第7章 何も言わない人
その連絡は、朝の始業前に届いていた。
――本日付で、○○はプロジェクトから外れます。
――配置転換については、後日改めて通知します。
簡潔な文章だった。
余計な説明は、何一つない。
私は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
決まったのだ、と思った。
想定していた結論が、そのまま形になっただけだ。
驚きはない。
混乱もない。
ただ、少しだけ、胸の奥が静かだった。
*
彼は、何も言わなかった。
朝のミーティングにも、普通に出席した。
メモを取り、相槌を打ち、必要なことだけを確認する。
誰も、その件に触れない。
触れる必要がない、という空気だった。
終わり際、私は一度だけ、彼と目が合った。
何かを言われるかと思った。
責められるとか、問い詰められるとか。
でも、彼は軽く会釈しただけだった。
*
昼休み、彼の席はもう空いていた。
私物は片付けられ、引き出しも閉じられている。
まるで、最初からそこにいなかったみたいだ。
私は無意識に、進行表を開いた。
名前を一つ削除する。
それだけで、全体がすっきりする。
タスクは整理され、期限も現実的になった。
――これで、回る。
私は、自分にそう言い聞かせた。
*
午後、佐藤が近づいてきた。
「……結局、外れたんだな」
「うん」
それ以上、言葉は続かなかった。
「何か、言ってた?」
「いや。何も」
佐藤は、小さく息を吐いた。
「そうか……」
それが、残念なのか、納得なのか、
私には分からなかった。
*
夕方、資料をまとめていると、
ふと、昔の記憶が浮かんだ。
却下された企画。
短いコメント。
「今回は見送ります」という一文。
私は、あのとき何も言えなかった。
理由を聞く勇気もなかった。
ただ、分かりました、と頷いただけだ。
あれから、何が変わったのだろう。
立場か。
役割か。
それとも、
黙って去る側と、
黙って見送る側が入れ替わっただけなのか。
*
帰り際、廊下の向こうで、彼の姿を見かけた。
段ボール箱を抱えている。
中身は見えない。
声をかけるべきか、一瞬迷った。
何を言うのか。
「お疲れさま」か。
「またどこかで」か。
どれも、嘘になる気がした。
私は、結局、何も言わなかった。
彼も、こちらを見なかった。
*
夜、進行表を最終版に更新する。
欠けた一行は、もう気にならない。
仕事は、予定通り進む。
問題は起きていない。
誰も困っていない。
私は、正しい判断をした。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
それでも。
画面の端に残った、
古いファイル名が、ふと目に入った。
彼が最初に出してきた資料。
未完成で、通らなかったもの。
私は、それを開かずに削除した。
確認する必要はない。
もう、終わったことだ。
――終わったはずだった。
その夜、
理由もなく眠れなかった。




