嘘発見器、襲われる
さて、ところ変わって現在地は俺の自宅である。
元々、この一軒家には父・母・俺の計三人の人間が住んでいたのだが、いまは俺が一人で暮らしている。というのも俺が高校に進学すると同時に両親が事故に遭い他界してしまったからだ。
一人暮らしを始めた当初は近所に住んでいた父方の遠い親戚にあたる人物が一緒に暮さないかと誘ってくれたこともあったが、当時の俺は初めて会った人の好意を受け入れることができるほど心に余裕がなかったため、お断りさせていただいたのだ。
このような事情から天原家には俺しかいないはずなのだが、いまはもう一人、イアという名の少女がいる。正確に場所を述べるなら風呂場に。
待て、邪推をするな! これには事情があるんだ!
本当なら家に着いた後、乾いた服に着替えてもらってすぐに詳しい事情を聞きたいところだったのだが、学校からの家までの間に頻発するくしゃみを聞かされてはそうもいかない。
それで仕方なくイアには冷えた身体を先に温めてもらってから話を聞くことにしたのだが。
「…………」
何だかスゲーそわそわする! さっきから意味もなく居間をうろうろしてるし!
だってそうだろ!? これまで男しか使ってなかった風呂場に女の子がいるんだぜ!? 平常心? そんなもん知らねえよ!!
そうして十分程、俺が悶々としていると、ほっこりとしたイアがリビングの扉を開けてやってきた。
イアが着ていた服は全部洗濯機にぶち込んで回しているので、いま彼女が着ているのは俺のジャージだ。俺の服なので小柄なイアには大きすぎるが他のサイズの服があるわけでもないので我慢してもらうしかない。
「おまたせー。あー、気持ちよかった!」
「そりゃ、よかった。じゃあ、さっぱりしたところで詳しい説明を頼めるか?」
「もちろん」
立ったままのイアに椅子に座るよう促し、俺自身もテーブルを挟んで向かい合わせになるように椅子に座る。
「ねえ、頼人は不幸ってどんなものだと思う?」
俺が椅子に座るや否やイアはこんな質問をしてきた。
「……俺は質問じゃなく説明を頼んだつもりだったんだが?」
「いきなり本題に入ったってきっと理解できないよ。ちゃんと説明するからまずは質問に答えて」
そういう考えだったのか。まあ、イアの顔や言葉に嘘は感じられないし言われた通りにしてみよう。
「不幸ね……。そりゃ色々あるだろ。財布を落としたとか、道に迷ったとか」
両親が事故にあって突然死ぬとか。
「正解。じゃあその中で最大の不幸って何?」
ピッと人差し指を立てながらイアは再び質問する。
「わからない。そんなの人それぞれだろう」
俺にとっての最大の不幸とイアにとっての最大の不幸が違うように。
「最大の不幸っていうのは寿命を迎える前に死ぬことだよ」
「まさか。そんな人間この世に何人もいるぜ? 事故で、病気で、殺人で。寿命を終えるまでに死んでいく人間なんてそれこそ腐るほどいるじゃないか」
「半分正解……かな? 病気はその人の寿命なの。寿命に達した人は病気っていうもっともらしい理由をつけられて死ぬんだよ。もちろん布団の中で寿命を迎える幸せな人もいるんだけどね」
「……つまり『病気』という原因によって『死』という結果が生み出されるんじゃなく、『死』という結果に『病気』という原因が作られるってことか?」
「そういうこと」
いきなりとんでもないことを教えられたものだ。だがこの話と世界を救うこととどんな関係があるのかが未だにわからない。
「この話と世界を救うのとどう関係があるんだって顔してるね」
言い当てられてしまった。
疑問が顔に出ていたのが照れくさかったが素直に白状しよう。
「ああ。世界がそういう風に動いているっていうなら何も問題はないはずだろう? 一体何が問題なんだ?」
「その疑問に答えるにはまた質問しなくちゃいけないんだけどいいかな?」
さっき俺に突っ込まれたことを気にしているようだ。俺は頷いてイアの質問を待った。
「頼人は神様の仕事って何だと思う?」
「神様ってあのゼウスとかタナトスとかのことか? それだったら天候を調整したり、死んだ人間をあの世に連れてく――ってとこだろうな」
とりあえず知ってる神様の名前と司るものを挙げる。
「よく知ってるね。でもそれは人が考えた想像上の神様。本物の神様の仕事っていうのは病気以外、つまり事故とか殺人で寿命を迎える前に死んでしまう人を助けることなの」
「この世で一番の不幸になりそうな奴を助けるってことか」
さっきの話とまとめるとこういうことになる。
イアは小さく頷き
「そう。でもそういう人たちを助ける神様が消えちゃったんだよ」
という爆弾発言をさらっと投下してきた。
……俺の聞き間違いだろうか? いま寿命云々よりとてつもなく大変なことを言わなかったか?
