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第十話



「それにしても、ブラムさんも豪気ですよね。会って数日の相手に、弟子入りどころか二代目襲名させようとするとか」


「はっ、あれは豪気なんてもんじゃあないよ。いいかげんなだけさ」



 吐き捨てるようにカルミラは内情を吐露する。



「昔っからやること成すこと、全部その場の思いつきで決めるからね。巻き込まれるほうはいい迷惑だよ」


「やっぱり、付き合い長いんですか?」


「オシメも取れないころからの腐れ縁さね。餓鬼の頃から喧嘩好きで村のなかじゃあ浮いてたけど、ギフトを授かってからは余計に拍車がかかってね。とうとう冒険者になる、って飛び出していっちまった。『喧嘩相手をさがしに行く!』とかぬかしてね。本当に馬鹿だろう?」


「あー……」



 それはまた、なんとも愉快な理由で。しかし本当に鬼族みたいな理由で動いているな、と涼吾は思った。



「けど、村の人たちからは信頼されてるみたいじゃないですか」


「……まぁ、ね。いまのこの村があるのは、アイツのおかげでもあるからねぇ」



 聞けば、冒険者として稼いだ金銭の多くを村全体の整備にあててきたらしい。村をぐるりと囲む獣除けの陣や各種農耕器具、凶作の際には無利子無担保で融資もおこなってきたのだとか。

 有名人の住む村ということで、辺鄙な立地のこの村にわざわざ足をのばしてくれる人間も増えたそうだ。



「商隊の連中も、このあたりにまで商いに来るのは本当に少なかったけど、月に一度は必ず来てくれるようになったしねぇ。おかげでだいぶ暮らしやすくなったさ」



 “薬師”の技能系ギフト持ちであるカルミラのつくる薬剤は効能が高く、特に取引の目玉商品だ。他にもこの近辺でしかとれない良質の木材や薬草、獣の毛皮など森の恵みを採集し他の町に卸すのがこの村の主な産業。かつては足元を見られて安く買いたたかれていたが、今ではそんなこともなくなっている。


 そんな実績の積み重ねからなる、確かな信頼関係。多少の問題行動ぐらいは包み込める余地がある。

 おかげで涼吾も“弟子候補”というかたちで少しずつ馴染めてきているし、ブラムには感謝しきりだ。



「ブラムさんには脚向けて寝れないっすね」



 しみじみとつぶやいて頷いてみる。カルミラもそのあたりは認めているのか、あえて何もいわなかった。



「おーい! アカバぁ!」



 と、唐突に声が響く。とおりの良い、胴間声。その主は噂をすれば影のごとく、ブラムであった。


 ブラムはのっしのっしと歩み寄ってくると、グッと親指を立て、極上の笑みで言いはなつ。



「喧嘩! しようぜ!」


「…………」


「……とりあえず、その誘い文句はないんじゃないすかね」



 一瞬で考えを改めたくなる涼吾。隣のカルミラが頭痛をこらえるように額へ手をあてていた。




     ※



 行動の指針が定まれば、あとは実行にうつすのみ。


 二代目ヴァンパイアハンター襲名はともかく冒険者をやっていくのは確定として、しかしそれならば相応の下準備が必要だ。



 ブラムの話では、ひとくちに冒険者といってもその活動内容は多岐にわたる。基本的な魔物狩り主体の者以外にも、各地に存在している賞金首などの討伐主体の者、商隊護衛を中心に受ける者もいる。また貴重な品々の採集・収集専門のフィールドレンジャー、調査・探索が専門の探偵まがいの仕事を専任する者もいるのだとか。



 しかしながら、どんな活動であれ必要なのは一定以上の戦闘能力。涼吾も怪物として、踏んだ場数は一般人よりも多い自負はある。しかし“最弱”だからと危険に近づかず、逃げているだけではつとまらない。

 より危険に近い領域へ自ら足を踏み入れて、なお生き残れる実力を有しているのが大前提だ。



(強くなるのは無理でも、生き残りの確率を上げるのは重要だよ――――なっ!)



