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嘘発見器、燃える

『ぼくは、うそがわかるんだ』

 たしかはじめて人にそのことを話したのは小学二年生ぐらいのころでした。

 はじめこそ「そんなのうそだ」と言われたけれど、ともだちのうそを言い当てていくうちにぼくの言ったことがほんとうのことだとしんじてもらえるようになりました。

 ともだちは「すごい、すごい」と言ってくれました。でも、自分のついたうそをばらされた子たちはぼくをよくいじめるようにもなりました。

 そのうち「すごい」と言ってくれたともだちも、ぼくからはなれていきました。心をのぞかれているようで「きもちわるい」んだそうです。

 そしてぼくは一人ぼっちになってしまいました。


『俺は嘘がわかるんだ』

 そんなことは一切口にしないようにした。

 中学校に入ってからは小学校のときの経験を活かして普通の人の振りをした。これ以上一人でいることが辛かったからだ。

 しかし、小学校のときの噂は中学校に入ってからも消えることなく存在し続ける。

 小学校のとき俺に嘘をばらされたヤツが同じ中学にいて俺のことを大声でバカにするようになった。ある程度のことは我慢したが、流石に我慢ができなくなって暴力に訴えてしまったときもあった。一番酷かったのは、相手の両腕をバットで折って、入院させたときだったか。

 俺が怪我をさせた相手は「自分は何もしてないし、言ってない。あいつが急に襲ってきたんだ」と言ったそうだ。それまで友達だったヤツらは昔みたいに離れていった。

 そして俺は人を嫌うようになった。


『俺は絶対に嘘をつかない』

 そう決めたのは両親の葬儀の後だ。

 中学を卒業すると同時に家族で遠くに引っ越すことになった。親父もお袋も何も言わなかったが、きっと俺のせいでこの町に居づらくなったんだろう。

 そして、高校の入学式の前日、二人とも事故であっけなく死んだ。葬儀の日には親父がそこそこ有名な作家だったからだろう、多くの人が参列してくれることになった。

 しかし、俺は葬儀を途中で抜け出した。参列した奴らは両親の死に耐えきれなかったんだろうと勝手に噂していたが実際はそうじゃない。

 俺が耐えられなかったのは葬儀に来ている奴らの涙のほとんどが嘘だという事実に対してだった。こいつらは心から悲しんでいないということがわかってしまったからだ。

 ああ、どいつもこいつも嘘つきばかりだ。

 そして俺は嘘だらけのこの世界を嫌うようになった。



「ん……。ここは……?」

 頭を強く打ったのか後頭部の辺りに刺すような痛みを感じる。

 周囲はまるで海の底のように暗く何も見ることができない。

 月の光も星の光もないということは外……じゃないな。

 目尻から水が一筋流れていたことに気がつく。どうやら上から水滴が落ちてきていたらしい。

 周囲を探ろうと立ち上がろうとしたが、腕も足も動かない。頭以外に痛みがないので、骨が折れているわけでもなさそうだが、腕と足が何かに絞めつけられている感触がする。

 ……どうやら縄か何かで縛られているようだ。

「痛っ! コブになってんな、こりゃ」

 頭の痛みをこらえて何とか縄から抜け出そうとするがビクともしない。仕方なく縄抜けを一時中断し、現状を把握しようと試みる。

 それにしても一体何が起こったんだ?

 痛む頭で気を失う直前の記憶を呼び起こす。

 イアの生まれた場所を見に行って、その後校門を乗り越えた。

 うん。ここまでははっきり覚えている。問題はその後だ。

 確か……何かを見つけたんだ。それが何かは思い出せないが、それをイアと一緒に拾って……。

 そうだ! イアはどうなった!?

 慌てて周りを見回してもまだ目が慣れていないからか何も見えない。

『コツン!』

 もういっそイアの名前を叫んでやろうかと考えたそのとき、物音が聞こえた。非常に小さな音だったが目が利かない分、耳が敏感になっているようだ。

 息を潜めて耳に全神経を集中させると再び同じ音が辺りに響いた。

『コツン! コツン!』

 どうやら空耳ではなさそうだ。

 音がどんどん近づいてくる。

 一体誰だ? 俺を縛ったヤツなのか?

