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嘘発見器、惑う

 目覚まし時計の力を借りることなく目が覚めた。

 時刻は午前六時三十分。いつも通りの起床時間。

 にも関わらず頭には靄がかかったように感じる。

 昨日イアのコードを引っこ抜いて気絶した後、誰にかはわからないが、俺はいつの間にか自分の部屋に運ばれていたらしい。

 それだけでも充分不思議なのだが、異変はそれだけではなかった。禍渦と戦ったときに受けた傷が綺麗になくなっていたのだ。

 左手の筋肉。骨。神経。

 両足の腱。

 頭部の裂傷。

 全身の打撲。

 全てがだ。

 もしかしてイアが治してくれたのかと思い、家の中を隈なく探したのだが、どこにもイアの姿はない。

「ダメだ。全然わからん」

 誰に運ばれてここに帰ってきたのかもわからないし、どうして傷が治っているのかも覚えていない。

 そしてわからないことはもう一つ。

 イアのついた嘘のことだ。イアは俺のために嘘をついたと言った。その言葉に嘘はなかったことから考えると、あれは真実なんだろうが。

「もう一度イアを探してみるか……」

 無理やり思考を中断させ、ベッドから立ち上る。

 リビングに入り、イアが座っていた椅子を眺めるがそこにイアの姿はない。

 台所を探す。そこに食事を楽しみにしていたイアはいない。

 洗面所に入る。風呂場からは何の音も聞こえない。

「あれ?」

 頬に手をやり、涙が流れていることに気がつく。

 もしかして俺は悲しいのか?

 イアにもう会えないことが。

 ふと時計を見ると時刻は既に七時四十分を回っていた。

「……早く支度して学校に行かないと」

 急いで部屋に戻り、制服を着用する。そしてカバンに必要なものを入れ再び階下へ。

 そして何となくリビングの方を振り返る。

 イアがここから出て行ったのは当然だ。俺があれだけ罵倒したんだから。

「それでも俺は――間違ってない」

 まるで自分で自分に言い聞かせるようにそう呟いて俺は家を後にした。



 家で時間を使った分、いつもより大分遅れて学校に到着する。とはいってもいつもが早いので遅刻をしたわけではないが。

 下駄箱で上履きに履き替え教室へ向かう。

 特に誰とも出会うことなく教室に着く。ドアを開けるといつもより多くの生徒が教室でたむろしていた。

 俺が遅れて学校に着いたのだから人が多いのは当然のことだが、珍しいことに龍平の姿がない。

 いつもはこの時間なら俺と一緒に教室にいるはずなんだが……。

 まあ、そこまで気にする必要はないか。アイツのことだ。そのうちひょっこり顔を出すだろう。

 そう結論づけて、もう一人の友人のことを考える。美咲はもう少ししないと来ないだろうな。アイツはいつも――。

 そこまで考えて思考が停止する。

 馬鹿か。俺は。

 アイツは。

 美咲は。

 禍渦に喰われちまっただろうが!

 両の拳を思い切り握り締める。血が滲んできたがそんなことはどうでもいい。

 問題なのは俺が彼女を救えなかったということだけだ。

 はは、俺もイアのことを嘘つきだなんて言えた義理じゃなかったな。

 俺はイアよりも酷い――嘘つきじゃないか。

「頼人。おはよー」

 聞き慣れた、しかし聞くことができないはずの声が聞こえる。

 おかしい。

 そんなはずはない。

 この声が俺の耳に届くことなんてもうないはずなのに。

 そう思いながらも声のした方へ顔を向ける。

 そこにいたのは。

 美咲だった。

 そのとき俺は随分と間の抜けた顔をしていたのだろう。彼女は眉を顰めてこちらに視線を向ける。

「何よ? お化けでも見たような顔しちゃって。何か変なものでも食べた?」

「い、いや、そんなことない。そんなことないんだけど……」

 慌てて手を振りながら返事をする。

 お前は化け物に喰われたはずじゃあ、と聞こうとして踏みとどまった。

 それじゃあ、ただの電波野郎じゃねえか!

 何て聞けば昨日のことを明らかにできる?

 ああ、クソ! いつもならすぐに方法が頭に浮かんでくるのだが、混乱しているので全然頭が働かない!

