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第十三話



 男には、戦いを、避けてはならないときがある。


 ヘタレだろうとポンコツだろうと、なさねばならないことはある。


 たとえ勝ちの目もなく、利がなくとも、立ち向かわねばならないときがある。



 そこに相応の、譲れない理由があるならば。



「とりあえず、理由(それ)を聞きたいところっすね。えーと…………」


「フィリオだ」



 固い声音で青年は短く答える。ささくれ立った心情が、その声の端々に乗って涼吾に届いてきた。だいぶ、いやかなり苛立っている。



「フィリオ……。ああ、貴方がフィリオさんですかい」



 名前だけは耳にしていた相手に涼吾はなるべく愛想の良い笑顔で応えながら、先日にカルミラと交わした話を反芻していた。






 “神の箱庭”に招かれたもの――――つまり祝福(ギフト)の所有者が存在する割合は、この国ではおよそ三、四十人に一人か二人。全体の約三パーセントほどだ。



 そして人口百人ちょっとのこの村には現在、涼吾のほかに三人のギフト持ちが住んでいる。



 “鉄心騎兵”ブラム。


 “薬師”カルミラ。


 そしてもう一人が、いま目の前に立つ男。



 年の頃は、涼吾とさして変わらない。しかし頭ひとつぶん高い上背と服の隙間からのぞく引き締まった肉体は、やはり生活環境の違いを感じさせる。無造作に跳ねる焦げたような茶髪の下に、つり上がった眼がギロリと光っている。



 “瞬転”フィリオ。


 カルミラの孫にしてドラクリア村若衆の中心。そして、ブラムから戦いの教えを受けている青年。


 つまり関係性でいえば、涼吾の“兄弟子”に相当することになる。いや正確には(仮)がつくか。涼吾自身の立ち位置が不確定な宙ぶらりんゆえに。



(たぶん、怒ってるのもその辺が原因だろうなー)



 予期していた事態とはいえ、実際にそうなると涼吾は気が重くなる。



 聞いた話では幼少の頃にギフトを授かってからブラムに師事し、研鑽を積んできているとのことだ。村では貴重なギフト持ちであり、有事の際の戦力として期待されてもいる。ブラムの跡目を継ぐのはフィリオだと、周囲に認識されるほどに。


 努力を重ね、信望もある。


 そんな自分を差し置いて、二代目だのなんだのと扱われる男がポッと出てくれば――――まぁ面白くはないだろう。



「喧嘩っていうと、要するに組み手がしたいと」


「ああ。別にそれ以上(・・・・)でも構わないけどな」



 そう言って腰に下げた二振りの短刀に手を添えた。殺気立ちすぎだろう、と涼吾は顔をひきつらせる。

 ここまでヒートアップしている相手を丸め込むのは容易ではない。



(下手な誤魔化しは、火に油だろうな。さりとてはいそうですね、ともいかねぇし……。そんなにヴァンパイアハンターやりたいのかね)



 さてどう応対したもんか、と涼吾が考えていると遠くから声がかかった。



「アカバさーん。そろそろ仕事、始めるよー?」



 そう言ってこちらに歩み寄ってくるのは笊を小脇に抱えたミリアだ。

 その姿をとらえた瞬間、フィリオの眼光から苛立ちが薄れる。代わりに僅かな歓喜と、どことなく具合悪そうな苦渋の色が浮かび上がったのを涼吾は見逃さなかった。



「ミリア……」


「ちゃんと働かないと昼ご飯が貧相になるよ――――って、どうしたの二人で向かい合って」


「あー、まぁなんというか。()らないか的なお誘いを受けてたところで」


「? ヤるってなに、喧嘩?」



 下ネタで殺伐な空気を和ませようとしたが不発に終わる。流石にスラングは通用しないらしい。



「ミリア、ちょっとどいててくれ。俺はこれからこいつと決着をつけなきゃならないんだ」


「だめだよフィリオ」



 短刀の柄に手をかけていきり立つフィリオをミリアは諫めた。



「やるなら仕事が片づいてからじゃないと」



 片づいてからならいいのか。


 出刃を片手に殺気を放つ男への説得とはとても思えない。喧嘩推奨派はこれだから困る。


 しかし昨日の約束がある手前、嫌だとゴネるのも涼吾としては具合が悪い。



(むこうも、譲れないモノがあるみたいだしな)