 だとしたらコイツは禍渦に心を侵された人間である可能性が高い。

 どうする!? いまは戦うことどころか逃げることだってできないぞ!?

 そうして考えを巡らせている間にも足音は近づいてくる。

『カツン! カツン! カツン!』

 いつ俺に攻撃の手が加えられてもおかしくはない。その恐怖に耐えきれず、目を閉じて足音が遠ざかるのを願っていると、思いもよらない声が俺の耳に届けられた。

「あ、頼人みーっけ」

 イアの声だった。

 目を開けると淡く青白い光が視界に入る。

 ああ、間違いなくイアだ。

「イア! お前もここに連れて来られたのか? 怪我は? そもそもお前縛られてないのか?」

 自分でも呆れるぐらいの質問攻めである。

 しかしイアは変わらぬ調子で

「うん。さっきまで気を失ってたんだけどね」

「怪我はないよ」

「ううん。私も縛られてる」

 と軽快に解答をこちらによこしてきた。

「縛られてるって……。じゃあお前どうやってここまで来たんだよ?」

「コードまでは縛られてなかったから。ドクター・○クトパスみたいに身体を宙に浮かせてコードだけで歩いてきたの」

 あの音はコードの先端の金属部分と地面とが擦れて出た音だったようだ。

「というかお前ドクター・オクトパ○知ってるのかよ!」

 なら家でイアに襲われたときに突っ込んどけばよかった!

 それにしてもいらない情報までイアに流してんな、あのカプセル。情報の取捨選択の基準がわからん。

「ま、まあそれは置いておくとして……。お前この暗闇の中でよく俺を見つけられたな」

 コードから確かに光は発せられているが、大した光量ではない。せいぜい足元がぼんやり見える程度だ。もう目が慣れたのだろうか。

「暗いとか私には関係ないみたい。いまもグルグル巻きにされた頼人がはっきり見えるし」

 何というハイスペックな相棒だろうか。

 しかしその能力の高さのせいで、このお世辞にも格好良いとはいえない姿を見られていることを考えると何とも複雑な気分だ。

「イア。俺を縛ってる縄ほどける?」

 ネガティブな考えを頭から振り払いイアに尋ねる。すると彼女は心底申し訳なさそうな声で答えた。

「ごめん、無理。私も腕は使えないし」

「そうか……。じゃあ俺と同調できるか? 同調している状態なら何とかできるかもしれない」

「うん。私もその方がいいと思って頼人を探してたんだ。学校の近くで感じたものよりずっと酷い禍渦の気配がするの。何かあったときのためにも同調しておいた方がいいよ」

 いままで歩行に使っていたコードも同調に必要なためイアはペタンと地面に座りこむ。

 そして家のときのように俺に狙いを定め、コードを突き立てた。

 その刹那、一度経験した鋭い痛みが身体に走る。

『はい。同調おしまい』

「あいよ。サンキュー、イア」

 同調したおかげか俺も周りの様子がよく見えるようになった。目の前にはゴツゴツとした岩肌が広がっており、天井を見上げるといくつもの鍾乳石が連なっているのが見える。

 どうやらどこかの洞窟の中みたいだな……。

 これだけの情報だけではここがどこなのか詳しい位置はわからないが、いまはこれで充分だ。

 当面の問題はどうやってこの縄を外すかになる。刃物を具現化してもいいが手が自由に使えないこの状態では自分自身を傷つける可能性が大きい。

 身体能力の向上したいまなら縄そのものを引き千切れるかと思ったが、それも無理そうだ。何というかひたすら硬い。無理に引きちぎろうとすると恐らく腕が先に壊れるだろう。

 なら残るは縄そのものを燃やしてしまう方法ぐらいか?