 俺が言葉を発せずにいるとそこに救世主が現れた。

 龍平である。

「おっす、お二人さん。朝からなーに見つめ合ってんだ?」

 パックの牛乳を手に持っているところから察すると購買に行ってきた帰りらしい。

「そ、そんなことしてないわよ!」

 美咲が首をブンブン振りながら否定する。事実そうなのだがそこまで否定されると男としてはなんだか少し悲しい。

「ははっ、その様子じゃあ風邪も治ったみたいだな」

「風邪?」

「ああ。昨日コイツ風邪で休んでたんだ。っとお前もだったな」

 俺がそう尋ねると龍平はパックの牛乳を吸いながらそう答える。

 龍平の言葉に嘘は無い。

「美咲、お前昨日風邪で休んでたのか?」

「え、うん、熱はあんまりなかったんだけど、母さんが休めって言うから」

 うん。この言葉にも嘘は無い。

 嘘は無いのだが、こうなると一つおかしな点が出てくる。

 昨日の夜、白波瀬家には誰もいなかった時間帯があるのだ。これは俺自身が家の中に入って確かめたから疑いようのない真実だ。

 しかし「昨日の夜、家にいなかったよな?」とは聞けない。

 聞いた瞬間、俺の人生がそこで強制終了されることになる。

「昨日お前の家に電話したんだ。結局誰も電話に出なかったんだけど、もしかして寝てたのか?」

 この質問なら俺も嘘をつかなくて済むし、何より美咲も答えやすいだろう。

「それって何時頃?」

「ん、八時ぐらいだったかな?」

 電話してから移動したがその二つの行動にそれほど時間に差異はない。

 そう告げると美咲は何やら気まずそうな顔をしている。

「あー、あはは」

「おい、笑ってごまかそうとするな」

「えーと、午後になると熱も完全に下がってさ。そうなると家でただ寝てるのも退屈なんだよねー」

 目を合わさず、歯切れ悪く答える。

「それで?」

「そ、それで変なおっさんにぶつかって落とした学生証を探しに一時くらいからずっと外にいたのよ」

「マジでか!? どこ探してたんだよ?」

 牛乳を飲み終えた龍平が話に加わる。

「学校の周りが怪しいとは思ったんだけど、ほら。学校休んだ身で外をうろちょろしてるのを誰かに見られるとマズイでしょ? だからあたしがよく行くところで、かつ学校から遠いところを探してたの」

「んで? 目的の学生証は見つかったのかよ?」

 と龍平。

「それが見つかんなかったわ。九時ぐらいまでは粘ったんだけどね。おかげで先に仕事から帰ってきてた母さんに見つかって大目玉くらっちゃった」

 たはは、と決まり悪そうに美咲が笑う。

「たはは、じゃねーよ! どれだけ人が心配したと思ってんだ!」

 迷惑千万だ!

 あのとき家でコイツが大人しく寝ていればあんな無茶をしなくて済んだんじゃねえか!

 そうしたら俺がイアにあんなこと言うこともなかったのに! 