「それでいま世界にはありえないほどの不幸が溢れてるの。つまり寿命を迎える前に死ぬ人がどんどん増えてるってことなんだけど……」
ちょっと待ってくれ! そんな簡単に大事なことをさらっと流さないでくれ!
「オイ、神様が何だって?」
「だから消えちゃったの!」
イアが手と足をバタバタさせて訴えてくるがこっちはそれどころではない。
「……ありえねえ! んな大事な仕事放り出してどっか行きやがったのか!」
思わず椅子から立ち上がり激昂する。
「じゃあ、最近ここら辺で起きてる連続失踪事件もそれが原因じゃないか! 何考えてんだよ神様ってヤツは!?」
「私だって意味わかんないよ! 神様のくせに消えるなんて!」
「いや、もうそんなのは神様なんかじゃねえ! これから神様と書いてバカと呼ぶぞ、俺は!」
この後、神様への罵詈雑言を俺とイアは吐き続け、隣の親父さんに「うるっせーぞ!」と怒鳴られるまで止まらなかった。時間にしておよそ三十分。俺とイアの体力を奪うには充分な時間だった。
「ま、まあ、神様への文句は……置いといて、結局俺は……何をすればいいん…だ?」
何しろ三十分間は喚き続けたから喉がガラガラだ。俺は二人分の冷たい麦茶を用意しながら掠れた声でイアに尋ねる。
「そ、そうだった。えっと、頼人に……してもらいたいのは神様が見つかるまで……神様の……仕事を……代わりにしてもらい……たいの」
イアもテーブルに突っ伏してぐったりしている。というかイアまで神様をバカと呼びだしたぞ。
「神様の仕事っていうと事故とか殺人に巻き込まれそうな……人間を助けることか?」
「うん。それもだけど……『禍渦』を壊すことがメインになると思う」
麦茶をちびちび飲むことで俺もイアも微妙に復活してきた。
「『禍渦』?」
「禍の渦って書いて『禍渦』。事故とか殺人っていうのは禍渦の影響を受けて起こる現象なの。イメージ的には水に落とした雫が禍渦、そこから広がる波紋が不幸って感じかな」
イアは指先を麦茶の中につけ、できた雫を再びコップの麦茶に落とし「こんな風にね」と俺を見た。
「言ってしまえば事故や殺人っていう不幸は禍渦に心を侵された人間が起こす二次災害に過ぎないの」
「ということは、不幸を周りにまき散らしてる禍渦さえ壊してしまえば不幸は自然と消滅するってことか?」
「そういうこと。逆にそのまま禍渦を壊さずにいたら次第に禍渦の数が増えて、世界中の生き物が唐突に殺し合いを始める可能性があるってことでもあって、それはすごく悲惨なことで……」
おお、イアの怒りが再燃してきたぞ。コップ! コップ割れるって!
まあ、それはさておき、ようやくイアの言った『世界を救って』の意味がわかった。確かにそんなどこぞの世紀末よりも物騒な世界は滅びたも同然だ。神様の尻拭いをしなければならないのには正直腹が立つが、かといって放っておくこともできない。
何よりイアともう約束しちゃったしな。嘘はつけない。
さて、やるべきことはわかったが一つ不安がある。
「イア。一つ確認しときたいんだけど」
「どうしたの?」
イアはコップを握り潰さんばかりの怒りをひとまずおさめ、こちらに向き直る。
「禍渦を壊すっていう目的はわかった。だけど恥ずかしい話だが俺にそんなパワーはないぞ?」
体力は程々にあっても筋力はない。
「ああ、それなら安心して」
よかった。イアには何か策があるようだ。
「私も手伝うから」
うん? 何て言った?
