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第十一話

エタってないよ! まだまだ続くのさ!


注!

今回、宗教にかかわる言及がありますがあくまで作中の設定としてのお話です。実際の人物・団体とは関係ありません。フィクションとしてお楽しみください。




 陽も傾いた、夕刻。


 中世ヨーロッパ程度の文化レベルのこの世界では、人の暮らしは太陽とともにある。日の出とともに起き、日没とともに眠る。


 すでに早めの夕餉を馳走になった涼吾は一人でブラム宅の一室にいた。

 先日、涼吾が墜落して天井に大穴をあけた部屋。屋根こそ応急処置でふさがれているが、床板にはいまだ生々しい傷跡が残っていた。


 そんななか涼吾は設えられた長椅子のひとつに腰掛け、目を閉じて意識を集中させている。



 ……脳裏にうかびあがるのは、朱色に染まる森の光景。


 木々の枝をするすると避けながら流れゆく視界。葉擦れの音、小動物がうごめく足音。その場に己がいるがごとく、五感のすべてが感じ取れる。


 やがて景色は森から村へと移動し、一軒の家屋を目指す。他よりひとまわり大きなその建物の、開け放たれた採光用の戸から中に入りこむ。


 パサリパサリと、今度は涼吾自身の耳に音がとどいた。侵入を果たした小さな影を、涼吾は両手でやさしく受け止める。



「おかえり、コーちゃん」


「キキッ!」



 コーちゃん……そう喚ばれた蝙蝠が手のひらの上で敬礼する。



 吸血鬼の異能がひとつ、“眷属生成”。


 身体の一部を切り離し変化させ、己に従う分身ともいえる個体……端的にいうと“使い魔”を生み出し、操る。


 生み出す眷属の姿は基本的に蝙蝠やネズミなどの小動物が多いが、山猫・狼・熊などの大型肉食獣から蛙・蛇・蜥蜴・魚などを生み出す者もいる。なかには全身を小さな甲蟲に変化させ、群体として行動してみせる猛者もいる。正直、趣味が悪いとは思うが。



(けどやっぱり蝙蝠のがイメージしやすいんだよな)



 なんのかんの言って“吸血鬼といえば”――――なイメージが涼吾にだってある。生み出す眷属の姿は完全に個人の趣味でしかないので、自分にもテンプレートな吸血鬼にかぶれている一面があるのかと思うと少し苦いものを感じた。


 どうせなら手品師よろしく白兎でも出してやろうか、と考えているが、それはひとまず後回しだ。



「ヂー……」


「あ、あーすまんすまん。別にお前さんに不満があるわけじゃないから」



 落ち込んだような(・・・・・・・・)鳴き声をもらす蝙蝠の頭をなでる。


 ……ことわっておくが自作自演ではない。小動物を操って独り語りに興じるほど涼吾は寂しい奴ではない。断じて。



 発動してわかったことだがこの蝙蝠は、割合に高い知能と涼吾自身とはまた別の自我を有しているようで、特に指示を出す必要もなく自発的に動き回る。くわえて涼吾とは感覚を共有することができ、離れた場所で見聞きしたものをリアルタイムで知ることもできた。


 情報収集に役立ちそうな異能なのは間違いない。が、それ以上に現在の涼吾にとっては別の観点からのメリットが余り有った。



 涼吾は蝙蝠の体をそっと撫でる。黒くつややかなその体毛は、なめらかで手触りが良い。撫でられる側も具合良さそうに目をほそめている。

 一般的に蝙蝠というと丸い頭に潰れた鼻といびつな外耳の醜悪な顔つきがイメージされるだろうが、涼吾の眷属は口元が前に突き出たキツネのような顔をしていてなかなか愛らしかった。




(ッあ――――、癒されるぅ――……)




 こちらの世界にやってきてからこっち、犬にも猫にも触れる機会がない。日常的に獣とふれあう機会が多かった身としては地味につらいものがあった。ただでさえ異質な環境で慣れない、というか本音をいえばやりたくもない戦闘訓練を繰り返すことによりストレスがフルチャージ。こうして癒しを補給しなければ正直、やっていられない。

 実際のところ完全に自給自足なのが哀しい気がするが、背に腹は代えられなかった。安直すぎる名前まで付けているあたりに追い込まれ具合がうかがえる。


 こりこりと耳元を掻いてやると蝙蝠はぐるりと首をよじらせる。逃げようとはしないところからして心地良いらしい。

 すでにいとおしさすら感じはじめている涼吾は、顔の筋肉がゆるみまくっていた。大の男が嬉々として蝙蝠とたわむれる図式が端から見るとシュールなのは自覚しているが自重する気もない。

