蟲の魔王とトリップ勇者な俺
ついにここまでたどり着いた。
高校からの下校中に変な光に包まれたかと思うと、豪華な部屋の中に瞬間移動し、そこでは綺麗なお姫様やダンディな騎士団長、渋いイケメンな王様などに迎えられ、この世界を救うようにお願いされた。
陳腐な小説のように、異世界へと召喚されたのだ。
最初は憤った。
帰る手段も無い、相手は危険な魔物たち、心の準備も無い、無遠慮なプレッシャー、自身に沸くとてつもない力への恐怖。
平和な日本で暮らしてきたゆとり高校生である俺は、それらに耐え切れず、ずっと与えられた客室で引きこもっていた。
しかし、その城に魔物が攻めてきた。
人間サイズの巨大な軍隊アリ、噛まれたら体が真っ二つになるほどの大あごをもった百足、丸太のようなサイズの芋虫などの、蟲の魔物だ。
そのせいで、俺を世話してくれた使用人、慰めてくれた図書館のおじいさん、同情してくれた新米騎士などが死んだ。
それを目の前で見た俺は、使い方の分からない力を振るった。
俺の精神に呼応するように、業火が踊り、雷霆が猛り、大地が震え、暴風が荒れ、大水が暴れた。
結果、精鋭ぞろいの騎士ですら圧していた魔物の集団を一瞬にして全滅させたのだ。
ここで俺は決意した。かならず魔王を倒して、この世界を平和にすると。
思えば、ここまで長かった。
様々な村や街、国を助けた。盗賊団を殲滅した。あまりの力に迫害も受けた。道中何回も死にかけ、そのたびに魔物の肉を食らってまで生き延びた。
そしてついに、魔界にある魔王城へと突入した。
そこでは、四天王と呼ばれる、圧倒的な力を持った魔物が待ち構えていたのだ。
最初に立ちはだかったのは、見上げるほど巨大な大スズメバチである『猛毒のバベル』。警戒色である濃いオレンジと黒の身体、見下ろしてくる巨体、大剣ほどもある大顎、そしてランスのような鋭く強靭な針。
その一つ一つが恐怖の対象であり、初めて見た時、俺の足は恐怖で竦んだ。だが、旅立った時から一緒にいた仲間のエルフであるリーサが、自らの命を犠牲にして作り出した聖剣エクスカリバーが覚醒し、それからあふれ出す圧倒的な光の砲撃によって撃ち滅ぼした。
次に立ちはだかったのが、何千万にも及ぶ蚊の集団、『侵略軍のモスキラー』。地球でいちばん人を殺している虫は蚊である、という話がある。それが真実かは分からないが、実際に蚊を媒介としてマラリアという病気が人々を死に追いやっている。
こいつらは、それぞれが持っている猛毒と、軍としての統率力を持ってして逆らう者を蹂躙する。
その猛毒と統率力に苦戦はしたものの、猛毒で死にかけた際に、仲間であった大神官であるマリアが自身の心臓の血で作ってくれた『セントエリクサー』によって形勢を建て直し、何とか倒した。
そしてその次が、巨大なクワガタムシである、『断頭のギロチン』。その名の通り、その鋏のような大顎はギロチンのごとく強靭にして鋭利。それに挟まれたら抵抗することも無駄で、ただ処刑されるのを待つしかない。
その大顎によって、俺の右腕は切断され、右足首から先もやられた。しかし、この世界に憂いていた光の女神ミリアの加護を使い、何とか倒した。この戦いで無理をしたミリアは、力を使い果たして息絶えた。その最期、ミリアは、一人の女として、俺の事が好きだった、と告白すると、泣き笑いしながら静かに俺の唇に自身の唇を重ね、光の粒となって霧散した。
そして最後に立ちはだかったのが、意外にも人間サイズであったカブトムシ。しかし、その戦闘能力たるや、今までの四天王などまるで赤子のごとき強さだった。その名も『戦神バルホーン』。世界最高の金属であるオリハルコンよりも硬い甲殻、光のごとき速さ、翅と膂力を使った立体的な移動、そしてその角と力。一つ一つが圧倒的であり、まさに神の名ににふさわしい者だった。
性格は正々堂々、戦いを楽しむ正真正銘の『戦神』。傷ついていた俺を全快させ、全力の俺と戦おうとした。
全身が悲鳴を上げ、体中がきしむのを感じながら、俺たちは何度もぶつかった。相手の甲殻を砕いたと思ったら、俺の鎧が砕け、攻撃を貰ったらすかさず反撃に転じた。
そして、三日にも及ぶ戦いの末、ついに俺はバルホーンを破った。リーサのエクスカリバー、マリアのセントエリクサー、ミリアの加護……この三つの力をフルに使い、バルホーンの決死の一撃に対してカウンターを食らわせたのだ。
そんな四回の激闘の末……ついに俺は、魔王の間の扉の前にいる。
ついに、最終決戦だ。負けるわけにはいかない。俺は、皆の命を背負っている。
「俺は勇者アキラ! 魔王、貴様を打ち滅ぼしに来た!」
俺はエクスカリバーを構え、その扉を勢いよく開けて突撃する。正面には玉座。そこに座っていたのは……
「ふぇ?」
中学生ぐらいの女の子だ。
「は?」
思わず俺は力が抜け、そんな間抜けな声を漏らしてしまう。
「ひ、ひぃ! ゆ、ゆ、勇者ですか!?」
