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嘘発見器、白鷽と出会う

 屋上のドアを勢いよく開ける。

 広がる空。そこから差し込む光が一瞬俺の視界を奪う。

 再び目を開け屋上に誰がいるかを確認する。

 イアの雪のような白い髪や肌。

 宝石のような金色の瞳。

 背中からのびる青い光を放つコード。

 そんなものは屋上にはなかった。

 それどころか屋上には誰もいなかった。

「……悪戯か? いや、それとも俺への仕返し……か」

 そう自嘲気味に呟く。

 そしてドアを後ろ手に閉め、帰ろうとすると不意に声が聞こえてきた。

「あの子はそんなことしやしませんよ。キミは案外あの子のことを理解してませんねー」

「!」

 閉めかけたドアを再び開き、屋上を見るとさっきまで確かに誰もいなかったそこにいたのは、どこにでもいるような青年だった。特徴という特徴を全て排除したかのようなその男。唯一個性と呼べるようなものはその男が着用している白衣ぐらいなものか。それも無理やり個性を生み出そうとしているようで滑稽にしか見えない。

「…………」

 慎重に男を観察する。

 この屋上には人が隠れられるようなところはない。だから俺も屋上を一目確認しただけで帰ろうとしたのだ。

 だが、この男は今俺の前に立っている。唯一の出入口であるこのドアを使うことなく。

 となればこの男は普通の人間ではない。警戒するに越したことはないだろう。

「おやおや。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。ただ話をしに来ただけですからねー」

 言葉遣いはやたらと丁寧だがこの男の話し方はどこか人を小馬鹿にしているような響きがある。はっきり言って不愉快だ。

「……ってことはアンタがこれの差出人ってことか」

 右手に握った白い封筒を見えるように掲げる。

「ええ。そうすればここに来てもらえると思ってましたからねー。ですがまず自己紹介からということにしましょうか。アンタと呼ばれるのは結構不快なんですよ? 天原頼人くん?」

 言葉の最後に若干の殺意を感じた。

 飲まれるな。話の主導権を握られるのはマズイ気がする。

「こっちの自己紹介は必要なさそうだな」

「はい、結構です。では改めまして、神様です」

 ……やっぱりか。イアを知っている時点でもしかしたら、とは思っていたのだ。

「それでその神様が何の用だ? いや、そんなことよりいままでどこにいたんだ?」

「あらら、残念。驚きませんか。ワタシが思ったよりお馬鹿ではなかったということですかねー?」

「いいから質問に答えろよ!」

「あはは。キミは神様を敬う気がゼロですねー。でも、ま、いいでしょう。お答えしましょうか。では頼人くんドアを閉めてもっとこっちに来なさいな」

 言われた通り、屋上のドアを閉めて神様とやらに近づくが、手の届かない位置をキープする。

「これは純粋にアドバイスなんですが、人はもっと信用した方がいいと思いますよ?」

「……神様は人じゃないだろう?」

「あはは。いや、その通り。これは一本取られましたねー」

 これで嘘偽りのない本心なのだから困る。コイツの本質が捉えられない。

「ま、そう焦らず。質問に答える前にお礼をまず言わせて下さい。あの子に手を貸して下さってありがとうございました」

 俺の心の焦りを煽るように神様は唐突に頭を下げてきた。

 いきなりそんなことをされては対応に困る。

 俺が何も返せないでいると

「じゃあ、さっそくキミの質問に答えましょうか」

 と勢いよく姿勢と話を元に戻してきた。

「どこにいたのかという質問から先に答えることにしましょう。恥ずかしい話ですがワタシはキミが壊した禍渦のお腹の中にいたんですよ。うっかり食べられてしまいましてねー」

 マジだ! マジで言ってんぞ、この神様!

「いや、ワタシも食べられるつもりはなかったんですがねー? この辺りに禍渦の反応があったので壊しに来たまでは良かったんですが、なかなか禍渦が見つからなかったので昼寝をしてたんですよ。そうしたら寝てる間にペロリ! 大変だったんですからねー? 酸を防ぎながらバラバラに噛み千切られた身体をくっつけるのは。どうにかこうにかくっつけたら今度は爆破されましたしねー」

 ああ、アンタ阿の狛蜘蛛の腹の中にいたのかよ。

 そりゃ悪かった……のか?

