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最終兵器の行方       :約3500文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/15

 コクピットを開け、大地に降り立った瞬間、ザナトゥの胸の内に渦巻いた感情は、自身にも言い表せるものではなかった。

 後悔、喜び、自嘲、安堵――それらは互いに絡み、ぶつかり合い、どれが主でどれが従なのかも判然としない。形を定めぬまま濁流のように荒れ狂っていた。

 確かなことはただ一つ。自分はこの名もなき辺境の惑星で死ぬのだ。ちっぽけな英雄願望を抱いて。


 あああああああ――!


 ザナトゥは叫んだ。喉を引き裂かんばかりに叫んだ。だが渇ききった大地は一笑に付すかのように砂混じりの熱風を吹き返すだけだった。

 ザナトゥは力なくその場に仰向けに倒れ込んだ。頭上では恒星が凶悪なまでに輝き、容赦なく皮膚を焼きつけてくる。その白い光に目を細めながらザナトゥはゆっくりと視線を横に滑らせた。

 そこには母星から持ち出したもの――宇宙船があった。船体の数か所からいまだに細い白煙が立ち上っている。 

 着陸の衝撃で外装は拉げ、黒く焼け焦げている。船体の継ぎ目からは時おりばちりと火花が散り、焦げた金属の匂いが熱気に乗って鼻腔を刺した。

 ザナトゥはむくりと体を起こした。乾いた砂に手をつき、よろめきながら宇宙船へ歩み寄った。

 船内に残されていた楕円状の物体を両腕で慎重に抱え上げると、外へと運び出した。


 銀色の外殻に覆われたそれは、一見すると巨大な卵のようにも見える。だが、その内部には惑星一つを消し飛ばしかねないほどの膨大なエネルギーが格納されている。一定以上の衝撃が加われば、起爆は避けられない。


 母星の者たち――ザナトゥの上官たちは、それを『最終兵器』と呼んだ。

 惑星間抗争が激化するにつれて、兵器開発は理性のタガを外していった。初めは防衛のために。やがてより強く、より多く、より確実に相手を葬るために変わっていき、いつしか勝利の先を考える者は消え、残ったのはより大きな破壊力への渇望だけだった。

 そして最後にたどり着いた答えが、その名の通り、この最終兵器であった。


 確実に敵の最重要拠点へ叩き込むために、有人による特攻爆撃が前提とされた。

 パイロットに選ばれたのは最も腕の立つ者――つまりザナトゥ。そして最も優れた判断力を持つ者。やはりザナトゥであった。

 ゆえにザナトゥは最終兵器を積んだまま戦場を離脱した。

 行為そのものはさほど難しいものではなかった。作戦開始日までに積み重ねた長く重い葛藤の時間を除けばだが。


 たとえ予定航路を大きく外れても、現場判断として処理される余地がある。通信圏を離れるその瞬間、あるいはその後しばらくの間は疑念を向けられることはなかっただろう。

 なぜザナトゥが心変わりを――あるいは母星の連中の言葉を借りれば気狂い――したのか。

 星間距離の近い惑星を破壊すれば、その余波は確実に自分たちの星にも及ぶ。そして敵の生き残りは死に物狂いで――否。死と引き換えにしてでも、より多くの命をパウロビニン神――ザナトゥの星に伝わる冥府の神――のもとへ送り届けようとするだろう。

 それを理解できないほど、ザナトゥは愚かではなかった。そしてそれを受け入れられるほど鈍感でもなかった。

 敵とは、遥か昔に同じ星で暮らしていた種族だ。近隣惑星を植民地化して移住していった、つまりはかつての同胞である。


 ザナトゥは宇宙船から十分な距離を取ると、最終兵器をそっと大地に置いた。たとえ投げ捨てたところで起爆はしないし、仮に起爆したとしても、この惑星で死ぬ運命に変わりはない。

 それでも起爆させない。その選択こそが、ザナトゥに残された最後の誇りであった。


 ザナトゥは膝をつき、素手で地面を掘り始めた。

 砂を掻くと、すぐに乾いた土が現れた。それは硬く、指を差し込むたびに爪の間に食い込む。指先がひりつき、皮膚が裂けて血が滲んだ。それでも構わずザナトゥはただ無心に掘り続けた。十分な深さになるまで――それがどれほどかは分からないが、きっとここは自分の墓穴にもなるだろう。