 炎を出して脆くなった縄を千切り、すぐに火を消してしまえば大した怪我は負わないはずだ。もちろん、それは俺の火加減次第なわけだが。

 そうして俺が着々と縄抜けのプランを立てていると頭の中でイアが突然騒ぎ出した。

『頼人! 頼人ってば!』

「何だ? 何か良い考えでも浮かんだのか?」

『そうじゃなくて! 早く縄を解いて!』

「だから、いまからやろうとしてるじゃないか。何をそんなに焦ってるんだよ?」

『禍渦が近づいてきてるの!』

 その言葉と同時に地面が揺れる。

「禍渦が近づいてくるってどういうことだよ? 渦潮みたいなヤツに足でも生えて走ってきてるってのか?」

『もう! 頼人の家で話したでしょ! 禍渦は鉱物とか植物、生物いろんな形をしてるって!』

「そんなこと言ってたか?」

『言った!』

 正直記憶にない、がイアは嘘をついていない。

 ということは。

「悪い。考え事してて聞き逃したみたいだ」

 後悔してももう遅い。後でしっかり反省するとしよう。

『それより早く! もうそこまで来てる!』

「わ、わかった!」

 とにかく縄を燃やさなければ!

 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火!

火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火! 火!

次の瞬間俺は火ダルマになっていた!

「あっちぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 あまりの火力にゴロゴロ転がりまわる俺。

 どうやら縄は切れたらしいがそれどころではない。

『ええええええええええええ!? ちょっと頼人! 早く火を消して!』

 そうだよ! 消さないと!

 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!

 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!

 何とか消火に成功し、息をつく間もなく素早く立ち上がって身体を確かめるが酷く火傷をしたところは見当たらない。肌がやや赤くなっているが、どうやら身体を動かすのに支障はなさそうだ。

「し、死ぬかと思った……」

 焦って集中力を乱した故の事件だったな……。

 大した怪我を負っていないのもおそらくはイアがくれた身体能力のおかげだろう。

 心の中で感謝の念を告げると再びイアが騒ぎ出した。

『頼人! 後ろ! 後ろ!』

「後ろ?」

 イアの声に従って振り返る。

 さっきまで何もなかった空間に一匹の巨大な蜘蛛がその姿を晒していた。

 俺は目の前の怪物を蜘蛛と表現したが、実際のところこの生物を蜘蛛と言っていいのか悩むところでもある。

 大きさは大型トラック二台分程。

 もちろん大きさもこの場合は重要だが、それよりも明らかに奇妙な部分がある。

 胴体は蜘蛛そのものであり脚も八本ついている。だが胴体についているその顔は狼のようで更にそこから伸びている角はヤギの角のようにも見える。

 よくRPGに出てくる合成獣キメラのような感じだ。

 何にしてもこの生物について俺が自信をもって言えるのはこれが異常なものだということぐらいだ。

 俺が目の前に現れた異常な生物を観察、いや、呆然と見つめていると、突如その狼の頭がこちらを威嚇するように吠えだした。

 いや、吠えたというのは表現が優しすぎる。

 正確に表現するなら鼓膜が破れるのではないかと感じる程の威力を持った音波を飛ばしたが正しい。

 実際、俺はその勢いによって後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのだから。

「ぐぅっ!」

 ハンマーで背中を思い切り殴られたかのような衝撃が俺を襲う。動けなくなる程の大きなダメージではなかったもののダメージが重なればいずれ動作に支障が出るだろう。

 再び音波が放たれる前に必死になって態勢を立て直し、禍渦から離れる。

 それにしても。

「くっせぇ! 何食ったらこんな匂いが出せるんだ!?」

 さっき禍渦が音波を放った拍子に唾液やら何やらが飛んできて俺の身体に付着していた。

『うえー、エンガチョ、エンガチョ』

「うるさい!」

 緊張感の欠片もねえな!