「冗談だろ? そんな細っちい腕でどうやって手伝うんだよ?」
イアの腕はかなり細い。美咲の腕と比べたらもう……。
「それは――こうやってだよ」
イアがそう言った瞬間、彼女の腕に巻きついていた二本のコード、そして残る背中の六本のコードがまるで意思を持ったかのように動き出し、その先端部分が俺に向けられた。
「ちょ、どういうことだよ!」
俺は思わず椅子から立ち上がり慌ててイアから距離を取る。
「いいから動かないで」
どうやらコードは自由に操れるだけでなく長さも自在に調節できるようで、広い所へ逃げようとする俺を上手く牽制してくる。そのため俺は次第に壁の方へ追いつめられていった。
何だお前は? ドクター・オクト○スか?
絶体絶命のピンチに陥った蜘蛛男の心境がよくわかったよ。
ちらりとイアを見るとその表情は初めて会ったときと同じく柔らかく微笑んでいる。
「おい、ふざけてるならやめろって。イアがそのコードを操れるのはもうわかったから早くそれをしまってくれ!」
「何言ってるの? こんなのじゃ禍渦は壊せないよ?」
そう言うと同時に今度は平らだったコードの先端部分からボールペンぐらいの太さを有した巨大な針が飛び出してきた!
俺がもう驚きやら怒りやらで何も言えないでいるとイアはやはり笑顔のまま忠告してくる。
「絶対に動かないでね?」
ああ、そのほうが殺りやすいもんな!
「……わかった、もう好きにしろよ」
俺はコードによって逃げることも叶わず、イアの説得も無理だと感じ、半ば自暴自棄になって目を瞑った。
「じゃあいくよ」
イアの台詞が俺に届くとともにコードの先端についた巨大な針が俺の身体を貫き、首に、腕に、胴に、脚に、鋭い痛みを与えてくる。
「ッグ…………!」
声を上げそうになるのを、歯を食いしばって堪える。
……おかしい。身体を貫かれた瞬間確かに痛みはあった。しかしそれは本当にその一瞬だけでもう身体に痛みはない。
俺が事態を把握しようとしていると唐突にイアの笑い声が聞こえてきた。
『頼人ー? いつまで目を閉じてるの?』
まだ事態がよく飲み込めなかったが、イアに俺を殺す意思はないと感じ恐る恐る目を開ける。
すると、おかしなことに目の前にいるはずのイアの姿はどこにもなかった。目を閉じている間、リビングのドアが開いた音はしなかったし、いくらイアが小柄だといってもこの部屋に人が隠れられるような場所はない。
「イア? お前一体どこに――」
『ここ、ここ』
再び近くでイアの声が聞こえたことで、ぎょっとして俺は動けなくなる。
しかし、周囲を見渡してもやはりイアの姿はない。
『だから、ここだってばー』
また、近くでイアの声が聞こえる。
いや、違う。
これは近くで声が聞こえるというより頭の中に直接イアの声が響いているような感じだ。
「イア、もしかしてお前――」
『あっ、やっと気がついた? そうそう。私は今――』
「『身体の中にいるの』か!?」
親父、お袋、どうやら俺が思ってたよりぶっ飛んだ話になりそうだよ。
「で? 俺の中に入り込んでどうするつもりだ?」
『へへー。頼人にいいものプレゼントしてあげようと思って』
何だかすごく楽しそうだ。
こんな少女にさっきまで自分が怯えていたのがとても恥ずかしい! もうすごい恥ずかしい! 穴なんかなくても自分で穴を掘って入ってしまいたいぐらい恥ずかしい!
視線を下に向けると身に纏っている服もこれまで着ていた制服ではなくなっていた。いまの俺は何と言うかこう真っ黒な革のコートの下に、同じく黒い服を装着している。しかも、イアが腕に巻きつけていたコードが今度は俺の腕に巻きついている。
嫌な予感がしたので背中を触ってみると予想通りの事態になっているようだ。
腕と同じくコートの下では背中から六本のコードが伸びている。
こんな姿でどうやって学校や近所の大型スーパーサカイヤに行けというのか? 外に出た途端俺のコスプレイヤー人生が幕を開けてしまう。
俺の心の葛藤を知ってか知らずかイアは
『ねえ、ねえ、プレゼントが何か知りたい? 知りたい?』
と耳元、いや頭の中で騒ぐ始末だ。
「あー、わかったから頭の中で騒がないでくれ! それで何をくれるっていうんだ?」
『うーん、態度がちょっと気に入らないけど許してあげる! それでは最初に目を閉じて意識を一点に集中しましょー』
言われたとおりに目を閉じ、それなりに意識を集中させる。もうどうにでもしてくれ。俺、この羞恥心をなんとかしてくれるならなんでもするよ?