「それなら別に俺がイアの手伝いをしなくてもそのうち出て来れたんじゃないのか?」

 喰われても生きてたんだし。

「それは残念ながら無理です。身体を治した後は溶かされないようにするのが精一杯でしたよ。神様はキミが思っているほど万能ではないのです」

 そう言われればそれまでだが、胸を張って言うようなことではない。

「それは神様としてどうなんだよ……」

「あはは、耳が痛いですねー。でも実際できないんですから仕方ないとは思いませんか? とまあ、これでワタシがどうして行方をくらましてしまったか、どこにいたのかは理解して頂けたと思うんですがどうでしょう?」

「ああ、この世界の行く末が素晴らしく不安になったが納得はした」

「それはよかったです。流石、嘘が見抜けると話が早くて助かりますねー」

「そりゃ、どうも。お褒めにあず……」

 待て。何でコイツはそれを知っている?

 カプセルから俺の情報を得ていたイアでさえ知らなかったことなのに。

「良い顔ですねー。その顔が見たかったんです。舐められるのも何か腹が立つので一応言っておきましょう。神様はキミが思っているより万能ではありませんが、そこまで無能というわけでもないんですよ?」

 そう言いながら徐々に俺との距離を詰めてくる。

「それでは、もう一つの質問に答えましょう。ワタシは今日嘘暴き(うそあばき)の力を持つキミに会いに来たんですよ」

 俺に会いに、だと?

「俺がこの力を持ってたら何か不都合でもあるのか?」

 男がこちらに距離を詰めた分、少し後退する。

「いえいえ。不都合なんかありませんよ。むしろ好つご……いや、やめときましょう」

「?」

「それにしても本当に珍しい。あまり人間にこういう異能は備わらないんですがねー。……持って帰って解剖してみたい衝動に駆られますねー」

「なっ!?」

「やだなー、冗談ですよ、冗談。神様ジョークです」

 ……嘘つけ。アンタの心は本気だったぞ?

「そうそう、一つお聞きしますが頼人クン、イアちゃんはどうしました?」

「アイツとは……、別れた」

「ああ、そうでしたねー、あの子を嘘つき呼ばわりして突き放したんでしたっけねー」

 その一言で一気に頭に血が駆けあがる。

「うるせえ!! 嘘つきを嫌って何が――」

「黙れ、ガキが。お前も嘘つきだろうに」

 目の前の男の口調が変わるのと同時に屋上の空気が凍りつく。

「な、何だと……?」

「お前もお前が嫌ってる嘘つき連中と一緒だ、そう言ったんだよ」

 尚も俺との距離を縮めながら、男は言う。

「嘘を全否定するつもりはない? 生きて行く上で嘘は必要不可欠だ? は、笑わせる。それこそ嘘じゃないか」

 限界まで俺に近づいた男は俺の頭を掴む。俺はその行為に抵抗することができない。

「本当にそう思っているなら、嘘つきを見る度に殺してやりたくなるのはどうしてだ? 禍渦という嘘の命を消したときの高揚感はどう説明するんだ?」

「そ、それは……」

 俺の言葉を遮り、男は言う。

「お前は自分に嘘を吐き続けている癖に嘘が嫌いで嫌いで仕方がないんだ。その存在すら許せないんだよ。滑稽な話だと思わないか、なあ嘘暴き?」

 脚から力が抜ける。

 男の手から逃れ、屋上に膝をつく。

 ああ、そうか。そうだったのか。

 ここまではっきりと言われてはもう目を逸らすことなど出来ない。

 自分の中で絶対に揺らがなかったものが崩れていく。

 俺が壊れる。――そう思った瞬間、俺を繋ぎとめたのは驚くことに俺を壊した男だった。

「まだだ、天原頼人、良く聞け」

 男は自身もしゃがみ込み、俺の両肩を力強く掴んで尚も続けた。

「この世界は大きく二つの要素によってできている。お前の大好きな真実、お前の大嫌いな嘘。ここまでは良いな? そこから更に真実と嘘はそれぞれ二つに分かれる」

「……どういう……、ことだよ?」

 何とか声を絞り出して尋ねる。

「良いから聞け。真実と嘘は二面性を持つということだ。白い部分と黒い部分、言いかえれば良いところと悪いところ、だな。お前は真実を善、嘘を悪としているが話はそんなに簡単じゃあない」