 愉快に陽気にオモシロオカシク、がモットーであるからして。



 しかし流石に人前で披露するわけにはいかない。廊下から聞こえてきた足音に、すぐさま反応して能力を解除。しゅるりと蝙蝠は涼吾の体にとけ込んで消えた。なにくわぬ顔で足音が近づいてくるのを待つ。


 扉から顔をのぞかせたのはミリアだった。



「アカバさん、なにをしてるんですか?」


「ん――、瞑想、かな?」



 涼吾はなんとなく、場の雰囲気に合わせて言ってみる。


 一個人宅の一室にしてはかなり広いこの部屋。八十人は余裕で収容できそうなスペースに並ぶ長椅子。壁に刻まれた文字とも紋様ともつかないレリーフ。そして前方中央に立つ二体の彫像。


 どことなく神聖な雰囲気からして、宗教関係の施設なのは間違いない。正直、吸血鬼(オレ)ここに入ってていいのかなー、と涼吾は思う。

 こっちの世界の宗教が吸血鬼に対してどういったスタンスをとっているのかにもよるが、もとの世界でも吸血鬼に有効な十字架やら聖なるシンボルは“最弱”の涼吾にはまったく影響しなかった。



(っていうか、こっちの世界で異能は発現してるけど、そのあたりの体質ってどうなってるんだろう)



 もしも吸血鬼的な弱点まで復活しているのなら由々しき事態である。



(ひょっとして、もうクリスマス参加不可? やべぇ。ケーキ食べられないじゃん)



 世のカップルが聖なる一夜を過ごすなか、宗教的シンボルに街が満たされるため外出もままならない吸血鬼が一斉に自宅に引きこもるイベント。そんな寂しい同族を横目に全っ力でエンジョイしてやるのは涼吾の楽しみのひとつだったりする。



(まぁ日光に当たっても影響ないし、変化なしとみていいだろ)



 ひとまず、ほっとしておく。


 そんな涼吾の見てミリアはくすりと笑みをこぼした。



「瞑想にしては随分と楽しそうだね」


「まぁ基本的に本筋から脱線しがちだしねぇ」



 むしろ迷走中といったほうが正しかろう。

 しかし何処ぞの名狩人も言っていた。道草を楽しめ、と。ふとした思考の回り道から、おもわぬ愉快な出来事に遭遇することもあるものだ。



「ところでミリアさん。ちょっと聞きたいことが」


「なに?」


「あそこに置いてある像って、いったいどちらさまで?」



 正面に立つ二体の石像。ひとつは成人女性、もうひとつは十五歳前後の青年をかたどっている。

 青年が女性のまえに跪き、女性からなにかを受けとっている。そんな様子に見えた。



「あれは大太陽神のアポリスさま、それと小太陽神ホリルさまの像だよ」


「太陽神、すか」



 まじまじとその顔をみれば成る程、太陽の女神らしく慈しみにあふれた優しい表情をしている。大小二柱が存在し合祀されているのは珍しいが、この世界の二つの太陽になぞらえられているのなら不自然な話でもない。



「てことは此処ってやっぱり教会? で、ブラムさんが牧師?」



 うわ似合わねー、と涼吾は内心でつぶやき、苦笑い。

 昼は生臭神父、夜はヴァンパイアハンター。わかりやすさ二重丸な設定だが連載獲得にはヒネリが足りない。



「おじいちゃんは別に牧師じゃないよ。ここも正確には、教会ってわけでもないから」


「神さまが祀ってあるのに?」


「祀っている、というか……。あの像はおじいちゃんが神殿の偉い方に頼んで造ってもらったもので、もしものときには御神体を中心に建物全体へ結界を張れるようになっているんだって」



 つまりこの部屋は、もしものときの最終防衛拠点。確かによく見ると壁もしっかりとした造りになっているし、ひとつしかない入り口と村人の大半が収容できる広さは専守防衛に向いた構造だ。


