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~合掌~

 3度目の待ち合わせ。待ち合わせ場所は同じ、でも、今日の私達は街の人工的な明かりではなく、自然の太陽光に包まれている。

 私は時間に適した明るめの衣装に身を包み、彼はいつものスーツではなく、私服に身を包んでいる。そのセンスはお世辞にも良いとは言えず、彼もそれは自覚しているようである。

 しきりに通行人の顔色を伺う彼は何処となく恥ずかしそうで、それが彼の願いの切実さを裏付ける。


「すいません……付き合わせてしまいまして」


 申し訳なさそうに頭を垂れる彼の願い、それはショッピングに同行すること。

 東京に出て来たからにはお洒落な衣装にも身を包んでみたい……彼は年相応の願望を抱いていたが、それは秘めたる願望に終わっていた。

 東京にはそのような願望を叶える場所が数多く存在することは言うまでもない。しかし、そのような場所が存在し過ぎることもまた、一部の人間とっては問題であり、彼は余りある選択肢の前に何をどうしていいのか分からなくなってしまったのである。


「ええ、今日は貴方のスタイリストに徹しさせて頂きますわ」


 私はそっけない口調でそっぽを向きながらも、彼の願いは聞き届けてやる旨を伝えてから、


「今日一日、よろしくお願いします」


 と、ぺこりと頭を下げ返す。


「はい、よろしくお願いします」


 すると、彼は本当に嬉しそうに顔を上げた。



 私達は若者達で賑わう界隈へと繰り出し、彼は私に先導されるままに軒を連ねる店々へと歩を進める。

 店内での彼は、私の提案に従い、恐る恐る商品に袖を通すことが殆どであった。しかし、稀に自ら選んだ衣服やアクセサリーを身に付け、


「どうですか?」


 と尋ねる場面もあった。

 私が、


「似合いますわ」


 と、笑顔を作ると、彼は照れ臭そうに買物カゴへとそれを移し、逆に、


「う~ん」


 と首を傾けると、彼は大きく肩を落として、元あった場所へと返す。

 そうこうしているうちに、陽は西へと傾き始めていた。だから、私達は駅へと足を進めることとなり、そのまま山手線へと乗り込む。

 休日と言うこともあってか、車内の混雑は平日に比べて幾分かはマシで、私達は座席で肩を並べる。しかし、その時間は大して長くは続かず、


「今日は、本当にありがとうございました」


 と、彼は別の路線へと乗り換えるために、席を立ち上がる。

 1人車内に取り残された私は、そのまま、ホームでこちらを振り返り、深々とお辞儀をする彼を見送った。そんな彼の腕には、購入品を包み込んだビニールの袋が大事そうに抱えられている。


「流石にあの大荷物じゃあね……」


 次第に速度を速める山手線の車内で、私は吐息と共に独り言つ……今日は、これでお終い。

 でも、彼との関係はこれで終わった訳じゃない。



 次の休日、彼は私と共に選んだ衣服に身を包んでいた。

 胸を張り、堂々とした様子の彼からは周りを気にする様子は見受けられない。

 彼曰く、


「優秀なスタイリストさんのお陰ですよ」


 とのこと。

 茶目っ気たっぷりに両手を広げ前回の成果を披露する様子は、最初に食事をしたあの日の私の顔を見る事さえままならなかった彼からは想像すら出来なかったものである。私に対して積極的に接するようになってくれたように感じられる。

お酒も飲んでいないのに……少しは心を開いてくれたようね。

私は心なしか足取りを軽くし、遊園地の入場門へと彼を誘導する。今日の目的は約30年前に建設された海辺の遊園地。誘ったのは私。理由は、ただ単に行ってみたかったから。

 私は、この遊園地にこれまで足を踏み入れたことがなかった。機会がなかったわけではない。

 下心丸出しのかつての獲物達に、彼等の欲望を成就させるための一手段としてこの場所への訪問を提案されたことは何度もあった。しかし、そんな回りくどいことをせずとも私は彼等の欲望を成就させ、狩りを成功させてきた。この場所に興味がなかったわけではないが、それよりも狩りの所要時間の短縮を優先させた結果である。

 つまり、今回は私がこの場にいるということは、私のなかにおける狩りの早期完結の優先順位が大幅に下がったことを意味している。いや、そうじゃない……最近の私には狩りの完結などどうでもいいように思う瞬間がある。



 遊園地で彼と過ごした時間は、楽しかった。この遊園地だからだったからであろうか?

私達はその後も、休日ごとにお互いの時を共有し、様々な場所を訪れた。例えば、改装を終えたばかりの新国際空港や空の名を冠した巨大タワー、パンダのいる動物園に、由緒ある寺社仏閣、少し変わったところで言えば猫カフェ、話題の王子世代達の活躍を期待して野球場の内野席に並んで座ったこともあった。

 どれも前々から行ってみたいとは思いつつも、なかなかその一歩が踏み出せなかった場所。私達は、お互いにこのような場所の名を挙げ、時を共有する理由とした。

我ながら随分と俗っぽいことをしてるものね……妖魔のくせに。ふと、自らの本性を自虐的に省みたととき、私は私がかつての私ではなくなっていたことに気が付いた。

 長い時をかけて私の中にほんの僅かだけ芽生えていた人間の感情が、ここにきて大きく、まるで大樹のように枝葉を広げていたのである。

 だからこそ、彼と過ごす時間は、とても楽しかった。

 行く先々で私達は大いに笑い、感動し、感嘆の声と共に互いの顔を見合わせ、そして、笑った。

 そんな私達の様子を、周りの人間達はきっと仲の良い恋人同士だと見なしていただろう。



 まるで、恋人同士のような私達。

 でも、私の狩りはまだ終わっていない。一部の恋人達は私達淫魔の食事と同じ方法でお互いの愛を確かめ合う、と聞いたことがある。

 翻って、彼は私に愛を感じているのであろうか?そもそも、彼は私達のこの関係に満足しているのであろうか?