「そんなこと――」

 ないと言い切ろうとした瞬間、脳裏にイアの顔が浮かんだ。

「そんなことない? いいや、それは違う。お前はそれを知っているだろう? 昨日身を持って体験したんだから」

「…………」

「白い真実と黒い真実、黒い嘘と白い嘘。どれも等しく世界の一部だ。豊かな生活を送る社会がある一方で貧困に喘ぐ社会もある。自分を救うためにつく嘘もあれば他人を救うためにつく嘘もある」

 そうして俺が黙っている間にも男は淡々と話し続ける。

「お前は嘘がわかるという異能にこれまで随分苦しめられてきた。結果嘘を異常に毛嫌いするようになってしまったお前のことを俺は責める気はないし、その権利もない。だが、黒い嘘が全てだとは思うな。世界には白い嘘もたくさんある」

 もちろん真実と嘘に関わらずな、と付け足して言う。

「黒い嘘も、白い嘘も受け入れろ。世界を受け入れろ。そして――お前自身を受け入れろ。世界はお前にその姿を未だ見せていない」

 男に言われたことを理解はした。俺を案じてこの話をしてくれたことも伝わってきた。

「いまのお前はエロ本の袋とじの中身を、開けることなく下らないと決めつけてるただのガキだ。落胆するか、盛るかは、せめて袋とじを開けてから決めろよ」

 その言葉に苦笑する。これが神様の導きだとしたら、いくら何でも俗っぽ過ぎないか?

 それでも――いまの俺には充分過ぎる。壊れるにはまだ早いってことを理解するには充分過ぎる言葉だった。

「最後のは……余計だ。けど忠告は、ありがたく貰っとく。礼は――言った方が良いのか?」

「いいえ、結構ですよ。ワタシは神様としての仕事をしただけですからねー。お礼なんて頂けませんよ」

 口調が元に戻っている。本気で忠告をしてくれたのは嬉しいが、口調が戻るとやっぱり腹が立つ。

「ああ、そうかよ、……っと一ついいか?」

「何です? 面倒なので早く済まして下さい」

「イアについてだ」

「…………」

「どうしてイアを、アイツを人として創ったんだ?」

 その質問を投げかけたとき、神様は一瞬哀しそうな眼をした。

 しかし、神様が口を開いたときには、その哀しそうな眼は既に消え失せてしまっていた。

「強いて言うならワタシの個人的な感情からです」

 端的な物言いがこれ以上教えるつもりがないことを暗に示している。

「……そうかよ」

 本当はもっと強く問い詰めるつもりだった。だがあんな眼をしていたヤツをこれ以上追いつめるような真似をしたくない。たとえそれが気に入らない相手であってもだ。

「なら、もう帰るよ。これ以上聞いても何も教えてくれそうにないからな」

 わざと邪険な態度をとりつつ、ドアを再び開く。

 そうして今度こそ屋上を後にした。



 神様との接触を終えての帰り道。頭の中は神様の言ったことで一杯だった。。

「白い嘘……か」

 他人を想ってつく嘘。禍渦を倒した後にイアが俺についた嘘。

 恐らくあれが神様の言っていた白い嘘なんだろう。

『頼人が悲しむと思って……』

 あのとき確かにイアはそう言った。俺のために嘘をついたと。

 しかし、その嘘は俺の心を掻き乱した。俺に動揺しかもたらさなかった。黒い嘘と同じように。

 なら、そんな白い嘘に何の意味があるんだろうか?

