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#065 Novices


 汐留の下り勾配に差しかかった。

 四台で隊列を組むように走り抜ける僕ら……傍から見れば「仲良くつるんでいる」と受け取られているかもしれない。

 しかし実際にはだいぶ違っていた。

 シルビアと180SXは僕らを振り払おうと必死で逃げていて、僕はそんな彼らの走りを観察するように背後から眺めている。

 そして僕の背後にいる祐二は、時折左車線に流れてはすぐに右車線に復帰するという目障りな動きを繰り返していた。


 汐留トンネルを抜け、橋げたの居並ぶ直線に差しかかった。

 直線に入り、前の二台が猛然と速度を上げた。僕は軽くアクセルを煽って一瞬僅かに開いた車間をすぐに詰め、ミラーを覗いた。

 祐二も引き離されることなくついてきている。まだ許容の範囲であるようだが、若干焦れ気味なのはなんとなく伝わってくる。


 やがて前を行く二台が左車線に移った。前方にはワゴン車が走っているのが見えた。

 僕は180SXに続いて左にウインカーを灯して車線を移ると、ワゴン車を追い抜いたところで右車線へと戻った。

 弾正橋をくぐったところで左のドアミラーが視界に入った。後続のヘッドライトが二度三度と不規則にミラーを過ぎった。

 僕は口元を弛めると、小さく息をついた。

 どうやら祐二の我慢は限界に達してしまったようだ。



//――こちらマーベリックですけど――//



 ほら来た――。

 僕はミラーを窺った。



//――いくらなんでもペース遅くないスか――//



 その声はやはり焦れているように聞こえた。


「遅いね」

 僕は敢えてのんびりとした口調で言った。

 そして「よろしかったらお先にどうぞ」とやんわりと告げた。すると――



//――了~解です――//



 祐二からは思いのほか明るい声が返ってきた。

 そしてRX-7は左車線に移ると、速度を上げて僕の横を走り抜けた。そしてそのまま180SXとシルビアをごぼう抜きにして遥か彼方に走り去ってしまった。







***


「いや~今日の走りは悪くなかったよな」

 祐二は満足げに言った。

「この走りができてればピアッツァなんかに負けることもなかったのにな」

 北条もそう思うだろ――。

 祐二は僕の方を窺ってきた。

 彼としては「本来の走りができれば負ける相手じゃなかった」とでも言いたいのだろうが、コレこそが「彼が本番に弱い」という現実を表しているような気がした。練習で速くても、本番がダメでは評価のしようがないってコトなんだが……。