 風切り音を置き去りにする足刀を、涼吾は鼻先をかすめるギリギリで避ける。



「考えごとたぁ余裕だな!」


「そうでもねぇ、さっ!」



 追撃をしかけるブラムを目の前に涼吾は跳ねる。全身を傾けた勢いのまま後方へ。二歩のステップののち、大きく跳躍する。


 高く跳ねれば滞空時間が延びる。距離はとれるが、そのぶん自由に身動きがとれない。最高点から着地点までへの落下時間はブラムが追いつくのに十分すぎる大きな隙だ。


 本来なら。



「よっと!」



 涼吾はそんなかけ声とともに空中を蹴り(・・・・・)また跳ねる。跳躍の最高点のさらに上へと向かう空中疾走。

 小気味良いリズムで踏みしめるのは固めて飛ばした涼吾の“血液”。爪先と重なる程度の僅かな足掛かりをかてに宙を駆ける。三角跳びの要領でブラムの背後上方にまわりこんだ。



「甘い、わぁっ!」



 しかしブラムもさるもの、見失うことなく反応し、ふりむきざまに左の裏拳を叩き込む。上方からとびかかる涼吾の横っ面へ真っ直ぐに。

 しかしすんでのところで空中の涼吾の動きが止まって空振りした。


「ぬっ!?」



 空中での緊急停止のタネは涼吾の左手の内。棒状に固められた“血液”。

 掴んだまま空中の一点に固定し、雲梯のように体を支えて落下のタイミングをずらしたのだ。

 コンマ二秒以下、ほんの一瞬のズレ。それだけで剛拳をすり抜けた涼吾は既にブラムの懐に潜り込んでいる。


 追撃がせまるより早く、涼吾の双掌がブラムの腹にぺたりと添えられた(・・・・・)

 瞬間、手にしていた“血液”がブラムを取りこむべくうごめきだす。



「捕まえ……だばっ!?」



 しかしそれをものともせず、完全に捕縛されるまえにブラムの放った前蹴りが涼吾の腹に突き刺さる。至近距離でのクリーンヒット。涼吾の体は軽く五メートルほど吹き飛ばされて毬のように転がった。

 集中が切れたことでブラムの体にまとわりついていた“血液”も形を失い溶けていく。



「そう簡単には捕まらん!」



 得意げに鼻を鳴らして笑うブラム。



「ご……おぉぉぉぉぉぉ、容赦ねぇな。てかキッちィ――……」



 腹をおさえ、足下をふらつかせながらも涼吾は立ち上がる。

 その様子を見守るブラムは満足げだ。



「いやしかし、本当に頑丈だな。腹に風穴開けるつもりで蹴ったんだが」


「平然と殺しにかからんでください」



 マジで容赦ねぇなこのクソジジイ。


 涼吾は荒く息を吐き出しながら、じくじくとした痛みと痺れが過ぎ去るのを待つ。飛び抜けて頑丈なのではなく、怪我を負っても完治させられるというのが正しい認識だ。再生能力で五秒と待たずに修復するとはいえ、痛いものは痛いし気が滅入る。



(今、前蹴り一発で腰骨がイッたな。たしかに手加減しなくていいって言ったのはこっちなんだが……)



 言葉どおりに本気でかかってくるのも相当である。

 こちらの世界に来て耐久力もそれなりに上がってはいるが、ブラムの馬力に比すれば紙装甲もいいところだ。規格外の一撃をまともに受けながら、意識を保てているだけでも充分に凄いのかもしれないが。



「やっぱり捕縛に血ィ回すと防御が間にあわねぇな」



 正体を隠す意味もあって、吸血鬼としての異能はおおっぴらに使えない。“流血操作”を中心にそれを活用した立ち回りの方法を模索しているが、なかなか上手くいかないでいる。