 家に到着したところで一旦考えることを止める。

「……答えを急ぐ必要はないか」

 玄関の鍵を開けながら呟く。

 そう。ゆっくりと時間をかけて白い嘘の本質を、世界を見極めていけば良い話だ。俺にはあの神様のように本質を見抜く力などないのだから。

「お、おかえり……」

 玄関で靴を脱ぐと同時にリビングから声が聞こえる。

「おー、ただいま」

 聞こえてきた声に返事をしてカバンを置きに二階の自室へと向かう。部屋のドアを開け、机の上にカバンを置く。

 いや、今日も学校疲れたな。神様にも遭遇したし。

 さて――と。

 ここからは凄まじく速かった。

 部屋を飛び出し、階段を最早落ちるように下りていく。焦るあまり廊下で転びそうになるのを何とか堪え、さっき声のしたリビングへと飛び込む。

「何してんの!?」

 リビングで椅子にちょこんと座っているイアに全力で問いかけた。

「えへへ、帰ってきちゃいました。……怒った?」

「いや、怒っちゃいないけど……」

「そ、そう? それならいいんだけど……」

 俺が怒っていないことがわかって少しは安心したのか、イアは椅子から下りて俺の前に立ち

「頼人」

 そう俺に声をかける。

 そして次の瞬間俺の視界からイアは消えていた。

 誤解しないで欲しいんだがイアは消滅したとか、信じられないスピードで動いたとか、そういうわけじゃない。

 俺の目の前にいたイアが抱きついてきたので、俺の視界から消えたのだ。

 説明終わり。そろそろ焦っても良い?

「え、ええ? イ、イア? 何、どうした?」

 罵倒の代償としてベアハッグでもかけられるのだろうか?

 そう俺が怯えているとイアの口から予想もしなかった言葉が発せられた。

「ごめんね」

 俺の思考を遮るように耳元でイアが囁く。その言葉で俺は瞬時に焦りという感情を切り離すことができた。

「イア?」

 できるだけ優しい口調で俺に抱きついている少女の名前を呼ぶ。

「頼人が謝ることなんてないよ。事情も知らずに嘘をついた私が悪いんだもん」

 俺の事情……?

 ああ、そういうことか。

「お前も神様に会ったんだな。そこで俺のことを聞いたんだろ?」

 嘘に縛られた、俺のこれまでの生活を。

 イアが無言で頷く。

「なら、謝らないでくれ。イアが……、悪いんじゃない」

 きっと、嘘を受け入れられない俺がおかしいんだから。

「うー、…………ぐすっ」

 泣いた! おい、何で泣く!?

「お、おい、イア? 何も泣かなくても……」

「だ、だって……、わ、私は嘘をついたんだよ? 頼人が、い、一番嫌いなことを……したんだよ? なのに……」

 俺の制止を聞かず、イアは嗚咽を漏らしながら自らの罪を言葉にする。

 このままじゃ泣き止みそうにないな……。

 イアを納得させる方法を模索していると頭に聞いたばかりのあの言葉が浮かんだ。俺自身、その言葉を全て受け入れたわけではないが、仕方がない。

 使わせてもらうぜ、神様?