 不満げなフィリオと、腰に手をあてて相対するミリア。二人の様子を見比べて、涼吾は考える。


 なぁなぁで済ませて先延ばしにしていると、後になって必ず話がこじれる。ケジメをつけるなら早いほうがいい。



(たとえ“最弱”でも、やらねばならないときがある――――か)



 そう心の内でうそぶいて、改めて腹を括りながら涼吾は今日の仕事へと向かった。






     ※



 ひと通りの野良仕事と昼食を済ませた昼下がり。


 午後の労働もそこそこに村民の一部……主に若者たちが、この数日の戦闘訓練で荒れ果てた空き地に集い、騒がしくなっていた。


 彼らが遠巻きに見守るのは空き地に立つ三人の男。対峙する涼吾とフィリオ、そしてその間で立ち会いをするブラムだ。



「よし。じゃあお前ら、準備はいいか?」


「はい」


「準備はいいんすけど……なんでみんな集まってるんすか?」



 無遠慮に視線をむけられて、涼吾は居心地が悪い。何故こんな見世物みたいな状況になっているのやら。



「この村じゃあ娯楽も少ないからな。滅多にねぇ催しには、みんな敏感なんだよ。今までにない対戦カードだしな」



 そう言って見渡した先にいる、数名の男女が交わす会話が耳に入った。



「おい、お前どっちよ」


「フィリオに五枚」


「私は八枚」


「じゃあ俺、余所モンに銀一枚」


「えー、お前それ張り込みすぎじゃねぇ?」



 単位はよくわからないが何か賭けてるのはわかった。



「趣味悪いねぇ」


「そこは同感だな」



 涼吾とフィリオはそれぞれ一言で評する。



「ま、無粋なのはわかるがそう目くじら立てるな。羽虫の音だと思って聞き流しとけ」



 存外非道い言い様である。慣れた様子からみるに、冒険者時代にも似たような経験があるのだろう。かくいう涼吾もベクトルこそ違えど似たような友人には覚えがあった。



(見物途中にヒートアップして乱入していく鬼族よりはマシかな)



 アレは収拾がつかなくなるから本当に大変なのだ。後始末的な問題で。



「二人ともー、頑張ってー」



 賭けには参加せず声援をおくるミリアに、涼吾は適当にぷらぷらと手を振りかえす。フィリオはちらりと目線をむけただけで、涼吾を睨み続けていた。



「……ま、やるからにはお互い遺恨のねぇように。全力死力底力、一切合切出し切って素寒貧になるまで闘え。骨は拾ってやる」


「はい!」


「いや駄目だろ」



 ことのほか良い返事をしているフィリオには悪いが、もの言いが物騒すぎて涼吾には同意できそうもない。



「一応言わせてもらうっすけど、クリーンファイトでお願いしますよ! 本当!」


「あー、なるべくな。なるべく」



 気の入っていない返事をするフィリオ。常時携えている二本の短刀を同じ長さの木剣に持ち替えてはいるが、纏う空気が剣呑で安心できない。


 涼吾は肩を落として息を吐いた。



(もう少し温い空気にしておきたかったが……やっぱり無理があるか)



 気を切り換えて、フィリオと正面から相対する。彼我の距離は三歩も進めば届くところ。



「……さぁ。これ以上は待ったなしだ」



 構えるフィリオと涼吾のあいだで、ブラムが視線で同意をもとめる。二人が黙って頷くと、ブラムは片手を頭上にかざした。




 “やる”と決めた。約束もした。もう、逃げ場はない。


 後はぶつかり合って、どうにかするだけだ。




「始めっ!」




 下されるブラムの合図と同時、対峙する二人は駆け出した。





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