嘘発見器、裏切られる
『リア充が何か御用ですかね? ハンッ!』
龍平の第一声はこれだった。
友人が窮地に陥り、助けを求めているのに何という仕打ちか。
「……それは誤解だ」
『はいはい、そうかよ。そんじゃ――』
「そんな話はどうでも良い。それよりお前の力を借りたい」
『…………』
「龍平?」
『……へへ、何だ、そういうことなら早くそう言えよ。しょうがねえな~』
……頼られて嬉しいのか急に友好的になった。よくわからんヤツだ。
『んで? 俺は何をしてやればいいんだ?』
「あ、ああ。少し教えてほしいことがあってな。双子山付近で蜘蛛の怪物に関する伝承について何か知らないか?」
『蜘蛛? 蜘蛛ねえ……』
電話の向こうでブツブツ何か呟いている。
禍渦はその土地の伝承からその形を成すという。ならその伝承を知ることで禍渦を壊すヒントが何か得られるのではと考えたのだ。
伝承中毒者の龍平が知らなかったら万事休す。打つ手がない。
『それ、何か特徴はないのか? 蜘蛛っていっても色々あるだろ?』
「狼、というか犬っぽい頭を持った蜘蛛だ。大きさは大型トラック二台分ぐらい」
『えらく大きさが具体的だな。まさか実際に見たとか?』
なーんちゃって、とか陽気にぬかす龍平。
そうだよ、見たよ。さっき殺されかけたわ。
もちろん、そんなことは言えない。頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
「それで? 心当たりはないのか?」
『あるある。あるに決まってんだろ。俺を舐めんなよ? その辺りで蜘蛛、しかも犬の頭を持ってるっつったら多分「狛蜘蛛」だろうな』
「狛蜘蛛?」
『ああ。いまは残ってねえんだけど昔その辺りに神社があったらしいんだわ。でも、時代の変化のせいかは知らんが、参拝する人間が減ってきて徐々にその存在を忘れ去られていったんだと。そこで怒ったのがその神社の神様、じゃなくてそこを守ってた狛犬たちでな。神様を崇めなくなった人間に対しての憎しみ、恨みが溜まりに溜まって怪物になっちまったらしい』
小さな神社には比較的ありがちな話だ。確かに人間ってヤツは困ったときしか神様の存在を信じない。
……もしかして、それでイアが探してる神様もいなくなったのか?
「それで続きは? できれば掻い摘んで頼む」
『まあ、そう急ぐなよ』
急ぐに決まってんだろ。時間的にはもういつ現れてもおかしくねえんだよ。
『そんで、二匹の狛犬は大蜘蛛にその姿を変えて周辺の人間を夜な夜な片っ端から喰い始めた。男も女も関係ない。赤子が泣き喚こうが爺さんが助けを乞おうが一方的に、ただひたすらに喰い続けたそうだ。その光景は地獄絵図そのものだったろうな。だが、人間の方もそこまでされて黙っているわけにはいかない。そこで立ちあがった一人の男がいた。まあ、所謂勇者様ってヤツだ』
「誰だよ、そいつ」
『山城永代っていう流れの武士だよ。大方偶然立ち寄ったところを民衆に泣きつかれたんだろう。お人よしだったのか人が良かったのかは知らないが断りきれなくなった永代は弓と刀を持って狛蜘蛛のねぐらになってる双子山に入って戦いも挑んだそうだ』
勇ましいものだ、と思う。頼まれたからといってよくそんな化物と戦おうと決心したな。まあ、実際に戦っている俺が言うのもおかしな話か。
『それで山に入った永代が最初に戦ったのは阿の方の狛蜘蛛だ』
「阿? 阿って何だ?」
『阿吽の呼吸の阿だよ。神社には狛犬は普通二匹いるだろ? 口を開けてるのと閉じてるの。口を開けてる方が阿、口を閉じてる方が吽』
