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第十四話

前半、視点がいつもと違います。


フィリオ視点です。


※20140529:感想指摘より修正しました。

『吃驚』→『ビックリ』



 強くなりたい。



 ただ、それだけが全てだった。




     ※



 少しばかり昔の話をしよう。

 フィリオという名の、ひとりの青年の話だ。


 当年とって十七になる彼の心には、常にひとつの感情が居座っている。



 ――――強くなりたい。



 実にシンプルな、ただそれだけの想いの原型がかたちづくられたのは、彼の幼少期にまで遡る。


 物心ついた頃、フィリオは予期せずして“チカラ”を手に入れることになった。神の箱庭に招かれ、ギフトを授かったのだ。


 この国で箱庭に招かれることは、すなわち神に愛されていることの証明であり、同時にこのうえない誉れでもある。そのチカラの如何によっては天下にその名を轟かす偉人となることも、決して夢ではない。

 まだ幼いフィリオに実感は少なかったが、我が子に祝福が授けられたことを喜ぶ両親を見て、それが喜ばしいことであるのはわかった。


 しかし祖母であるカルミラからは、こうも言われた。



『軽い気持ちで使えばたとえ神の祝福でも、それは必ず不幸をよぶ。使うときは必ず、よく考えて使いなさい』



 事実、授かったギフトは当時のフィリオには扱いきれるものではなかった。発動こそできるものの制御が難しく、誤って怪我を負ってしまってからはギフトの使用を禁じられるようになった。もう少し心身が成長し、万全の状態を整えてからギフトの使い方を学ぶべきだと、両親もそう考えたのだ。

 フィリオ自身も宿ったチカラを持て余していたところがあり、特に不満はなかった。自分自身を傷つけて痛い目に遭い、懲りていたのも理由としてはあっただろう。


 なにより――――その授かったチカラの使い道が、フィリオには思いつかなかったのだ。


 チカラがあるとはいえ、フィリオは自分を必要以上に特別な存在だとは思ってはいなかったし、それは彼の周囲の人間もそうだった。

 あまりに親しみやすい距離にブラムという英雄と呼ばれた存在が居たことも、その一因にある。特別なチカラをもつ者でも英雄と持て囃される存在でも、欠陥のひとつやふたつ抱えていて時に周囲を巻き込んで傍迷惑なことを平気でやってのける“人間”に過ぎないことを、ここの村の住人はよく知っているのだ。



 フィリオはそんな村が好きだったし、村人たちのことも好きだった。


 ギフトがあってもなくても、自分はこの平和な村の一員として、つつがなく生きていくのだろう――――と。そう、当たり前に考えていた。





 十年前のあの日。吸血鬼が現れ、村が蹂躙されるその日までは。




     ※



 一瞬で間合いを詰めたフィリオは手にした木剣を袈裟に振り下ろす。

 肉迫するその一撃を、涼吾は避ける素振りをみせない。そのまま左肩にめり込むかとおもわれたが、しかしフィリオの手に返ってきたのは肉とは違う硬い感触。


 打点へと滑りこんだ涼吾の流血が壁となって受け止めていた。



「フン……!」



 フィリオは流血の壁を滑らせるように勢いを殺さず、体幹を軸にぐるりとひねらせる。

 二本のうちのもう一本。逆手に握られた左の木剣が回転の勢いをのせて涼吾の脇腹を狙う。



「っと!」



 もう一枚の防壁を生み出して涼吾は防いだ。

 しかし防いだ端から間断無くフィリオは打ち込みを仕掛ける。二撃、三撃、四撃。フェイントを織り込んだ流れるような左右の連撃は、威力より相手に隙を与えない速さが持ち味だ。


 しかし涼吾の流血の壁の動きもまた速い。イメージと直結して動くそれで防御をこなすことは、つまり涼吾自身がフィリオの剣戟を見極められている証拠に他ならない。



(競り合いができない、ってのはやりづらいな)