 そう考えたとき、ザナトゥの口元にかすかな自嘲の笑みが浮かんだ。


「ザテプセイェル?」


 背後から声がした。

 ザナトゥは即座に振り返り、反射的に腰に手を伸ばした。そして内心で舌打ちした。

 しまったな。“手ごろな”武器は宇宙船の中だ。

 敵を前にして、ほんのわずかでも表情を歪めなかったことは、彼が優秀な兵士である証だった。

 しかし次の瞬間、その口元がわずかに緩んだ。

 何を警戒する必要がある。たとえ現地住民に殺されたとしても結末は同じではないか。

 声の主は二足歩行で簡単な道具を扱う生物――この宇宙では珍しくもない知的生命体の一種だった。

 その現地住民は目を大きく見開き、興奮した様子でしきりに何かを語りかけてきた。だが、ザナトゥの耳には意味を成さない音の連なりとしてしか届かなかった。敵の殲滅が任務であった以上、翻訳機など手元はもとより船内にも存在しない。 

 ザナトゥはかすかに微笑を浮かべ、一度だけ頷いた。すぐに視線を外し、再び地面に指を突き立てた。

 好きにしろ。こちらがそちらの領域に足を踏み入れたのだ。仮に殺され、すべてを奪われたとしても彼らの文明水準では最終兵器を起動できないだろう。

 しばらくしてふと背後を振り返ると、立ち去っていく現地住民の背中が見えた。軽やかな足取りで、砂煙を巻き上げながら遠ざかっていく。

 意外と足が速いな――ザナトゥはまたわずかに口元を緩めた。


 ザナトゥは穴を掘り続けた。指先から血が滲み、土に吸われていく。時おり風で舞い上がった砂が吹きつけ、穴の中へ滑り込んだ。

 掘る。この単調な行為が自分に安らぎを与えていることに、ザナトゥ自身は気づいていない。彼はただ無心で掘り続けた。

 その手が止まったのは、ふと体に影が落ちた瞬間だった。

 振り向くよりも早く、それは視界の端に入り込んだ。 

 現地住民だった。

 それも一人ではない。ザナトゥと掘りかけの穴を囲むように、幾人もの影が静かに並んでいた。

 複数での狩り。それ自体は何ら驚くべきことではない。かつて、自分たちもそうしていたのだから。

 ……かつて、か。ザナトゥは笑った。もっとも、胸の内での小さな笑いだったが。


 ザナトゥは何も言わず、表情も変えずにただ指を伸ばした。掘りかけの穴を、そして少し離れた場所に置かれた最終兵器を指さした。

 好きにしろ。ただし、あれだけはここに埋めてくれ。

 伝わるなどとは微塵も思っていなかった。むしろ戦利品として持ち去られるだろう。自分の頭蓋骨の隣に並べられるのだ。彼はそう思った。


 だが次の瞬間、ザナトゥの表情が崩れ、喉から声にならない音が漏れた。

 現地住民たちが一斉に腰を下ろし、地面を掘り始めたのだ。

 ザナトゥはもはや感情を隠さず、彼らの顔を見渡した。

 彼らは誰一人としてザナトゥと目を合わせようとせず、ただ黙々と穴を掘り続けた。その表情に敵意はない。ただザナトゥの意図を汲み取ろうとする静かな意思が見て取れた。

 ザナトゥはゆっくりと前を向き直すと、再び手を動かした。


 やがて日が傾く頃、彼らはザナトゥを自分たちの巣へ案内した。

 彼らはザナトゥを受け入れた。ザナトゥもまた彼らを受け入れた。

 ザナトゥは文字を、言葉を、知識と技術――自分が持ちうるすべてを彼らに伝えた。それは礼だった。衣食住を与えられたからだけではないことは言うまでもない。


 時が流れ、穴は大きく深くなった。そしてその上には、それを覆い隠す巨大な建造物が築かれていった。

 その完成をザナトゥが見届けることはなかった。 

 だが彼は寿命が尽きるその瞬間まで彼らに寄り添い、また彼らに寄り添われた。

 最終兵器は地下深く――ザナトゥが彼らとともに造り上げた一室に安置された。

 彼らに永遠の安寧を。そう願い、微笑をたたえたザナトゥの亡骸とともに。


 やがて時が流れ――。



「将軍閣下。準備が整いました」

「……よし。やれ」


「はっ。しかし……」

「不満か?」


「いえ、とんでもございません。神すら恐れぬご決断、さすがでございます」

「ふん。あんな旧時代の遺物などどうでもいい。むしろ的にぴったりではないか。我が国の最終兵器開発の実験台にな」



 ピラミッド上空を走る一筋の光。それはかつて、ザナトゥの宇宙船がこの地に不時着した際に現地住民たちが目にした神の光とあまりにもよく似ていたのだった。

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