「さあ、見てないからわからないな」

 僕は言葉を濁した。

「なんだよ、それ」

 祐二は不満げに口を尖らせた。

 僕の応えは彼の期待するものではなかったみたいだ。



 環状線を下りた僕らは、東名高速道路下り線の港北パーキングにいた。

 缶コーヒーを片手に、二台並べたスープラとRX-7を眺めて「即席の反省会」を開いていた。



「それにしても、北条も性格悪いよな」

 祐二はそう呟くと、右手に持ったコーヒーの缶を口元に運んだ。

 その顔にはさっきから意味ありげな笑みが浮かんでいる。

「なにがよ」

 僕は意味がわからず首を傾げた。

「あいつらだよ」

「あいつら……?」

「シルビアと180だよ。しばらく首都高には来れねえぞ、おそらく」

「そんなことないだろ」

「あるよ。あんだけしつこく追い回されちゃあな」

 トラウマになっちまったぞ、きっと――。

 祐二は嬉しそうに言ったが、僕は目を逸らし、もう一度首を傾げた。

 それほどしつこく追い回していたという意識は僕にはなかった。むしろ温かい目で見守ってた、という感じだったんだが。

 あまり車間は詰めず、一生懸命に走る彼らを眺めていただけ。

 彼らとの技術の差があまりにもあって、闘争心のようなものが湧き上がってこなかった……まあそんなものは普段からないんだけど――あ。


「ん? どうかしたか?」

「え……いや、なにも――」

 訝しげな祐二の視線から顔を背け、何事もなかったかのように缶コーヒーを口に運んだ。


 ふと頭に思い浮かんだ。

 もしかしたら、天使も同じコトを考えていたのかもしれない、と。


 僕が出会ったときの天使は、今日の僕と同じように「技術の差」に気付き、チカラをセーブしながら走っていたのかもしれない。

 そう考えると腑に落ちる点もいくつかある。

 堤は芝公園の直線で振り切られたと言っていたが、僕のときには直線ではあきらかにペースを落としていたし。


 堤とは本気になれても僕が相手ではそんな気になれない……つまりはそう言うことか――。


 思わず缶を握る手にチカラが入った。

 しかしそれは悔しいという感覚とは少し違っていた。あの頃の未熟さは僕自身も自覚しているし、なによりいまの僕はあのときとは違っている。

 運転技術の差が完全に埋まったとはいえないが、少なくとも一年前とはまるで違っていると自信を持って言える。

 それにクルマのポテンシャルでも上回っているはずだ。

 旧車のケンメリと、グループAモデルのスープラ。

 仮に天使のケンメリがフルチューンでエンジンにも相当に手を入れていたとしても、ノーマルベースのアドバンテージは簡単には埋まらないはずだ。


 いまなら勝てるのかもしれない――。

 そんな言葉が頭を過ぎった。

 少なくとも直線では間違いなく勝機があるはずだ。

 コーナーである程度ついていければ、立ち上がりの直線で天使を躱すことは絶対に可能なはず――

「それはそうと……熊沢さん、何か言ってる?」

 祐二の声が僕の頭に割り込んできた。


「何かって?」

 僕は首を傾げた。  

「何って、ジムカーナの成績ぐれえしかないだろ」

 言わせんなよ、性格悪いなあ――。

 祐二はそう言って口を尖らせたが、それを見て思わず僕は微笑した。

「ふ~ん。気にしてるんだ」

「そりゃするだろ」

 祐二は憮然とした表情で言った。

「だってさ、熊沢さんグループAに出たいって言ってたじゃん?」

「……言ってたね」

 僕は頷いた。

「で、北条はいいとしても富井にも遅れをとってるだろ、おれ」

 祐二は下唇を突きだし、自嘲気味に言った。

「まあな――」

 祐二の言葉を否定しなかった。

「ジッサイ、富井はなかなか速いんじゃないか。ミスが少ないし……ま、現時点では上だろ、どう見たって」


 キタンなき僕の意見は、あくまで祐二を挑発する意味でもあった。

 しかし彼は腕を組んだまま深刻そうな顔で唸った。それは僕としては少し意外な反応に思えていた。


 熊沢の野望――。

 GTカーレースの国内最高峰「グループA」に参戦すること、そしてプライベートでワークスをいてこますこと。


 というわけで、僕らがジムカーナにエントリーしている理由は、技術を磨くということもあったが、むしろ名前を売ることを優先していた。

 名前を売ればスポンサーが付く。

 資金力のないプライベートチームがワークスをカモるには「カネ」と「モノ」の両面で支えてくれるスポンサーの存在が不可欠だった。

 そう言う意味では、僕と富井は「結果を残している」と胸を張って言えた。

 しかし祐二は微妙だった。

 彼がチームの期待に応えているとは現時点では言えなかった。このままいけば、グループAに参戦することになったとしても、祐二が正ドライバーから外される可能性は大だった。

 だけど祐二は祐二なりにグループAを目標にしているようで、ソレが僕には意外なモノに思えた。

 いつでも軽いノリの祐二が見せる真剣な表情――。

 そこには夢を追いかけている奴だけが持っているアツイ眼差しがあって――


「北条――。おれ、思うんだけどさ……」


 祐二が腕を解いて僕に向き直った。

 その真剣な表情に、僕は思わず背筋を伸ばした。

 僕としても腹黒い富井より、付き合いの長い祐二に肩入れしたい気持ちもある。

 協力できるものであれば、協力したいというのが僕の正直な気持ちで――


「――どうにかして富井を陥れる方法はねえかな?」

 祐二はコムズカシイ顔をしたまま言った。


「……は?」

 オトシイレル……?

 僕は耳を疑った。

「なんかいい方法ねえかな。できるだけ自然な感じで――」

「ねーよ!」

 僕は祐二を遮り声を上げた。

 だいたいそんなものがあるわけがない。

「そんなこと言わねえで一緒に考えてくれよぉ~」

 祐二は媚びた笑いを浮かべていた。


 ナニをドコまで本気で考えているのかわからなかったが、こいつを過大評価してしまった自分……それが途轍もなく恥ずかしいことのようにいまは思えた。






 そして週明けの月曜日。

 いつもより早めに出勤した僕は、工場に見慣れたクルマが入っていることに気付いた。

 持ち主の姿は見えなかったが、このクルマは間違いなく――


「――お。いつになく・・・・・早いじゃねーかよ」

 嫌味な声に振り返るとソコには熊沢が立っていた。

「おはようございます……」

 僕は一切の感情を押し殺して呟いたが、熊沢はソレを無視するように「天変地異が起こらなきゃいいがな」と鼻で笑った。

「起こりませんよ、そんなもの」

 僕は早口で言った。

 せっかく早めに出勤したってのに、なんだか気分の悪い人だ。


「そんなことより、コレって――」

 僕は工場に入っているクルマを指さした。

「おう。それ、お前が担当してくれ」

「は……僕ですか?」

 熊沢の意外な台詞に、僕は自分を指さした。

「どういうわけかオキャクサマからのご指名だからな。当然おれと山田もフォローはするが……ま、よろしく頼むぜ」

 熊沢はそう言って笑うと、僕の肩を叩いて事務所のドアをくぐっていってしまった。

 ひとり工場に残された僕は、大きなため息を吐いた。そして頭の中で状況を整理してみたが、しっくりとくる答えは出そうもなかった。


「なんで僕なんだ……というか、僕がこのクルマを担当?」

 腑に落ちない気持ちを声に出して自問してみた。そして急きょ任されることになったそのクルマを眺めた。


 目の前で艶やかな輝きを放つガンメタのGS131――。

 それは堤のクラウン・スーパーチャージャーだった。

 

 




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