第六話 ストーカー事件
初夏のさわやかな風が吹く、辺境の街
いつものように精霊たちと戯れながら
買い出しに出ていた。
午前中、ヒカルは国境の視察で
タツキから離れていた。
それが少し寂しかったが、この時間が好きだった。
彼女のそばにいるのは
水の最高位精霊「ウンディーネ」
タツキの純粋で綺麗な魔力に惹かれた
ウンディーネは、その日からずっとそばにいる。
その日もいつも通り
買い物を済ませて帰ろうとした時
必ず、何処からか奇妙な視線を感じるのだ。
これが数か月も続いている。
最初はそれこそ、気のせいと割り切っていたが
それは日を増すことに執拗なものに変わっていった。
タツキを物陰から見ている男は、かつて没落した
ミカエリス王国の商人の生き残りで
シグルドの裏社会に流れ着いた
非常に質の悪い男だった。
男はタツキがかつて公爵令嬢であったこと
そして今はただの宿屋の手伝いをしていることを知り
「元貴族の女なら、力ずくでどうにでもなる」と
歪んだ執念を募らせていたのだ。
そしてある日の夕暮れのこと
その日は運が悪く
ヒカルもレンも外せない会議があった。
会議は軍にかかわるもので、長引いてしまったのだ。
いつも通りの日常を過ごしていたタツキに
とうとう、男が実行に移したのだ。
タツキの後ろをあの男が付いてきており
さっさと宿屋へ帰ろうと足を速めた。
不運にも、近道のつもりで入った人気のない路地で
行く手を阻まれるように男が影から出てきた。
「やっと一人になったな、タツキちゃん。
いつもいかつい警備兵の男と一緒にいやがって…。
あんな男と働くなんて可哀想に。
俺がたっぷり可愛がってやるよ」
気持ち悪い笑みを浮かべ
ナイフをギラつかせながら距離を詰めてくる男。
タツキは反射的に魔法を使おうと魔力を練った。
男が懐から投げつけたのは、裏社会で流通している
一瞬で周囲の空気を重く狂わせる
「魔力攪乱」の煙玉だった。
「ゲホッ……、魔力が……っ!?」
身体が強張り、足が恐怖で震えて
動かなくなってしまった。
「さあ、大人しくしろ……っ!」
男の下劣な手が
タツキの細い肩を掴もうと伸びた、その瞬間――。
『ふざけるな、このドブネズミがァァァ!!!』
路地の壁から突如として噴き出したのは
高圧の水流。ウンディーネがタツキの危機を察して
現れたのだ。
「ぎゃああああああああっ!?
な、なんだこれ、精霊……っ!? ひ、ひぃぃぃっ!」
容赦のないカウンターを喰らい
男は一瞬で路地の壁へと吹き飛ばされ
そのまま気絶した。
男はタツキの身体には指一本触れることはなかった
ウンディーネのおかげでタツキは助かったのだ。
『タツキ? タツキ、大丈夫!?』
ウンディーネが心配そうに顔を覗かせるが…
タツキは床にへたり込んだまま
返事もできずにガタガタと身体を震わせていた。
怪我はどこにもない。
けれど、今回の見知らぬ男からの悪意が
ついにタツキの心のキャパを越えてしまっていた。
一度植え付けられた恐怖は、関係なく心を蝕む。
タツキは自分の肩をきつく抱きしめたまま
深いトラウマに陥り、暗い路地の中で
ただ怯えることしかできなくなってしまった。
仕事終わりのヒカルが急いで駆け付けた時
タツキは過呼吸を起こして、倒れていたのだった。




