大岩騒動記
私の母がまだ小さな子供だった頃の話。
母が生まれ育ったところは、山奥の小さな村だった。
その村のある人が山に入った時
“良い岩”を見つけたとかで、いずれ墓石にでもと荷車に乗せて自宅に持って帰り、使っていない家畜小屋に放り込んでそのままにしていたという。
それからしばらくの後。
その家で法事があり、お坊さんに来てもらった。
皆が集まり、お坊さんがお経をあげようと仏壇の前に座った。
すると
お坊さんはそのまま、何も言わず動かなくなってしまった。
その様子に家人が気付いて声をかけると、お坊さんは引きつった表情で目をギョロギョロとさせるものの、何故か声も出せず動けない様だった。
それに家人は驚いて、今度は“拝み屋さん”(いわゆる霊能者兼まじない師)を呼びに行った。
事情を聞いた拝み屋さんは、数珠や御札を用意してその家にやって来ると、固まってしまったお坊さんに声をかけながら肩に手をかけた。
すると
拝み屋さんも固まってしまったという。
しかも、お坊さんの肩に手をあてた中腰の姿勢のまま。
が、拝み屋さんは話をする事は出来て、驚いている家人に
『あんたとこは家の納屋に、最近何か大きなものを置いたやろ』
と言うので家人があれこれと尋ねて家畜小屋に置いた岩の事を言うと、拝み屋さんはそれや、と言い
『ええか、ワシが言う通りのやり方で……』
と拝み屋さんは家人に指示した。その指示というのは
まずは岩の周りに酒と塩を撒いて手を合わせてから、裏山のお地蔵さんの所まで真っ直ぐに運び出せ。
間に壁や戸板がある時は壊すか外すかして、木がある場合は切り倒せ。
どうしても無理な場合は酒と塩で清めた場所に一度岩を置いて、そこからまた移動させろ。
とにかくお地蔵さんの所にまで真っ直ぐに持って行かねばならん。
お地蔵さんの近くには谷川に下る小道がある。
その小道を下って河原に出たら、見晴らしの良い場所をやはり酒と塩で清めてそこに岩を置け。
それから神社から宮司さんを呼んで御祓いをしてもらい、岩に注連縄をかけてお祀りしろ。
供物も何と何をさしあげて…
と、いうものだったという。
それから。
小さな村は、村始まっての大騒動になってしまった。
家人は仏壇の前に、動けなくなってしまったお坊さんと拝み屋さんを残して
岩を運び出すために村の男たちを呼びに行き、
邪魔になる家畜小屋の壁を抜き、
庭木を切りはらい、
隣家との間の板塀を倒し、
途中にあるよその田畑を踏み荒らす事になるため謝りに行き、
やはり途中にある沢に急ごしらえの丸木を並べた橋をかけ…
当時の事を知っている人は、あれはこれまでのどの葬式や祝言や祭りよりも賑やかな騒ぎだった、と今でも言うらしい。
母の父親と兄二人も手伝いに駆り出されて、何だか分からないが大人たちがバタバタとしている様子に
『私も行きたいぃ~!』
と、当時小学低学年だった母も言ったが、母の母親(私の祖母)に酷く叱られて、家から出るな!と言われたらしい。
そして。
村をあげての大騒動の後、岩を指示された場所に祀ると……
お坊さんと拝み屋さんは動ける様になったという。
後で拝み屋さんは
『あれはな。山神さんの岩やったんや。
それを勝手に持ち出して、不浄な家畜小屋なんぞに放り込んだから、山神さんが怒りなすった。家人に死人が出なかったのが不思議なくらいや。
家人は何ともなかったけんど、ワシらに山神さんの怒りが下って、ワシらがえらい目におおた。災難やったで』
とぼやいたという。
その岩は今も母の実家近くにあり、皆にお祀りされているらしい。