 昨日までブラムと組み合っているのを見ていたが、あの流血は拘束具にもなりうる。下手に鍔競り合って接触時間ができるとそのまま絡め捕られる危険性が高い。

 それを避けつつ攻撃するのに必要なのは、純粋に相手の防御を上回る“速さ”。直接肉体に木剣を打ち込み、防がれた場合は即行で引く。


 スピードにはかなり自信のあったフィリオだが、しっかりと防御し付いてくる涼吾に内心舌打ちをした。二十合も打ち込んで埒があかず、一旦間合いをとる。



「ッフィ――っ。いや凄いっすねぇ」



 涼吾は二つの血の塊を眼前に浮かべ、たいして上がってもいない息をととのえる。



「……まだ半分も力は出しちゃいない」


「いやいや、その半分で分かることもありますよって」



 集中して声が低くなっているフィリオに対して、涼吾は軽々朗々と口を滑らせる。それがフィリオを苛立たせたが、涼吾が止まる様子はなかった。



「二刀流ってのは見た目は単純だが、実戦でマトモに扱うには相当な修練が必要だ。素の状態でその速さと膂力。打ち込んだ刃先もすべて打点へ垂直に入っていたし、技術もなかなか。どれだけ努力したのか窺えるってもんです」



 予期せぬ賛辞の言葉に、フィリオは具合が悪くなる。真剣勝負の最中に交わす内容ではないだろう。



 ――――ただ棒を振るだけなら誰にでもできる。しかし刃物を振って物を斬るというのは、言葉以上に奥が深い。


 どんなに鋭い刃でも、当てただけでは薄皮一枚裂くのがやっと。その下の肉を裂くには筋繊維に対して刃を垂直に立て、押すか引くかしながら内部へと滑りこませなければならない。それを高速で移動しつつこなせるようになるのは、一朝一夕では不可能だ。



「積んできたからな。十年」



 十年間。


 今までの人生の半分以上を、フィリオは修練に費やしてきた。農村の一員ゆえ毎日の仕事を疎かにはできないが、それ以外の時間はひたすらに剣を振ってきた。



「昨日今日“チカラ”を得たようなヤツとは、地力が違うんだよっ!」



 裂帛の気合いとともにフィリオは斬り込む。その一振りは涼吾の防御速度を瞬間的に上回り、左頬を掠めた。柔い肉を擦過傷が赤く染める。

 しかしその傷も、ついた端から癒えていく。



(再生能力……やはり厄介だな)



 元の姿も判別できぬ肉片から傷ひとつ残さずに復活してみせた規格外の異能は、鮮烈に記憶に焼き付いている。痛みこそ感じるようだが、生半可な攻撃では屈伏させることは叶わないだろう。



(けど裏返せば、手加減の必要は無いってわけだ)



 普段の修練で相手どるのは、ブラムか村の男衆だ。


 ギフトを有する利もあり村では頭ひとつ抜けた実力を身につけているフィリオだが、ブラムにはいまだ遠く及ばない。

 しかし村の男衆では相手にならず、相対するときは重傷を負わせないよう心のどこかで気を配り、ギフトも封じていた。


 死なない相手に気遣いは無用。そうでなくともフィリオは、この男を叩き潰したくて仕方ないのだ。



     ※




 今でも、はっきりと覚えている。脳裏に焼き付いて離れない、吸血鬼とその眷族が村を蹂躙する、その光景。



 向かいの家のおじさんが死んだ。酒好きで陽気な、気の良いおっさんだった。


 隣に住んでいた若い女が死んだ。明るくてよく働く娘で、フィリオも少し憧れていた。


 ひとつ年上の男の子が死んだ。その日の昼まで、一緒に遊んでいた。明日もまた遊ぶ約束をしていた。


 村に滞在していた冒険者が死んだ。剣腕試しにと、大木を一刀両断してみせた大男だった。




 ある者は首を斬られ、

 ある者は背中を開かれ、

 ある者は八つ裂きにされ、

 ある者は丸呑みにされ。


 誰も彼もが傷つき倒れていくなかで、フィリオは小さくなって震えていた。他の子供たちと一緒に、真っ先に避難させられたのだ。




 怖かった。


 しかし、それ以上に――――くやしかった。




 自分には“チカラ”があるはずなのに。“チカラ”を持っていたはずなのに。

 なにもできず、ただ震えていることしかできなかった自分が、情けなくて、悔しかった。





 ――――強くなりたい。


 理不尽も、不幸も、不条理な化け物共も。全部まとめて黙らせられるぐらいに。


 なにもできずにただ震えるだけの、あんな悔しい思いをするのはもう嫌だ。



(そうだ……強くなるんだ誰よりも……!)



