第6章 似ている人
最初に違和感を覚えたのは、資料の書き方だった。
構成が甘い。
言いたいことは分かるが、数字が足りない。
全体として、現実味に欠ける。
画面を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
――これ、昔の自分だ。
新人の一人が作ってきた資料だった。
熱意はある。
調べてもいる。
ただ、通らない。
*
「方向性は、悪くないです」
面談の席で、私はそう切り出した。
これは、本心だった。
「でも、このままでは採用は難しい」
「……はい」
彼は、素直に頷いた。
反論もしない。
その姿が、余計に胸に引っかかる。
「数字の裏付けが、もう少し必要です」
「分かりました。追加します」
分かっている。
分かっているのに、足りない。
――私も、そうだった。
昔の私は、同じように「分かりました」と言って、
何も変えられなかった。
*
修正版は、翌日に出てきた。
前よりは良くなっている。
でも、まだ足りない。
私は、画面をスクロールしながら、無意識に時間を測っていた。
――これを直す時間があれば、他の作業が進む。
その考えが浮かんだ瞬間、
胸の奥が、わずかにざわついた。
私は、彼の可能性ではなく、
かかる時間で彼を見ている。
*
「正直に言いますね」
次の面談で、私は少し声のトーンを落とした。
「このままのやり方だと、厳しいです」
「……厳しい、ですか」
彼の顔が、わずかに強張る。
「努力は見えます。ただ、結果に結びついていない」
「……」
その言葉は、かつて誰かが私に向けたものと、
ほとんど同じだった。
私は、それに気づかないふりをして続ける。
「一度、やり方を見直したほうがいい」
「具体的には……?」
具体的な改善点はいくつもある。
でも、それを一つずつ説明する余裕はない。
私は、言葉を選んだ。
「まずは、成功している型を真似してください」
「……はい」
その返事は、少し遅れた。
*
面談のあと、私は席に戻りながら考えていた。
彼は、悪くない。
ただ、今のプロジェクトには向いていない。
それだけだ。
だから私は、判断を先送りにしない。
期待を持たせるほうが、残酷だ。
*
数日後、課長に呼ばれた。
「例の新人、どうですか」
「正直に言うと、即戦力ではありません」
「……そうですか」
課長は、それ以上何も言わなかった。
ただ、メモに何かを書き留める。
私は、自分の評価が反映されているのを理解した。
「育成に時間を割く余裕は?」
「ありません」
答えは、迷わず出た。
*
その日の帰り、私はオフィスのエレベーターで、彼と二人きりになった。
沈黙が、重い。
「……あの」
彼が、意を決したように口を開く。
「自分、向いてないですか」
私は、一瞬だけ言葉を失った。
正直に答えるなら、
「今は、向いていない」だ。
でも、それは未来を否定する言葉でもある。
私は、少し考えてから言った。
「向き不向きの話じゃないです」
「じゃあ……」
「今、結果が出ていない。それだけです」
彼は、ゆっくり頷いた。
「分かりました」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が、ひどく痛んだ。
――昔の自分も、
きっと、同じ顔をしていた。
*
エレベーターを降りて、
私は一人で夜の廊下を歩いた。
私は、間違ったことは言っていない。
必要な判断をした。
それでも。
あの人を嫌っていた理由が、
今なら、はっきり分かる。
冷たいからじゃない。
正しかったからだ。
そして今、私は――
同じ正しさで、誰かを立ち止まらせている。
その事実を、
まだ、認める勇気はなかった。
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