『じゃあ次ね。頼人って何か欲しいものってある?』
今度は質問を投げかけられる。何なんだ一体?
「ああ、ある。俺が入れる穴が欲しいよ……」
こう、俺がスポッと入れるような。当分出てこれないようなヤツ。
そう口にした瞬間である。
いきなり俺の視界が闇に覆われ、重力に引き込まれる。
そして次の瞬間、臀部に猛烈な痛みが走った。
「ってぇえ! 何だ!? 何が起こった!?」
『何だって何よー。頼人が欲しいって思ったんでしょ?』
頭の中でイアが怒っている。
「欲しいって思ったって……。じゃ、じゃあこれ穴!?」
信じらんねえ!?
穴にしても深さがおかしいだろ! 上に見える電灯の光がすげー小さいんだけど!?
「イア! イアさん! これ元に戻せる? 戻せるよね!?」
すごい勢いで頭の中のイアに問いかける。
頼む。うんと言ってくれ。
『えー、もう戻すの? 戻せることは戻せるけど、いま元に戻したら私たちが生き埋めになっちゃうから先に穴から出た方がいいよ?』
いや、穴から出ろって言われても。
何メートルあるんだ、この穴? 手で登れるようなものじゃないと思うんだが。
「出ろってどうやって出るんだ? 俺はロッククライミングの技術と垂直跳びの世界記録は生憎持ってないぞ」
持ってる資格っていったら漢検、英検の三級だけだ。人に自慢できるようなものは何もない。
『だーいじょうぶ。ほらジャンプ! ジャーンプ!』
「ジャンプってお前……」
ジャンプしたぐらいじゃ間違いなく届かない。ぱっと見ただけでも俺の身長の三倍はある。大体五メートルといったところか。
だが、他に方法があるわけではないしやってみるとしよう。
足を折り曲げジャンプする態勢に入る。充分に力を溜めて、それを一気に解き放つことで勢いよく跳ぶ!
結論から言おう。
俺は穴の外に出ることができた。
思いっきり天井には突き刺さったが。
「いってぇ!」
『あはは、頼人跳びすぎー』
「『跳びすぎー』じゃねえよ! 何だ、このジャンプ力!?」
「跳ぶ」というより「飛ぶ」って感じだった。
「それも私からのプレゼント。頼人の身体能力を向上させたの。人間ってあんまり強くないし、そのままじゃ禍渦を壊せないでしょ?」
そりゃあどうも! でもそれは先に言ってほしかった! 先に言ってほしかったな!
何とか天井から身体を抜き、床に着地する。
さて、穴から出ることはできたが、由々しき事態である。直すべき穴が二つになってしまった。
「イア。あの天井の穴も直せるか?」
恐る恐る尋ねてみる。
『うん。問題ないよ。じゃあ、まず床を直そっか。穴に意識を集中させて消えろって念じてみて』
「わかった!」
教わった通り、まずは意識を集中させる。
次に俺は目を閉じて一心不乱に穴が消失するイメージを頭の中に思い描く。
消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!
関係ない人が見るとさぞ滑稽だろうがそんなことを気にしている場合ではない!
我が家の一大事なのだ!
『頼人? もうとっくに穴なくなったよ?』
何秒そうしていたかはわからないがイアの声で目を開けると、そこには我が家の床が完全復活している姿を確認できた。
「おお…………」
思わず安堵の声が漏れる。
『次は天井だね。今度は壊れる前の天井をイメージしてみてくれる?』
同様の作業の後、俺が目を開けると天井も復活を遂げた。
「生きた心地がしなかったな、いまのは……」
たとえ俺しかこの家に住んでいなかったとしてもあの穴はマズイ。
毎朝飯を食べる時に嫌でも目に入るからな。朝っぱらから鬱な気分にはなりたくない。
『気に入った? 私のプレゼント』
「気に入った、気に入った。初めにどういうものか言ってくれればもっと気に入ったと思うけどな!」
『だって、そんなの面白くないよ? プレゼントはサプライズが大事なんだから!』
そうか。じゃあもう充分びっくりしたから次いっていいかな?
「それで、イアのプレゼントは『俺のイメージを現実にする力』と『身体能力の向上』ってことでいいのか?」
いま起こった一連の出来事を踏まえるとそう推測されるのだが……。
『うーん、大体そんな感じかな。あっ、でもそれは――』
それにしてもこの力って科学なのか?
疑問が山のように溢れてくる。
人間と合体するなんてことができるイアは間違いなく人間ではない。
じゃあ、一体何だというのか。
ロボット? 宇宙人? もしくはそれ以外の何かか?
