつです。 正直、闘いようによってはもっと早く決着がついてましたよ。フィリオさんが俺の言葉に乗ってなきゃ、ね 」



 種が割れていればそこまでおそろしいものでもない。一度見切られればそれまでの“芸”だ。

 そうかよ、とフィリオは歯を軋らせる。まんまとこの男の思惑どおりに動かされたかと思うと、自分で自分をぶん殴ってやりたくなる。


 と、ゆらゆらと血霞がうねり、フィリオを立ち上がらせる。手足は拘束されたまま。“瞬転”でいくら加速しようがすでに無意味だ。

 涼吾はぶらぶらと手首をまわし、深呼吸で気を整えている。



「なんだ」


「言ったでしょ? キッチリ一発で決着つける、って」



 拳を握り、構える涼吾。しゃあしゃあとした物言いにフィリオは舌打ちするが、奥歯を噛んで打突に備えた。抵抗できない今の自分に、選択肢はない。


 涼吾は大きく息を吸い、吐く。十回も繰り返したか、額に汗がにじんでいた。気合い入れすぎだろ、とフィリオは内心で呆れる。振りかぶった右拳がフィリオの横っ面を突く。

 ゴっ、と鈍い音がしてフィリオの視界がブレた。くらり、と思考に空白ができ、すぐに戻る。


 しかし、それだけだ。



(……軽い)



 フィリオも伊達にブラムから鞭撻を受けているわけではない。常日頃から殴り殴られ鍛えた身体には、あまりにも軽い一撃。青アザのひとつもできているかあやしいものだ。



「……オイっ! テメエなめてる、の……か?」



 嫌味のひとつも突きつけてやろうと眼光を飛ばした先で、固まる。


 びちゃり、とフィリオの頬が赤に染められた(・・・・・・・)



「いやぁ…………ナメちゃあ、いないすよ。ふざけても、いませ、ん……って」



 変わらぬ笑みを浮かべる涼吾。そのこめかみから噴き出る“血”。

 一瞬前には傷ひとつなかったそこに、ばっくりと大きな裂傷が生じていた。


 フィリオは、なにもしていない。では外野がなにかしたのか? いや、それも有り得ない。

 混乱するフィリオの目の前で、その答えがさらされる。


 涼吾の蒼白なその頬の下で浮き上がり脈動する血管が、はち切れんばかりに膨張している。ビキビキと音をたて、内側から肉を裂き、喰い破り、血が流れ出る。


 さらに殴った右手から肘、肩、首と一帯の肌が鬱血し赤黒く盛り上がる。



「あーー……ちっド、ヤ、ベェか、な? これ……」


「お、お前! それっ」



 二の句をつげずにいるフィリオへ、涼吾は脂汗をにじませてなお口角を上げ悠然とたたずまんとする。



「ま……気に、す、んな」



 ひと言ひねり出したところでバツン! と音声が響きわたる。


 破裂。鮮血。

 草原に真っ赤な華が咲き、散る。


 血の池の中心に、死に体の身体が投げ出される。


 やがて消えた血霞の跡に、立っていたのはフィリオだけだった。

 



戦闘描写終了。けど死亡エンドにはならないんだぜ!うちの子はしぶといのがウリだからな!


詳しい話の裏事情やら設定やらは次回以降のお楽しみです。

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