 素早く身体にくっついた唾液を腕で拭う。

 腕を見るとそこについていたものは唾液だけではなく、赤黒い液体も少なからず付着していた。

「何だ、これ?」

 身体を見下ろすと他にもウィンナーのようなものや金や茶色の糸がくっついている。

『うあ……。コイツ、いっぱい食べてるみたいだね』

 嫌悪感を噛みしめるようにイアが呟く。

「食べる? じゃあ、まさかこれは……」

 もう一度自分の身体をよく見る。

 

 形の悪いウィンナーのように見えたものは人の腸だった。

 

 糸だと思ったものは人の毛髪だった。

 

 赤黒い液体は人の血液だった。

 

 そう認識した瞬間、身体に悪寒が走る。

「う、わ」

 俺は化物が目の前にいることも忘れて、身体についた人の身体の欠片を必死に払い落とそうとする。

『頼人! 前!』

 イアが何か叫んでいるが、俺には届かない。

 直後、俺を凄まじい衝撃が襲う。

 どうやら禍渦が俺に体当たりを仕掛けてきたようだ。

 何本かの鍾乳石をへし折りながらも、凄まじいスピードで俺の身体が宙に舞う。そしてそのまま再び岩肌に身体を叩きつけられる。

 フラフラと立ちあがろうとするが、禍渦はこちらの隙を逃す気はないようで再び音波を放ち追撃をかける。身体が壁にめり込んでいく。

『頼人! しっかりして! このままじゃ死んじゃう!』

 イアの悲痛に満ちた声がやっと耳に届いた。

 ……そうだ。イアと約束したんだった。

 神様の代わりに禍渦を壊してやるって。

 はは、俺は何を動揺してたんだ?