見た目はコードを除けば完全に人間なんだけどな。
それに何で服が変化したんだ?
そして何で服はこんなにダサイんだ?
後でイアにまとめて聞いてみようか……。
考えを一旦頭の片隅にしまって再び意識をイアの方へ向ける。
『――。最後に一つだけ。禍渦は普通の方法では壊せない。だから同調した状態で何か武器を出すとかしないといけないから気をつけてね』
「同調?」
『頼人と私が繋がってる状態のことだよ』
「ああ、そういうことか……」
イアとの話を終えて庭に面したガラス戸を見る。どうやら完全に日が暮れているようだ。
ハハハ。妙な格好をした白髪の俺がバッチリ窓に映ってるじゃないか。また恥ずかしくなってき――。
白髪? 白髪ァ!?
「うぇええええ! イア、イア!? なんか俺の髪が爺さんも真っ青なくらい真っ白になってるんだけど!? どういうこと、コレ!? ていうか、ああ! 目も金色になってる!」
百歩譲って服だけなら許そう!
だがこれはない! 断じて!!
『ああ、私の力を頼人に貸してあげてるでしょ? その余波っていうか副作用みたいなもので外見っていうか髪と瞳の色が私にどうしても似ちゃうんだよー』
えへへ、と何やらイアは御満悦の様子。
いやいや、えへへじゃないぜ、お嬢ちゃんよ!? 俺は明日からこんな髪と目で学校に行かなきゃならないのか?
「勘弁してくれ。これじゃあ外も歩けないって!」
もちろん服装も含めてだが。
『何よー。いいじゃない、おそろいで。パートナーなんだし』
「お前は盛大に勘違いをしてるぞ! この世でおそろいなんてものが許されるのはデビューしたてのジャ○ーズグループぐらいなもんなんだよ!」
一回イアには正しい知識というものを教えてやらなくちゃならないな。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。何とか元に戻らないかイアに聞かなくては。
「マジで髪と目の色をなんとかできないか? これじゃあ学校にも行けねえよ」
『もー! わかった! わかりました! そんなにおそろいが嫌ならこれでいいでしょ!』
俺が言葉を言い終わる前にイアがそう怒鳴った。
すると、俺の腕に巻きついていたコードと背中のコードが再び意思を持ったかのように動き、俺の前方に集まりだした。
何が起こっているのかわからず呆けている俺をよそに、それぞれのコードは素早く絡まりあいサナギのような形状を作っていく。
そしてコードの青白い光がひときわ強くなると同時に俺の身体から全てのコードが抜け落ち、先ほどのサナギの中からイアが現れた!
「これで満足?」
サナギの中から現れたイアは腰に手を当てて俺に問いかける。
目に見えて不機嫌そうなイアだが「これで満足?」とはどういうことだ?
よくわからないままもう一度ガラスを見てみると、そこには髪と目の色が元に戻った制服姿の俺の姿があった。
「おお! 元に戻った!」
歓喜する俺をジト目で見つつ頬を膨らませていたイアが口を開く。
「私が同調していなければ影響は受けないんだから元に戻るのは当然でしょ?」
それはよくわかったが、なんか急に俺に対する態度が酷くなってないか?
さっきから俺の方を見もしないし。
そんな風に俺が首を捻っていると、猛獣の唸り声のような音がリビングに盛大に響き渡った。
もちろん、俺の家では猛獣は飼っていない。
なら、いまの轟音は一体何だ?
音の発生源は俺ではない。となると……。
案の定そっぽを向いているイアの耳がこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっていた。元々肌の色が白いからか、より一層赤く見える。
と、ここで俺はピーンときた。
成程、それでさっきから機嫌悪かったのか。まったく子どもみたいな奴だな。いや、イアが何歳なのかは知らないけれど。
「イア」
子どもに語りかけるような優しい口調で呼びかける。
「……何?」
やはりさっきのが恥ずかしかったのか、イアの声は一層棘のあるものになっていた。
少しイアの反応が怖いが、今後の彼女の人生のためにも、ここはちゃんと常識を教えておいてあげよう。
「腹が減ってイライラするのはわかるけど、人に当たるのは良くないと思うぞ?」
「違うよっ!」
「おぅっふッ!?」
俺の言葉と同時に振りかえった涙目のイアが凄まじいスピードで繰り出したコードによるビンタに俺はしばらく悶絶することになった。