 あの日に村にいた冒険者は、全員死んだ。一流とされていた実力者たちだった。

 少なからず“チカラ”を持っていた彼らでさえ、伝説の魔族には歯が立たなかった。




 ただの(・・・)強さでは足りない。

 “チカラ”を持っているだけでも意味がない。


 理不尽な出来事を跳ね返すには、己もまた理不尽の領域へ――――それこそ“英雄”を踏み越える(・・・・・)ぐらいに強く、研ぎ澄まさなければ意味がない。


 そう考えたフィリオは、まずはブラムの背中を追いかけることにした。フィリオが知るなかで最も強い、英雄と呼ばれた男。それと同じ地平に立ち、その壁を乗り越えて先へと進めば、それを超える強さを手に入れられると思ったからだ。



     ※




 そうして、十年。いまだその壁には程遠いが、積み上げただけの強さは手に入れてきた。


 しかし目の前の異人はそれをあっさりと踏み越えて、挙げ句師匠の跡目を継ぐ話まで立てる始末。


 素性も知らない馬の骨に大きな顔をされたままの現状は、フィリオの積み上げてきたものを揺らがせていた。



(真正面からぶっ潰す! 小手調べは終わり……ここから、全力ッ!)



 軽やかなステップで距離をとり防御を続ける涼吾に向かって駆けながら、フィリオはギフトを発動する。




 その瞬間、フィリオの姿が掻き消えた(・・・・・)



「っ? ……おおぁっとぉっ!?」



 一瞬、呆けた空白。同時、背中へ生じた悪寒にしたがい涼吾は後背延髄の防御を咄嗟に固めた。ガギン! と耳元で音が立つ。


 背後に現れたフィリオの一刀を、寸毫の差で受け止めていた。



「危なっ……!」


(反応した……!?)




 涼吾は冷や汗をにじませ、フィリオは瞠目した。


 動揺を隠し間髪いれず、フィリオは再度ギフトを発動する。またもその姿が掻き消えて、次の瞬間には涼吾の正面足元に現れた。


 屈んだ体勢から跳躍し喉元を克ち上げる一刀。



「っとぉッ!?」



 涼吾は後ろへ飛び込むような勢いで身を反らし避ける。



(またっ……!)



 しかし体勢が崩れた。三度ギフトを発動し、倒れた先への追撃を狙う。


 ところが涼吾のその身は倒れることなく、グイッと浮き上がり宙へと飛んだ。その手足をよく見ると赤い血液が絡みついている。



「とっととっ……! バランスが難しいなこれは」



 宙に浮く血液を四肢の先に取り付け、手掛かり足掛かりとして空を駆る。そんな使い方もできるのか、とフィリオは歯噛みした。

 手の届かない上方空中。ギフト持ちの身体能力なら跳躍で届かない距離ではないが、向こうは宙を自在に移動できる。攻め込むのは分が悪い。


 安全圏に座り込み、涼吾はひと息吐いた。



「いやぁビックリした。小耳に挟んじゃあいたが出鱈目に早い。消えたかと思っちまいましたよ」


「……ビックリはこっちの台詞だ」



 油断無く構えをとりながら、フィリオは跳ねる心臓を落ち着かせる。汗でぬるりとした手の内が感じたことのない緊張を伝えてきた。



「お前、いま……なんで俺の攻撃がわかった?」



 フィリオのギフト“瞬転”は【加速】の異能。


 常人の知覚領域を越えた、眼にも映らない(・・・・)速度にまで挙動のスピードを上げられる。

 消えたと思った瞬間には、転じて懐の内に潜り込める。故に“瞬転”。


 普段組み手をしているブラムでさえ完全に捉えきることができず、ギフトによる身体硬化で防御する以外に手立てがないという代物だ。事前にギフトの概要がわかっていたとしても、初見で対応できるようなものではない。


 ――――いや、まさかとは思うが。



「見えてる……のか?」



 超高速の動きを捉える視力があれば、防御も回避も可能。しかしそれはフィリオのギフトがほぼ意味をなさないということになる。


 そんな絶望的な答えがちらついたが、涼吾は肩をすくめて首を横に振った。



「いやいやいや、流石にそのスピードじゃあ見えやしないっすよ。てか振り向く暇もないし」


「じゃあなぜ!?」



 闘いの最中であることも忘れてフィリオは叫ぶ。涼吾は頭を掻きながら答えた。



「んー、まぁ……なんというか。分かり易い(・・・・・)んすよね、フィリオさんって」


「わかり、やすい……?」



 言葉の意味がフィリオには理解できなかった。



「ヒトの腹の内を探るのは俺の一族の十八番でね」



 その面付きを見下ろして、涼吾は悠々と笑ってみせた。




     ※





(……あぁ〜〜〜〜、お……っかねぇなチキショー……)