 信仰の社より戦場の砦としてみたほうがブラムには似合いだろう。



「随分と厳重にそなえてるんすねぇ。……そんなに危険なんですかい? “大闇夜”ってのは」



 異世界出身の涼吾にはいまひとつピンとこない、この世界の“天災”の名を口にする。




     ※



 ――――この世界の二つの太陽は本来、それぞれが別の時間帯の大地を照らしている。


 大きな太陽は、昼を。

 小さな太陽は、夜を。


 昼はあたたかな日差しが燦々と、夜は常に朝ぼらけ間近のような涼しさの残る微光が降りそそぎ、真の闇と呼べるものが非常に少ない。


 それが平時の営み。現在のように二つの太陽が同時に空にのぼるのは、異常な事態にほかならない。


 天体の移動。十年に一度の周期でおこる、大太陽と小太陽の大接近。

 それにともなって長く深くなっていく夜の闇は当然、大地に生きる者たちに大きな影響を与えていく。とりわけ、夜に生きる魔族や魔物におよぼす変化は重大だ。


 平時から強い力をもち、あまたの異能をふるう異形のものたちは闇夜のなかでより凶暴化し、狂ったように人を襲いはじめる。


 そんなおおいなる闇と厄に満たされた一年を、この世界では“大闇夜の年”と呼んでいるのだ。



     ※



「アカバさんの故郷には“大闇夜”がないの?!」


「まぁ……魔物が凶暴化する、とかそういう現象は無いかな」



 そもそも太陽が二個で常にどちらかが空に登っているという環境が涼吾にはよくわからない。白夜など目ではない異次元な自然現象はさすが異世界、と言うしかなかった。

 とりあえず、夜は眠りにくそうだ。



「そう、なんだ……。平和なところなんだね」



 驚きを隠せない様子のミリアだったが、涼吾の言葉に嘘がないらしいことがわかると憧憬のこもった瞳で顔をふせた。



「そんなに頻繁にヒトを襲うのか? こっちの魔物は」


「“大闇夜”以外の時期なら、基本的に自分たちの縄張りからは出てこないけれど……今の時期になると何かに誘われるように縄張りから出て、あちらこちらとさまよい始めるの」



 その行動の理由や凶暴化の具体的な原因については、なにもわかっていない。

 種によっては比較的おとなしい魔物もいないわけではないが、平時はただの獣となんら変わりないモノ達すら指向性をもって人間への襲撃行動をとりはじめる。



「それに厄介なのが、今の時期は魔物が“箱庭”を通って、突然に現れることが増えるの」



 神々の住処に通じるとされる、“神の箱庭”。

 ヒトでもモノでも気まぐれに招き入れては地上へとおろす現象は、この世界では大太陽神アポリスの仕業とされている。

 すべての営みを見下ろす女神は地上のすべてを慈しみ、愛するがゆえにその手を伸ばし祝福を授けるのだ。


 しかし十年に一度の大闇夜において、女神アポリスの力は大きく減退する。本来夜を照らす小太陽神ホリルが力を蓄えるため女神の元にはせ参じ、その相手をするために“箱庭”の管理がおろそかになるのだ。


 そこを狙って世界の膿という悪しき存在である魔物や魔族は“箱庭”に侵入し、祝福をかすめ取っていく。しかし身に籠もった邪気ゆえに正しく“箱庭”を渡ることができず、まったく別の場所に出現するのだ。



 ――――と、まぁ以上がこの世界の宗教観からみた世界の営みの仕組みであり、一般的な常識として知られている。



(どこまで信じたらいいのか、よく分からんなぁ)



 話すミリアは真剣そのものだが、現代日本に生きてきた怪物である涼吾は内心複雑だ。




 まず最初の認識として、涼吾の世界には怪物はいても“神”と称するべきものは存在しない。


 強い異能の力と長い寿命から人間の信仰を集め、土着神として扱われるようになったものも一部ではいるが、基本的には他の怪物たちとなんら変わりない。もしかすれば認識できないだけで本当はいるのかもしれないが、そのあたりに関して怪物はかなりドライに考えている。


 そもそも地球の怪物たちは一部を除き、その多くが人間の“宗教”と呼べるもののなかで神と敵対する“悪”を担わされてきた(・・・・・・・)存在である。


 怪物側からすればあやふやな存在からの使命と“正義”を建前に(・・・)殺しにかかってくる面倒で危なっかしい連中――――というのが宗教関係者に対する認識で、そんなものに振りまわされる人間の行動を百年千年の単位で見続けていれば、くだらないと評するに落ち着くのもむべなるかな、というものだ。



 しかし、ここは異世界である。


 二つの太陽といい、涼吾自身に宿った異能といい、元の世界の常識が通用しないことも充分に考えられる。

 現実に神という、怪物の領域を超えた上位存在がいて、超常的な現象を世界規模で起こしていたとしても不思議ではない――――かもしれない。


 つまるところ“神”というものの実在を迷信として切り捨てるべきか否かで、話の意味合いが大きく変わってくるのだ。


 神が実在し、魔物や魔族が世界の“悪”であるならば、“怪物”の涼吾はいったいどの立ち位置に処するべきなのか?


