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嘘発見器、知る

 井戸を下り始めてから大分時間が経ったが俺とイアはまだ底に着かずにいた。

 一体この井戸どこまで続いてるんだ? 

 さっき上を見上げたが、夜ということもあってか井戸の輪郭はほとんど見えなくなっていた。

 井戸の標準的な深さは知らないからよくわからないが、それにしても深い。とりあえず俺が自分の家に作ってしまった穴とは比較にならないくらい深いことは間違いない。

 いま俺が自分の周りの状況を把握できているのはイアのコードが常に青白い光を発しているおかげだ。こんなところに入るとわかっていれば懐中電灯の一つや二つ持ってきたんだが。

「イア、まだ底には着かないのか?」

 集中している様子だったので話しかけないようにしていたが、このままでは息が詰まりそうだ。少しでもいいから話をしたい。

「うーん、もう少し、かな? 二人分の重さを支えてるから時間はかかってるけど。急にどうしたの?」

 もしかしたら無視されるかもと思っていたわりには、随分気楽そうな返事が返ってきた。どうやら会話が特に邪魔になるというわけではなさそうだ。

「いや、一人で二人分の体重をこんな長い時間支えてるから大丈夫かなと思ってさ」

「ふふ、心配してくれたの? ありがと」

 そうイアが柔らかく微笑んだとき、足に何かが当たった。

「お?」

「底に着いたみたいだね。ほら! もう少しだって言ったでしょ?」

 イアの抱擁から解放されて自分の足で立った瞬間、確かに底に着いたことを実感する。

 井戸の底には一見したところ何もなく、本当にイアはこんなところで生まれたのかといぶかしんでいると、伸ばしたコードを回収し終えたイアが今度は俺の腕を引っ張りだした。

「ほら。こっちこっち」

 イアが俺を引っ張った先には、ぱっと見たところ他の壁と変わらない岩肌にしか見えなかったが、よく見てみると下の方に人一人通り抜けられそうな横穴がぽっかりと開いていた。

「この先が私の生まれたところだよ。さ、行こー」

 さっそく四つん這いになって横穴に入ろうとしたイアを制止する。

「待て。俺が先に行く。お前は後から来てくれ」

「え、何で? 別に私が先でもいいんじゃないの?」

「いや、駄目だ。これだけは譲れない」

 よくわからないといった表情をしていたイアだったが「頼人がそうしたいんだったら」と譲ってくれた。

 もちろん俺もこんな不気味なところを、まして照らすものがコードの灯りだけという悪条件の下、先陣を切りたいわけじゃない。むしろ是非しんがりを務めたいぐらいだ。

 それなら何故と思うかもしれない。だが君たちは大事なことを忘れているのだ。

 それは何か。

 それはイアがスカートをはいているということだ!

 敢えてもう一度言おう! スカートであると!

 校門での行動からもわかる通りイアには恥じらいというものが皆無なのだ!

 本来ならすぐにでも羞恥心というものを叩きこみたいところだが、いまはイアの生まれた場所を見に行くのが先だ。とりあえず横穴に潜り込むとしよう。

 横穴を形成している壁はゴツゴツとしていたが、手や膝をつく地面だけはツルツルとした肌触りをしており、まるで研磨された石の表面のような感じがした。

 それにしてもこの横穴どれくらいあるんだろう……。結構この態勢を続けるのは辛いんだが。

 横穴を進みながらそんな嫌な考えに浸っていると、意外にもすぐに出口にたどり着いた。

 身体を起こし周囲を確認する。

 辿り着いた部屋には申し訳程度の照明が付いており、ぼんやりとだが部屋の様子を観察することができた。

 大きさは大体学校の教室一つ分といったところか。部屋の中央には大人一人が余裕で入れるような大きなカプセルが置いてあり、そのカプセルの内部に無数のケーブルがぶら下がっていた。