 ……いや、それはただの責任転嫁か。

「あれ、そんなに心配してくれてたの? 電話に出ないだけで?」

 意外そうな顔でこちらを見てくる美咲。

「……当たり前だろ。友達なんだから」

「ふーん。友達ねえ」

 何ニヤニヤしてやがる龍平。

 変な邪推をするんじゃない。お前も俺と同じ状況にあったら心配しまくっただろうよ。

 それにしても話がおかしな方向へ向かっている。さっさと修正しとかなければ。

「ほれ」

 と美咲の手にあるものを押し付ける。

「あれ? これって……」

「お前の学生証だよ。学校の近くの道にポーンと落っこちてたぞ。昨日返せれば良かったんだが、生憎昨日は結構忙しくてさ。渡す暇がなかったんだ」

「あ、そうだったんだ。ま、何にしてもありがと。昨日歩き回ったのはダイエットってことで納得するわ」

 そう美咲が言ったところでチャイムが鳴る。

 龍平も美咲も「じゃ」、と手をあげてそれぞれの席に戻っていく。

 俺はそれに返事をしながら自分の席へ。

 そうして自分の席に着くと同時に俺は虚脱感に包まれていた。

 昨日まで命を懸けて化物と戦っていたのが嘘のようだ。まるで自分が物語の主人公になったかのような二日間だった。

 だがそれもその主人公自身の手によって終わりを迎えた。

 恐らくもう俺がイアに会うことはないだろう。

 恐らくイアが俺に会いたいと思うこともないだろう。

 きっと俺はこれから何の面白味もない世界で普通に生きて死んでいく。

 イアは神様が見つかるまで新しいパートナーを見つけて禍渦を壊し続けるんだろう。

 それで終幕だ。

「天原君」

 そう、それで終わりのはずなのに。

「天原君!」

 なんでこんなに空しいんだろうな。

「あ・ま・は・ら・く・ん!」

「うお!」

「うお、じゃありません! 何をボーッとしているんですか!?」

 目の前には誰あろう高崎先生が仁王立ちで俺を見下ろしている。

「もう一度言いますよ!? あなたは昼休みに職員室へ来なさい! 昨日の説明をしてもらいます! いいですね!?」

「は、はい! すいません!」

 俺が了解の返事をすると満足したのか先生は教卓の前まで戻っていった。

 普段優しい人ほど怒ると怖いっていうのは迷信かと思っていたけど本当だったんだな。

 ちらりと龍平と美咲を見ると腹を抱えて声を噛み殺しながら爆笑していた。

 ひでえ。友人の窮地を見て笑うとは碌な死に方しないぞ、お前ら。

「それから白波瀬さん!」

「は、はい!」

 俺を見て爆笑していた美咲が瞬時に姿勢を整える。

「あなたも天原君と一緒に職員室に来てもらいますよ!」

「ええ!」

 美咲が素っ頓狂な声をあげる。どうやら早速天罰が下ったようだ。

「何を驚いているんです!? 怒られる心当たりがないとでも言うんですか!?」

「はい、ありません!」

 いや、あるよ。とびっきりのネタが。

「質問に元気よく答えられるのは良いことですが嘘はいけませんね」

 先生、それは違う。美咲は嘘はついてない。俺が保証しても良い。そいつは単純に自分のしたことを忘れてるだけなんだ。バカだから。

「今朝あなたのお母さんから電話をいただきました。昨日風邪を引いていたのにも関わらず外出していたそうですね?」

「あ」

 やっぱり忘れていやがった。

「すいませんでした……」

「納得していただけたようで何よりです。では職員室で待ってますので」

「はい……」

「よろしい。では、諸連絡に戻りましょう。来週から読書週間が始まります。各自、自分の読みたい本を持って――」

 そうしてホームルームの時間は過ぎ去っていく。

 クラスの皆が先生の諸連絡を聞く中、二人だけその連絡が耳に入っていない人間がいた。

 魂が抜け、机に突っ伏した俺と美咲だった。



「し、失礼しましたー」

 職員室のドアを閉めながら決まり文句を口にする。

 高崎先生が俺たちを解放してくれたのは昼休みがあと五分で終わってしまうというときだった。学校を休んだ件と電話に出た少女については何とか上手く説明し、乗り越えることができた。

 無論、隠すべきところは隠さなければならなかったが、それにしても嘘をつかずに済んで良かった。そう胸を撫で下ろしたが、すぐにそれが間違いだということに気づく。

 ああ、そっか。

 俺はもうイアとの約束も破ってしまっている。

 とっくに俺も他の人間と同じ嘘つきになっていたんだった。

「どうしたの?」

 感情が顔に出ていたのか美咲が少し心配そうな顔をして尋ねてきた。

「いや、お前が気にすることじゃないから心配するな」

 これは俺だけの問題だ。

「ならいいんだけど」

 自分が踏み込むことではないと判断したのか簡単に引き下がってくれた。龍平と同じく人の気持ちを察してくれるところは素直にありがたい。

 教室へ戻る途中、今度は俺が気になったことを聞いてみることにした。

「そういえばさ」

「ん? 何?」

 先に歩いていた美咲がこちらを振り返る。

「ホームルームのときのことなんだけどな。何で自分は嘘をついたわけじゃない、って言わなかったんだ? どうせお前のことだから忘れてただけなんだろ?」

「今日のホームルームって何か変わったことあったっけ?」

 ……! もう忘れてやがる!