 固めた“血液”を壁として防御に、同時に足場代わりにして機動力を底上げする。

 さらにいえばそのまま相手に纏わせて拘束具にできないかとも考えたが、現状ではそこまでの速度が出せない。いや出そうと思えば出せるのだが、問題が多すぎるのだ。



 涼吾の意思でコントロールしないかぎり、その他一切の干渉をうけずに宙を往く“血液”。


 イメージ次第で形状も動きも自由にコントロールできる。その制御を身につけるために荷運びや水まきに応用して練習を繰り返した。おかげで当初はひとかたまりの球型で動かすのが精一杯だったのがいまでは最大で六つにまで分裂させて別々に動かせるようになった。


 しかし道具類などの無機物はともかく、それで人間その他の生物をとらえるとなると勝手が変わる。


 涼吾の意思によってのみ形状を変える“血液”は、逆にいえばイメージしないかぎり宙に浮いたままその形状で固定される。気絶したり集中が大きく乱れたりすると“再生能力”が発動し体内に戻ろうとするが、基本的にはずっとそのままだ。


 元々総量に限界もあり、薄く細く伸ばす鍛錬を積んだが、薄い紙や細い針金で手が切れるようにその状態のままだと簡単に肉体に刺さる。

 “液体”としてのイメージから結果的に飛沫状の形態となることが多く、そのまま捕縛に用いると生じた突起や薄い板状の面が体を覆いつくすことになる。


 それをイメージ通りに高速で動かせば――――その結果は鉄の処女(アイアンメイデン)ように串刺しか、あるいは断頭台(ギロチン)のごとく真っ二つか。ともかく、組み手では危なっかしくてとても使えたものではない。


 故に制御を高めるために懐へ潜り込み接触した状態で拘束を試みたが、さすがにインファイトで好きにさせるほどブラムも甘くなかった。



「にしたってお前さん、攻めっ気がなさすぎやしないか? 儂に気ィ使っとるようなら無用だぞ」



 流血なんぞむしろ望むところだ、と言外にブラムは伝えてくるが、涼吾としては苦笑するほかない。



「本っ当に……喧嘩好きなんすね」


「おうよ。拳と拳。肉体ひとつでぶつかり合う。“漢”の道はそこにある」



 まったく理にかなっていない。しかしブレないその在り方は、誰よりなにより力強い。


 理外の“理念”。

 正道から外れた“道理”。


 つくづく、この人は怪物寄りだ。



「ギフトを使うのは素手喧嘩(ステゴロ)と違うんじゃないですか?」


「こまけぇこたぁいいんだよ。全力全開でドツき合うのが重要なんだ」



 だからそうしろ、ということらしいが。あいにくと涼吾にも込み入った事情がある。



「……ご期待にそえず恐縮ですが、俺にも“こだわり”ってのがありましてね」


「ほほぅ?」



 正確には、少し違う。こだわりよりも厄介な、血肉と性根に深々と刻まれた、似て非なるモノ。


 耳障りのいい言葉にうつしかえ、笑顔を浮かべて根っ子を覆う。



「そりゃあいったい、どんなもんだ?」


「そうですねぇー。ただ教えるってのもなんですしねぇー」



 豪放磊落荒くれなれど、根っ子は律儀で真正直。そんな者に、最も響く台詞はなにか?


 この局面を、愉快に陽気にオモシロオカシク回す言葉はなんだろうか?





「俺に――――『参った』、って言わせられたら教えましょうか」


「……いい度胸だ!」



 一層に笑みを深めるブラム。再び構えた老練なる武人に、涼吾は自然体の構えで応える。







 弱肉強食、人外魔境の世の淵を、言の葉ひとつ(・・・・・・)で立ち回る。





 ああ、このほうが茜羽(オレ)らしいよな。



 そう思いながら、涼吾は跳ねた。





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