 その他には無骨な形状をした椅子がカプセルの横に置いてあるくらいで特に注目すべき物はない。

「こりゃ、ここに住めっていうのは無理だな」

 イアが俺の家に住む以外の選択肢が消えてしまったことに落胆しているとイアが遅れて到着した。

「ね? 別に面白いものなんてないでしょ?」

 と立ち上がりながらイアが俺に同意を求めてきたが、とんでもない。少なくともここに来た意義はあった。

「イアはあの中にいたのか?」

 カプセルを指さして尋ねる。

「うん。あそこから出てきたのは今日の朝方だったかな」

「その大きさの姿でか?」

「うん。服は着てなかったからそこにあったのを着たんだけどね」

 目でそばにあった椅子を見ながら言う。

 これも本当。やはりイアの言葉に偽りはない。

 では残る疑問はあと二つ。

 生まれて十数時間のイアの身体が見た目十四、五歳に見えるのはもはや問題にはしない。イアが生まれたときからこの姿だったなら、恐らくあのカプセルは人口子宮のようなものなのだろう。大型の草食動物は胎児を充分に成長させてから出産させるが、イアの場合それを更に進化させた方法で生まれたと考えられる。

 だが。

「イア」

「どうしたの?」

「生まれたばかりのお前にどうしてここまで知識があるのか教えてくれないか?」

 そう。如何に身体を成長させたとしても普通知識までは備わらない。にも関わらずイアはある程度の常識を有していたし、それを元にして論理的に考えることもできている。

 家でイアの生まれた時間を聞いてから様々な可能性を考えているがこのことに関してはいくら考えても答えが出ない。

「う~ん……、頼人、あそこにあるケーブルが見える?」

 俺が答えを待っているとイアは唐突にカプセルの方を指さして質問をしてきた。

「ケーブル? ああ、あのカプセルの中に見えてるヤツか」

 それならこの部屋に入ってすぐに気がついたが、あのケーブルがどうしたというのだろう?

 カプセルに近づいてよく見てみるとそれはイアのコードと良く似ていた。だが一つだけ異なった点がある。

 それはケーブルから青白い光が失われていることだ。

「このケーブルがどうかしたのか?」

「それが私の知識の秘密なの。私がカプセルに入っている間はそのケーブルを介して私にこの世界の情報が流れ込んできてたってわけ」

 何だ、そりゃあ……。アイデアも技術もぶっ飛んでやがる。明らかにこの時代の技術を超越した技術に対し、驚きを通り越して呆れにも近い感情を抱いていたが、そこである考えが俺の脳裏に浮かんだ。

 このカプセルを作ったのが神様なんだとしたら。

「その情報から神様のこととかもある程度はわかったりしないのか?」

 俺がそう言うとイアは首を左右に振った。

「残念だけど私がそこから教えられたのは、この世界の一般的な知識、頼人に話した世界の秘密、後は自分が神様に作られた対禍渦用の人型端末っていう道具だということだけだよ」

「そう、か……、じゃあイア、最後にもう一つ聞いていいか?」

「うん」

「どうして俺を選んだんだ?」

 これは俺が最も疑問に思っていたことだったが、これまでドタバタしていて聞く機会を完全に失っていた。

 パートナーが必要だといっても、それが俺でなくてはならない理由はない。にも関わらずイアは俺の下駄箱にメッセージを入れるという古典的手段を用いてまで俺に固執したということは何か理由があるのだろう。

「私は誰とでも同調できるわけじゃないの。頼人を選んだのは私が生まれたこの井戸の近くで一番適合率の高い人間が頼人だったからだよ。ケーブルを通して頼人のことも知ってたし」