 人間を襲う彼らは、異世界の吸血鬼である涼吾をどう認識するのか?



 それらの疑問を頭の隅に積み上げつつ、涼吾は背を逸らして筋を伸ばす。天井を見上げながら問いかけた。



「じゃあブラムさんが討ち取ったっていう吸血鬼も、そうとう危ない連中なんですかね」


「危ないよ」



 はっきりと、ミリアは断言する。



あれ(・・)は……本当に危険だから」



 どこか、鬼気迫るかたい声音。実感のともなった言葉に涼吾は渋い顔になる。



(地雷踏んだかな、コレ……)



 少々、聞くのが怖いが、避けては通れぬ道である。



「その口振りだと、ひょっとして遭ったことある?」


「………………十年前の、大闇夜のときに。この村に吸血鬼が来たの」



 痛みをこらえるように俯いたミリアの表情。その内側に、じくじくと渦巻く黒い感情が涼吾には見えた。



「無理して話さんでもいいよ?」


「ううん。アカバさんも、今のこの国でやっていくなら、知っておかなきゃいけないと思うから」



 少しためらっていたが、意を決した様子でミリアは話しはじめた。



「普通の魔物は見た目も獣に近くて知能もさほど高くないけれど、吸血鬼は“魔族”……人間に似た姿と高い知性で魔物たちを率いているの。世界のどこかにある魔物たちの国を支配している王族なんだって。すべての魔物は吸血鬼にかしづく眷族なんだ、って言ってた」


「言ってた?」


「十年前に来た吸血鬼が、そんな風に言ってたの。実際、数十の魔物を引き連れて現れていたし」



 あー……、貴族キャラなのか。こっちの吸血鬼って。


 涼吾はげんなりとした気分になる。

 何が嫌かって、特権意識のある相手ほど絡みづらいものもないものだ。まともに相対しようとしても感性と価値観が違いすぎて会話を成立させるのもひと苦労である。

 元の世界にも懐古主義な吸血鬼はいるが、既に失った威光にしがみつき続けているというのが実際のところだった。


 この世界に魔族の王国などというものが本当にあるのなら、実が伴っているだけまだマシかもしれないが。



「たしか……【赤光(しゃっこう)御珠(みたま)】って名乗ってたかな。魔族のなかでも知らぬ者なし、とかなんとか」



 ぶはっ! と涼吾は噴き出しそうになるのをかろうじておさえた。



「アカバさん?」


「あ、や……うん、なんでもない。ナンデモナイヨ」



 引きつった顔で、かろうじて返答する。



「え、えーと。それは何、二つ名的な? そういうのを名乗ったの? 自分から?」


「う、うん。魔族っていったら、だいたいは現れたときに名乗りをあげるの。真名ってわけじゃなさそうだけど自分たちから示す呼び名だから、それで識別してる。強い魔族ほど大きな被害と一緒に伝説として伝わってるよ。有名なところだと北部山脈を不毛の地に変えた【枯れ逝く樹帝】、西の国の海岸一帯を荒らし回ってる【うねる海の八手(ハッシュ)】、それとおじいちゃんが討伐した吸血鬼の【朱月(アカツキ)拳王】とか」


(ちゅ、厨二くせぇ……)



 真剣に話すミリアだが、涼吾はお腹いっぱいで頭痛がしてきた。


 怪物にとっても、名前というのは特別な意味がある。偽名や通称を名乗るのは珍しいことでもないが、それにしたってもう少しほかになかったんだろうか。ローティーンのブレイブハートが爆発しそうだ。


 どうやらこちらの魔族には厨二病がパンデミック中らしい。遭遇するのが不安になってきた。



(い、いや! 要らん感想だな! これは!)



 現代日本の怪物からみれば滑稽であっても、現地人のミリアにすれば人の生死にかかわる重い話。真摯に受け取らねば不謹慎である。


 愉快な方向に向かおうとする脳髄を灰色に塗り替えて続きをうながした。





相変わらず説明っぽい内容。次回の後半につづきます。


いや季節の変わり目って体調崩れますよね。どうにも体が重くてしかたありません。

皆さんもどうかお大事に。


――――と、若干の言い訳を含めていってみたり。



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