その女の子はそう叫んで跳び上がると、さっと玉座の後ろに隠れ、頭を出してこちらの様子を見ながら震えている。露出の多い、黒いレースのワンピースのスカートの裾をつまんでいるのは、不安の表れだろうか。
「わ、わ、わ、我こそは魔王『インセクトル』な、なるぞ! あ、アナタは勇者ですか……じゃなくて、き、貴様が勇者か!?」
高い、可愛らしい声で精一杯の威厳を保とうとしながら、俺にそう叫んでくる。
体はまだ小さく、それに不釣り合いに大きな胸が目を惹く。肌は白魚のように柔らかそうでたおやか、それでいて妙にいいスタイルに艶めかしさを覚える。ほっそりとした手足は育ちの良さをうかがわせる。そして、腰まで届く長くて黒檀のように輝く黒髪は、なびくたびに魅了させる。また、花びらのような唇や小さな顔は、可愛らしさの塊の様だ。
そう、そこにいたのは、魔王にふさわしくない、『一部を除いて』、ただのか弱い女の子だった。
「こ、この、ノミよりも高くはねて硬く、ゴキブリよりも素早く、粘り強く、カブトムシよりも力強い魔王に逆らうと言うのですか! ……じゃなくて逆らうと言うのか!」
それはそれはもう、まるで小さな女の子がお姉さんぶるかのように必死に言葉を作りながら、俺を威嚇してくる。
魔王に対して、俺は耐え難い怒りを覚えていたはずだった。たとえ、この身が滅びようとも、この世から消し去るつもりだった。だが、この様子を見ると、俺は力が抜けてしまう。
「そ、それにしても勇者さん……結構カッコイイ……ポッ」
何かを呟きながら頬を赤くして身をくねらせていた。そこにいるのは、恋に恋する、ただの女の子。ただし、『全然可愛くない』。
他の部分は完璧だ。体も、口元も、髪も、肌も。全てが一級品だが……
「ああ、私のこの目と触角が勇者さんに釘づけ……」
『複眼と触角がついている』のだ! そのせいで、そこにいるのはただの不気味な魔物。表情が読めない網目のような蟲特有の目を持ち、頭には生理的嫌悪感を覚える黒い二本の触角が伸びている。
「あ、あの……戦争なんてやめて、ここは和平という形で、二人で交尾しませんか?」
「うるせぇ魔王!」
顔を赤らめ、恥じらうようにもじもじしながら、ワンピースのスカートを僅かに持ち上げた魔王に対して、俺は太陽のごとき業火の球をぶつける。
「熱い!」
魔王はそう言っただけで、酷いですよう、とか言いながらその業火を溢れ出る魔力でかき消した。
「そ、それよりも私と交尾を……」
そういって魔王はスカートをまた持ち上げる。プリンのようになめらかで柔らかそうな太ももが現れ、さらにその上に隠れている、意外と清楚な純白の下着まで見えた。
「気持ち悪っ!」
その部分だけ見れば、男ならだれしもノックアウトだろう。だが、目と触角を見た途端に性欲は吐き気へと移り変わる。
あかん、こらあかん、思わずどっかの方言が出てまうくらいあかん。なんだ、あの複眼は。顔の大部分をあの網目状の丸い目が占めてる。
「な、何でですか!? 人間のオスはこうすると興奮するんですよね!?」
根本的に勘違いしてやがる。一部の特殊性癖所有者を除いて、あんなのは耐えきれないだろう。
「ほ、ほら、おっぱいですよ!」
魔王はそう言って、今度は谷間を強調するように前かがみになった。大胆に開かれた胸元から、ミルクのように白くてなめらかな谷間が姿を現す。そしてその上にあるのが、形のいい顎と花びらのような唇。そして、大きな複眼。
「おげえええええええ!」
胃液がこみ上げてくる。いかん、これはいかん。マジでヤバい。さすが魔王、こちらの戦意をそいだ挙句、ここまで精神攻撃を仕掛けてくるとは。名に恥じない攻撃だ。今までの奴らは揃いも揃って普通に戦ってきたため、精神攻撃に対する慣れは俺には無い。まさか、それを見越して今まで精神攻撃をしてくる魔物がいなかったのかもしれない。
「ほ、ほら、この魔王城を、二人の愛の巣にしましょう! 幼虫は何匹欲しいですか? やっぱり二百匹くらい?」
「そこは虫の感覚なのかよ!」
俺と交尾、というからには生殖機能は人間と同じはず。なのに産むのは口ぶりからして、蟷螂のように複数の小さな卵。……おげえええええ!
「くそっ! 今日のところは見逃してやる!」
「ああ、待ってくださいよう!」
俺は小物のような捨て台詞を残してその場から光の速さで逃げ去る。ダメだ、これには耐えられない。そうだ、魔王対策のために吐き気止めの薬とエチケット袋が必要だ。
「あーん、いけずぅ!」
後ろから、『先ほどと変わらない大きさで』声が聞こえる。
恐る恐る、振り返ってみると……
「交わりましょうよぉ!」
女走りで、大きな胸を揺らし、短いスカートをひらひら揺らしながら、『俺と同じ速さで追いかけてくる』触角複眼少女。
「いやああああああああ!」
あまりの恐怖に、俺は今まで上げたこともないような悲鳴を上げた。
魔王、恐るべし。
魔王のキャラについては複数人で考えました。詳しくは活動報告にて。