特に興味もなかったからそこまでじっくり見てなかったが、言われてみればそうだった気もする。
『それじゃ話を戻すぞ。狛蜘蛛の身体はそりゃあ硬かったそうなんだ。その硬さ鋼鉄の如しってな。そのせいで矢も刀も通らなかったって話だ』
とんでもない化物だろ? 楽しそうに龍平が言う。
『ここからがこの話の面白いところだ。なら永代はどうやってそれを倒したか? まあ、考えてみれば簡単な話だけどな。阿の狛蜘蛛は常に大きな弱点を晒しているだろ?』
「……口か?」
『御明察。いくら身体が硬かろうが身体の中まではそうはいかない。それを見抜いた永代は向かってくる狛蜘蛛の大口に、残った最後の矢を射った。結果、矢は脳にまで達し、阿の狛蜘蛛は哀れ死んでしまいましたとさ』
なるほど。そういう倒し方もあったのか。力任せにミサイルぶっ放した俺とはえらい違いだ。
だが、この話はここで終わりではない。俺は続きがあることを知っている。
『阿の狛蜘蛛を倒した永代は一度矢を補充しようと山を下りようとするんだが、そうは問屋が卸さなかった。さっきも言ったろ? 二匹目がいるって。そう、永代は帰り道で吽の方の狛蜘蛛に遭っちまったんだ。運の悪いことにな。それで永代がどうしたかだけど……』
「ちょっと待ってくれ。その前に一つ確認したい。この話に出てくる怪物はその二匹だけなんだな? 間違っても三匹目が出てくることはないのか?」
俺が積極的に質問をしたことが嬉しいのか特に話を遮られた文句を言うことなく、俺の質問に答えてくれる。
『三匹目? 阿と吽、両方の頭がくっついた蜘蛛とかか? へえ、その発想はなかったな。ま、残念ながらこの話に出てくるのはこの二匹だけだ』
よし、これで問題の一つは排除された。
この場所に禍渦がニ体現れたのは偶然ではない。そもそもそういう伝承だったからだ。そう考えればこれ以上ここに禍渦が出る可能性はないだろう。
さて、残る問題はどうやって永代が矢を使わずに吽の狛蜘蛛を倒したかだが、これはある程度予測がついている。
さあ、答え合わせといこう。
『いいか? 話を続けるぞ? 阿の狛蜘蛛を倒したときのように永代は刀で吽の狛蜘蛛の口を切ろうとしたんだが、吽の狛蜘蛛の口は固く閉じられている。それで、どうやって永代が吽の狛蜘蛛を倒したかというと――』
これがその答えだ。
口を大きく開き迫る吽の禍渦に対し、右手に出現させた日本刀を深々と突き立てる。口内を切り裂かれた禍渦から大量の血液が俺に降りかかる。
口を固く閉じた吽の禍渦の口を開かせる方法。それは自分の身を餌にして自身に喰らいつかせることだ。
そして、禍渦が喰らいつく直前に俺は見た。口の奥、喉にあたる部分に赤く光る核を。
後は簡単だ。手を核の位置に合わせて伸ばし、喰いついてきたその瞬間に刀をその右手に出現させるだけ。
そうすればこちらの身体が上手く動かなくても向こうから勝手に壊れにきてくれるというわけだ。
核を完全に破壊された禍渦は数秒の間、苦しそうに痙攣していたがその後すぐに砂になって消えた。
「終わった……、な」
空き地の上に右腕と日本刀を投げ出す。
無理をしたせいかもう指一本動かすことができない。頭の方も限界だ。常にハンマーで頭をガンガン殴られてる気分がする。
「イア、終わったぞ」
『…………知らない』
えらく不機嫌だ。これでイアの望みを叶えることができたのに、どうしたというのか?
「何怒ってんだよ?」
『な・ん・で、怒ってるか本当にわからないの?』
イアが怖い! どうしたんだよ!?
