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同じ尺度で  作者: 普通
6/13

第6章 似ている人

 最初に違和感を覚えたのは、資料の書き方だった。


 構成が甘い。

 言いたいことは分かるが、数字が足りない。

 全体として、現実味に欠ける。


 画面を見つめながら、私は小さく息を吐いた。


 ――これ、昔の自分だ。


 新人の一人が作ってきた資料だった。

 熱意はある。

 調べてもいる。


 ただ、通らない。


     *


 「方向性は、悪くないです」


 面談の席で、私はそう切り出した。

 これは、本心だった。


 「でも、このままでは採用は難しい」

 「……はい」


 彼は、素直に頷いた。

 反論もしない。


 その姿が、余計に胸に引っかかる。


 「数字の裏付けが、もう少し必要です」

 「分かりました。追加します」


 分かっている。

 分かっているのに、足りない。


 ――私も、そうだった。


 昔の私は、同じように「分かりました」と言って、

 何も変えられなかった。


     *


 修正版は、翌日に出てきた。


 前よりは良くなっている。

 でも、まだ足りない。


 私は、画面をスクロールしながら、無意識に時間を測っていた。


 ――これを直す時間があれば、他の作業が進む。


 その考えが浮かんだ瞬間、

 胸の奥が、わずかにざわついた。


 私は、彼の可能性ではなく、

 かかる時間で彼を見ている。


     *


 「正直に言いますね」


 次の面談で、私は少し声のトーンを落とした。


 「このままのやり方だと、厳しいです」

 「……厳しい、ですか」


 彼の顔が、わずかに強張る。


 「努力は見えます。ただ、結果に結びついていない」

 「……」


 その言葉は、かつて誰かが私に向けたものと、

 ほとんど同じだった。


 私は、それに気づかないふりをして続ける。


 「一度、やり方を見直したほうがいい」

 「具体的には……?」


 具体的な改善点はいくつもある。

 でも、それを一つずつ説明する余裕はない。


 私は、言葉を選んだ。


 「まずは、成功している型を真似してください」

 「……はい」


 その返事は、少し遅れた。


     *


 面談のあと、私は席に戻りながら考えていた。


 彼は、悪くない。

 ただ、今のプロジェクトには向いていない。


 それだけだ。


 だから私は、判断を先送りにしない。

 期待を持たせるほうが、残酷だ。


     *


 数日後、課長に呼ばれた。


 「例の新人、どうですか」

 「正直に言うと、即戦力ではありません」

 「……そうですか」


 課長は、それ以上何も言わなかった。

 ただ、メモに何かを書き留める。


 私は、自分の評価が反映されているのを理解した。


 「育成に時間を割く余裕は?」

 「ありません」


 答えは、迷わず出た。


     *


 その日の帰り、私はオフィスのエレベーターで、彼と二人きりになった。


 沈黙が、重い。


 「……あの」


 彼が、意を決したように口を開く。


 「自分、向いてないですか」


 私は、一瞬だけ言葉を失った。


 正直に答えるなら、

 「今は、向いていない」だ。


 でも、それは未来を否定する言葉でもある。


 私は、少し考えてから言った。


 「向き不向きの話じゃないです」

 「じゃあ……」


 「今、結果が出ていない。それだけです」


 彼は、ゆっくり頷いた。


 「分かりました」


 その言葉を聞いた瞬間、

 胸の奥が、ひどく痛んだ。


 ――昔の自分も、

 きっと、同じ顔をしていた。


     *


 エレベーターを降りて、

 私は一人で夜の廊下を歩いた。


 私は、間違ったことは言っていない。

 必要な判断をした。


 それでも。


 あの人を嫌っていた理由が、

 今なら、はっきり分かる。


 冷たいからじゃない。

 正しかったからだ。


 そして今、私は――

 同じ正しさで、誰かを立ち止まらせている。


 その事実を、

 まだ、認める勇気はなかった。



ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

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