 この化物が人間をいくら喰っていようが関係ないことじゃないか。そう、嘘つきがいくら喰われたところで俺には関係ない。

 俺はイアとした約束を嘘にしないことだけを考えれば良い。

 そう考えることでぐちゃぐちゃだった思考が次第にクリアになっていく。

 頭のスイッチがカチリと音を立てて切り替わる。

 頭、首、腕、足、胴体、全て問題ない。俺の思った通りに動く。

 顔をあげて前を見る。壊すべき目標を頭に叩きこむ。

 いま、他にすることはもうない。

 後は。

 あの化物を壊すだけだ。

「悪い、イア。もう大丈夫だ」

 壁にめり込んでいた身体を力まかせに引っこ抜く。そして再び突っ込んできた禍渦をジャンプすることでかわし、そのまま天井の鍾乳石を掴む。

 体当たりをかわされた禍渦はそのままの勢いで頭を岩に打ちつけたようだ。痛みに悶え、狂ったように咆哮をあげている。

『本当に大丈夫なの?』

 その声からはイアの不安が読み取れる。

 さっきまで大分格好悪いところを見せたからな。そう思うのも無理ないか。

「ああ。心配しなくても」

 そこまで言って同時に掴んでいた岩を離し、落下する。

 真下には禍渦。狙うは蜘蛛でいうところの腹部。

「もう俺は大丈夫だ」

 落下の最中に左手に槍を出現させ、そのまま禍渦の背に深々と突き刺す。

 禍渦の体から大量の血液が流れ出し、俺の身体を、白い髪を赤く染める。

 休むことなく突き刺した槍を一度引き抜き、別の場所を再び突く。

 俺と同じく禍渦は自らの血で赤く染められていく。

 痛みに耐えきれずに壁に体を打ちつけて暴れ始めた禍渦に巻き込まれないようにその背から飛び降りる。そしてすぐさま距離をとり、禍渦の様子をうかがう。

 背に刺さっていた槍は禍渦の肉に押されてか、既に体内からは取り除かれているようだ。次第に禍渦の動きも冷静さを取り戻し、再び俺に突進を仕掛けてくる。

 それをさっきとは異なり禍渦を跳び越すようにしてかわす。

 そうして、安全圏に着地した瞬間、経験したことのある感覚が襲いかかってきた。

「!」

 山道の前で味わったものと同じ感覚。

 まるで同じシーンを再生しているかのように俺の身体が宙に浮き反転し――たが。

 両腕で頭をガードしすることで今度は意識を保つことに成功した。

 何が起こったのかと身体を確認する。

 あの瞬間、引っ張られた感じがした左の足首を見ると細い糸が絡みついていた。どうやらこれが初めに俺の意識を刈り取った正体のようだ。

 禍渦はこの罠を地面に仕掛けておく。そしてかかった獲物を引き倒し、頭部を地面に打ちつけ抵抗できなくする。その隙にこの巣に引っ張り込んで獲物を喰らうのだろう。

 しかし、今回は同じようにはいかない。

 イアと同調しているいまの俺の身体能力は飛躍的に向上している。そのため、さっきのように頭を地面に打ちつける前に腕で防ぐことができた。

 再び身体を反転させられる前に左足に小さな火を出現させ糸を焼き切る。これでとりあえず不意打ちを食らわされることはなくなったが、罠がどこにあるかまでは強化された目でも確認することができない。

「……面倒だな。なら――」

 イアに話すわけでもなく一人呟いた。

 その呟きを合図にしたかのように禍渦が再び突進してくる。

 突っ込んでくる禍渦に対し、今度はできる限り低く跳ぶ。そして禍渦の表面を覆う体毛を右手でしっかりと掴み、その背に着地する。これで、地面に張り巡らされた罠にかかることはない。

「全部燃やすとするか」

 俺のその台詞に呼応するように洞窟の地面を炎が埋め尽くす。禍渦もその炎にその体を焦がされていき、苦しみに悶えるような咆哮が洞窟内に響き渡る。

 俺自身は炎を出現させた瞬間に天井に無数に生えている鍾乳石に跳びついたので被害はない。もちろん初めから鍾乳石にぶら下がってから炎を出しても良かったのだが、その場合音波を飛ばされる可能性が高かった。

 しかし、一度禍渦の背という音波の届かない安全地帯を経由し、炎を出現させることで、その危険性は激減する。

 そうして地面の罠を全て焼き尽くしたことを確信し洞窟の天井から地面に着地する。

 着地した瞬間、頭を刺すような痛みが襲う。だがそんなことはどうでもいい。それよりも早くこの化物を壊してしまわなければならない。

 禍渦を見るとあり得ないほどのスピードで傷を修復させている。

 さっき具現化した炎に焼かれボロボロだった八本の脚はその形を殆ど取り戻していたし、黒焦げだった腹部も徐々に再生している。――恐るべき生命力だ。

「……イア、これを完全に壊すにはどうすれば良い?」

 ここまでやって壊せないということはイアの力を使って攻撃する以外に何か他に条件があるんだろう?

『あ、う、うん、禍渦にはそれぞれ核になっているものがあるの。それを壊してしまえば禍渦は壊せる。でもこれだけ大きいと核がどこにあるか私にも特定できないよ?』

「それは別に問題ない。全部バラバラにすれば同じことだろ?」

 そう言って俺は再び力を使って物質を具現化させようとする。

 『FGM―148 ジャベリン』。一人でも使用が可能で威力も申し分ない対戦車ミサイル。これなら禍渦の核がどこにあろうと簡単に吹き飛ばせるだろう。

「…………?」

 おかしい。さっきから頭の中にイメージしても一向に現れる気配がない。

 早くしなければ禍渦の修復が完了してしまうというのに。

 それにさっきから断続的に頭痛がする。……だんだんと酷くなってきているようだ。

「イア、いくらイメージしても出せないんだけど?」

 痺れを切らした俺はどういうことなのかイアに尋ねることにした。

『一体何出そうとしたの?』

「ジャベリン」

『じゃべりんって何? 槍?』

「ミサイルだよ。対戦車ミサイル」

『みさいる?』

 とそこまで言ってイアが『あー、そうだった』と何かを諦めたような声を出した。

『禍渦がいろんな形をしてるって家で言ったの聞いてなかったんだよね?』

「ああ。でもそれについてはもう謝ったろ?」

『そうじゃなくて! 頼人が聞き逃したのはそれだけじゃないの! 私の力の欠点も聞き逃してたの!』

「イアの力の欠点?」

『そう! 確かに私と頼人が同調している間はなんでも出せるけど、それは私と頼人に共通する知識があることが条件なの! だから私が知ってるけど頼人が知らないものは出せないし、頼人が知ってても私が知らないものは出せないってことなんだけど、ここまではわかる!?』