イアが何に怒っているのかはわからないが、ここはとりあえず素直に答えておこう。
「わからん」
『死ぬかもしれなかったんだよ!? あんな推測ばっかりで運任せの作戦に命を懸けるなんてどうかしてる!』
あー、まあ、そうだな。
確かにイアの言う通り今回上手くいったのは運によるところが大きい。
龍平から永代が吽の狛蜘蛛をどのようにして倒したかを聞いたが、その倒し方が禍渦にも通用する保証はなかったのだ。
伝承通りに禍渦が現れているなら狛蜘蛛が止めを刺された箇所と核の場所が同じだろうとは思ったが、その確証はなかった。つまり吽の禍渦の核の位置が永代が倒した狛蜘蛛と同じく口内ではなかった可能性もあったということだ。
更に言えば禍渦が俺を喰おうとするかどうかも賭けだった。
単なる邪魔者としてただ殺される可能性も充分にあったからな。
はっきり言っていま生きているのが不思議なくらいの杜撰な作戦だ。
「だからイアにはちゃんと言ったろ? アイツが俺を喰うつもりじゃなくて殺そうとしたら同調を解いて逃げろって」
『私だけ逃げてどうするの!?』
「イアさえ逃げれば美咲を探してもらえるだろ? 俺が自爆でもして禍渦を壊した後に」
死なないという約束を破って自分が嘘つきになるのはそれこそ死ぬほど嫌だが、あの場ではそれがベストだったと思う。
『……バカ』
ポツリと呟くようにイアが言う。
「あん?」
『バーカ! バーカ!』
イアの大音量の罵倒が頭の中に響く。頭痛と相まって頭の中が凄いことになっている!
「ぐあっ! ちょ、ちょっと待て……。あ、頭、死、死ぬ……」
俺の制止を無視し、イアは叫び続ける。
『うるさい、バーカ! もっと自分のことも考えてよ! もっと自分のことを……大事にしてよ!』
「と、とりあえずイア」
優しい微笑みを浮かべながらイアに告げる。
『何!?』
「おやすみ」
『へっ? ちょ、ちょっと頼人!?』
頭がもう限界だ。
まったく。俺は何回気絶すれば良いんだろうな。
「あ、おはよう」
目覚めた瞬間イアの顔が至近距離にあって驚いた。どうやら俺が気を失ったと同時にイアとの同調は解けたようだ。
「…………お、おう」
驚きと照れでうまく返事ができない。
「俺はどれぐらい気絶してた?」
「んー、一時間ぐらいかな? 正確に測ったわけじゃないけどね」
「一時間? 前のときはもっと長くなかったか?」
「あのときは頼人が無茶苦茶な使い方したからだよ。今回はちゃんと精神力をセーブして戦ってたし、強制的に昏睡することはないってわかってたから下手に動かさないで、ここで意識が回復するまで待ってたの」
もうこの辺りに禍渦はいないしね、と微笑みながら言う。
「そうか。痛っ!」
頭痛とは違う痛みを感じて身体を見る。
途中で同調が切れたので、止血等は済んでいるが傷の具合は殆ど戦闘直後のままだ。意識がはっきりするとともに急激に痛みだしてきた。
「大丈夫? 頼人」
すごく優しい声で名前を呼ばれた。
「あー、正直大丈夫じゃなさそ――」
そう告げようとイアの顔をパッと見たとき、これまで感じたことのない恐怖を感じた。
「そうだよねー。精神力の使い方は上手かったけど無茶したもんねー。大丈夫なわけないよねー」
先に言っておくが、イアは笑顔だ。これ以上ないくらい。
でも、おかしいな? どうしたんだろう、背後にドス黒いオーラが見える。
「で、でも右腕は無事だな。あ、ど、胴体も無事だー。、お、思ったより無事なところが多いなー」
「頼人」
「はい」
「黙ってて?」
「……ごめんなさい」
イアの背後でユラユラとコードたちが揺らめく。
「あ、あのイアさん?」
「なーに?」
「お、お願いがあるんですが、い、言ってもよろしいでしょうか……?」
「どうぞ」
「……優しくしてください」
全力のお願いだった。身体が動くならば土下座を決め込んでいただろう。
イアの笑顔は崩れない。
後ろのコードがスタンバイを開始する。
物騒な音をたてて針が飛び出す。
「無・理」
俺に襲いかかるコード。
身動きのとれない俺。
あれ? 確か前にもこんなことがあったような。いや、考えるのはよそう……。
「今回はこれで許してあげるけど、今度同じようなことしたらもう知らないからね!」
「はい、二度としません。ごめんなさい」
まだ何となく怒っている感じはするが、ある程度イアの怒りは収まったようだ。
た、助かった……。これからは絶対にイアを怒らせないようにしよう。
「そ・れ・と、私が怒った理由も考えること! 良い!?」
「あ、ああ」
そう言われてもな。いくら考えてもわからないと思うけど。
まあ、それは置いとこう。それよりやることがまだある。半同調状態の痛みを堪え、身体を起こそうとする。
「ちょっと、まだ動いちゃダメだよ! というか動けないでしょ!?」
「這うことぐらいならできる。美咲を探しに行かないと」
「あー、もう! 言ったそばからそんなことするし! 本当に何もわかってない!」
身体を上から押さえつけられる。
おい! 近い! 近いって!