 悠々とした外面に反して、涼吾の内心はかなり切羽詰まっていた。


 表情こそにこやかで飄々としているが、ざわざわと悪寒とも強張りともつかない感覚が背中に居着いていて落ち着かない。



(まぁ、だからこそ分かり易いんだけど。めちゃくちゃ敵意持たれてるよなぁ……)



 涼吾を睨むフィリオ。それに込められた“感情”を察して、苦笑いが浮かぶ。



 弱肉強食。


 世界の真理のひとつといえるこのことわりの中において、全ての生物は平等ではない。

 力の強い弱いがあり、そして強い者が弱い者を喰らい、生きる。その序列は生まれ落ちた瞬間から決定しており、覆すことはかなわない。百獣の王は生まれながらに百獣の王であり、草食は生まれながらに草食であり、負け犬は生まれながらに負け犬だ。



 ――――だがそれは、弱い者が生きられないということではない。



 闘えば、たしかに強い者が勝つ。弱い者は勝てない。しかしだからこそ、弱者は生きるための術を身につける。“勝つ”のではなく、ただ“生きる”為の術を。


 それはより早く逃げるための遁走術であったり、より上手く身を隠すための隠形術であったり、より鋭敏に危機をとらえるための察知術であったり。

 とかく弱肉強食の世界においては、“弱者”であるほど己を生かす為の一芸に秀でているものなのだ。



 吸血鬼・茜羽一族。


 あちらの世界のその筋では“最弱”と呼ばれて名高いその怪物は、しかし涼吾を見てのとおり数千年の時を生き延びて現代へとその血脈を繋いでいる。

 涼吾にもまた備わっているのは、それを可能にしてきた“芸”だ。



(……強さへの渇望、理不尽への憤り、余所者の俺への嫉妬、現状に対する焦燥。自己嫌悪も混ざってるあたりは多少とっつきやすいかね)



 涼吾は相対したフィリオを見つめ、あらためて様子をうかがう。


 目つきや顔色などの表情はもとより――――眼球の動き、呼吸のリズム、血潮の脈動、姿勢や体運びなど。とにかく相手のすべてをただ見て、聞いて、とらえて、呑み込む。


 人間社会にとけ込んで生きるというのは、人間との交流をもつことと同義。そして交流とは、すなわち相互理解――――相手を知り、己自身を知らしめることにほかならない。

 そんな理念と“最弱”ゆえの感覚の鋭さが合わさって、ひとつのかたちとなったのが茜羽一族の“芸”。幾多の人間や怪物たちと相対して培ってきた、相手を探りうかがう“洞察力”。


 “強さ”も。

 “性格”も。

 “心情”も。

 “生き様”も。

 “在り方”も。

 “価値観”も。

 “願望”も。


 すべからく読み取り受け止めて、理解する。



(一本気でブレがないぶん、フィリオさんて本当に分かり易いわ)



 理不尽を嫌い、悔しさをバネに強さを求める。大切なものを“守る”ために。一途な行動理念からくる一刀は、そのまま真っ直ぐな剣筋に現れる。

 そんな感情のこもった攻撃だからこそ、その“予兆”や“向かう先”まで涼吾の感覚器にびりびりと伝わってくる。フィリオが攻撃に感情を込めるほど、それは涼吾へと伝わっていく。


 以心伝心。あとはそれにあわせて身体を動かすだけだ。正確には、ほぼ反射的に“逃げる”か“防ぐ”かで身体が動いている。



(いやでも、正直心臓に悪いわー……)



 こちらに来て身体能力が上がっているからこそ可能な芸等であって、以前の涼吾ならそんな武術の達人のような真似ができるはずもない。本来なら戦場の真っ只中ではなく、それに陥るまえに発揮するべき“逃げ”の芸なのだ。


 本筋と違うかたちで洞察力を発揮するのは、涼吾にとってかなりの負担だった。



(あまり長引かせる意味もねぇし、ここらで流れを変えるかね)



 “逃げ”の技術を披露したところで“強さ”の証明にはならない。フィリオはどちかが強いのかをはっきりさせたいのだ。伝わるその“感情”に応えると決めた以上、やることは決まっている。



(さぁて、根性みせろよ。俺……!)



 涼吾は宙の足場から充分に間合いをとった地面に降り立った。





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