 つまり全てはあのカプセルを作った神様に起因するってことか。

「オッケ、わかった。あー、その……悪かったな、根掘り葉掘り聞いちゃって」

 俺がそう言うと、イアは両手を目の前で振りながら否定した。

「ううん! 頼人は全然悪くないよ!? パートナーを組む相手のことだもん、知りたくもなるよ」

「それでもお前は良い気分じゃなかったろ? なら謝らないといけない。理屈じゃなくて俺の気持ちの問題だ」

 俺がそう言ってもイアは納得していないようだ。

 しばらく、うーんと唸って難しい顔をしていたかと思うと今度はぱっと顔を輝かせてこんな提案をしてきた。

「じゃあ、今度は頼人のことも教えてね。私、顔と名前しか教えてもらってないから。それならおあいこでしょ?」

「それでイアの気が済むんならそれでいいけど」

「やった! 約束だからね?」

 コーヒーの件といい約束がどんどん増えていくな。その度にこんな笑顔を見られるんなら安いものだが。

「ああ、その代わり話をするのは俺の家に帰ってからな」

「へっ? 私も一緒に行っていいの?」

「別にここに住みたいんならそれでも構わないぞ? 夏場は涼しそうだ」

 俺は住みたいとは思わないけど。

「それにイアの居場所を聞いたら俺の家だって自分で言ってたじゃないか」

「でも、家ですっごい嫌そうな顔してたし……」

「その嫌な顔してた家主がいいって言ったんだから何を遠慮する必要があるんだよ?」

 そう言うと今日一番だと思われる笑顔で

「ありがと!」

 と言って抱きついてきた。

 照れくさくてぶっきらぼうな言い方になってしまったが、俺はいま心底イアを手伝ってやりたいと思ってる。

 自分でも自分ことを殆ど知らないくせに、包み隠さず、嘘偽りなく話してくれたこの少女に。

 だから、これから始まる、いつまで続くかわからないこの奇妙な生活を俺は受け入れようと思う。

 俺は屋上で誓った時よりも強くそう思った。



 そしてイアの生まれた場所である井戸からの帰り道。来たときと同じように井戸を登り(もう一度イアに抱きつかれるのも恥ずかしかったので、同調して登ればいいんじゃないかと提案したら何故か凄く不満そうな顔をされた)、石板で蓋をして校門まで移動する。

 今度は俺が先に校門を乗り越え、学校の前の道路に待機。そこでふと校門のすぐ側にある双子山へと続く道に目を向けると地面に何か落ちているのに気がついた。

「どうしたの?」

 いつの間にか校門を乗り越えて来ていたイアがそう声をかけてくる。

「いや、あそこに何か落ちてないかと思って」

 そう言ってイアと一緒に何かが落ちている場所に近づく。

 腰を屈めてそれを拾い上げてみると、それが豊泉高校の学生証だということがわかった。一体誰のだと思って名前を確認すると何とそれは美咲のものだった。

 美咲のことだから再放送のドラマを見ようと急いで帰ろうとして何かに躓き、カバンの中身をぶちまけたんだろう。慌てて落ちていた物を拾ったがこの学生証には気づかず、そのまま帰宅したんだな。きっと。

 その光景がありありと目に浮かぶ。思わず顔がにやけてしまっていたようで、側にいたイアが心配そうな顔をしている。

「大丈夫? 頭打った?」

「打ってねーよ!? ずっと見てただろ!?」

 にやけていた俺は相当気持ち悪かったのだろうけど、こういう心配をされると直接気持ち悪いと言われるよりキツイものがあるな……。

「これ、俺の友達の落し物みたいなんだよ」

「ふーん。それでどうするの? いまから届けに行く?」

「いや、もう時間も遅いし明日にする。どうせ学校で会うしな」

 それにイアと一緒に居るところを見られて学校で変な噂が広まるのも困る。美咲はそういう噂を流したりはしないだろうが、あいつの場合ポロッと喋ってしまう可能性が非常に高い。

 そうしてズボンのポケットに美咲の学生証をしまった瞬間。

「へ?」

 何が起こったのか分からなかったが。

 俺の身体が宙に浮いて反転し。

 酷い痛みが頭を襲い。

 俺の意識は闇の中へと沈んでいった。


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