「ホームルームで先生に嘘つくなって言われたろ!?」

 そう言うとやっと「ああ!」と思い出してくれた。

「それでどうしてなんだ?」

 自分が嘘をついたつもりもないのに嘘つき呼ばわりされるのは誰だって良い気分はしないだろう。普通否定するものだと思うんだが。

「うーん、まあ頼人の言う通りなのかもしれないんだけどね。でも、あのときあたしは嘘ついたって思われても仕方ないと思ったのよ」

 廊下を歩きながら美咲は言う。

「確かにあたしは高崎先生に嘘をついたつもりはなかったけど、それはあくまであたしからの視点でしょ? 先生の視点から考えれば事実と違ったことを言ってるあたしは嘘つき以外の何者でもないじゃない。ならあたしは無意識に嘘をついていたことになる。そう思わない?」

「……真実と嘘の判断は視点によって違うって言いたいのか? でも、それは――」

 続きを言う前に美咲が俺の言葉を遮る。

「あー、もう! そんな難しいことじゃなくって嘘にも色々あるってことよ」

 そう言って美咲は突然走り出した。

「おい! 急にどうしたんだよ!」

「我慢できるかなーって思ったんだけどやっぱりお腹空いちゃった。いまからならまだギリギリ間に合うからちょっと購買に行ってくる! 頼人の分も何か買ってこようか?」

「いや、俺はいい」

「そう。じゃ、また後でね!」

 そういって美咲は風のように走り去っていった。

 花の女子高生が食欲に身を任せていいのか? まあ、止めはしないが。

 それにしても気になるのは美咲の言葉である。

『嘘にも色々あるってことよ』

 あれはどういう意味だったのだろう?

 俺にはよくわからない。

 嘘は真実を踏み潰し、自分を擁護するものであり、それ以外の嘘など存在しないはずだ。

 じゃあ、あの嘘は?

 胸がズキリと痛む。

 イアがついたあの嘘。これまで俺が見てきた嘘とは違う、他人のために真実をねじ曲げる嘘。

 あんな嘘があるのなら俺は――。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、俺の思考を中断させる。

 やめよう。これ以上考えても仕方がない。

 イアは真実をねじ曲げて都合の良い嘘を作った。その真実さえあれば良い。

 そう自分を納得させて教室へと足を速める。

 胸の痛みが消えないことに気づかない振りをして。



 昼休みの後は特に何事も起こることなく時間が進んでいった。

 いつも通りに授業を受け、いつも通りに担当場所の掃除をし、いつも通りに明日の連絡を聞く。

 そんな面白くもない毎日に再び身を浸していく。

 それ自体は別に苦痛ではない。むしろ決まっていることをするだけなので楽なくらいだ。

 ここ数日は違ったのだが。

「おーい頼人。早く帰ろうぜ」

 いつものように龍平が俺を誘いに来る。

 ちなみに美咲は見たいテレビがあると言って一目散に教室を出て行った。

 特に断る理由もないので一緒に帰ることにしよう。誰かと話してる方が気も紛れる。

「そういえば、結局あの子はどうしたんだ?」

 下駄箱へ向かう途中、不意に龍平が問いかけてきた。

「あの子?」

「ほら、お前に手紙を出した子だよ。……そしてお前がお持ち帰りした」

「嫌な言い方するなあ、お前!」

「実際、そうだろ!? 昨日電話に出た子がそうなんだろ!?」

 まったく、はしゃぐ様なことはなかったんだぜ?

 結局いつも通り、最後に裏切られて終わった。それだけだ。

「……あれは告白じゃなくて頼みごとの呼びだしだったんだ。まあ、もう俺はお役御免になったけどな」

「何だ、喧嘩でもしたのか?」

「……まあ、似たようなもんだ」

 俺の言葉が引き金になったことは間違いない。

「ふーん。それで?」

「それでって何だよ?」

「お前はそれで良いのかって聞いてんだよ」

「良いも何もないだろう? 仕方ないことだったんだ」

「ふ……ん。お前が納得してるならもう何も言わねえけど。ま、自分で決めたんだったら後悔だけはするなよ」

 龍平はそう言いながら下駄箱から靴を取り出す。話をしている間に下駄箱に到着していたようだ。

 俺も龍平にならい下駄箱から靴を取り出そうと手を突っ込む。

 しかし、俺の手が掴んだのは靴ではなく、白い便箋だった。

 あのとき、入っていた便箋。

 イアが俺を呼び出すときに使ったあの便箋だ。

「悪い、龍平」

「うん?」

「やっぱり今日は先に帰ってくれないか。急ぎの用事ができた」

 龍平は何事かと思って顔を上げ、俺の手に収まっている白い便箋を見てニヤリと笑った。そして

「いいぜ。行ってこい」

 と、それだけ告げて俺に背を向け、校門の方へと歩いていった。

 俺はそれを確認すると脱兎のごとく走り出した。

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