 確かめてみたい。でも、それは……彼に死ねと言うようなもの。


「どうかされましたか?なんだか、難しそうな顔をして、それに顔色も悪いです……どこかで休みましょうか?」


 彼の気遣いが逆に私の心を締め付ける。

 顔色が悪い……なぜならば、私に傍には彼がいる。彼は私の心は満たしてくれるが、腹は満たしてくれない。私は未だに彼を捕食出来ずにいる。私は空腹だ。このままでは飢え死にしてしまうかもしれない。

 他の獲物で食い繋ぐことも考えた。しかし、そうすることは、


「なんだか、貴方を裏切るような気がしまして」


 思わず口に出してしまった。もちろん、彼に私の言葉の意味は分からない。彼は、私が淫魔であることなど露と知らない。

 えっ?と不思議そうに眼を一瞬丸めた彼に、


「な、なんあでもありませんわ」


 とだけ言い残し、私は唐突にその場から駆け出した。

 失言によりほんの僅かだけ生じた私の正体が明らかになる危険性への恐怖か、それとも、空腹のあまり思考が混乱してしまっていたからなのか……何故そうしたのかは、よく分からない。




「きゃあ!」


 突然、私の肩はドンという強い衝撃に襲われ、私はそのままアスファルトの上で尻餅を搗いてしまう。


「痛ってぇなぁ、肩の骨折れちまったじゃねぁか!おい、姉ちゃん、どう落とし前付けてくれんだよ」


 大袈裟に声を荒げる男はパンチパーマに金ネックレスと、如何にもな出で立ちであった。


「す、すいませ…きゃっ!」


 私の謝罪は受け入れられず、男は私を無理やり立ち上がらせると、


「なかなかの上玉じゃねぇか、身体で払って貰うのも悪くねぇ」


 と、いやらしくニヤつく。


「や、やめて下さい」


 私は必死に男を振り払おうとするが、女の力ではどうしようもならない。男は私の手首を乱暴に掴むと、そのまま人気の無い路地へと私を引きずり込もうとする。


「やめろっ!!」


 叫び声が辺りに響き渡ると同時に男から解放された私が、その声のした方向を確認すると、そこでは目を充血させた小柄な男性が体を小さく振るわせていた。

 しかし、彼が格好良かったのはそこまで。彼は小柄な草食系のサラリーマン。そんな彼に腕っ節の強さを求めること自体が間違っており、彼はアスファルトの上に“大”の文字を描く羽目になってしまう。


「ああ、なんてこと……大丈夫!!」


 私は彼の方へと駆け寄ろうとするが、それとは反対方向に働く力により、阻まれてしまう。

 私は、再び私の手首を掴んだ男の力に引っ張られるままに、路地裏の陰鬱な袋小路へと連れ込まれてしまう。



 誰も助けてはくれなかった。己の身の可愛さ故か……街ゆく人々は薄情な他人として、明らかな犯罪行為に対して見て見ぬフリをする。

 路地裏にて、衣服を引き裂かれ、両の乳房と下腹部を顕わにされた私は、泣き叫びながら男の精と魂を喰った。己の生存本能に導かれるままに、貪るようにして腹を満たした。

 しかし、私の腹は満たされても、心は満たされることはなかった。そればかりか、心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような気がする。


「不味い食事だこと……」


 そんな不味い食事でも、しなければ私は生きるが出来ない。これ程までに、自分自身の生を呪ったことはない。

 私は、傍らに横たわる亡骸を処分する気にも、顕わになった肌を隠す気にもなれない。私は、ただ無気力に、その場にうずくまっていた。

 何時しか振りだした雨が私の身体に打ち付ける。

 寒い。

 冷たい雨水が、顕わになった肌から直接に体温を奪い取る。


「このまま、冷え切った屍になってしまえばいいのに」


 私は、死にたいと思った。


「すいません……僕が非力なばかりに」


 不意に雨が止んだ。



 私が顔を上げると、そこには私にビニール傘を差し出す彼の姿があった。私のためにと急いで用意してくれた傘なのだろうか、彼が傘を使った形跡は見出すことができず、彼は痛々しく腫れ上がった顔をびしょびしょに濡らしながら安堵の表情を浮かべている。

 彼は傘を私に押し付けると、今度は自らの上着を脱ぎ、顕わになった私の肌を隠そうと試みる。

 急に私は恥じらいを覚え、両手で肌を覆った。同時に、私が先程、今は物言わぬ屍へと為り果てた傍らの男に何をされ、そして、何をしたのか鮮明に思い出す。


「私は汚れています」


 私はそう言いながら彼より目を逸らす。


「ええ、そうかもしれませんね……何があったかは大体想像できます」


 彼は、傍らの屍をじっと見つめながら、私の言葉に同意を示す。

 ここは嘘でもいいから否定して欲しかった……彼の言葉は私の胸に突き刺さり、冷たい雨ではなく、熱い涙が私の頬をつたう。


「でも、そんなことは関係ありません」


「え?」


 私の全身は彼の身体の温もりに包まれる。


「僕は、貴方のことが好きです。貴方が汚されたと知っても、その気持ちは変わりませんでした」


 私の全てが受け入れられた気がした。私は、彼の胸に顔を預け、ボロボロと泣いた。嬉しかった。私の中で大きく育った人間としての感情がそう思わせた。

 そして、人間としてお互いの愛を確固たるものとしたいと思った。1つになりたいと思った。

 きっと、この思いは彼にも届くであろう。





 人生で最高の瞬間であると共に、最悪の瞬間でもあった。




                                 ~おわり~

 

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