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同じ尺度で  作者: 普通
3/13

第3章 足を引っ張る人

 仕事が順調なときほど、周囲の遅れが目につく。


 それは、仕方のないことだ。

 全体を見れば、誰かが遅れれば誰かが調整しなければならない。


 分かっている。

 理解もしている。


 それでも。


 「ここ、まだ終わってないの?」


 自分の口から出た声が、思ったより硬くて、少し驚いた。


 声をかけた相手――前に会議で名前を出された同僚は、パソコンの画面から顔を上げて、小さく肩をすくめた。


 「すみません。ちょっと想定外があって」

 「……どれくらいかかりそう?」


 彼は一瞬、言葉に詰まった。

 その沈黙が、私の神経を逆撫でした。


 どれくらい。

 いつまで。


 それを答えられない時点で、問題なのだ。


 「今日中には、何とか」

 「“何とか”じゃなくて、具体的に」


 言ってから、少しだけ後悔した。

 言い過ぎたかもしれない、と思った。


 でも、訂正はしなかった。


 私は今、この案件の進行管理を任されている。

 曖昧なまま進めるほうが、無責任だ。


     *


 自席に戻っても、集中できなかった。


 モニターに映る資料の数字よりも、さっきのやり取りが頭に残っている。


 ――想定外。

 ――事情があって。


 そんな言葉を、前の私は簡単に受け入れていた。

 それが人間だと思っていた。


 でも今は違う。


 想定外が起きることも含めて、仕事だ。

 事情があるのは、全員同じだ。


 そう考える自分が、正しいと思える。


 だから、苛立ちも正当化できた。


     *


 午後の進捗確認で、案の定、遅れが報告された。


 「申し訳ありません」


 彼はそう言って、頭を下げた。

 理由の説明が続く。


 私は途中で、それを遮った。


 「理由はいいです。今後どうリカバリーするかを教えてください」


 会議室が、少し静かになった。

 何人かがこちらを見る。


 以前なら、そんな空気に耐えられなかった。

 冷たい人間だと思われるのが、怖かった。


 でも今は。


 誰かが言わなければならない。

 そう思える。


 課長が、ちらりと私を見た。

 その視線には、否定も肯定もなかった。


 それが逆に、私を落ち着かせた。


     *


 会議のあと、佐藤が近づいてきた。


 「さっきの、ちょっと厳しくなかった?」

 「そうかな」

 「前は、もう少しフォローしてた気がするけど」


 私は返事に詰まった。


 フォロー。

 確かに、前の私はそうしていた。


 でも今は、そんな余裕はない。


 「全体のこと考えたら、ああ言うしかないでしょ」

 「まあ……そうだけどさ」


 佐藤はそれ以上何も言わなかった。

 その沈黙が、少しだけ気になった。


     *


 帰り際、遅れていた同僚が声をかけてきた。


 「さっきは、すみませんでした」

 「……大丈夫?」


 そう返しながら、私は自分の言葉が上滑りしているのを感じた。


 大丈夫なわけがない。

 遅れは事実だ。


 彼は小さく笑って、「頑張ります」と言った。

 その表情に、なぜか胸がざらついた。


 ――頑張る、か。


 その言葉が、空虚に聞こえた。


 頑張るかどうかではない。

 結果が出るかどうかだ。


 そう思った瞬間、自分の中に、はっきりした線が引かれるのを感じた。


 できる人間。

 できない人間。


 私は、前者でいたい。


     *


 家に帰ってから、ふと、第一案を却下されたあの企画を思い出した。


 理由は、はっきりしていた。

 数字が足りなかった。


 当時は悔しかった。

 冷たい、とも思った。


 でも今なら、分かる。


 あれは正しい判断だった。

 感情を挟まない、合理的な評価だ。


 私はソファに座り、天井を見上げた。


 ――もし、今の私が、あの企画を評価する側だったら。


 答えは、すぐに出た。


 同じ結論を出す。

 迷いなく。


 そのことに、少しだけ安心して、

 少しだけ、嫌な気持ちになった。


 私はまだ、冷たい人間ではない。

 そう信じている。


 ただ、足を引っ張る人間に、甘くする余裕がなくなっただけだ。


 それだけのはずだった。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

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