「ああ。でもお前カプセルから色々知識をもらったんじゃないのか?」

『私が知ってるのはあくまで最低限のことだけだよ。槍とか剣みたいに単純なものならわかるんだけどね。後は――』

 でも知識が偏ってる気がするなあ。だってコイツ、ドクター・オクトパ○を知ってたんだぜ? そんなのより武器の情報に要領を割いてほしかった。

「げっ……他にも何かあるのか?」

 俺はどれだけ聞き逃していたというのか。

『あるよ! あと一つだけ。私の力には使用制限があるの。頼人さっきから結構色々出してるけど大丈夫?』

「大丈夫って何が?」

『頭痛。もう結構酷くなってると思うんだけど』

 頭痛ならさっきからずっと続いている。

「頭痛はするけど、動けないほどじゃないから大丈夫だ」

『ダメ! 頭痛がしだしたらもう赤信号だと思って。あんなに大規模で強力な炎を出したんだからきっともう小さな火を出すこともできないはずだよ。これ以上無理したら頼人の頭が壊れちゃう!』

「じゃあ、どうやってあの化物を壊せって言うんだよ?」

 修復を続けている禍渦に目を向けると、ぎこちない動きではあるものの八本の足で既に動き出していた。

 クソッ! もう殆ど修復が終わってやがる!

『いまはもう壊せない。これ以上戦ってもきっと頼人が食べられるだけ。明日また出直そう? そもそも今日は禍渦を壊しに来たんじゃなかったんだから』

 自分の力の無さに腸が煮えくりかえりそうになるが、イアの言う通りだ。このまま禍渦と戦ったら間違いなくイアとの約束が果たせなくなってしまう。

 それだけはダメだ。

 俺は嘘つきになるのだけは――嫌だ。

「……イアはそれでいいのか?」

『うん。頼人の方が大事だもん。それに頼人は約束を破るようなことしないってわかってるから』

「……わかった。引き上げよう。イア、出口はどっちかわかるか?」

『大丈夫、頼人が戦ってる間に探しておいたよ』

 そう言ってイアが指示した方向は禍渦が這い出てきた方向だった。

「……なあ、本当にあっちで合ってるのか?」

『だって、あっち以外に道なんてないもん』

 確かにあのバカでかい穴以外に道は見当たらない。とはいえあっちがこの化物の寝床である可能性もないとは言えない。

 だが、こうして迷っている間にも禍渦は着々と修復を終えていく。

「ッ! 信じるぞ!」

 そう決めるや否や大穴に向かって全速力で駆ける。

 大穴の周りには禍渦が喰い散らかしたのか、人間の身体の様々なパーツが散乱していた。禍渦と戦っていたときは何とも思わなかったにも関わらず、いまはとても恐ろしく感じる。

 目玉・手・鼻・舌・腸・骨・腕・頭部・大腿・小腿・胴体・耳……。地面に散らばっているパーツを合わせていけば簡単に人一人作れそうだ。現実に地獄があるとするならここ以外に考えられない。

 吐き気を抑えつつ、できるだけ下を見ないようにしながら走る。何かを踏みつけて転びそうになってもひたすら走る。

 ここは人間の来るところじゃない。少なくとも生きているモノが来るところじゃない。

 大穴から続く道は緩やかな傾斜の一本道のようだ。出口まではかなり距離があるようだがここからでもうっすら光が見える。どうやらイアの読みは間違っていなかったようだ。

 背後から咆哮が聞こえてくる。洞窟が崩れてしまうのではないかと感じる程の咆哮。

 もう完全に修復が完了したのか?