「知ってるか、イア? 嘘には二種類あるんだ」

 俺は突然イアに話し始めた。

「え? な、何?」

「さっき神様が言ってたんだよ。嘘には二種類あって自分のためにつく黒い嘘と他人のためにつく白い嘘があるんだってさ」

 イアの頭を撫でながら話を続ける。

「俺はこれまで黒い嘘しか知らなかった。だからこそ俺は嘘を嫌悪する」

 イアが俺の言葉を聞いて身体を震わせる。

「でも」

 イアの身体の震えを抑えるように優しく抱きしめながら言う。

「お前の教えてくれた白い嘘は心地よかった。だからお前の嘘はそんなに嫌いじゃない、と思う」

 これが俺の精一杯だ。白い嘘がどんなに心地よかったとしても、いますぐにこれまでの生き方を否定することはできないのだ。そんなことをすれば俺は本当に壊れてしまう。

「で、でもあのとき、す、凄く怒ってたよ……?」

 しゃくりあげながら痛いところを指摘してくる。

「それは、その、あんな嘘があるなんて知らなかったし、唐突すぎて受け入れられなくて錯乱してたというか……悪い」

 それについては謝ることしかできない。

「ほ、本当にもう、お、怒ってないの?」

「ああ」

 ポンポンと頭を撫でながら肯定の意を示す。

「ぐすっ……。へへ、よかった」

 そう言って俺から離れながら俺に笑顔を見せてくれる。その顔は涙でグチャグチャだったがそんな顔でもイアの笑顔は曇ることなく輝いていた。

「あー、スッキリした!」

 それは何よりだ。

 ところで――。

「ところで、イアはどうして帰ってきたんだ?」

 イアがここに帰ってきてくれたのは嬉しいが、辻褄が合わない。イアに協力していたのは神様がいなくなった穴を埋めるためだ。その神様が見つかったのであれば、ここにいる必要は残念ながらないはずだ。

「…………」

「イア?」

「……やっぱり帰ってきちゃダメだったんじゃ」

 俯いているので表情は読み取れないが、肩が小刻みに震えている。

 ヤバイ! 聞き方が悪かったのかまた泣きそうになってる!

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勘違いするなよ? 俺はイアが帰ってきたことについて怒ってなんてないからな? むしろ嬉しいくらいだ!」

「……本当?」

「本当だ」

 いま俺がつく嘘は自分にだけで充分だ。

「それで? わざわざ帰ってくるなんて、何か忘れ物でもしたのか?」

 私物を持っていたようには見えなかったが。

「あー、それなんだけどね?」

 何だか凄く言いづらそうだ。

 ……嫌な予感がプンプンするな。

「私と一緒にこれからも禍渦を壊してくれないかな?」

「うん?」

「これ以上神様が一人で禍渦に対処するのは無理なんだって。今回みたいなことになる可能性もあるし。そこでアルバイトみたいな感じで頼人に手伝ってもらいたいそうだよ」

 野郎! 今回のことで楽することを覚えやがったな!

「それで、それでね? もし手伝う気があるなら私をこのままパートナーとして使って良いって。でも断るなら『いますぐワタシが回収に行きます』って言ってた」

 根性の悪い神様だ。俺がどうするかわかっててイアを送ってきやがったな? そういう人の心を読めるところだけは神様らしいといえば神様らしいが。

 そこまで俺に説明してイアは急に居住まいを正し、真剣な顔つきで俺を見つめてきた。

「頼人」

 イアはそこで一度言葉を切る。

 そして、再び口を開きあの言葉を言った。

「私と一緒に世界を守ってくれる?」

 初めて会った屋上でイアが俺に頼んだあの言葉を。

 もちろん答えは初めから決まっている。

 俺も初めて会ったときのように即答する。

「ああ、任せろ」

 そう告げた瞬間、イアが満面の笑みを浮かべる。どうやら俺だけではなくイアもそれを望んでいたようだ。

「そうだ。イア、ちょっと待っててくれるか?」

 そう言って台所へ。冷蔵庫を開け、目的のものを二本取り出す。そして再びイアの待つリビングへと戻る。

「ほら」

 台所から持ってきたものをイアに手渡す。

「頼人、これって……」

 イアは手に握ったものを見つめている。

「約束してただろ? いつもは風呂上りに飲むんだけど今日は特別な」

 そう。俺が持ってきたのは缶コーヒー。約束してからこの三日間、結局お預けになっていたのだ。

「頼人」

「ん?」

「ありがとう」

 礼を告げると同時にイアは優しく微笑む。

「どういたしまして。これからもよろしくな、イア」

「こちらこそよろしくね! 頼人!」

 挨拶を交わしあい、俺たちは缶コーヒーを飲む。

 こうして俺の、天原頼人の長い、長い三日間は終わりを告げた。

 

 俺は嘘が嫌いだ。イアに白い嘘の存在を教えられ、神様に嘘も世界の一つなのだと教えられてもそれは変わらない。

 でも、これからもずっとそうであるかは俺にもわからない。

 だって、これからは。

 神様の使いである白い鷽が俺の隣にいるんだから。

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