「だからって美咲を放っておくわけにはいかないだろ!」
「……大丈夫だよ。頼人が寝ている間にもう全部の穴を探したから」
「へ?」
「別に不思議じゃないでしょ? 私だって頼人が気絶している間ここでボーッとしてたわけじゃないんだからね」
「それで? 美咲、俺と同じくらいの歳で制服を着た女の子はいたのか!? 生きてる人間はいたか!?」
思わず語気が強くなる。
俺の剣幕に気圧されてか、イアは少し間を空けてからこう答えた。
「え。う、うん。いたよ。みんな怪我もなくて元気だったから先に帰らせたけど」
「…………」
嘘だな。
もし、俺に嘘を見抜く力がなくてもわかるくらいの拙い嘘。
そうか。所詮お前も――。
アイツらと一緒なのか。
心が嫌悪感で黒く塗りつぶされていく。
「よ、頼人?」
そんな心配したような顔で俺を見るな。うっとおしい。
「どうしたの? そんな怖い顔して。どこか酷く痛むところでも……」
「お前も嘘をつくんだな」
「え?」
イアの顔が凍りつく。自分が何を言われたのか、俺が何を言ったのかわからないといった顔をしている。
「い、いま、何て……?」
「聞こえなかったのか、イア? お前も俺に嘘をつくんだなって言ったんだよ」
イアの目を見ながら言う。
もう止められない。心からドス黒い感情が止め処なく溢れかえる。
「う、嘘って何? 私嘘なんてついてないよ?」
この期に及んでまだそんなことを言うのか、お前は。
ああ、そういえばお前は知らなかったな。
仕方がない、教えてやるとするか。
「俺は嘘がわかるんだよ。だからお前がさっきついた嘘もバレバレだ」
右腕を使ってイアから離れながら俺は言う。
そして俺は俺自身が信じたくない言葉をイアに投げかけた。
「洞窟の中に生きてる人間なんていなかったんだろう?」
イアが目を見開く。
「そ、それは……」
「それは? 何か理由があるっていうのか?」
どうせ他の奴と同じで自分勝手な理由なんだろ?
「よ、頼人が悲しむと思って……」
…………え?
いまお前は何て言った?
俺のために嘘をついたって?
自分のためじゃなく?
「……そんなの俺は知らない」
「頼人?」
イアが俺の異変に不安そうな顔をしている。
俺の頭の中が予想もしなかった答えによって乱されていく。
「そんな嘘は知らない。嘘は自分のためにつくモノだろ? そういう薄汚いモノだろ?」
なのに何でこんなに心が満たされていくんだ? 何でこんなに心地いいんだ?
俺は――嘘をつかれたんだぞ?
「わからない。何でだ? こんなの知らない」
わけがわからないまま自分の身体に刺さっているコードを力任せに引き抜く。
激痛が走るがそんなことはどうでもいい。これ以上嘘つきと繋がっていたくない。
「ダメ! そんなことしたら頼人が死んじゃう! 完全に修復も終わってないんだから無理に動いちゃ……。お願い! やめて!」
イアが俺を抑えようと手を伸ばしてくる。
「やめろっ! 嘘つきが俺に触るな!」
俺はその手を無理矢理振り払う。
俺に拒絶されたイアの表情はわからない。
見ないのではなく、見えない。
視界がぼやけてきているのだ。
次第に耳も音を拾えなくなってきている。
そんな状態になっても手探りでコードを引き抜いていく。一本抜いていく度に自分が死に向かっているのがわかる。
ああ、そろそろ限界だな。
そうして無理やり起こしていた身体が無様に地面に倒れた。