 だが振り返る余裕はない。

 頭が割れるように痛み、足元がふらつく。

 それでも走るのを止めるわけにはいかない。

『頼人! 左によけて!』

 唐突にイアが叫ぶ。

「!?」

 俺が半ば反射的に左側へ身体をよせると、俺の身体をかすめるように糸が飛んできた。俺の体にこそ命中しなかったが糸は地面に付着し、俺の足の踏み場を限定していく。

「イア、あの化物追ってきてるのか!?」

 走りながら確認する。

『うん、でもまだ大分距離があるから追いつかれることはなさそう。糸にさえ注意すればきっと大丈夫だよ』

「じゃあ、また糸が飛んできたら指示を頼めるか? 避ける方向だけ言ってくれるだけで良い。悪いけどいまは走る以外のことをできそうにない」

 了解、と無駄のない言葉でイアは返事をしてくれる。

 さてじゃあ俺は全力で走るとしよう。



 この地獄のレースを始めてからどれだけ経ったのだろうか。そんな考えが俺の頭をよぎる。

 実際のところそれほどの時間は経っていないだろう。このような狭い空間で足を動かすという単調な作業を続けているために時間の感覚がおかしくなっているのだ。

 だが、イアのおかげで何とか避けることと逃げることを両立できているので、このままいけば禍渦が追いつくよりも先に洞窟を抜け出せるはずだ。

 禍渦も追いつけないと思ったのか、次第に糸をこちらに飛ばす回数が明らかに増えた。そのせいでこちらは余計な体力を使わされているので徐々にこのスピードを維持するのが難しくなってきている。

 しかし、初めは針の穴のように小さかった出口の光がいまはもう大分大きくなってきていることが俺の励みになっていた。目算だが出口までおよそ一キロ。二十秒もあれば充分だろう。

 あと五百メートル。さっきまで激しく続いていた禍渦の攻撃が止んでいる。

 もしかして諦めたのか?

 出口まであと百メートル。やはり依然として糸を放ってくる様子はない。

 あと五十メートル。ゴールが目前に迫る。

 ここまで来ればもう大丈夫だ。

 そう思い速度を落としていく。

 しかし。

 その気の緩みを禍渦は見逃さなかった。

『頼人! 左!』

 イアの鋭い声に反応できず、避け損なった俺の右腕に糸が絡みつく。

「くっ!」

 絡みついた糸の重さのせいでバランスを崩し、俺は無様に地面に倒れ込んだ。追撃を避けるために慌てて立ちあがり右腕を見ると、禍渦の飛ばした糸が俺の右腕と地面とを繋いでいた。

「ああ!? 何だよコレ!?」

 それを引き千切ろうとするがどんなに引っ張っても伸びるばかりで右腕から離れる気配はない。

 さっき戦っていたときに禍渦が使っていた糸とは違う! あの糸はワイヤーのようなものだったし、何よりこんな納豆のような特性は持っていなかったはずだ!

 しかし、いまはそんなことを考えている場合じゃない。ここでこのままじっとしていたら禍渦に喰われるのも時間の問題だ。

 幸い地面と繋がれてるといっても俺の動きを阻害するものではないらしい。右腕に違和感はあるものの糸を伸ばしながら逃げることはできる。

「この糸をどうにかするのは無事に逃げ切ってからだな」

 そう決めて再び走り出す。それに引っ張られる形で禍渦が飛ばしてきた糸もある程度の太さを維持したまま伸びる。

「…………」

 正直鬱陶しい。動きに何の問題もないとはいえヒラヒラと視界に入ってくるので非常に鬱陶しい。

「何の意図があって禍渦はこんなもの飛ばしてきたんだ、ガァァァッ!?」

 文句を言い終わると同時に右腕が何かに引っ張られる。突然の事態に対応しきれず、倒れてしまった俺は顔面を地面にかなりの勢いで打ちつけることになった。

「~~~~~~~~~~~っ!」

 あまりの痛みに声が出ない。かなりのスピードで走っていたのでその衝撃も相当なものだった。

『だ、大丈夫!?』

「お、おう。な、何とかな」

 心配して問いかけるイアにそう返答し、立ちあがって走り出そうとするが、それは叶わなかった。

 何故なら――右腕に絡みついていた糸が接着剤のように硬化していたからだ。

「どうなってんだ! さっきまで能天気にヒラヒラしてしてたくせに!」

 硬化した糸を今度こそ千切ろうとするが、同調状態の馬鹿力を以ってしてもビクともしない。

『頼人! 上!』

「へっ!? うおっ!」

 こちらが糸の破壊に手こずっている間に禍渦が再び糸を飛ばしてきたらしい。糸は右足に命中し、いよいよ身動きが取れなくなった。右足を除外するとして、これで動かせるのは左腕と左足、それに首ぐらいか。

 脱出の方法や、禍渦までの距離など、様々なことを頭の中で考えるが何にせよ、はっきりしていることは一つ。このままだと間違いなく禍渦に喰われて死ぬということだ。

 なら。

 頭を襲う激しい痛みに邪魔されながらも意識を集中する。いまの俺の精神状態では右腕と右足だけに炎を出したり、丁度良い火力に調整するといった器用なことはできない。できることといったら容赦のない火力で全身を焼き尽くすことだけ。出せるのは一度きり、失敗は許されない。

『頼人!? 何してるの!? 力は使っちゃダメだって言ったでしょ!? 死んじゃうかもしれないんだよ!?』

 頭の中でイアの声が響く。

「どっちにしても同じだ! このままじゃ間違いなく喰われちまうんだ! なら死ぬ可能性の低い選択をするしかないだろ!」

 イアの制止を無視し、全身に炎を出現させる。

 炎を出現させると同時にいままでの比ではない痛みが俺の頭を襲った。

「ぐっ! あぁあああああああああ!」

 頭が割れそうだ。

 頭痛だけでなく炎も容赦なく俺を襲う。叫び続け、限界まで開いた口に大量の熱が入りこみ、口内が、喉が焼け、意識がとびそうになる。

 だが、ここで気絶しては意味がない。

 残る意識で何とか炎を消し、立ち上がる。

 右腕と右足に絡みついていた糸は焼け焦げ、簡単に引きちぎることができた。

 糸を引きちぎったことを確認すると俺は崩れ落ちそうになる足を奮い立たせ、再び全力で走る。

「ヒュー、……ヒュー、ヒュー……、ヒュー」

 息を吸い込む度に焼けた喉からおかしな音が漏れる。

 今度あの糸に捕まったらおしまいだ。もう力は使えない。捕まれば喰われるだけだ。

 何とか出口にたどり着く。洞窟の外は開けた空き地になっていてその周りに木々が乱立している。

 外に出た途端、今まで空気の淀んだ地下にいたからか、それとも喉が焼けてしまっているからかはわからないが、新鮮な空気を吸い込んだ瞬間に盛大に噎せる。

 咄嗟に口に当てた手を見る。

 その手は赤く染まっていた。

 顔の中心に感じる違和感から察すると恐らく鼻からも血が流れ出しているようだ。

「へ?」

 何かが倒れる音がした。かなりの時間をかけて状況を把握し、倒れた何かが俺自身だということに気づく。

『頼$! *丈@? ¥人って#!』

 イアが何か叫んでいるがうまく聞き取れない。

 そんなことよりもっと遠くへ逃げなければ。

 ここにいてはダメだ。禍渦に見つかってしまう。這ってでも、どこかに移動しないと。

 しかし、その考えとは裏腹に俺の身体は草の上に転がったままピクリとも動かない。

 だんだん意識を保つのが難しくなってくる。視界はぼやけたものになってきてしまっていて、もはや色ぐらいしかわからない。

 俺はこのまま死んでしまうのか?

 イアとの約束を何一つ果たしていないのに?

 抵抗も虚しく、ついに俺の瞼は閉じられた。

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